だい・はあど!?

 土曜の朝。恐ろしく憂鬱な気分で目が覚めた。  昨夜の記憶がない。会社からの帰り道からだ。切り取ったように目覚めるまで の行動を覚えていない。   まあ、初めての事ではないので、特に慌てもしなかったが。恋人に振られた りすると決まって記憶が飛ぶ。財布を確かめたが、酒は飲んでいない。首を傾げ ながらクローゼットを開ける。  気に入っていたスーツがない。昨日着ていたのだが。記憶をなくすと着ていた 服も、どうしたのか見当たらなくなっていることが多い。だからといって、特に 困った事も無かったので何となく慣れてしまったが。  問題は、なぜ何も覚えていないかだ。昨日はいていた靴が、妙に傷だらけなの を横目で見ながら急いで家を出る。彼女の不機嫌な顔は見たくない。  駅の人込みをすり抜け、待ち合わせの場所へと向かう。小柄で、人込みの中に 埋もれてしまう彼女を、苦労して探す。 (やっぱり、喫茶店で待ち合わせよう、今度から) 心で誓って、笑顔を作る。彼女が俺を見つけて、子犬の様な笑顔で小走りに寄っ てくる。これが可愛くて仕方ない。  他愛ない話をしながら、二人で手をつないで歩く。ふと、彼女がくりくりと大 きな瞳で僕を見上げた。 「あのね。あのデパートの角に占い師さんが居るでしょう?会社の友達に良く当 たるって聞いたの。だから、私も見てもらいたいな。なんて」  なんとなく、彼女に引っ張られるようにして占い師の前まで行く。  どうも八十は肥えて居そうな婆さんだった。が、素早く俺達を見つけて、愛想 笑いをするあたり、まだまだ当分はくたばらないくらい元気そうである。  婆さんに言われて、二人で手を出す。彼女の手をじっくりと観察して、当たり 障りの無いことを言った後、俺の手に視線を移して絶句した。それから、まじま じと孔の空く位俺の顔を見つめた後、漸く口を開いた。 「長生きはするもんだね。珍しいものを見せてもらったよ。あんた、この私より 長生きするよ」  後はずっと、そんな言葉を繰り返していた割には、しっかりと二人分の料金を 払わされた後追い払われた。  人通りの少ない、工事中のビルの脇を 並んで歩きながら彼女が、寂しそうに 言う。 「じゃあ私の方が先に死んじゃうんだ。つまんない。どうせなら、一緒にって言 ってくれれば嬉しかったのにな」  彼女の考えることが判らない。そう思いながらも、慰めの言葉を吐こうとした 時、頭上で悲鳴が上がった。見上げれば、鉄柱がバランスを崩して落ちてくると ころだった。  (あの婆あ。何が”自分より長生きできる”だよ!!) 心のなかでそう毒づきながら、彼女を突き飛ばして、俺は鉄柱の下敷きになった。 と、思ったのだが、何かがおかしい。固くつむった瞼を恐る恐る開く。うつ伏せ で、頭だけが横を向いているらしい。起き上がろうと両手をついた。アスファル トの感触が、手の平に伝わってくる。辺りの人達がざわめく。 (俺が死んだとでも思ったのだろうか。失礼な)  だが次の瞬間、俺は異常に気づいた。体は起き上がった感覚がある。なのに相 変わらず、俺の首は一センチだって動いていないってことだ。目だけを動かして 辺りの様子を伺う。いつのまにか大勢の人が、遠巻きにして俺を見ていた。  ゆっくりと、俺の頭を包むように拾い上げる手があった。そいつは心の中に話 しかけてきた。 (二日連続で、こんな目に遭うなんて、ついてないよな。こんなに大勢いたんじゃ 暗示にもかけられないしな) 俺の深層意識だった。俺はのろのろと体を回して、彼女を探した。蒼白な顔をし て、腰を抜かしたまま震えていた。  人垣に向かって一歩、踏みだす。さあっと潮が引くように人が逃げてゆく。 (じゃ、取り合えずここから逃げますか)  俺は酔っぱらいの足取りで走りだした。文字通り頭を抱えて。 TOPページへ