沢旅におけるパンツの重要な役割を検証する

 


 沢では、パンツをはいたほうがよい。

 まず、作業ズボン及びハーネスと、ノーパン状態の素肌との間に発生するミューが問題となる。即ち歩くという動作によって内股と腰の柔肉が擦れ、場合によっては炎症が起こり糜爛症状に至る。のみならず、内股に多大な負荷を与える懸垂下降により、被害が裏玉付近にまで拡大し、数日からひと月程度ジクジクした状態が続く可能性がある。この場合、特に夏場は患部の洗浄及び消毒を怠らず、清潔を常に保つことによく留意すべきである。陰金田虫などの細菌性の疾患に二次感染してしまったら、文字どおりタマったものではない。

 次に、臀部への影響である。沢屋諸氏は承知のことであろうが、沢の下降では臀部、即ち尻肉の使用頻度が極めて高い。クライムダウン、シリセード。潅木のトラバースでも、無意識のうちではあるが、我々は尻を巧みに操っている。その人間の尻の動作は、進化の過程で失われた猿類の尻尾の働きに(ミッシングリンク)起因しているからである。従って、恒常的に尻を隠し、その機能を封印してきた我々現代人には、何らかの保護が必要不可欠だ。まず最低限ズボンを履くこと。日常生活レベルでは、この一層からなる保護膜で充分に事足りる。ズボンでなく、おそ松くんに出てくるデカパンのようにパンツだけでもよい。しかし山中の活動においては、さらにもう一層を加えるべきである。即ちズボンとパンツ、この二種類を1セットにして考え、山行計画と共に下半身の保護計画も綿密に立てていただきたい。

 なお、硬派な沢屋のなかには、フンドシ最強説を唱える者もあるが、臀部を日々よく鍛練し、摩擦・衝撃・過重に耐えうる尻肉をもった、一部のエキスパートにしか履きこなせない、上級者のアイテムであることを警告しておく。

 では、沢でパンツをはかなかったF氏の手記を、具体例としてお読み頂こう。


 

ボクはパンツの替えを忘れました。でもあらかじめ言っておきますが、けっして荷物を軽くしようとかゆう、軟弱な気持ちがあったわけではありません。ただ純粋に忘れただけでした。

 一日目はパンツの状態も良好でした。このパンツは出発前に風呂に入ったときに履き替えたパンツです。狩小屋沢出合に着いたのが12日の10時ころでしたので、およそ14時間ほど履いていた勘定のパンツになります。それに今朝、東京電力の資料館で脱糞したときもちゃんと2回拭きましたので、大腸菌による汚染もさほど心配はなかったのではないでしょうか。

 入渓してからもパンツの状態は良好でした。なんといっても暑いですから、じゃぶじゃぶと水を蹴散らして進みます。必然的にパンツも濡れますが、遡行中は気にならないものです。

 テン場に着き、着替えるときにはじめて、濡れパンツの不快さにハッとさせられます。ボクはザックの中を引っかき回しましたが、パンツの替えはありませんでした。忘れたので当然です。まあでもテン場生活では、パンツなど無くとも問題ありません。木の枝などに濡れパンツを吊してほうっておき、乾くのを待てばいいのです。問題は何もなかったのです。

 翌朝、ルートにでる日です。楢俣川を詰め、尾根向こうの南田代で一泊、ススケ峰を目指します。ボクは吊したパンツを手に取りましたが、うっすらと生乾き状態で気持ち悪かったので、履くのを躊躇し、テン場に残してしまいました。後々思えばこのときの判断が、命取りになったのでした。

 第一の異変は、下降中におきました。奥ススケ沢を下り、本流のゴルジュを過ぎた頃でしょうか。ボクの後ろを歩く狩猟班長が、突然笑い出しました。

「ウハハ! フカマチおめー、ケツみえてんゾ!」

言われてみると、ボクの尻のちょうど真ん中あたりのズボンが、カギ型に大きく裂けていました。ピラリと覗く、ボクのプリティなおしりちゃん。これぞまさにチラリズム。

「ギャハハ! なんかセクシーで気になる!」

みんなに笑われました。おまけにパンツなしで尻を酷使したため、無数の傷ができていてヒリヒリと痛かったのです。

 第2の異変は、それから程なくして実感されてきました。お股のあたりが、これまたなんだかヒリヒリ痛いのです。太モモの股ズレというよりはもっと足の付け根のほう、すなわち玉金の側壁周辺に違和感が生じていました。きっと奥ススケ沢で懸垂したときにズル剥けたに違いない・・・ボクは本能的に悟りました。気になるほど、歩くテンポが遅くなります。後ろにビッタリ張り付いている、さる博士に「先に行ってくれ」と言うとニヤリと笑い、カッ飛ばして姿が見えなくなりました。奴はきっと、快適なパンツを履いているに違いありません。しかし正直なところ、後ろに人がいなくなって嬉しくなりました。

 それでボクはテン場に着いて、さっそく患部をチェックしました。手を突っ込むとヌルリとした感触がありました。よもや出血かっ!と身震いしましたが、それは滲み出た体液、白血球及び血小板だったので、少しほっとしました。触診に続いて見診しました。ボクの哀れな二俣(三俣?)は、ジクジクと妖しく濡れそぼり、我ながら痛ましい状態でした。ついでに尻肉もズタズタで、大小の傷が十数あり、かわいそうに赤く腫れあがっていました。

 パンツを忘れたゆえの、この災い。パンツの重要性を痛感したボクは今後、合宿でパンツを忘れることはないと思います。皆様もパンツの管理には、くれぐれもご注意されますように。

 良き山行を。

 では。

 

硬派野営集団 カヌ沈隊 F某


 検証しよう。

 まず、パンツ学を抜きにして常識的に考えても、三泊四日で山に入るのにパンツを忘れるのは以ての外である。登攀具・ロープ・トランシーバー・食料・酒などなどの重要アイテムと同様に、F君には次回からぜひ、計画書の持ち物欄に「パンツ」と記入していただきたい。パンツも生き残るための道具のひとつであるということを、認識するところから始めよう。

 さてF君の記述によると、「このパンツは出発前に風呂に入ったときに履き替えたパンツです」とあるが、これは正しい選択である。航空機の座席内に長時間同じ姿勢で座り続けることにより脚部に血栓が生じる疾患、即ちエコノミー症候群と原因を同じくし、長時間にわたり同じパンツを履き続けることによって生じる疾患、即ちエコノミーパンツ症候群が発見されたのは記憶に新しい。パンツの連続着用は24時間を限度と考え、股間部及び臀部の環境を一定に保つ必要がある。

 F君の犯した最大の過ちは、パンツを持ってルートに出なかったという事実に収束される。このケースにおけるパンツが生乾きだった場合の対処法としては、ザックの外に縛り付けて行動し、充分に乾いたところで着用する、というのが最善であった。ノーパンという危機的状態に、的確な問題解決を実行しなければならなかったはずである。

 では最悪の場合、パンツがない時はどうするか。これは持ち物を活用して対処したい。ハーネスの擦れる場所にテーピングを貼る・臀部にタオルをあてがう・シャツをむりやり履く等々、アイデア次第で如何様にも事故を回避できるものである。極論ではあるが、パンツを忘れたら登らないことである。パンツ遭難したくなかったら、家でゴロゴロしながら快適なパンツライフを満喫すれば良いのだ。

 「パンツを忘れたゆえの、この災い。パンツの重要性を痛感したボクは今後、合宿でパンツを忘れることはないと思います」F君は手記をこのように纏めている。この姿勢は評価に値する。F君には今後、今回の反省を忘れず、パンツの機能をよく理解し、きちんとしたパンツ計画を立て、しっかりパンツを管理し、下半身の快適な登山を楽しんでもらいたいものである。

 


<記 カヌ沈隊 F>


 


硬派夜営集団カヌ沈隊

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