あくがれを 炎にあずけ
ことごとく
空白となる 宵宮の酒
〜池田知沙子〜
超硬派・沢屋集団、浦和浪漫山岳会の顔だった、池田さんが、単独で奥利根・宝川ナルミズ沢〜大烏帽子山〜巻機山の沢旅をした時、宝川ウツボギ沢出合で詠ったものだ。素敵な歌だ。その池田さん、残念なことに今年の春、急逝した。ご冥福を祈りたい。
その、奥利根に俺とやすは、18日から20日までの3日間の予定で入山した。土合〜東黒沢〜丸山乗越〜ウツボギ沢〜宝川出合〜ナルミズ沢〜大烏帽子山〜J.P〜朝日岳〜白毛門〜土合、とタップリ楽しめる贅沢ルートだ。初日の野営予定地は前記の宝川・ウツボギ沢出合。
お楽しみは、何と言っても”宵宮の酒”。
ところが、である。
いっこうに明けそうにない梅雨に、さすがにうんざり。気分が乗らないままに、東黒沢に入った。気分が乗らないのは、天気のせいばかりではない。愛車は故障し、ケツメドは痛む。温泉療養の誘惑を、やっとの思いで断ち切った。その憂鬱を消し去ってくれたのが、ハナゲノ滝だった。ハナゲとは名ばかりで、轟々と流れ落ちる増水した滝は、圧巻。俺達こそがハナゲだった。右壁から越える。もう後戻りは出来ない。前進あるのみ。
東黒沢はナメ沢で、特に難所もなくツメにはいれる。ツメ上がると、踏跡もない藪の中。地形図を頼りに進むとコルに出た。俺達の読図力もまんざらでない。あとは楽勝。1時間程で、宝川との出合い広河原に到着。絶好の野営地だ。シートを張って、荷物の整理をしていると、やすの様子がおかしい。焦りまくっている。いやな予感。
「あれっ。ね、ねぇーぞ。う、うそっ!ま、ま、まじ?」狂ったように、ザックを
引っ掻き回す。もしや・・・・
酒が無いだと?!!!!!!!!
茫然自失。
この事実を知った時の俺の嘆きが解るだろうか?
哀しみが解ってもらえるだろうか?
カヌ沈と言えば、”酒” である。酒無くして、カヌ沈は語れない。
あくたいを 炎にあずけ
ことごとく
空白だった 宵宮の酒
〜カヌ沈隊・隊長〜
自らの罪の重さは、充分に承知している狩猟班長・やす。ガックリと肩を落し、憔悴している。重苦しい時間。酒無しで、どうやって時間を過ごして良いのか、経験がないのである。O型の俺は性格がサッパリしているので、グチグチ言わない。エクトプラズムがでているような、深い溜息を数限りなく吐くだけだ。ケツが痛いので、やすに背中を向けて寝る。夜中、寒さで目が覚める。荷物の軽量化のため、今回はシュラフなし。シュラフカバーのみなので、さすがに冷える。枕元においてあったヤッケを探すが見当たらない。やすも寒いのか、顔面まですっぽりとシュラフカバーに包まっている。なるほど。
翌朝、寒さで良く眠れなかったと言う、やすの頭の下にはしっか
りと、俺のヤッケが・・・。なかなか、やるものだ。
すっかり、戦意喪失の俺達は、大石沢からエスケープルートで逃れて、日程を詰め、温泉民宿計画を密かに企てた。”ビールと温泉”を心の拠り所とし、エスケープルートの登山道に突入したのだが、これがまた最悪の悪路だった。沼の中を歩いているようなもの。おまけに、所々崩れている。巨大なナメクジはいるし、延々と急登続き。
カメラの電池は切れ、やすの膝が泣き出した。結局、笠が岳避難小屋(畳3畳ほど)で1泊することに。予想外の展開で今度は水不足。沢筋なら何の問題もないのだが、尾根筋で水を確保するのは至難。ウインナーを湯がいたお湯で、キャベツのクリームスープをつくる。いい経験だ。悲壮感というものは皆無、与太をとばしながら、状況を楽しむ。
最終日。
結局、1度も晴れ渡ることなく、雨に打たれつづけ、1面真っ白なガスのなかを彷徨したことを憐れに思ったわけではないだろうが、早朝の笠が岳山頂でニホンカモシカが迎えてくれた。その曇り無き眼、凛とした姿。無垢。
どんな時でも、感動を与えてくれる山は、やっぱりいい。
|