白毛門沢

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平成13年10月 28日

硬派者:深町隊員

1/25000 地形図:「茂倉岳」


 東黒沢ハナゲノ滝。20mの美しいナメ滝である。
 彼はその涼やかなナメ床の基部に荷物を降ろし、ダバコに火をつけた。
 この場所を訪れるのは今年3度目。ゆるやかに流れ落ちる様は、何度眺めても飽きることがない。腕を組み、ゆるゆると紫煙を吐きながら、彼はハナゲノ滝に最大級の賛辞を贈った。
「いいねえ、どうも。」
(ここだけの話だが、「ナニナニだねぇ、どうも。」というT師の口癖が、7月の大幽沢〜丸山岳の山行以来、カヌ沈で爆発的に流行っているのである。横澤炊事班長にいたっては「ナニナニだねぇ、どうも、まいど。」と独自の発展をみせ、最近では
「まいど、まいど」と、何かあるとすかさず口にしている。)

 日帰りの白毛門沢。カヌ沈らしくはない。だが、彼にとっては因縁浅からぬ沢であった。去年、MSCCにん2氏と登る約束をドタキャン。(これにはイイワケがあるのだが)さらに先々週、さる隊員と登るはずだったところが、野営で酒を呑みすぎてやる気をなくしたため中止にした。従ってこれが3度目の正直。もはや憧れや意欲などという次元の問題ではなく、なんとしても今年中に片をつけておきたい喉の小骨であった。

 少し色気を出し、ハナゲノ滝を右から登る。このナメ滝に本気でビビッていた去年の自分とはひと味違うところを、彼は自身に証明しなければならなかった。
 滝頭から谷川岳を望み「ん〜、気持ちいいね、どうも。」とひとりごち。来年も谷川岳周辺をめぐりたい。谷川本谷から赤谷川源流なんかいいねぇ。裏越ノセンとかマワットノセンも見てみたいが、単独ではまだムリ。ムリとはいっても不可能という意味ではないが、今の彼の経験と技術では安全とは言い難く、赤谷川を余裕をもって楽しむのなら、数年先でもかまわない、という意味だ。まあとにかく、登攀的な興味もないし(技術もないし)、気持ちのいいところをチンタラ歩くのが好きだし、谷川本谷から鞍部を乗り越して、爽やかな草原の中の流れをそぞろ歩くってのもルート的になかなかいいでしょう、と彼は考えるのであった。(ここまで「彼は、彼は」と二人称で述べてきたが、言うまでもなく私のことです。ドキュメンタリータッチで進めようと目論んでいたが、どうも上手くいきませんです、はい。)

 して、白毛門沢である。断続的にずっと続く東黒沢のナメを歩いていくと、滝というよりナメの延長となっている両門の出合があらわれる。水量比は1:2くらいか、思ったより少ない。
 小さな滝をいくつか越えながら、黙々と歩く。単調に歩を進めるとき彼はいつも、頭の中になにがしかのメロディが響くものであるが、今日は「タガイチガイ、タガイチガイ…」と念じた。これは「みんなちさこのおもうがままさ」のなかに書かれているものあり、以前にオザキ隊長が「"タガイチガイ"っていう言葉を選ぶ感性がさ、すごくいいよね。」と遠い眼をしながら(酔っぱって)のたまっていたのを思い出したのだ。ものの風情にと試みたが、元々この言葉は辛い下山のときに用いられたものであり、薮漕ぎやラッセルならまだしも、こんな呑気な沢歩きには勿体ないのであった。

 登ってきた谷を振りかえり、高度を少し上げたと思うころ、タラタラノセンが見えてきた。前衛の10m滝は右壁を攀じ登り、続く4m滝は薮を握って小さく巻き、釜の縁に至る。彼は果敢にもフリーソロで直登できそうだと取り付くが、やはりそれは誰に見せるわけでもないカッコつけのポーズであり、1歩目でさっさと降りたのであった。
 巻きは右岸に明瞭な踏み跡があった。大きくならないように少し薮を漕ぐと、いとも簡単に落ち口に出た。その上は傾斜のある数十メートルのナメで、てっぺんに大岩が鎮座しておられた。上部にブッシュの生えたその岩はまさしく人の顔のように見える。なぜか激しく対抗意識を燃やした彼は、ボルダリングしてやろうとしがみ付いたが、それもやはりポーズであった。
 大岩を過ぎると水量がぐっと減り、なんとなく高度を稼ぐだけの、彼の言うところの「面白くも何ともないゾーン」に入っていった。両側の薮が近くなり、同じような枝沢をいくつも分ける。"ひたすらまっすぐ行けばいい"と記されていたMSCCの記録を信じ、ひたすらまっすぐ行く。「タガイチガイ」は気がついてみればいつしか、ヤッターマンの終わりの歌に変わり、「頭はさえてるよ! ヘイヘヘ〜イ アイデアばっちりよ! ヘイヘヘ〜イ」と繰り返し口ずさんでいた。

 取り囲む薮が切れると突然視界が開け、草原の上にジジ岩とババ岩が聳えていた。彼は指をさし、「サンダ岩、ガイラ岩。」(東宝のマニアックな怪獣映画「サンダ対ガイラ」より)と勝手に改名。右のガイラ岩のある尾根を挟み左右にスラブが広がるが、やはりここは両岩の間に進むのが正統的である。
 秋晴れの空の下、階段状のスラブを登る。股間を通り抜ける高度感が実に気持ちよい。
 今年の個人山行は、土合を基点に、ちょっとだけ拘りをもって登ってみた。激しい雷雨のなか意地になって本を読んだ赤沢山。ルートをテキトーにとったおかげで疲れた高倉山。どちらも駅から近い、どうってことない山と沢だったが、彼にはとても貴重な経験になった。その赤沢山と高倉山を背後に従えながら白毛門を登るりつめる。

 一の倉沢はあいにくの逆光で細部が見えなかったが、頂上から朝日岳へと続く稜線を眺める。そこは、西は上信越国境、東は奥利根を越えて帝釈・那須・男鹿、北は毛猛・南会津のそのまた向こう、川内山塊までを内包する、日本最大の山岳地帯の末端であった。彼は文字どおり「門戸」に立っていることを実感していた。その無限とも思える広大さを想像し、ひとつ身震いする。それは臆したからだろうか、はたまた武者震いか。

はたしてこの先、カヌ沈隊最弱ともウワサされる彼に、この稜線のどこまで行くとこができるのだろうか。
さあ皆さんご一緒に、健闘を祈りましょう。アーメン(パクリでまとめてみました)。


<記 フカマチ隊員>

 

 

 


コースタイム
土合橋〜3時間〜白毛門頂上


硬派夜営集団カヌ沈隊

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