隊長のお言葉

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勘違いしてもらっては困るのだ。

俺達がナカハラに始末書を命じたのは、焼肉屋での事件について、である。

事は硬派合宿を終え、久々に肉を食らおうと向かった清水市内の焼肉屋で起こった。
あろうことか、大幹部横澤炊事班長が見ていたメニューを、たかが奴隷候補のナカハラがいきなり取り上げ、
「え〜っと。何にしようかなあ〜」だとっ!?
幹部3人衆は、その信じられない光景を目の当たりにし、信じられないままに無言で飯を食い、信じられないままに車を東京へと走らせた。重い空気が澱む車中。誰も口を開かない。ナカハラ一人爆睡中。意を決してやすが重い口を開く。
長いこと固く閉じ続けられた唇は乾燥しきっていて、口を開いた時「パリリッ」と音をたてたのが間抜けであったが、そのことが事の深刻さを物語っていた。
「さっきの・・・・・焼肉屋でさぁ・・・・見た、よな?」
「・・・・・やはり・・・・現実だった、・・のか?・・」
「3人揃って白昼夢も見ないだろう。山ノ神のいたずらか?」
「キツネかタヌキでもとり付いてやがるのか?」
「・・・・・・・・」
「・・・どうする?」

12年前。世の中は次第に”タテ”の関係が希薄になりつつあった。老若男女、1億2千万総タメ語の”ヨコ”の時代を危惧し、現代社会に警鐘を鳴らす意を強く込め、”鉄の封建制度”を掲げ、カヌ沈隊は結成された。当時、奴隷達の母親から頻繁に苦情、もしくは抗議の電話がかかって来て「うちの○○ちゃんが奴隷とはどういうことザマス?あんたの奴隷になる為に○○高校に入れた訳じゃなくってよ!」とかなんとか、ワメーてたもんだ。
そういう奴の家に飯を食いに行くと、決まってオカズの多さに困惑し、何から手をつけて良いかワカラズ、かといって迷い箸というのも育ちの悪さが出てしまうし・・・・・というわけで脂汗ダラダラの始末。何しろ「コロッケ1つで何杯の飯が食えるか」ということが、日々の研究課題であった俺としては当然のことだ。
話を戻すと、オカズが多いのは○○ちゃんだけであって、○○ちゃんの父親は、サンマの尻尾の部分が僅かと味噌汁と漬物といった質素な夕食だ。
父権喪失。あきらめられたオヤジと将来性充分のご子息様と言うわけだ。(余談になるが、俺の部屋には昔ながらの”ちゃぶ台”がある。結婚して、俺よりもガキの方がオカズが多かったら最後、すぐさまひっくり返せるように、である。)
将来性充分のご子息様には”理不尽”というものを知ってもらわねばなるまい。それが一宿一飯の恩義ってもんだ。ただし、○○ちゃんに”理不尽”を知ってもらうことと引き換えに、○○ちゃん家の夕食は、以降二度と味わうことが出来なかったが・・・。その後、○○ちゃんは合宿の度に、何故かおじいちゃん、おばあちゃん、親戚等の不幸に会い再び参加することはなかった。

そういった歴史的背景を持つカヌ沈隊で起こった今回の「奴隷・メニュー強奪事件」は、カヌ沈の”存在意義”を根幹から揺るがす最悪のものなのだ。

「解散・・・、か?」ハト派の横澤は弱気な発言。
「ナカハラをこのまま闇に葬るか?行き先は誰も知らないハズだ。」タカ派のヤスは相変わらずの豪腕ぶり。
それまで、目を瞑り黙考していた俺に考えがあった。
「ナカハラを奴隷部屋室長にしよう」
「!?・・・」
「サラリーマン社会を見よ。それまで好き勝手やってる奴も、役職者になるや、会社の歯車となって機能し始めるもの。奴隷部屋総責任者という重い重い枷を嵌めてしまえば、それだけで汲々となって、奴の自由など無くなる。本当の意味で奴隷になる訳だ。
まず、”幹部に対する忠誠心は絶対である”と奴隷候補生に徹底教育をしてもらう。
その為には、率先垂範。”忠誠心とはこうやって示す”、と自ら見本となって示す。
もちろん奴隷であることには変わりないので、飯は幹部が食い終わった後。奴隷部屋は毎週更新しなければならない。まあ、ざっとこんな感じだな。」

3人の幹部達は、顔を見合わせ、”悪徳代官と越前屋”的な不気味な笑いを浮かべ、
熟睡中のナカハラを見下ろしたのだった。