大幽 東沢から丸山岳 平成13年7月 20日〜 22日 ★★★ 硬派者:CL高桑さん SL隊長 狩猟班長(装備・医療) 深町隊員(記録) 1/25000 地形図:「城郭朝日山・会津朝日岳・高幽山・内川」 |
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その時、高桑さんの双眸がギラリと光った。 右へ二三歩、左へ二三歩と移動しながら、雪渓の状態を見極める。 軽く片手をかざし、セカンドの僕に"待て"の合図を送ると、ササッと軽い身のこなしで、スノーブリッジの向こうに駆け抜けた。 振返ると、片手でチョイチョイとやり、"来い"の合図。 その仕種にシビレた。 硬派だ。 武道に、見取り稽古というものがある。道場の隅に座し、稽古を見る。ただ見るだけではない。他人の動きを分析することでイメージを取り込み、重ね合わせブレンドし、我がものとする。見ることそのものが、稽古なのだ。 今回、僕のテーマは、その、見取り稽古にあった。即ち、高桑さんを見る、ということ。僕のような駆け出しの者が一朝一夕に真似できるものでは、決してないが、イメージとして記憶に留めておくことができれば、それで充分である。 脚の遅い僕に気を遣っていただき、歩様はゆったりとしていた。森や渓を愉しむような、穏やかな表情と、飄々としていながら、それでいて、たおやかな足どり。だが、雪渓や高巻きを前にした時だけは違う。僕は見た。高桑さんの眼は、光るのである。 ルートを瞬時に判断する、カッと見開いた瞼。 そして、迷いのない足捌き、颯爽とした身のこなし。全ての動作が、一分の隙もない。 一挙手一投足が、達人の技だった。 初めて目にする南会津の山波に、僕はいたく感心していた。飯豊の山も深かったが、また異なる味わいに満ちていた。今まで見たものとは、言葉ではうまく表現できないが、どこか微妙に違った渓相があった。 ほんの数年前は、丹沢が日本の秘境だと思っていた。去年の夏は、笛吹川東沢の美しさに感動した。単独の白毛門沢を企て、ハナゲノ滝が恐ろしくて震えていた、秋。 そんな、経験も知識も浅い僕が、ひどく小さく、場違いように感じられた。ネクタイの絞めかたも知らない子供が、社交界のダンスホールの真ん中に立たされたような気分だった。ましてや、沢屋界の巨匠、高桑さんのパーティに入れてもらっているのである。恐縮せずにいられようか。 それにしても、カヌ沈隊もずうずうしい。ふらりふらりと沢屋の世界にやってきて、いつの間にか高桑さんと行動を共にするという、稀有な機会を得てしまった。しかしこれは、尾崎隊長の情熱と人柄、探究心と行動力の賜物であり、ずうずうしいに輪をかけた僕としては、ただただ、感謝の意を並べ、平伏するしかない。このような経験をさせてもらえるだけでも、この上ない幸運である。 力一杯吸収しよう、精一杯勉強しようという意気込みだけが、僕のささやかな存在証明だった。 「君たちの感動をわけてほしい」とおっしゃった、高桑さんの言葉が、心のよりどころだった。 ところで、僕は少々、活字に惑わされるきらいがある。 蕎麦粒山。芋ノ木ドッケ。鶏冠谷。八丁クラガリ。ハナゲノ滝。タラタラノセン。シッケイガマワシ。ジッピ。そして、ガンガラシバナ、などなど。 なぜこんな名前なんだろう?と、思うと、猛烈に興味がわいてくる。字面に、ロマンが溢れ出す。 大幽沢にも、やはり、ロマンがあった。「幽」の字である。事前にもらった資料には、「暗い」という意味だと書いてあったが、僕にとっては、それだけでは片づけられない、奥の深さ、力強さのある、魅力に満ちた文字だった。なにがどうなっているのだろう? そんな期待に胸を膨らませていた。 一方、丸山岳の、なんと素っ気ない名前なことか。大幽沢、メルガ股沢などの、顕著な名前を持つ沢を従えている山だとは、到底思えない。しかも、南会津の中心に君臨する、道なき孤高の山である。せめて、「会津大幽岳」であったら、嬉しかったのに。 帰り道、狩猟班長と話して笑ったのだが、イトウという魚がいるでしょう? 僕には、あれがどうしても「伊藤」もしくは「伊東」に思えて、とても、巨大なサケ科の魚にイメージが直結しない。岩魚や山女ならば、硬派な印象を受けるが、イトウさんは、妙に人間臭い。これが「山田」ならまだしも、「尾崎」とか、はたまた「深町」だったら、かなり違和感があるだろう。そんな感覚なのだ。そういえば、スズキという魚もいたか。 話を丸山岳に戻す。 僕はその、丸山岳の稜線直下で、 生ける屍と化していた。 と、高桑さんに笑われる始末。長い長い、高桑さんの山歴のなかで、僕が最もバテた人なのだろうか。 <フカマチ隊員> |
東沢は明るい渓だった
雪渓は少なかった
トンボで釣り上げた美しい岩魚
岩魚を捌く
ウドを掴むフカマチ このころから表情が無くなる
丸山岳へ
山頂直下の美しい湿原
頂上で精も根も尽き果てるフカマチ
丸山岳頂上から下る 左手は西ノ沢
翌朝、空荷で再び頂上へ
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コースタイム
7月20日 大幽橋(9:01)〜西の沢二股734(10:21)〜810地点(11:00)〜沢中合沢二股(12:14)〜1048二股直下幕営地(1:05)
7月21日 1048二股直下幕営地(6:55)〜1048二股(7:13)〜丸山岳稜線上1700付近 大休止(10:56)〜丸山岳山頂(11:46)
7月22日 丸山岳稜線上1700付近(6:38)〜丸山岳ピストン〜1048二股(10:29)〜沢中合沢二股(11:55)〜西の沢二股734(1:43)〜大幽橋(3:00)