メランコリーベイビー/遊◎機械/全自動シアター
(10月16日 19:00 青山円形劇場 Hブロック1番にて観劇)


何か・・・。不思議な世界がぽわわわわぁーって広がっているというか。幻想的な世界についぞ迷い込んでしまったわいなぁーというか。(←口調が坂東玉三郎。) もう劇場に入った時(←開演ぎりぎり)からそんな感じで・・・。
で、ムットーニさんが出てきて何か喋っているんですわ。(←何かって) 人形が小さくて見えないってのをどこかのHPか1行レビューで見ていて、私は席番1番だしーとか思ってたら前から5列目で(暴れたかったです。)しかも本当に人形小さくて全然わからんかった。いや、そりゃあそこに何かがあるってのもわかるし、自動人形だけに「あ、動いてる動いてる!(←何かこの思い方嫌)」ってのもわかりますが。それにしてもチラシとかでがんがん宣伝されていたあの人形「メランコリーヴィーナス(というらしい)」があそこまで小さいとはっ!ぐはっ!しかもあまり意味がわかんねー!やべー、この想像力というか読解力というか理解力のなさ!

しかし筒井さんがもそもそと拍手をしながら客席から現れた時、なぜかほっとした。今から思えばその時の「ほっ」という気持ちは、理解できないものから理解できるものが現れたことへの安堵だと思われる。つまり、私にはムットーニが理解不能だったっつーことね。うむ、それなら納得。
それにしても筒井さん生で見るの初めてですが、「もそもそとした人でもそもそと動いてもそもそと演技して喋ってふにゃあと笑う」って印象の人でした。周りが見るからに「役者」(+理解不能1名)の中において、ものすごく普通の人が来たって感じ。その普通さがとても素晴らしい!あれが計算されているものだとしたらすげー。それにしても、何か良かったなぁー。声はあまり通らないので大きな劇場向けではないと思われるが。

話は筒井さん演じる「オレンジ作家」(意味;;「未完作家」→「蜜柑作家」→「オレンジ作家」)が自動人形メランコリーヴィーナスを見て、「終わりがあることが素晴らしい」と絶賛。そして自分の作品の登場人物たちと自分の物語の終わりを見つけることになるとか何とか・・・・。で、Barに入っていくんだけど。セットがぐるっと回ってBarになるんです!うわぉっ!綺麗でしたー。
で、白井さん演じる元トランペット奏者(トランペットをやめた理由は聞くも涙の物語らしい。聞きたかったぜよ。)と福井さん演じるコルネット奏者、高泉さん演じるJazz Singerと作者である筒井さん。福井さんと高泉さんが恋に落ちるんだけど、筒井さんの設定からどうしても2人は別れなくてはいけなくなる。というよりも、どうしても一緒にいられないって感じなんだよね。皆はどうにかして2人が上手くいくように話を変えようとするんだけど(それが結構笑えた。だって作家と当事者が「どうすればいいかなぁ」って真剣に悩んでいるから(笑))、でも結局何をどうしてもダメだっていうことで落ち着く。作者である筒井さんは2人に別れてほしくないと思い高泉さんを引き止める。「2人が別れなきゃいけない理由もわからない」からと・・・。
高泉さんは筒井さんのお母さん。そして、福井さんは恐らく筒井さんのお父さん。福井さんのジャケットの胸ポケットから出てきた古い1枚の写真。お母さんとお父さんともう1人の男性。お母さんしか知らない筒井さんはその写真を元に想像して、この話を書いていたのだ。

最後、筒井さんはまた別の話を想像する。今度は自分が作り上げたキャラクターとしてではなく、時代を遡って逢うはずのない若い頃の母と、恐らく父と呼べる男性、そしてBarのマスターと話、母の歌を聞き、不思議な体験をする。彼の胸に込み上げるものがあるまま、筒井さんは店を出る。白いものが降ってくる。それは「雪」ではなく、「星」。全て筒井さんの独白の中、最後のセリフを彼は口にする。
「星が降ってくる夜、僕はその店を後にした」

このセリフを聞いて私は鳥肌立ちましたー。何かラストにふさわしいセリフっつーか綺麗っていうか。幻想的な美しさが一気に溢れ出して物語の中に吸い込まれるというか・・・。あの筒井さんの「もそもそ」とした喋り方がまたいいんだ!変にここでくさい演技をされるとひいてしまっただろうけど、そうはさせない筒井さんの魅力。素敵。

しかしなぜ。なぜその後に喋る、ムットーニ。彼が何を喋ったのか全く記憶にないことから、かなり気に入らなかったらしい。筒井さんで終わらせてほしかったなぁ・・・。

終演後舞台に寄ってムットーニの人形を見てきました。きれー。近くで見ても小さかったけど(笑)。

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