MIRAGE まずはお褒め言葉。 いや、おもしろかったです。それなりに感動したし。っていうか、粟根さんの存在感すごいー。もう舞台に上がっているときほとんど粟根さんばかり見てしまいました。ついでにまじめな役なのに、小ネタをあんなに仕込んでいるとは・・・。恐るべし、粟根さん。小ネタといえば、西川さんも負けてませんでしたね。やっぱり西川さんのギャグは安心できます。どっと笑うものでもないけど。でも、それが私は好きだ。 ああ、そうそう。ギャグと言えば大内さんだ。『広くて素敵な宇宙じゃないか』のヒジカタ、『TRUTH』の英之助、『キャンドルは燃えているか』の竜野と来て、こう来るか(笑)。すいません、そればっかりはさすがにまったくといっていいほどに予想できませんでした。おいしすぎ。あ、だっち、いいですねぇ。お客さんの掴み方が最近非常に上手だと思うのですが(笑)。岡田さつきさんものびのびとやられてましたね。 感動したと言えば、粟根さんが卒業生に贈る言葉でしょう。『自分の信じる道を行きなさい』って・・・。いい言葉です。今の私にはどかんと響いた。あれにはやられた。粟根さんの言い方にまたかなりやられた。だからこそ、真澄たちが新庄先生を慕っているのが非常によくわかる。大人になればなるほど、大事にしたくなる言葉だからじゃないかな。 ラスト、たまきの反抗にはうんうんと来るものがありました。娘として、粟根さん演じる父の選択はつらいでしょう。許せないでしょう。だけど、死なれるのも嫌でしょう。その葛藤は、私は共感してしまいました。 MIRAGEの曲、いいですね。 で、MIRAGEがとにかく良かったという人はここまでにしてください。この先は辛口批評になります。たぶん、MIRAGEがすごく好きと言う人はこの先読むとむかつくから。それでも良ければ読んでください。たらちりの素直な感想だから、私はどうしても書きたいので、書く。 誤解しないでほしいのは、この話は嫌いじゃない。むしろ好きだ。おもしろかったし。 でも、何が『さよならノーチラス号』と違ったのだろう。主軸となる新庄先生の話そのものは違う。だけど、表現方法がまったく同じ。主軸に関係ない語り部がいて、その人に話を語らせていく。主人公が回想しながら、どんどん話を思い出しながら。たまきがいなくなったとき、『あー、たけしも逃げたしね』と思いましたし、ラストどんな気持ちだったのか問われたとき、『あー、たけしもどうしたいのか問われたしね』と劇中見ながら思ってしまったのです。 そんなにセリフで気持ちを説明することもないだろうって思うのです。私は駅に走ったとか、そんなセリフはいらないんではないかと・・・・。最近思えばマイベルの稽古日誌といい、こういった手法が多いですね。キャラメル。それがちょっと気に入らないのです。走りつづけているという印象のあったキャラメル。今は立ち止まって安定を求めているような気がしてしまいます。はっきり書いちゃえば、マンネリしてる?って思って。 今回の話は、主軸となる話がおもしろかっただけに何も回想にする必要はなかったと思うのです。オンタイムに進む話で何がいけないのか。そう思うと、ね。 そんなわけで、もう1度行ったらまた何かが違うかもしれないですね。どうせまた行くので、その時にもちょろっと書きます。これ読んで嫌な気分になったらすいません。一個人の感想ですので。はい。 (4月1日19時 サンシャイン劇場1階7列29番席にて観劇) キャラメルがすごい好きだからこそ、あえてとことんまで否定させていただきます。感動したわ!って部分はあえて割愛。 感動して泣くと同時に、失望した。2度目見て感想が変化することもなく、せっかく胸を打つセリフやシーンがあったのにその後のくどいほどの説明セリフに私の感動は見事なほどに断ち切られた。無理矢理1歩離れた世界に引き戻される。私はそんなこと望んでいない。新庄先生とタマキを中心とした話を、モノローグで固めてしまうことでぶつぶつと中途半端に切っているように思えた。だから私の感動は持続せずにシーンごとの感動になってしまう。MIRAGEという芝居の全体に感動しないのは、それが理由なんだと思う。 回想にあたる部分の細かいセリフやシーンはかなり好きだ。上の感想にも書いたが、新庄先生の卒業生に贈る言葉は本当に私の胸を打った。思わず自分と重ねて泣けた。粟根さんの細かい一言や大森さんの微笑にも泣かされた。素敵な芝居だと思った。あくまでも回想の部分。だからこそモノローグで途絶えさせないで、回想の部分だけを1つの芝居にしてほしかった。本当に悔しいほどにそう思う。 MIRAGEを本公演として上演したわけだけど、それならこれから「アコースティックシアター」と銘打って上演するのは絶対におかしい。今回のMIRAGEはアコースティックシアターに他ならない。たとえば冬に「アコースティックシアター」の新作がもし来たら、芝居を見る前からそれだけで私は失望してしまいそうだ。今までのキャラメルにはない「心の活劇」を見せてくれる芝居と言われて、期待して見に行ったらいつも通りのキャラメルがあった。私の一番の失望の原因はそれなんだろうけど。何だか芝居の内容とかクオリティーとは関係ないところでだまされたみたいな。 実際マンガにあんなモノローグがあったら読むの嫌になってくるだろうな、とか、勘がいい読者はあれが実話だと気づくだろうからそうしたら新庄先生は危険物所持で捕まるか事情聴取されるだろうな、とか、作者の読者を無視した個人的感情入りまくりの作品を掲載するのを許可するとは編集としてもだめだな、とか。あまりにも現実的な事を考えて自分でさらに見ている自分をつまらない心境に追いこんでしまった。 あくまでも私は、なんだけど、芝居の世界に入りこむ余裕のない芝居だと思いました。観客席と舞台上に大きな壁があるというか。考える余裕与えられないし、見るだけ。そりゃ観客は見るだけだけど、一体感がないや。他の作品ではあったのになぁと思うと、ね。南塚さんに編集として物語を語らせるために真澄はマンガ家って設定だったんだろうなーって思えてしまう。 何だか嫌な意味で突き放されたように思えた。真澄の書きたいから書く!というのと同じでキャラメルは演じたいから演じる!!って感じで・・・・。変わらない芝居が素敵な劇団もあるし、(カクスコみたいな)同じ展開でも常に新鮮さがある芝居も本当に多いけど・・・。新作のパターンは常にこれって思えばいいのかしら。でもそう思うのは素敵なことなのか、悪いことなのかもうわからないです。 キャラメルはこれからもう、「スケッチブックボイジャー」や「不思議なクリスマスのつくりかた」や「グッドナイト将軍」とかそういった芝居みたいなのは作らないのかな。アコースティックシアター系が新作の主流になるのでしょうかね。 「人が人を思う気持ち」 ・・・・こんだけ否定しても私はキャラメル見るのはやめないけど。だって好きだから。好きだから、私は何でもいいとは思えないし言いたくもない。恋愛と同じで、好きだからこそ受け入れられない部分が絶対にあるはずだ。今回のMIRAGEは、私にキャラメルのその部分をはっきりと見せてくれた。(本音を言えば見たくなかったけど) 今さらかもしれないけど、MIRAGEはおもしろかったっす。(←本当に今さら(笑))新作でこれだけのクオリティーの高いものを作れるのはすごいなって思う。で、今の心境の私は「説明くさい、このモノローグいらねぇよ。」って思っただけのことなんです。 |