青い空、緑の草原、そこには風が吹いていた。 ゆうに背丈を越え、親指ほどもある竹笹を掻き分け進んで行く。密薮にしっかりと守られススケ湿原が現れた。感嘆詞は「うひょ〜」。日本語の乱れが巷で叫ばれているが、これ以外の言葉が見当たらなかった。尾瀬の湿原、猫又川上流にカッパ山、それを囲むように広がる湿原地帯、そして大白沢山、景鶴山が見渡せる。残念だったのは、至仏、平ヶ岳がガスがかかって見えなかったことだ。しかし、誰もが来られるわけではないこの地に、こうして踏み後を残せる喜びは、訪れた者にしか分からないだろう。まるで、宝探しのようだった。幼い頃に小さな森に入りカブトムシやクワガタを一所懸命さがしていた自分とオーバーラップした。昨日泊まった南田代、大きなフィールドの上で小さな湿原を探し当てた。今日も探し当ててしまったようだ。ひひひ。会心の笑みを浮かべていた。
今回のメンバーはオザキ、イチマス、フカマチ、カガシマ、ヨコサワの5名。3泊4日で奥利根楢俣川を詰め上がり、水長沢文神沢上部の南田代に幕を張り、ススケ峰に上がる計画である。
出発の11日夜、オザキがスーツ姿で「1泊しか出来なくなった」といった。カガシマを上毛高原でピックアップし、雨が降っていたので寝酒をするため須田貝ダムの東屋に向かう。先客があり電気館の庇の下で宴会を始めた。1泊しか出来ないオザキは楢俣BCまでなのでまったりムードであった。いつものように酩酊し4時頃まで飲んでしまった。
12日、あさ7時30分頃
ゆっくりと起きるが頭が痛い。荷物を振り分け、奈良俣ダムへと向かった。狩小屋沢の出合いまで車で入る。身支度を済ませ10時頃出発する。矢種沢出合で1本、深沢出合で11時、まだ1時間しか歩いていなのに、景色もよく12時まで大休止とした。冷やし中華を頂いた。明るくて滝も快適に登れる沢だ。カガシマがルアーをちょっと振った。すぐに20センチ弱のイワナをかける。イチマスもフライで簡単に1尾あげる。魚影は少ないがけっこう期待できそうだ。この先、日崎沢出合では左岸を巻く、裏日崎沢まで足を伸ばそうと思ったが、30分くらいの右岸に非常に良い幕場を見つけた。ルートが短いことをいいことに、BCとしてしまった。今日の行動は2時間。オザキがここまでなので今晩は大宴会となること間違いなしだ。しばらくの休憩後、それじゃあ行きますかと、イチマスはフライ、カガシマがルアー、オザキが毛鉤で釣りに出かけた。それではと餌で追いかけた。あまりかからないようだ。イチマスとカガシマが更に上流へ向かう。幕場へと戻る途中に、餌を川虫に替え、釜で7寸位を1尾あげた。釣りは2回目だがなんとなく病みつきになりそうだ。その1尾を加え、イチマスが上流でかけた計8尾が、宴会に花を添えることとなった。いい焚き火の夜だった。
13日、ゆっくりしたいところだが6−8で準備。デポ品と戻るオザキを残し出発した。今日は赤倉とススケ間の尾根を乗越し、南田代を探しに行くつもりだ。ススケ沢、中沢と超えていく。滝が連続して現れるが難しい滝は特にない。ゴルジュ帯をぬけると奥ススケ沢と1:1で出合う。もう少し進み枝沢とあったところで11時30分、昼飯とした。ソバを茹でるが、これがまた非常にうまい。これだから沢はやめられない。さあ、あとは詰め上がるだけだ。しばらく行くと左岸から2段20M位の大きな滝が入っている。右岸は7M位の滝だ。真っ直ぐに20Mの滝を行きたいが悪い。イチマスがザックを降ろして登る。一方ルーファンのため、右岸の7Mの滝を登る。どうみてもこちらの方が登りやすい。イチマスには悪いが、上からこちらの沢に巻いてもらうことに。その後は窪状となり稜線までは少々薮っぽい厳頭部を登る。赤倉とススケ間の鞍部に13時30分頃出た。来た径をみると左側のスラブ上に登れそうな踏み後があった。まあ難なくといったところであった。
稜線から利根本流を眺めると越後沢は上から雪渓がびっしりと残っていた。しかし楢俣はまったく雪が残っていなかった。ススケを望み、これから行く南田代を探す。ぽっかりと南田代、遠く北田代が見渡せるが、かなり薮がきつそうだ。14時頃、意を決っして下降を始める。途中、熊の足跡を見つけては笛を鳴らし、方向だけ定め薮を進んでいく。1時間くらいで湿原を発見する。50M四方くらい、少し傾斜しているが南田代に到着した。湿原の端っこに幕を張った。しかし、傾斜しているので幕場としては快適とは言えず、カヌ沈は湿原の良さに?を打ってしまった。湿原に身を沈めつつ、酒を呑む。17時30分シーバーをオープンした。浪漫のパーティがススケ湿原に泊まっているはずだ。イチマスは30分前から何やら緊張していた。恐る恐る声をかけるが応答がない。始めはドキドキしながら交信を試みたが応答がないので、シーバーをマイク変わりに浪漫コールを熱唱した。いい唄だ。皆、感慨に更けっていた。交信時間が過ぎ、南田代で生姜焼き定食を注文した。フカマチはこの夜、ペルセウス座流星群を見たそうだ。
14日、うどんを食べて7時20分に出発する。
文神沢中ノ沢左俣をめざし薮を掻き分け、支尾根をトラバースする。20分位だろうか、突然100×200M弱位の湿原が現れる。げっ、ここが南田代か…。昨日泊まった場所はなんちゃって南田代だったのか…。湿原を抜けると、林の中に浪漫の赤布を発見した。いいところだった。ここはきっと山の神の遊び場に違いない。鳥が野ウサギがカモシカがクマが山の神と戯れる。人間は少しでもその輪の中に入ることができるのだろうか。南田代を後にし沢への下降を急いだ。8時20分に1550M付近の文神沢中ノ沢左俣に出た。小滝が続き、ぐんぐん高度を上げられる沢だった。1850M付近で水が枯れ始め、薮が濃くなってくる。ラスト100Mは薮こぎだが、傾斜がゆるく30分くらいで、昨日稜線から見えたススケの稜線西側の湿原に飛び出した。稜線を超え、ススケ湿原を見つけてしまった。
青い空、緑の草原、そこには風が吹いていた。
浪漫パーティが下降しているススケ沢、出発も4時間は差がついているので追いつくのは到底無理だ。11時、カヌ沈は早く楢俣本流に降りるべく、奥ススケ沢を探す。しかし、湿原を抜けると背丈を越える竹笹である。現在位置に確信が持てない。しばらく進む。もっと左に振った方がいいかなと思っていると、セカンドのフカマチが「ヨコサワさん足元、右下」と沢筋を見つける。もうこれは考えてもしょうがない、よし下降だ。下っていく途中、対岸のオミキスズ岩を正面に見て取れる。当たったな奥ススケ沢だ。小滝が続くが問題はない。途中10M滝が現れ、ロープを出し懸垂下降。イチマスが懸垂をセットするときに延髄をバチッと蜂かなんかに刺されたときは笑った。かなり痛かった模様。すぐにフカマチがポイズンリムーバーを出して吸っていた。その後、ゴルジュ帯が現れ、左、右と枝沢が入り込む。12時30分、もう少しで本流だろうが、右から1:1で入り込む沢があり本流手前の二俣と判断し、素麺を食べて休憩とした。フカマチは「本流ですよこれ、通りましたよここ」という。他の3名はこんなに早く出るかよと聞き流す。1時間くらいゆっくりと水浴びをしながら休む。もう少しだと、下降を始めると、何故か見覚えのあるゴルジュ帯であった。やるねどうも、本流じゃんフカマチ。ということで、本流との出合いで休んでいた模様。後は登ってきた本流を下降するだけだ。贅沢ながら今日はもう1泊BCで野営ができる。いい天気だねどうも。かなり深い釜があるたびに、飛び込んで泳ぐ。
16時にBC着。カガシマが「感動ですよこれ」となにやら差し出す。そこには浪漫パーティからのメモが残されていた。
「カヌ沈隊のみなさま(8/14PM2:30 byろーまん
福ざわ 黒さわ)
<福澤さんより>
昨日(8/13)ススケ峰にて、ヨコサワさん(ですよね?)のすばらしい歌声がちょっと入りました。「ろーまんコールの一部」と「ろーまん、きこえますか?」がきこえました。昨日は南田代でしたか?こちらも呼びかけたのですが、聞こえなかったようですね。ちゃんと交信していただいてありがとうございました。うちらはほぼ計画どおりにいけました。−中略−
しかし、なんでココがベースなのかなあ?疑問だなあ。入山日はほとんど行動しなかったってことですよね〜?
<黒澤さんより>
昨晩シーバーから浪漫コールが聞こえてきました。交信がとれず残念です。最終日でしょうがお楽しみ下さい。またいつかお会いしましょう。−後略−」
「おお、すげえ、けどまいった。昨日のシーバー聞こえていたのか。マイク変わりに浪漫コールを唄っていたのが…」「そうだよな、ここのBCは理解できないよな」ほんと皆で感動したBC着だった。黒澤さんの車の下に下山ビール置いてきてよかった。これまた感動するだろう。
その晩は狩猟班長が職務放棄をしていたのと、ゴーヤ魚肉ソーセージは苦くて美味しくなかったのは別として、気持ちの良い酒を呑んだ。
最終日、ゆっくりと幕場を後にし、またまた水浴びをしながら狩小屋沢の出合いまで戻り車を回収した。奈良俣ダムのレストハウスで生ビールを呑んだ。下山報告をオザキに入れると、林道で高柳さんにお世話になったとのこと。会って挨拶していこうと思っていたので、電話を入れる。通じないので矢木沢ダムだと思いそちらに向かう。須田貝の管理所で「盛さん、もう降りたよ」とのことで、高柳さんの事務所に向かう。いつものようにビールをごちそうになり、楽しい一時を過ごした。
前略
山の神様。いつも山の中でいろんなものを頂いています。これからもいろんなものを探しに行きます。宜しくお願いします。草々
カヌ沈隊ヨコサワ。
<記 炊事班長 ヨコサワ>
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