隊長のお言葉
確かに、ケツメドの調子はいい。
溶岩ドームは完全沈静化し、あの地獄絵図が嘘のようである。
が、しかし。
それは、完全禁酒のためでも、ヤマビルが悪い血を吸い出したわけでもない。
谷川温泉とマキロンのおかげなのだ。
狩猟班長やす。
本当ならば、奴隷候補以下の扱いを受けても、文句を言えない立場のはず。
ところが、ヤスを更迭することは、賢明でないのだ。
今、奴は、カヌ沈的パワーポリティクスを考えた時、俺の立場を危うくしかねない”切り札”を持っている。”切り札”とは、言わずもがな。”岩魚”である。
奴の政治手法は非常に巧妙。緻密に計画を練り、根回しを忘れない。よく考えて見給え。ナルミズ沢合宿で酒を忘れ、築き上げた立場が崩れかけるや否や、まずは”始末書”なるものでとりあえず、俺の怒りをのらりくらりとかわす。そうやって時間を稼ぎながら、アンダーグランドでは”源流尺岩魚作戦”を企て、いざ信濃俣河内へ。隊員達の心を捉えることは、源流岩魚を釣るより簡単。食わせれば良いのだ。ナカハラなどいとも簡単に釣り上げられやがった。カヌ沈隊養老部として、2人きりになるや
「どうだ、岩魚。うまかったろう。えっ」とオルグする。
「はいっ!すげぇ〜うまかったスっ!」
「そうだろう。俺がいないと岩魚食えないんだよ。隊長がいなくても焚火はできるけどな!」
「はいッ!隊長より岩魚のほうが、大事スッ!!」
とまあ、こんな感じだ。
根回しが済むと、隊長室に”隊長のお言葉”なるものをつくり、「どうだ!!更迭できるもんなら、やってみな。どだい、政治は数。数は力。力は岩魚なんだよ、オザキクン。ほら、書けよ、さあ、さあ、さあ」とプレッシャーをかける。
こうして、ナルミズ沢のチョンボをウヤムヤにしてしまうのだ。
俺も負けてはいられない。
自分では釣れないので、信濃俣合宿報告で、ちらりと釣り師の心に小石を投げる。
ヒット!釣り師”ユウ”を次回合宿に引きずり込むことに成功。隊長側近の釣り師と
して、やすに対抗しようと目論む。
そこらへんに素早く気付いたヤスは、ユウが俺に会う前に山梨に行き、ユウに何事かを囁いたに違いない。
ナルミズ沢で得た、貴重な貴重な教訓とは言えない教訓は「人間、2日間なら酒がなくても生き長らえる」ということくらいだろう。