”日々是口実”

 

 

平成16年2月22日

消臭力のCMにナゼ長州力が出ないのか。 

先日、よこさわからの土産で、いちます味噌というものを頂いた。

夕食時に、味噌汁をすする娘に

『これはねぇ いちます味噌なんだよ。』

とニコニコしながら教えると

”ハァ?ナニいってんだこのオヤジ”

みたいな顔され、ムカーッとした瞬間、下の弟が、

『だいちゃんはトーマスが好きなの!』

と、なぜかやや憤慨気味に、”マス”つながりなダケで”機関車トーマス”のことを口走り始めましたので、さっきの”ムカーッ”の矛先は、この意味不明な宇宙人にぶつけそうになってしまいました。

3人ともそれぞれ残りの二人を、ワケわかんねーヤツと思ってるんでしょうね。

 

平成15年6月10日

先日、”ラーメンもみ”のマスターから、「独立おめでとう!♪」といってお祝いを頂いた。

ウレシイことに食い物である。

俺    「あのぉ なにか袋かなにかいただけないでしょうか」

マスター「あげない」

泥酔状態で、これを片にかつぎ

これを膝に抱え、深夜の東武線にのりこみ

これを枕にして、浅草の墨田公園にて、早朝のスズメのさえずりを聞き、

これを小脇に抱え、自宅まで走った

ちなみにヨコサワはケッコン祝いだといってもらったらしい。

内容量、3.7kgほどか・・・。

賞味期限はあと半年しかない・・・。

また悩み事が増えた。

 

平成14年9月27日

疲れているようである。
風邪も長引き、どうもしっくりこない。
おかげで呑みにもいけない始末。

そんで本日やってしまった・・・。

とあるガソリンスタンドに単車で給油に入ったときのこと。

店員「ラッシャーイ!!現金ですか!?カードですか!?」

やす「カロリー満タン!現金でっ!」

店員「は???」

やす
「カロリーマンタンっ!!!現金っ!!」

店員「かっ・・かろりー???」

やす
「はっ!!」

両者「・・・・・・・・・・・。」

やす「れ・・レギュラー・・・ください・・・。」

ナゼ”カロリー”という言葉を口にしたのか、本人にも全く不明である。なにか別の力がそうさせたものとしか思えないのだ。

もうあのスタンドへは行かない・・・。

 

平成14年7月10日

 おたふく風邪になった4歳になる娘が、あまりにも哀れだったので、昨日、前から欲しがっていたおもちゃのお化粧セットを買ってもらったらしい。

帰宅した俺に、その口紅を誇らしげに見せ、はしゃぐ娘であるが、おもむろに口の周りへグリグリグリ・・・。

完全に唇からはみ出している、ラメ入りのピンクの口紅。これでは”きんとと”である。

きんとと:「ぱぱー見て見て見て!」

私:    「ん?口のまわり、テラテラだぞ」

きんとと:「テラテラじゃなーい!」

私:    「ん?天麩羅食いすぎか?」

きんとと:「ちがう!ちがう!くーちーべーに!♪」

私:    「ん?天麩羅ばっか喰うと胃がもたれるゾ」

きんとと:「ちがう!もってない!くちべに!」

私:    「てーんーぷーら♪」

きんとと:「くーちーべーに!」

私:    「テーンープーラ♪」

きんとと:「くー!ちー!べー!に!」

私: (偽西城秀樹 歌:ブーメラン調)   「テ〜ンップラ!テ〜ンップラ!テ〜ンップラ!テ〜ンップラ!」

きんとと:「もう!やぁーだ!!」

 

風呂上りに足元に転がっていたブルースハープを見付けた。

学生時代に買った、想い出のハープは、ピンク色にテラテラになっていた。

 

平成14年7月10日

 先日のとある休日前の日。いつものように呑みに出かける俺に向かって、妻は確かにこう言った。

「明日の朝9時半までには帰ってきてね・・・。」

なっ!なんなんだ!朝9時半ってのは!?朝9時半に一体なにがあるんだ!と一瞬胸の内で狼狽したが、よく考えたら明日の10時に買い物に行く予定だったのだ。

そっか・・・朝9時までに帰ってくれば良いのか・・・♪

夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満夫婦信頼関係築夫婦円満

一瞬

”教育”とか”しつけ”とか”調教”とかの文字がよぎったが、俺は自分自身に気付かないふりをした・・・。

妻教育調教後築夫婦信頼関係夫婦円満四十八手呑代増加宿泊費増加輪廻天象・・・。

にんげんだもの

(みつお)

 

平成14年4月2日

 昨今の新築賃貸マンション建築事情は、浴室乾燥機やら、ウォシュレットやら、今まで分譲マンションに設備されていたものが増えつつあるように感じるのである。
まあ、マンションなどの新築工事を担当していると、工事完成、引渡しまでに、照明、換気扇、オートロック、給湯器等などの各設備機器の機能試験を行うものだ。
ということは、担当している物件が50世帯マンションだとすると、当然、責任感の人一倍強い現場責任者のワタクシが、ヒトツヒトツの便座に腰掛け、物思いにふける形で50回、機能試験を行わなければならない。
だとすると、当然お客様への商品なので、肉体の限界を感じつつ、一壷一壷から50壷まで自己の切り離し作業を行い、我が分身との別れを惜しみ、トイレットペーパーを振りつつサヨナラを言っているワケにもいかないので、自身の洗浄状態の確認のみ、50世帯行うことになろう。

本日、世界一狭き門の清ケツなサラリーマンが誕生したことをご報告致します。

敬具

 

12月14日

こんな夢をみた・・・。

先日、銀座のホステスと二人っきりで呑んだ。

というのは、実は幼馴染で、もう25年近く会っていなかったコなのだが、ひょんなことから連絡を取合う仲になり、先日ひさしぶりの再会をすることとなったのだった。
幼いころ、遠くへ引っ越してしまったあのコは元気だろうか。

下町のとある繁華街のさびれた居酒屋が、彼女の指定した再会の場所だった。
待ち合わせには少しはやい時間についてしまった俺は、店の前であのコの携帯に電話した。
あのコは既に店に入り、俺を待っていた。
薄暗い店内には、ハッとするほどの美人がカウンターに座っていた。
この店の常連なのだろう。彼女は、俺の顔を見ると片手をあげ、『ヨッ!』と声をかけ、店の若い店員に、『このヒトが私の初恋のヒト!』と紹介した。
『昨日、御酉様でさぁ!朝まで呑んでて、さっき起きたんよ!まだ酒抜けないっつーの!』
幼少のころから”がらっぱち”だった彼女は健在で、銀座の売れっ子ホステスになっても、変わってはいなかった。

ひとしきり昔話に花を咲かせ、酔った勢いなのか、彼女の古いアパートにあがりこんだ。
31歳、未婚、美人、1人暮らし。
『ワリィ!化粧落としていい!?』という彼女に『おう』と答えた。
アルバムを見ながらふと振り向くと、25年前のまま、眉毛のはっきりとしたカワイイあのコが鏡の中で笑っていた。

なんだか懐かしさと共に、少しホッとしながらアルバムをまた一枚めくった。
セピアになりかけた1枚の写真には、あのコの隣で緊張気味に佇んでいる半ズボン姿の俺がいた。

 

12月6日

嗚呼、神様・・・。

ミーシャという人のチケットを手に入れてしまいました・・・。

当然ペアで・・・。

それもクリスマスイブ・・・。

嗚呼、神様・・・誰と行くべきでしょうか・・・。

・・・・。

ムリだ・・・。
やはりカミサンと行こう・・・。
ナゼならクリスマスイブだからそんなコトをやこんなコトをしてしまったらっ!

恐!恐!恐!恐!!!!

しかたない・・・。

しかし!考え方によっては、こういうのを先行投資というのだな!!

エサを与えて、山に行く!

わはははは

・・・・・・・・。

硬派だ・・・。

いや硬派ではない・・・かな・・・?

俺はいつも硬派か否かのメビウスの輪・・・・。
メビウスの輪を指に絡め、葛藤しつつリングワンデリング状態。当然ココロはタイトロープ。

ううむ・・・考え方によってはものすごい曲芸だな。
おっと!気付いたら、手元に新品の”シャープメビウス”が届いているではないかっ!
そうそう、6年落ちのノートPCにサヨナラして、買ったんだった・・・。
ついにPCまでメビウスになってしまった・・・。
俺は一体なにをやってんだか・・・。

う〜ん 師走なんだなぁ〜・・・。

 

10月17日

先日、運動会で頑張った、我が娘にプレゼントを買ってやることになった。
カミサンは近くのトイザラスへ、娘の欲しかったディズニービデオを買いに娘と出かけ、”美女と野獣”を買って来たのだった。

『ほ〜 こんなのが見たいのかぁ・・なるほどねぇ〜。そういやぁこの映画だったっけな?”アラジン”だったっけな?なんだか違う女と3回みたなぁ・・・。3回目が今のカミサンで、いいかげん飽きて寝てたら怒られたっけなぁ・・・。ん?もしかして実はそれを知ってて!8年越しのめちゃくちゃ遠回しのフックかも!!いやいや参ったねどうも・・・。』

などとと思っていると、娘がビデオのパッケージを持ってきて

「パパ!これ なんて読むの!?」

と軽やかなステップをきりつつ聞いてきた。
俺は少し面倒臭そうに

「ん〜 美女と柳生ひろし・・・。」

とテキトーに答えると娘は

「びじょとやぎゅうひろし!びじょとやぎゅうひろし!」

とパッケージを見つめ、嬉しそうに繰り返していた。

「びじょとやぎゅうひろし見たい!見たい!」というので俺は娘からビデオを受け取り、

「ハンターチャンス・・・。」とぼそりと呟きながら、デッキに挿入すると今度は

「はんたーちゃんすってなに?」

「ねぇパパぁ!はんたーちゃんすってなに!」

と、ビデオが始まったにもかかわらずしつこく聞いてきた。

最近、俺のオヤジギャグに無反応なカミサンの、洗濯物をたたんでいる横顔が、ココロなしか哀しげだった・・・。

 

8月31日

先日、カミサンと会社の話をしてました。
その時に、サラリーマンという言葉を口にしたのでしょうか?
3歳になる娘が

「サラリーマンってだぁれ?」

と聞くので、カミサンが

「パパよ・・・。」

と答えると、

「サラリーマンって、なんか強そう!サッラリィ〜マン!さっらりぃ〜マン!!パパってサラリーマン!あははは!♪」

と小躍りしながらはしゃぎ出しました。
解ってはいるのですが、なぜか不愉快でした・・・。

 

7月4日

削除しました・・・。

 

5月22日

昨晩帰宅後、あまりの暑さの為、我が家の冷蔵庫をあさっていると、アイスクリームがヒトツ出てきた。普段はアイスクリームなどは自宅であまり食さないのだが、昨日は違った。躊躇せず取りだし夜中一人でさみしくテレビを見ながら頂いていると、寝たはずの我が子(たぶん3歳)が起きだし、
『おちっこ・・・。』
とつぶやく。熟睡中だった我が愚妻は機械的に起きだし、トイレへと連れて行った。娘はトイレから出てくるなり
『・・・アイス食べたい・・・。』
とぼそりとつぶやいたのだ。ドキっ!もしかして俺が食っているこの最後の1個のアイスクリームは娘の記憶にしっかりと留まっていた代物だったのか!我家は夜中のおやつは一切禁止なので、愚妻は
『明日ね 明日。ガマンしなさい・・・。』
とやさしく諭しているのが隣の部屋から聞こえてきた。隣の部屋からは子供のたどたどしい歌声で”明日があるさ”が聞こえてきた・・・。

『あしぃ〜たがある♪ あしぃ〜たがある♪ あしぃたがああるぅさぁ〜♪』

娘よ・・・明日はないのだ・・・・。

俺はヒドイ親父だろうか・・・。

 

2月19日

偽装登山 ああ・・なんて罪深き言葉の響き・・・偽装登山・・・嗚呼神様 こんな私をどうかお許しください・・・。

『偽装登山』正確には”偽装中止登山”とでもいおうか。私が山を続ける為に、やむを得ずとった手段。やむを得ず、山を続けたい一心で犯してしまった罪。
結婚して先日で早6年の月日が流れた。結婚当初はカミサンとスキーやダイビングに興じて仲睦まじい日々を送るまさに鴛鴦夫婦だった。しかしあのオザキ隊長との忌まわしい8年ぶりの再開をきに、カヌ沈隊第二期が始まってしまったのだ。

『ホントうまくやってるよなぁ』オザキ隊長は合宿参加に妻帯者とも思えぬペースで参加する俺が不思議に思えるようだ。
『一体 どうやってんだ?』ケッコンを間近に控えていると噂される隊長オザキの興味はどうやらそこらへんにあるようだ。
俺はゆっくりと口を開き、こう呟いた。
『・・・偽装・・・登山・・・。』
『ぎそう・・とざん?』
『いや・・・。正確には偽装中止登山とでも言うべきか』
『ふむふむ』
『ようは架空の合宿を家庭内ででっちあげるのだ。それでカミサンの怒りをかっておきながら、直前で、「やっぱりさぁ 週末は家にいるよ。一緒に食事でも行って美味いもん食おうゼ」と、視線をややそらし少しハニカミながらカミサンに伝えるのだ!!カミサンは『行きたいなら行けばいいじゃない・・・。』といいつつも機嫌よくその日の夕飯の食器を鼻歌まじりで歌いココロの中で(あ・い・し・て・る♪)というてはずだ!わはははは!!!完全犯罪とはまさにこのことなのだっ!』
『てっ・・・天才だっ!!アンタ天才だあっ!!』

隊長オザキが後ろにやや仰け反り気味で驚愕し、それとともにキラキラした尊敬のまなざしで叫んだ。

正直ココロが痛まぬはずはない。しかし神様。許してください。私は自分に素直すぎるだけなのです。もちろん妻のことは愛しております。本当です。信じてください。どうか子供たちがまっすぐに育ちますように。アーメン

 

2月13日

年末にこんな事件があった。
カヌ沈隊の総会が上野某所にて開催される数日前。事前資料として”カヌ沈隊2001年活動計画”が隊長より配布され、それを自宅で熟読、検討している時のこと。
「なにっ!なんなのソレっ!」
妻が即座に反応する。
「いやっ!そのっ!これはっ!ぐうう(汗)」
狼狽し毛穴が開ききる俺。
「あなたねぇ ウチはもう二人目の子供も生まれたばっかりなのよっ!そんな遊びほうけてる場合じゃないんですっ!まったく もう来年の遊びの計画なのっ・・・ううっ(後半涙声)」
「あのね あのね これはね これはね あくまでもケイカクであってケイカクなのね 家族計画のあとはカヌチン計画 なんちってあははあははあはははは(汗)」
タイミングが悪かった。実は先ほどカミサンの公園友達と、家族同伴忘年会の話があり、カミサンの言う日程はすべて俺の友達との忘年会が入っていたのだ。
「あなたダケ ね? 解る?アナタだけなの都合悪い都合悪いって言うのは!他のパパはみぃ〜〜〜んないつでもOKなのっ!」テーブルを人差し指でトントン叩きながら旦那を追い詰める妻。しかし妙に冷静に妻の鼻の穴が興奮で大きく開くのを見つめつつ
”カワイそうなパパ連中だ・・・年末に予定がないなんて・・・。しかし攻め立てられる俺のほうがもっとカワイソウなのだ。”そう思ってしまったが、死んでも口にできなかった。
そんな会話の直後だったのだ。間が悪すぎる。姑息な俺としたことが・・・。
総会では「くっそ キビシイなぁ この月にコレ行ったら、そのあとのコレは行けネェかもしんねぇなぁ・・・でもココも行きてぇしよぉ ったく なんでなんだよぉ・・・(涙)」
さみしかった。非常に。しかし俺はカヌ沈隊唯一の妻帯者。耐えるのだ。ここで家庭が崩壊してしまったら、若きカヌチニストの結婚への夢が死刑への階段に変ってしまうのだ。そう自分に言い聞かせ、なんとか年間山行目標45日を達成する為にさまざまな作戦を考える俺であった。

つづく

 

2月5日

土日に家族で会津のたかつえスキー場へいってきました。
我が子はスキー場が初めてで、視界を埋め尽くす白銀の世界に大分興奮気味で『夢みたいだねぇ! 夢みたいだねぇ!』とはしゃぎまくり、一緒になって良く遊びました。
まだ3歳になり立てで泣き虫の長女なのですが、リフトも怖がらず、私が抱えてけっこう飛ばし気味ですべってもへっちゃらのようで、『もっと!もっと!』と喜び、少々頼もしく感じたひとときでした。
自分の持っている技術や知識、感性のようなものを我が子に伝える時や伝わった時、受け入れられたと感じた時、というのは本当に嬉しいもので、なんともいえぬ親父の顔になっていたのかもしれません。もっともっと自然に触れて、感受性豊かな人間に育って欲しいと願ったと共に、子供にはいろいろな事を経験させ、その中から子供に本当に合ったものを見付けだし伸ばしてやるのが親の勤めなんだろうななどと今更ながら思った一時でした。そういえば自分がスキーに初めて親父に連れていってもらったのも三つの時だったなぁ・・・。

 

12月22日

まだ実感がないのだ。一級建築士に合格したことの。おそらく試験と同じ時期 盛夏の渓にどっぷりと浸ったとき、初めて自己の精神は解き放たれ、呪縛から開放された自分に気づくのだろう。それほどまでに今年の勝負は重いものだった。
己の道を決め、全ての欲求を排除し、ただひたすら正面だけを見据えて突き進めたことは、やはりまわりの仲間や家族、会社のおかげであった。また、背水の陣をみずからひいたことも成功のきっかけとなったのだろう。ありがとう。

ただひたすら友人、知人、家族への感謝の気持ち
ただひたすら自分への賛美の気持ち
ただひたすら次のステップを目指して
ただひたすら"硬派"を貫き通す

”夢見る才能は少年をも上回る”

う〜ん 来年も硬派に生きたいものだ。

 

11月27日

テレビのニュースを見ていた
「たった今!亀田の柿の種にガン細胞を消滅させる働きがあることが発見されました!スーパー田島には柿の種を買い求める客が殺到することが予想されます!」テレビのアナウンサーは街頭で号外を配る姿を背景に興奮気味にこの重大ニュースを伝えている。
こうしちゃいらんねぇ!早くスーパー田島に行かなきゃなんねぇ!ん?この10年以上、カキピーは毎日1袋は食べてるゾ。俺はガンで死ぬことはねぇな フフフ・・・。

そんな夢を見た。俺は幸せだと思う。

 

8月12日

今日は夏休み前最後の出勤日である。現場の若い連中は、俺を置き去りにして海へ山へ出かけてしまった。俺といえば今年は一切の欲望を絶ち、盆休みは自宅でお勉強である。東スポの連中もツーリングだかなんだかに出かけてしまったし、カヌチンは例によって”男を鍛える強化合宿 夏の陣”にでかけてしまって、唯一俺だけが在京本部になってしまった。
そういえば今朝、カミサンに『昨日おしり出して寝てたよぉ〜(笑)』などと朝飯を食ってる時に言われた。はて?そうだったか?暑かったからなぁ なんだか寝苦しかった。

昨日の夜は一昨日の呑んだくれ朝帰りのおかげで熟睡できるものと思っていたのだが、眠すぎてなんだか寝付けず、やっと寝たとおもったら夜中にへんな音で目覚めたのだった。
チュパ!チュパ!チュパ!チュパ!×∞
延々と続く・・・。
チュパ!チュパ!チュパ!チュパ!チュパ!チュパ!チュパ!チュパ!×∞
なんだと思ったら、まだ指しゃぶりの抜けない我が娘が寝ながら指をしゃぶっている。
夢うつつの中でむかしこんな馬鹿話しがあったなぁと思い出す。
新婚夫婦にコドモが出来た。カミサンはおっぱいをたくさんあげ、可愛がる。いままで自分だけのものと思っていたカミサンの乳が、突然の同居人によって奪われたのだ。激しく嫉妬心を燃やすパパさん。
『くっそぉ〜 カミサンの乳に毒を塗って抹殺してしまえっ!』
数日後 死んだのは子供ではなく、となりのオヤジだった・・・。
なぁ〜んてはなしがあったなぁなどと考えていたらケツだして寝てしまった。

今年の盆休みはカミサンが妊娠中だし、俺は勉強が忙しいのでどこにも行く予定がない。長期の休みにどこもいかないなんざぁ何十年ぶりだろう?いや生まれて初めてかもしれないっ!ああぁ〜ががががががが ガマンができないがしかたない。今年1年は捨てたのだ。
とかなんとかいっちゃっても明日からは毎日娘と屋上でプールに一緒に入り、ビールを飲むことをとてもタノシミニにしてる自分がいることに気付く。そうだ!プール入りながらかき氷をもってき食おう!こういうタノシミって今年だけなんだろうなぁ〜。なになに?明日台風だって!?

 

7月24日

硬派 カンリニンの建築士日記

平成12年7月23日 ついにこの日がやってきた。思い起こせば1年近く前。今の会社を飛び出し自らの夢に突き進むため第1ステップとして、一級建築士資格取得を決意し、今年1年で必ずや合格する為に大枚はたいて学校に毎週毎週休日返上で通い、一切の欲望を排除し、山に行くことも自ら絶ち、単車に跨ることすら悪と考え”命の水”の酒の量すら減らした禁欲の日々。
疲労のあまり目のまわりの肉がたるみ、筋力が衰え、腹には醜い浮き輪のような脂が皮膚の下に固着しているのがわかる。そういえば、座りすぎでケツを痛め、痔と思いこみありとあらゆる辱め検査を受けたこともあった。この半年で年齢が5歳ほど増えたようだ。

長かった。

 今年1月、大型分譲マンション現場所長として会社トップから直々に辞令を受けた。大げさに言えば社運を賭けた現場だった。しかし会社のトップに上りつめることなどさらさら興味のない俺は会社からの辞令よりも、自分自身をを可愛がるばかりに、直談判にて会社につめより辞令を撤回させてしまった。
けしてゼネコンとは言えない我が社を一流建設会社にする為には〜・・・。会社のトップに以前からそう講釈垂れまくっていた俺だったので、会社としてはどうしても俺にやらせたかったようだ。ったくタイミングが悪すぎだっつーの

『この現場をオマエにまかせようということはどういうことかわかってるのか!』
『おまえだけ楽したいってコトか!』
『いそがしけりゃ合格できないのか!』
『合格しなかったら解ってるんだろうな!』

さまざまな言葉を浴びせられたが俺は『そうです 申し訳ありません・・・。』と答えるしかなかった・・・。
『落ちたら辞職願もって来ます』
そう言い残し会議室をあとにしたのだった・・・。

O157をも恐れ、試験当日まではお中元に貰ったハムにすら手をつけず、大好きな寿司など当然食えず、悪い頭をよくする為に、魚の目玉をむさぼり食い、運をつけるために、犬の糞を見てはことごとく踏みにじり、ともかく神にもすがる思いであった。
その命をかけた決戦の日がきたのだ。

試験会場は拓殖大学文京校舎
今日も灼熱となるであろう日の朝。俺は向かった。
昨日は興奮と緊張の余り、12時には床についたが、3時間しか眠ることは出来なかった。
『むうう 眠い 眠すぎる!こんな事で大丈夫なのかっ!それにしても暑い!暑いし眠い!眠いし暑い!暑いし眠い!眠いし暑い!』
ヘルメットの中で、そうぶつぶつとつぶやきながら単車で会場に向かう。
『そうだ!昼飯なんて食うとこあるかわかんないからコンビニで持参しよう!おれってさえてるー♪』
人間は淋しかったり、不安になると独り言が増えるらしい
『昼飯は食いすぎると眠くなるからオニギリ2コね』
『特製幕の内を食いすぎて、午後の試験の平均点よ下がれ〜』
もう完全に独り言ばっかり・・・。
しかし勝負はもう始まっているのだ。

校舎に着くと時間が早いせいか人気はなく、警備員の案内で会場に向かった。
『クソっ マジで落ちたら・・・。』
途中 ハトの糞が目に付く。人目に触れないようにしっかりと踏み、会場に入った。

つづく

いや続かない・・・。合格しました。やったー!ご迷惑やシンパイ、また応援してくださった方々。ホントウに有り難うゴザイマス。

次は製図試験に向けての勉強が始まりますが、しばしの間、遊んでくださいませ!

 

平成12年1月12日

 耳クソをほじるとカワイイピーチフィズが・・・。耳毛か・・・。耳クソをほじくる度にワタクシもオヤジになったものだと実感する。哀しいことだ。そう言えばハナゲの伸びる速度も加速度的にUPしている気がする。太さなどは頭の毛の倍近い直径である。いや頭の毛が細くなったのか・・・。長さにしてもしかり。今までは暗い洞窟の中で、細々と暮らしていたハナゲどもは、完全な成長を遂げるまでもなく、醜いハナクソ達とともに俺の日常的カクハン作業により外部に摘出されていたのだが、歳と共に自己の存在を告示するかのように太く、長く伸びつづけ、クロスカウンターのように洞窟の反対側の壁のお互いの足元を こちゃこちゃと刺激するもんだからたまったものではない。風邪でもないのにくしゃみは出るし、鼻にほうきが刺さったるのではないかと思われるカヌ沈隊隊長オザキのように、万年ハナゲ竹ぼうき状態になっては女子高生との楽しいカラオケも出来なくなりかねないのだ。しかしワタクシが一番恐れていることは、老化に伴う体臭の変化である。建築現場の詰め所(職人休憩所)のあのすえたような匂いというか、またラーメン屋の換気扇の羽にこびりついた脂の古くなったような香り。それは老人介護問題より避けては通れない重大な老人問題でると認識している。昔から人一倍鼻の効くワタクシであったが、それが老化であるのかワキガであるのか以前は判断がつかなかった。昔カヌ沈隊隊長オザキに「年寄りって、なんか匂う気がするなぁ」という話をすると、ヤツは一言「死臭だな・・・。」とつぶやいた。ナルホド納得。あの匂いが進むとその匂いを嗅ぎつけギャートルズ並の死神がやって来るということか。そう言えば実家の隣の家がヒドイ死臭を放っている。実家での晩御飯の席で、隣の家の話が出た。家族の者もそういえば最近匂うという。そこでワタクシはおもむろに箸を置き、つとめてゆっくりとした口調でこう言った。「死臭だな・・・。お迎えが近いゾ・・・。」その途端、家族から集中放火を浴びたのは言うまでもない。そう その食卓には今年93歳を迎える祖母もいたのであった。

 

11月11日

黒部川の仙人ダムと黒四ダムの間、およそ15キロを下の廊下という。下流からS字峡、半月峡、十字峡、白滝峡と黒部川の真骨頂が並び、両岸は岩壁に囲まれて豊富な水量をたたえた瀞と奔流が断続する。そのなかでも十字峡は幅20〜30bの黒部川に左岸から剱沢が、右岸から棒小屋沢が全く同じ所で滝となって合流し、十字形の見事な渓谷を形成している、まさに絶景である。らしい・・・。

 昭和53年。少年は、たまたま見たテレビで4つの渓谷が互いにぶつかり合っている不可思議な映像を見た。実際は本流に支流二本が向き合って流れ込んでいる出合いだったのだが、それが丁度十字型に見えているのだった。渓流釣りにあこがれ、渓流本を擦り切れるまで読み返していた少年は、その映像を見つめ、「いつか自分の目で見てみたい」と強く思い、その衝撃的な黒部 十字峡の映像を生涯忘れることの出来ないものとして、両目と小さな胸に焼き付けたのだった。
 ある日、丹沢のとある沢へ少年は父親に悲願の渓流釣りに連れていってもらった。そこでヘルメットをかぶった奇妙な集団が滝を攀じ登っていた。アルピニストの父親は「沢登ってぇのは自殺行為だな。沢登だけはやるなよ」と何も解らぬ少年に、悟とすように言い聞かせた。
 
 先日、カヌ沈隊幹部三名にて、沢屋のアンダーグラウンド飲み屋”もみ”にて、酩酊幹部会議を開催した。会議前にしこたま呑んで来た隊長は、ろれつの回らぬだらしない形相と赤い鼻で俺に問い掛けた。「オマエは何がやりたいのだ。」
問い掛けられた瞬間、俺は酩酊気味の朦朧とする意識の中、少年からの思い出、十字型の衝撃的な渓谷の映像、親父の遺言のような言葉が頭の中を駆け巡った。
「俺は黒部の十字峡をこの目で見てみたい。それはガキのころからの夢だ。そしていずれ黒部を本格的にやりたい・・。ボルトやハーケンを使ってでも、黒部をやりたい」
「あんた死ぬでしょ!だが3年後には行っているかも知れないところがカヌ沈隊の恐ろしいトコロだ。」
冗談交じりに隊長がうれしそうに言葉を返す。

渓流の話になると「黒部」。富山出身者と解ると「黒部」。スーパーで鱒寿司を見つけると「黒部」と発していた俺。黒部渓谷へ数年後現実として手の届く”可能性”のあるところまで来てしまった。俺の渓への執着はもしかしたらここなのかも知れない。

単独で丹沢の勘七沢を遡行。行く手に何が現れるかわからない不安と期待。胸をドキドキさせながら次を想像する。この興奮。僕は一気に取り付かれて行く。
(志水哲也 大いなる山 大いなる谷 より)


10月20日

最近 管理人の独り言をサボリ気味なので、ここで意味も無く更新することにしよう。
さてさて 我がHPもお蔭様でキケンな遊びをしている割には、無事故無災害にて一周年を迎えることが出来ました。これは日ごろ、皆様方の高い安全意識の賜物と感じております。有り難うございます。
思い起こせば一年前。たしか台風かなんかで現場に缶詰になったときに、貰ったソフトをいじくりまわし、今現在では兄弟サイトとなっている『東スポ軍団』と我が『カヌ沈隊』を一緒にしたHPを開設したのでありました。当初は我がカヌ沈隊メンバーはPC所持者はワタクシ管理人と炊事班長のみ。この炊事班長もなかなかネットには顔を出さず、結局管理人の空回りに終わるかと思われましたが、いまでは立派な野営サイトとなり、相互リンクの依頼メール処理だけで日が暮れる毎日。東スポ軍団のほうも、Yahooに登録されてからはアクセス数もさらに激化し、カヌ沈隊をはるかに引き離している。

 過去の戦歴や管理人の独り言をあらためて読み返してみると、”よくもまあ家庭のある身でこんなにも遊びほうけていられるなぁ”というのが率直な自分自身に対する感想である。我がガキはただいま一歳半で、いろいろしゃべり始めたところで、からかうと非常にオモシロイのだが、先日 区の幼児教室の運動会へ、ワタクシも父として、立派にお勤めしようと腹をくくって行ったのだが、どうも周りの雰囲気に馴染めない。ナゼだろう?良く考えたら自分が父親という自覚がないことに少々気付いた。正面の校庭では我が妻と子供がアンパンマンの音楽に合わせ、他の親子と共に踊っている。それを客観的に見ている自分がいたのだ。
「ううむ あのオンナと知合ったまでは覚えているが・・・はて・・・あの子は????」
などと一瞬よぎる。
「おおっ!俺のヨコにはしらんオバサンがっ!」
「うあ!なんだ 右手にはハンディーカムがっ!左手にはカメラがっ!」
とたじろいでしまい、両手のカメラを汚らわしいもののように投げ捨て、頭を抱えてその場にうずくまり自問自答を繰り返す。
「いや なにを俺は考えておるのだ!出てくるところをしっかりと見たではないかっ!とっ!隣はカミサンのオフクロではないかっ!はっ 早くアンパンマンの踊りをビデオにおさめなくてはっ!んがっ!はあはあはあ・・・。(泥汗)」
こらはまさに現実逃避以外の何物でもないことを最近自覚しつつある・・・。

結婚してからも、自分の時間と遊びを続けて行くといことは並ならぬ努力と根性を要する。日々、いや一秒一秒が自分の遊びと家庭とのタイトロープ。
カミサンは言う
「結婚したんだから少し落ち着いて家にいてよっ!(涙)」
「オマエねぇ〜 わかってねぇなぁ 休みのたんびに家でゴロゴロしてて、昼間っからビース飲んでよぉ テレビの喉自慢大会見てる親父よりイイだろう ええ?」
「そんなことじゃないのよっ!(号泣)」
「へ?」
「趣味を減らしてっ!」
「減らしたぞ!一番デカイ趣味を俺はやめたのだっ!(ふんぞりかえり)」
「なぁにっ!?」
「・・・・・ぉ・・・オンナ・・・・。(目をそらしつつ)」
「当たり前でしょっ!(ポカスカポカスカポカスカ)」
「イテテテテテテテテ!!!!!!」
こんなような毎日なのだ・・・。

実家に行けば行ったで親父に
「オマエ 山っつうもんは結婚したらやめるんだぞ」と言われるのだが、親父も昔は散散山をやり尽し、留守番のオフクロはいつも家の物干しで「もうイヤ〜!!!」と絶叫していたという伝説を俺は知っている。この親にしてこの子なのだ。しかたがない。
 しかし俺は良くわかっているだ。少々聞き分けの悪いカミサンではあるが、ハーレーを黙って買ってしまい、「俺の車さぁ タイヤ二つ無くなっちゃったんだよねぇ どこ行ったかしらない?」とアホ面で打ち明けた時も、なんだかんだで黙って諦めてくれたし、オフロードバイクを買ったときも「前にさぁ 無くしたタイヤ 出てきたよ♪」と打ち明けた時も黙って諦めてくれたのだ。カヌ沈隊で月に2度も出かけても、まあしぶしぶ文句いいつつも行かせてくれている。ガレージにもちょくちょく出かけ、平日は呑みあるき、2時、3時。よくもまあ刺したりしないでガマンしてるものだと他人事のように感心してしまう。”みのもんた”や”デビ婦人”も余計な相談が減って助かっていることだろう。

ただいま懲りずに子供をもう一人仕込中である。「二人目できたらお願いだから家にいてよ」とカミサンは言うが・・・まあ ムリだろうなぁ 
今日も帰宅した瞬間から綱渡りが始まるのである。

こうやって書くと ホントに俺はダメ親父みてぇだなぁ・・・。

 

9月16日
先日の源流単独遡行から帰還して、数日がたとうとしている。。まだ全身に疲労感が堆積しており、あの夜の闇の恐怖を克明に思い出すことができる。無事帰還した翌日、東京山小屋にてカヌ沈隊定例酩酊会議を開催したが、その時自分は”二度と単独では行きたくない”と仲間に漏らしていた。しかし、今はどうだろうか・・・。二度と単独では行きたくないという気持ちと、もう一度あの緊張感のなかに自分の身を投じてみたいという気持ちが複雑に絡み合っている。単独では、”酩酊日記”でも隊長が言ってたように、”感動を共有する仲間”がいないということが非常に寂しいことである。また食事が虚しい。相反し、なぜまたあの状態に身を投じてみたいのかというと、”異常なほどの緊張感”と”異常なほどの孤独感”との相乗効果により、己の未知なる部分である”極限の精神状態”と向き合える面白さではないかと思う。日々、都会の喧騒の中で生活している自分は、明らかにあの”闇”におびえていた。あの夜は原生のころからの自然が非常に色濃く残された闇であり、人間の為の自然ではなく、”存在するが為の自然”である”人の匂い”の全くしない夜であった。
 
 あの日俺は両門滝に感動し、その場所でのビバークを決めた。興奮しつつ渓で冷やしたビールを立てつづけに二本あおり、至福の時を全身で感じていた。しかし、刻々と迫り来る闇を意識し焚き火を起こす。ナゼかいつもの焚き火よりもやや大きい。キャンドルランタンもしっかり吊るし、頭にはヘッドランプがこうこうと照らされている。渓の音も一定のリズムのようで同じではなく、さまざまな音が複雑に絡み合っている。すると渓の音意外の音まで聞こえてきてしまうのだ。幻聴とはちがう、人間の弱さゆえに聞こえる音。そのたびに無意味だと知りつつ振りかえることも何度か。仲間で行く時には極端に嫌うラジオも付け、文明の匂いのするもので周囲を囲んだ。程よく酔いが回り、眠りに入るも、ふと起きると草木も眠る丑みつ時。寒さで焚き火を起こしラジオもつけるが日本放送も二時で終了。すかさず短波放送で韓国放送をきくも、虚しく放送終了・・・。あの闇が懐かしいくさえ感じる。
 こういうのはどうだろう。
個人個人で単独遡行用の装備を担ぐ。ルートはほぼ同じだが、全て自分の力での渡渉を基本とし、高巻きをするか、直登かは個人の判断。ビバークは別地。焚き火の炎や煙が届かず、ラジオの音すら聞こえない距離で単独でビバークするのだ。これは幹部のみでしかできないだろうが、べつの意味では、”サブリーダー育成プログラム”としてもオモシロイ。来シーズンは是非やって見たいものだ。当然重い荷物を背負える幹部は3人で岩魚づくし、キノコづくしの大宴会。奴隷のみ単独ビバークカレーライス訓練。翌日は”何か”を見てしまって白髪になり狂乱していないことを祈る。フカマチやナカハラ、ガリガリがあの”漆黒の闇”に耐えられるであろうか?今から楽しみだ。

 

9月9日
日月で山梨のとある谷に今回初めて単独遡行に出かける予定だ。沢のレベルとしては中級程度なのだが、レベルなんてものは、天候悪化による水量の増加等により、簡単にひっくり返される。幸いここ数日は雨というほどの雨は降っていないようだし、当日の天候も良さそうである。しかし単独での沢はどれほど危険か多少は知っているつもりなので、用心に用心を重ねざるを得なくなっている。エスケープルートの下調べ、常に引き返すことを考えた遡行を心がけなければ成らず、高巻いて懸垂下降をしたあとに、安易にザイルを回収してしまい、その後進めなくなったときに戻るてだてが無くなる可能性もあるのだ。装備にも十分な検討が必要とされ、やや過剰装備とならざるを得ない。その為今回はナッツを購入、火種も余分、メタやメタクッカー当も購入してしまった。いつもは共同装備として仲間と振り分けた荷物が全て俺の方にのしかかってくる。無線しかり、ザイルしかり、食材しかり、酒しかりである。まあ55Lのザックに押しこんでみて考えるとするか・・・。過剰装備の原因は最近読んでいる本のせいだとも考えられる。”死者はかえるらず””リーダーは何をしていたか”等、遭難に関するドキュメントだ。是非皆さんにも読んでいただきたい本である。ご希望とあらばお貸ししよう。ただ今回の目的は、沢を詰め、稜線にあがり大パノラマを満喫し、登山道で下山することが目的ではなく、漆黒の闇のなか焚き火を前に自分自身とじっくり向かい合うことが目的なのであるから、別にベーキャン形式で誰にもせかされるでもなく好きなだけ毛鉤を放り込み、まんまと山の幸にありつけたなら、塩焼きと刺身にして頂こう程度の考えなので、好きなだけ遊んでピストン形式となると思う。しかし何よりも恐ろしいのは怪我をして動けなくなった時だ。一応遡行計画はカヌ沈隊幹部に送っておき、万が一なにかあったなら救援体制を取れるよう宜しく頼む。

 

9月8日
毎週毎週遊びほうけていてすっかり忘れていたことがある・・・。肝臓定期検診。「毎年7月7日ごろに来てね♪」と医者に言われかれこれ10年以上になる。なんとか10月までには行かなくてはならないのだが、なかなか強化合宿やらなんやら予定が目白押しとなり行けそうも無い。毎年一度、必ず一度だけ会うひとが存在すると言うのはオモシロイもので、10年も続けていると、お互い歳をとり、1年前とはちがっているところを探すものである。昔付合っていたオンナと毎年一度だけ会うという約束をして分かれたらまたオモシロイだろうが、甘くセツナイ思い出のまま分かれ、記憶の中ではイツモ当時のままであるはずの美しい甘くセツナイ想い出は年々崩れて行き、ただのシワタレバーサンになる姿は誰も見たくないハズなので、あまり世間一般的な分かれかたではないのだろうなぁ。話は横道にそれたが、10年前の私は医者から禁酒を宣告され、ガンの宣告を受けたのと同じくらいのショックを受けその場でのた打ち回り、カニのように泡を吹いたものであった。当時は大学の空手部に所属しており、九州全土の大学の、体育会会長を務めていたのだ。その会長が禁酒・・・・。かなしいと言うよりナサケナイ思いで一杯だったのを覚えている。情けなさに甘え、”ちょっと一杯”とはいかず、一人暮しだった俺はスーパーで食材を買うと、恨めしそうにビールコーナーをうろうろし、「ノンアルコールビール!」と当時誇らしげに売られていた軟弱極まりないビールを一人細々と四畳半一間ですすり飲んだものだった。しかしマジメな禁酒生活?いや実際には今と呑み方は変わっていなかったような気がするが、数年前より「たしなむ程度なら」ということで、ついに解禁。それからはホドホドに呑むようにしている。人間 一つは体の具合の悪いところがあるほうが長生きするとよく言われるが、健康に越したことはないのである。まあ生まれてこのかた歯痛の時に正露丸をのんだきりという”こち亀”の両津カンキチとカヌ沈隊隊長オザキのような体であれば問題ないのだろうが、いずれにしても、てめぇがメシ食ったかどうかすら解らなくなりながら、排泄ブツ製造機となり生き残るよりは、大岩魚に淵に引きずり込まれ天寿をまっとうすることを望む管理人であった。

 

8月27日
昨日、面白いニュースを見た。同じ番組をテレビで見た人も多いと思うが非常に興味をそそられたのでココで紹介しよう。
”ガキ大将なんたら”という夏休みに行うイベントで、各地の小学生が大自然のなかで共同生活をしながら、自然とふれあい学ぶという主旨のアリガチなものだと思った。しかしガキが自然のなかで遊ぶ姿というのは見ているだけでも楽しいものなので、あまり期待をせずに見ていると、さすがにニュースになるだけあって一風変わったものだったのだ。

場所は新潟か長野かどこだか忘れたが、そこらへんの山間部に本部を置く。強化合宿(と呼んでいるかどうかは定かではないが)は硬派度(硬派と呼んでいるかは定かではないが)によってレベル分けされており、テレビの取材を行ったのは、一番硬派な”サバイバル班”であった。班の構成は男女混合で一番下は小学一年生。上級生は初参加の中学一年生。それにリーダーという位置付けで、24歳のこの合宿の卒業生が一人つく全員で7名程度のグループであった。本部から目的地までのルートや工程は全て参加する子供が地図を前にみんなで話し合って決定する。リーダーはあくまでも補佐役に徹する。
参加者はまず本部に到着すると、ナイフを一人一つ渡される。ビクトリノックスの中型クラスのようなれっきとしたナイフである。初参加の中学一年生は少々困惑気味である。レポーターの問いに「ちょっとコワイ」と応えていた。出発準備でザックに詰めこむシーン
ガキ    「リーダー かぼちゃが入りませんっ!」
リーダー  「バーカ 自分の荷物を減らせっ!」

まさにガキだがガキだから面白い。カヌ沈隊だったら

ナカハラ奴隷候補  「隊長っ!酒が重いっす!」
カヌ沈隊 隊長    「死ね」

となるだろう。
ザックの大きさも硬派だ。俺達が50Lザックを担いでいる姿とあまり変わらない大きさなのだ。重いザックを背負いながら出発。マズは食料調達。野菜以外は持って行かないようなので、淡白源を探す。川で魚を捕獲しようとするがあえなく失敗。しかし何度か参加している小学三年生がガマガエルを捕獲してきた。
「リーダー!カエル!カエル!食おうぜぇ!」早速皮をはいで串焼きにする。初参加のものが戸惑うが結局みんなで「ウメぇ〜」と平らげた。今度は蛇を見つける。シマヘビだが危険なのでリーダーが捕獲。ガキに首を落とさせるがまだ元気にうごめいている。「だれか持ちたいやついるかぁ?」という声に小学三年生が「ハイ!ハイ!ハイ!」と名乗りをあげる。これも早速皮を剥いで焚き火で焼き上げ全員で「ウメぇ〜」と平らげた。次に子供たちの関心を寄せたのがアリの大行列。すかさず「これ食えっかなぁ〜」と言いながら口に放り込む。「おおおお!チョーレモネェードだぁ!!!」他のガキも食べる「おお!マジ レモネェード味ぃぃぃ〜!!」

1日目は疲労困憊で道端に野宿となった。翌日は今回最年少の小学一年生がダウン。無線で本部から迎えの車を要請。残ったメンバーで会議が行われる。あるものが目的地の山を目指したいと言う。すかさずリーダーが一人欠けており、全員ではないことを指摘。その日は移動をせず、本部に戻ったメンバーの回復を待つことに。
翌日、1日休み回復した最年少の仲間と共に目的地を目指す。雨などに阻まれながらも進み、やっと山頂。目的達成を無線で本部に連絡。本部からは祝福の拍手が聞こえる。満足げな彼ら彼女らの顔がまぶしい。最終日の夜はベースキャンプで各グループごとにリーダーと焚き火を囲みさまざまな話しをし再会を約束する。

 ガキに自主性や協調性を持たせながら上手くリーダーがサポートするこの硬派合宿。今の子供たちに欠けているものが凝縮されたモノであるように思い非常に興味を覚えた。昨今の子供たちと言うものは、道具が無ければ遊べないものがほとんどであろう。またグループでの遊びも苦手な子供が増えているという。特にワタクシの耳に入る”子供たち”は哀しいかなそうである。本来子供たちは自ら遊びを見つけていく生き物であり、ないなりにも工夫するものである。まあそんな事をここで嘆いても仕方が無い。俺達はいずれカヌ沈隊ガキ大将部を我ら隊員の子供たちを元に発足させ、自然のなかで鍛え上げ、今回のガキどもに勝るとも劣らないガキ大将となってくれたらなぁ日本はまだまだ捨てたもんじゃなくなるなぁと密かに目論むのであった。

 

8月2日

先週の土曜は全世界的に有名な隅田川花火大会鑑賞会を管理人自宅屋上にて開催し、20名以上の多くの方々にご参加頂きまして有り難う御座います。いやはやタイヘンではありましたが近年まれに見る気候の良さと、(ちなみに去年は土砂降りの雨のなか決行。おととしは延期の為当日用意した料理がムダ、当日参加予定の友達は延期のため不参加・・・。)強力な女性陣のサポートもあって、ヒジョーに充実した花火大会でした。この場をお借り致しましてお礼を申し上げまする。

というのはウソのコンコンチキ野郎でして、まあ花火大会やっから来たけりゃおいで程度で始まった今回初のネット募集。”東スポ、カヌ沈サミット”的な匂いがめちゃくちゃ強い中、初参加の方々がどれだけ精神的ダメージを受けたことか・・・・。まあ成功した要因は何度もメールにて確認をとったことと、なにより”業務連絡にて”毎年来るか来ないか解らなくって、カミサンが一生懸命作った料理余ったりすっからな!酒も管理人もちで招待したにもかかわらず、持って帰ったり、ムダな飲み方して残すやつもいっからな!そーゆーのは大嫌いなんだかんな!だから今回は総ワリカンだかんな!おっとなんで差し入れはなんで乾きモンばっかリなのだ!おいおい!そんなところで吐くなっ!おとなしく花火見ろよっ!水遊びするなぁ!という意気込みを遠まわしで威嚇したのを今回参加下さった方々はよくご理解していただけたようで、ヒジョーに夏真っ盛りの夜に素晴らしい花火大会となったわけでした。毎年、奇声、乱闘、嘔吐、負傷に明け暮れていた管理人室花火大会もこれを境にヤングアダルトとジェントルな方々により、来年も開催させていただきたいと思います。
又、ちょーちんが欲しいだの、ビールがたんねぇなどの叱咤激励の声を頂きましたので。来年は頑張ってご用意していただこうかと思っております。

今回料理等、ご協力頂きました女性陣の方々、家のガキがぐずってカミサンが手伝えないにもかかわらずお手伝い頂きまして誠に有り難う御座いました。カミサンが感謝感激しておりました。

あ!2次会の金徴収すんの忘れてたっ!八海山までタダ呑みしやがって!ケッ

 

7月17日
昨日初めて家族3人で山に出かけた。山と行ってもピークまで登るわけでもなく、ハイキング程度なのだが日ごろ家庭を顧みず、取り憑かれたかのように山へ出かけるダンナの気持ちの一端にでも触れてもらえればというところと、家事や子育て、ハタマタ繁華街の雑踏、公園での付き合いなどで心身ともにボロボロになりつつある我が愚妻を自然の中で少しでも浄化させられれば、また自然の中での気持ち良さを教えたいと思い、ヒジョーにヒッジョーに重い腰を上げ、ガキを背負う登山用背負子まで購入し出発に踏み切ったのだった。
前日はクライミングジムに行き、例のごとく飲み屋で一杯ひっかけ、酩酊しつつの深夜帰宅。いつもなら先に寝ているはずの愚妻も、今日ばかりは眠い目を擦りながら起きており、少なからず明日に期待しているようだ。その日に仕入れたばかりの”別冊ハキング”などという”高齢者からの山歩き”の隣に並んでいそうな軟弱本を誇らしげに愚妻に見せ、何処に行くか検討。しかし当日、最高気温予想を聞いて、急遽、今の時期は最高と思われる日光へ変更した。
日光あたりなら私の得意分野なので、コース設定はアタマんなかで出来る。

日光光徳牧場→涸沼→切込湖・刈込湖→小峠→湯元温泉→露天風呂→ビール→酩酊→昼寝→湯ノ湖→戦場ヶ原→光徳牧場→名物牛乳&アイスクリーム
ううむ ご家族連れには最高♪と、さっさと決定。

背負子にガキを乗せると最初は機嫌が良かったが、次第に飽きてきたのかぐずり始めた・・・。単純にそう言うのが嫌いな俺は、さらにガシガシ歩く。ハイペースで歩く。そのうちカミサンが見えなくなり始めると「まんま〜!まんま〜!」と泣き出す始末・・・。「がががが!!!!山に来てまで泣き声か!クソ!!」と思うが ぐっと堪える。今日はそうではいけないのだ。よいパパなのだ。とバカボンパパ並の思考回路に切り替えた。そういう緊急事態を当初から予測していた為に、姑息な俺はガキは後ろ向きで乗せてあるのだ。泣き声は俺のはるか後方へ拡散していく。「うむうむ 恐れていたほどはあまりうるさくはないな よしよし成功成功。」と一人納得。しかし国立公園の登山道はよく整備されているとはいえ、やはり人間を一人背負うと荷物と違って大分不安定だ。おおいかぶさった木をよけながら注意して歩くが、突然「ウギャー!!」と泣き出した。どうやら俺がよけていた木のほとんどは跳ねかえってガキの後頭部に直撃チョップしていたらしい・・・。ううむ すまぬ・・・。
まあ、現地は本当に天気がよく、涸沼などは誰もいなく最高であった。なにより湯ノ湖の露天風呂につかり、湯上りのビールは最高であった!
カミサンは心臓が強いらしく、息ひとつ切れずについてきたのは関心したが、帰宅してから「お前 山歩き 向いてんじゃねぇーの?」という問いに対して「ジョーダンじゃないわよ!」よかったよかった!今度から付いて行くなどと言われた日にゃあ、俺は山靴脱ぐしかねぇかんな。

 

硬派夜営集団カヌ沈隊