2009年5月に、カラスに追われて、フクロウの雛が観音堂に逃げ込みました。観音堂の先達がフクロウの雛を守り、カラスを追い払いました。弱って飛べなくなっていました。先達がフクロウの口元に鶏肉をやると食べました。フクロウの雛は無事に飛び立っていきました。


十一面観音様じゅういちめんかんのんさま
下妻板東十八番札所 金椿山 泉蔵院 十一面観世音菩薩
 
 
茨城県常総市本石下西原に「十一面観音様」があります。十一面山(若宮戸山)に隣接しています。今は無住の観音堂です。十一面観音様の「先達」によって「毎月9日に観音講」が開かれています。「毎月21日に大師講」が開かれています。

  

@ 観音信仰示す最古の資料 木簡出土
巳卯年八月十七日白奉経 観世音経十経記白也

 2006年平成18年に、奈良県明日香村「石神遺跡」から、「表書き 巳卯年八月十七日白奉経 裏書き 観世音経十巻記白也」と墨書された木簡が出土しました。「天武8年(679年)8月17日、承った経について報告します。観世音経10巻を記したと申しておりますとのことです。」という意味である。

A 日本書紀の記述 「日本書記巻第二十九」より抜粋
 戊午改元曰朱鳥元年。(朱鳥此云阿訶美苔利)仍名宮曰飛鳥浄御原宮。丙寅選浄行者七十人以出家。乃設齋於宮中御窟院。是月諸王臣等為天王造
観世音像。則説観世音経於大官大寺。八月巳巳朔為天王度八十僧。庚午度僧尼併一百。因以座百菩薩於宮中読観世音経二百巻
 (大海人皇子は、壬申の乱で勝利した。)天武元年に飛鳥浄御原で即位し、天武天皇となった。朱鳥元年(686年)、天武天皇は病気になった。あかみのとりのはじめのとしに、病気快癒のため、観世音像を造らせた。観世音経(法華経の観世音菩薩普門品)を大官大寺で読経させた。僧尼百人に百の菩薩を宮中に安置させ、観世音経200巻を読経させた。

B 「普門寺今昔」にある記述
 
 昭和53年(1978年)9月「法嗣譲 記之」と末尾に墨書された「普門寺今昔」には、「十一面観音堂」が下妻市「普門寺」の門徒寺だったことが記述されています。延文2年(1357年)からの由来などが記されています。以下はこの「普門寺今昔」からの抜粋です。

○ 本山 常陸國真壁郡下妻南當郷村 沼音山 慈顔院 普門寺
    本尊 十一面観世音菩薩

末寺
 
常陸國真壁郡下妻城廻村 瑠璃光山医王寺妙観院 
 常陸國真壁郡大木村 大木山妙善?院 薬王寺


門徒寺
 
常陸國真壁郡下妻南當郷村 瀬上山 無量寺 現成院 
 常陸國真壁郡下妻南當郷村 妙雲山 最勝寺 不動院
 常陸國真壁郡下妻西當郷村 大平山 尊寿院 
 常陸國真壁郡城廻村 吉祥山 常照院

 常陸國真壁郡城廻村 百華山 慈眼寺 長春院 
 常陸國真壁郡城廻村 知満山 法性院
 常陸國真壁郡大串村 医王山 般若寺 等覚院 
 常陸國真壁郡数須村 亀甲山霊光寺 正法院
 常陸國真壁郡下新田村 無量山 正林寺 明鏡院 
 下総國豊田郡下栗村 医王山 神宮寺 東光院
 下総國豊田郡行田村 行田山 妙法寺 大乗院 
 下総國豊田郡大山村 東本山 不動院 大聖寺
 
下総國豊田郡本石下村 金椿山 観音寺 泉藏院 
 
下総國豊田郡本石毛村 八幡山 常境院
 下総國豊田郡本石毛村 石城山 東福院 
 下総國豊田郡新石毛村 岩屋山 福聚寺 常心院
 下総國豊田郡新石毛村 高柳山 妙星院
 妙見寺


門徒寺 下総國豊田郡本石毛村 金椿山観音寺 泉藏院
 一 境内 弐三畝拾五歩
 一 牛頭天王宮地 東西五間 南北六間 宮三尺四面
 一 不動王 堂九尺四面
 一 姥子稲荷宮 堅三間 横二間
 一 石塔地蔵
 一 十一面観音堂 堂 弐間四面
 一 諏訪明神社地 拾弐間四方
 一 稲荷明神社地 東西四拾五間 南北五間余
 一 日天宮地 弐間四方
 一 八幡宮社地 東西八間 南北三 宮弐間四方
 一 薬師堂地 東西八間 南北七間半 堂弐間四面
 一 石地蔵堂地 東西十弐間 南北三間余
 一 墓所地 東西五間 南北六間
 一 田 五反壱畝弐拾九歩
 一 畑 五反壱畝拾九歩
 一 金十両 
 一 祈祷檀那 八十軒  



 延文2年(1357年)は、南北朝時代の後半です。後醍醐天皇、足利尊氏、北畠親房などで知られる時代です。室町時代、安土桃山時代と、戦乱が続き、支配者が入れ替わった時代です。地形も現在とは異なっていたと推測されます。鳥羽の淡海、飯沼、鬼怒川と小貝川の乱流。沼沢地や原野が今よりずっと広かったと思います。原、西原、北原などの字名が、往時を物語っているかもしれません。標高30M余の河畔砂丘とその近辺は、人が住むのに適地であったと推測されます。鮭、ウナギ、ナマズ、ヤマベ、フナなどの捕食。河畔砂丘の薪炭、茸、山菜。周辺の田畑。あいつぐ戦乱やたび重なる洪水で、人々の生活は過酷なものであったろうとも推測されます。普門寺を中心として、観世音菩薩で結ばれた絆の人々が、遠い昔から、今日まで、常総の地で生活してきたことが推測されます。十一面観音様や十一面山(若宮戸山)にいっそうの愛着が湧いてきます。

夏祭り神事の後の懇談会の話題
 西原名物のだんご屋さんから西に向かう道路があります。鬼怒川堤防に突き当たるあたりに枯れた大きな杉の木がありました。そこに「行屋」があったそうです。今はありません。


「私が小さかった頃、枯れた大きな杉の木がありました。そこに小さなお社がありました。あのお社は、なんという名前でしたか。昔はどんな建物がありましたか。」
「日本神社です。」「古い時代に別の名前がありませんでしたか。」「観音様にある石碑数体は日本神社にあったのを移したのです。」「行屋という建物がありました。8畳二間に台所がありました。」「大人の御神輿をお祭りしておくお宮がありました。」「堤防の近くに山車を収納しておくお宮がありました。」「
阿弥陀様がお祭りしてありました。大日様もお祭りしてありました。」

「千代川村までは下総の国でした。総上(ふさかみ)の川が常陸の国と下総の国の境でした。「蚕飼村は国界が語源であるとも言われています。蚕飼地区も常陸の国と下総の国の境だったようです。」「千代川や石下の宮司は香取神社が多いのです。下総の国だったからです。常陸の国だったところには、鹿島神社の宮司が多いのです。」

 私は「新四国霊場御詠歌」にある「上石下村、西原坪、「みだやわた」は、西原の行屋があったところだったと推測しています。あるいは、現在の十一面観音堂から枯れた大きな杉の木があったところまで、境内がつながっていた時代があったのかもしれません。普門寺今昔にある「八幡宮社地 東西八間 南北三 宮弐間四方」に、該当するのではないかと思います。さらに、普門寺今昔にある「日天宮地 弐間四方」も、西原の行屋があったところにあったのではないかと推測しています。

C「東源軍鑑」にある記述 
 近年、西小塙の旧家から「古文書、東源軍鑑」が発見されました。この古文書に、「豊田の鎮守雷太明神本地、十一面観音」という記述があります。現在、現代訳をしていますが、私にとっては、なかなかに難解で、現代訳ははかどりません。。天正3年(1575年)頃、豊田と多賀谷の攻防のくだりに出てくる記述です。この古文書にある「十一面観音」は、豊田地区、蛇沼古戦場近くの「常楽寺」と推測しています。しかし、「西原の十一面観音様」である可能性も否定しきれません。
   



D 興正寺の十一面観音堂
 明治時代になって、十一面観音堂は興正寺の十一面観音堂になりました。

E 毎月9日に観音講が開かれています。

       

F 毎月21日に大師講が開かれています。
   
 現在でも、毎月21日に、観音様に隣接した家に住んでいる「先達」を中心に、大師講が開かれています。北関東の地で、なぜ、空海大師の大師講が、今日まで続いているのでしょうか。「千代川村史」を読んで、納得しました。「千代川村史」(抜粋)に、下記のことが記されていました。

○ 新四国霊場御詠歌 宗道 薬王寺資料(抜粋)
 
「四国巡礼に行けない人のために、四国霊場の寺院の砂を持ち帰り、各霊場の本尊や弘法大師の像を建立して作る、四国八十八カ所の地方ミニチュア版である。」「札所は、新宗道村、千代川村、下妻市、つくば市、石下町、水海道市の範囲・・・。」
「新宗道村、本宗道村、田下村、下栗村、松岡村、新田村、中居指村、長塚村、今泉村、本峯村、小嶋村、栗山坪、小の子村、田町、古沢村、堀籠村、坂井村、大串村、大宝村、北大寶村、横根村、平川戸村、筑波村、数須村、下新田、本比毛村、向比毛村、袋畑村、谷田部村、山尻村、柳原村、安食村、肘谷村、樋橋村、亀崎村、加養村、新掘村、見田村、唐崎村、長茅村、伊古立村、鯨村、舘方村、椎木村、山口村、横堤村、
「五十六 弐ヶ所 上石下村 西原坪 地蔵ほさつ たいさんじ 
みなひとの まいりてやがて たいさんし らいせのいんどう たのミおきつつ 
五十七 同村 みだ やわた 
此よにハ ゆミやをまもる やわたなり らいせハ人をすくふ ミたふつ」
「みだやわた」は、「私が子どもの頃にはあった「枯れた大きな杉の木の行屋」跡だったと思います。
原宿村、小保川村、原村
六十六 弐ヶ所 若宮戸村 千手観音 うんべんし 
はるはると くものほとりの てらにきて 月日を今ハ ふもとにそミる

「この、麓とは、鬼怒川砂丘の河畔林、十一面山(若宮戸山)の東端ということ」ではないだろうか。
「うんべんし」も「たいさんじ」も、現在、西原に住んでいる人はだれも知りません。
六十七 同村 薬師如来 こまつおじ うへおきし小まつをてらをなかむれハ のりのおしへの風そふきぬる
向石下村 篠山村 倉持村 花嶋村 古間木村 鴻ノ山村 沼新田 中沼 杉山村 
岡田新田 国生村 皆葉村 別府村、釜庭村、仁江戸村」