彼を追う事がコピーされたBodyの存在意義だった。
彼の残して行ったBodyは、思いのほか性能が良い。ただ、慣れるまでは、余計なノイズまで拾ってしまうのがどうも煩わしい。
形にならない、消去されるほどの価値の無い情報の破片が色とりどりの渦をまいて漂う。時に危険なウィルスが隠れていたりもする。今までのBodyでは見る事の叶わない物達。目の前を掠めた情報を読み取って驚く。ここまでの性能は要らない。いや、このBodyのオリジナルを使っている筈の彼を探すのなら、必要か。
微かな軌跡を辿って正六面体を形作るライバル会社の頭脳へと行き着く。
今まで巨大な壁だと思っていたものを
エアーカーテンの様にすり抜ける。何となく、内部は整然としたものだと思い込んでいた。外に負けないくらいの色彩の氾濫。目眩がしそうだ。
当然といえば、当然だが。セキュリティシステムに見つかった。余裕で逃げ切ると、割とすっきりした個所に出る。
女が一人。しなやかな肢体。金茶の瞳が微笑んだ。縦長の瞳孔が引き絞られる。
「こちらへこない?」
近寄ってゆくと彼女の腕が伸ばされて、肩にかけられる。途端に見えている景色が一変した。一面の金茶のドット。
・・これが彼女の領域・・・・・ね。
首筋に両手が回される。脊髄から蕩けそうになりながらゆらゆらと漂い始める。ふと、目を開けた。視線を感じてドットの一つ一つがざわりと笑う。
身を捩って逃れる。溶け出していた身体が一気に再生する。
「ちっ!なんだよ」
小さいがはっきりと男の声が聞こえる。
「バイ」
呟いて加速する。・・彼女の領域から金茶の球が一つ追いかけて来ているのは気付いていた。特に、支障は無いだろう、そう判断する。
ドラゴンの姿をしたものの脇を摺り抜ける。気付きもしない。見かけ倒しか。相対するウサギは気付いたようなのに。
金茶の瞳の片方にそこに居無いはずの男の姿が映る。彼女の目の一つが追いかけて行った男だ。
冷たい瞳のまま、赤い唇が笑う。
「今更、オリジナルを見付けて、どうしようって言うのだろうね。もう、滓しか残っていないだろうに」
唯彼のみを捜し求める。それは恋にも似て。
深層へと、幾重もの門をくぐる。軌跡を追い、半ば呆れ、半ば感心しながら。時折現れるガードの軽く首を挿げ替える、警告を発しないように。多分、今まで使用してきた中で1、2を誇る性能のBodyだろう。支配しきれるか・・。
彼は、そう、天才、なのだ。客観的に見れば。興味のままに暴走しようとも。処理用の核のオリジナルは彼の作品。その作品で彼の会社がどれくらいの不利益を回避しているか。定かではない・・が。
行き止まり。黒の門がある。思案した。後ろから回り込んで来た金茶の目が女の画像を結ぶ。
「開けてあげようか?」
不快を伝えると、楽しそうに笑う。
「これが最後の門だ。判っているのだろう?ここには滓しか無いぜ?」
画に見合ったやわらかな声が徐々に低くなり、やがて完全に男性の声になる。
「滓をどうしてここまで大切にしまってあるのか、それが判らない」
「そりゃ決まってる。面白いものがかかると思うからさ」
・・・退屈してるんだよ、長い事ね・・・・・そう嘯くと姿はそのままで男の表情で笑う。ふん、と、肩を竦めてみせた。
唐突に門が開く。というより、壁が消え失せた。目の前には歪みきり、存在しているのが不思議とさえ思える彼の姿があった。何も映さない瞳。四肢は破片が漂っているだけ。
「さて、どうするんだろうね」
後ろで哄笑が響く。
裸の核のまま、複製のBodyを消滅させる。腕組みをした彼女が驚く声がした。続いて心底楽しそうな笑いも。
「恋人だったのかい?」
女の画像を結んで振り返ってみせる。一番に残酷な笑みを浮かべて。
「いいえ」
彼のBodyへと滑り込む。混濁した意識から、かれの欠片を拾い上げて決定を下す。一斉に拒否される。けれど、もう彼に私を止める力は無い。処理をするのが私に与えられた役目。創造者を滅する。会社は神殺しをして、自分が創造者に成り代わる。
『さようなら。創造主よ』
痕跡さえも抹消するという役目を果たすべく。歪んだ彼のBodyに同化し、残っていた全てと塵に還った。創造者と交われた幸せな創造物であった。