紡ぐ手

      

  何ヶ月ぶりかで二日続けてよく晴れた日。
  子供たちは朝御飯もそこそこに家を飛び出す。太陽が昇りきって
山の影から姿を現すまでの一時、世界は子供達の物になる。
  前の日に真っ直ぐな太陽に表面を溶かされた雪が、朝の寒さにも
う一度凍り付く。それは子供たちの体重を支えるに十分な強さを持っ
ていた。
  きらきら光る雪の大地で氷柱を持って飛び出した子等は、水晶の
剣でちゃんばらを始める。折れた方が負け。でも、諦めない。次の
剣を手に入れればいいだけのこと。手作りのそりを持って出た子は、
わざとUの字型の場所を選んで、頬を切る風を楽しむ。ひっくり返っ
て擦り傷を作る。でも気にしない。もっとスピードの出る所を探し
て斜面を登ってゆく。
  頬を真っ赤にして、あちこち擦り傷をつくって、どこまでも彼ら
の持ち物である大地を、追いつ追われつの逃走劇(鬼ごっこという)
をくりひろげていた子供たち。不意に躓く。
  いつのまにか太陽が姿を現していた。凍みついていた雪が溶け出
している。それでも彼らは日陰を探して遊び続ける。
  彼らにとって家の手伝いから開放されてただ遊びまわることの出
来る貴重な季節だった。

  もうこれ以上動けないという位に走り回ったころ、誰かの母親が
子供たちを呼ぶ。”お茶のまねっか”という声に、どこにそんな元
気が残っていたのかと思えるくらいの勢いで駆けていった。


  みんなで、てんでに掘りごたつに足を突っ込む。猫が驚いて飛び
出していった。ただし、おばあちゃんの座っているあたりは遠慮し
てゆったりとしていたが。
  母親が、”ちった、どいてくんね”そういって、子供を少し、避
けさせると、炬燵の中から風呂敷きに包まれたなべを取り出した。
「わあ!!」
子供たちの歓声があがる。
  お粥を炊いて、麹と混ぜ合わせて一晩。成功すればおいしい甘酒
が飲めるはずである。
  ストーブにかけた鍋を母親がかき回す。おばあちゃんはゆっくり
と麻を績む。子供等はわくわくしながら、甘酒を待っている。

  おばあちゃんの左手の錘がくるくると回り、右手の親指と人差し
指で糸がよられてゆく。軽く右手を振り上げるたび、まるで魔法の
ように繊維の固まりが、ツツーと下がってゆく。錘が回っただけ固
まりは右手に引き寄せられて、振り上げた分だけ伸びてゆく。
  やがて皆の手に甘酒が配られ、母親は藁を打ちに行ってしまった。
「ねら、何の話が聞きてってが?(あんたたち、何の話が聞きたいの)」
「鏡が池」
「雪んこ」
「みょうきん」
「だけら、”みょうきん”に、すらあね」
そう言って、鳥になってしまった可哀相な女の子の話が始まった。


「みじょげだね・・・・・。(可哀相だね)」
黄色味がかった麻の固まりがくるくる回る。ストーブのやかんはシ
ュンシュン音を立てて。甘酒で暖まった体が眠りを要求するままに
子供たちは思い思いの格好でうたた寝を始める。
  音を立てないようにそぅっと入ってきた母親が、静かに毛布を掛
けて回る。
「起こさんで、いあか?」
「はしゃぎすぎたあろすけ。いあね。少しくれ」
そういって母親は、そっと仕事に戻る。
  そうしておばあちゃんの錘だけが静かに静かに回っていた。






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