D-city
宇宙都市の残骸。まだきちんと居住可能だったし、無人という には人の気配が多すぎたが。未だ切られていない動力のコントロー ルパネルが微かに点滅して、容量の限界まで使用されていると訴 えていた。 一見廃屋のようなビルの、明かりのない部屋。以前社長室にで も使われていたのだろう、古びて傷だらけではあったが質のよい調 度がそこかしこに残っている。ただひとつ、その存在を主張する かのようにコンピュータのモニターに延々と文字が流れてゆく。 画面に見入っているのは人気女優のケイトと瓜二つの長い金髪、 少し神経質そうな横顔。 『いい加減にしろよ、”J”・・・まあた一晩ながめてたのか?』 ジェイは唐突に部屋を満たした光の眩しさに、形のよい眉をし かめながら声の主を探した。 ライトのスイッチを入れた本人は、バスローブをゆったりとは おり、栗色の短い髪をタオルでがしがしとこすっていた。 『リィ、そんな恰好でうろつかないでよ。僕が男だってわかって いる?』 リィは口の端で笑うとあえて筋肉を誇示するように腕を剥き出し てみせる。 『できるもんならやってみな。顔だけは傷つけないようにしてお いてやるよ』 『そうね、僕も自分がかわいいし・・・』 肩を軽くすくめるようにして、ジェイは又コンピュータに向き直る。 『ジェ〜イ!!・・・・・・・・・睡眠不足は美容の大敵だぞ』 母親と瓜二つの美貌を保つ事において、並ならぬ努力をしている この少年にとって、リィのこの言葉はかなりの効果を持つはずだっ た。普段ならば。 『ちょっと待ってよ。大事な情報が入ったんだから』 リィが実に嫌そうに眉根を寄せる。 『また、嫌がらせか』 『あのねえ、賞金首になっちゃったみたい』 『・・・・そういったことは、もう少し早く言えよな。ちゃんと消し たか?』 のんびりと答えたジェイに、こちらも負けないくらい緊迫感のな い台詞が返る。 『もちろん。だけど、かなりの人数が見ちゃっているだろうね。 もう、丸一日経っていたもの』 『そうか。アレクは何処にいるか判るか』 『部屋にいると思うよ。さっき女連れて帰ってきたもの』 リィはタオルを首にかけて一旦上に向かってため息をついてみせ ると、きちんとジェイの目を見て言った。 『夜逃げするからな。ちゃんと支度をしておけよ』 『もう朝だよっ』 それには答えずにリィは部屋から出ていった。 プラチナブロンドの髪が、窓からの僅かな光を受けて闇に浮か ぶ。 アラバスターの肌は、闇そのもののような腕に引き寄せられる ままに、緩やかな弧を描く。 血の色を乗せた唇が少し開き、肩を掴んでいた右手が上半身を 支えるためにシーツに落とされる。 『アレク!』 ムードをぶち壊す大声量でリィが同僚の名を呼ぶ。 白い肌に朱を刷いて、慌てて左手でシーツをかき寄せるのと、 リィがライトのスイッチを入れるのとは、ほぼ同時だった。 『何だ』 まったく感情の読み取れない声で、アレクが振り返る。 『出るぞ。いつものだ』 軽く眉を上げたアレクは、プラチナブロンドをすくうように手に 取ると、掠めるように唇を押し当て、再び恋人に向き直った。 首筋に顔をうめると、女の右手がアレクの背にまわされる。虹 色に染められた爪が軽く立てられ、徐々に力が入ってゆく。 と、それまで頭を掻きながら眺めていたリィが大股に歩み寄り、 唐突に女の右手を捻り上げた。 「止めてよ!なにするの?」 苦痛に顔を歪めて女が喚く。 「止めないのか・・・?」 リィは、聞くに絶えない言葉を喚き散らす女の腕をつかんだまま で言った。 「信じているしね」 アレクは少し離れて胡座をかくと、口の端で笑ってみせる。 「そりゃどうも。さっさと着替えてくれ」 左手で女の付け爪を剥がしにかかる。親指の爪をはがしたところ で見かけからは想像つかない力で突き飛ばされた。 軽やかな身のこなしで、ベッドから飛び降りると よろめいた リィの眼球めがけて指を突き出す。 リィはぎりぎりでよけると一歩横に飛びのく。腰をかがめて回 し蹴りをかわし、次の蹴りを左で受けて無造作に押し上げる。 体を捻って躱した女は右ストレートを繰り出す。すべての攻撃 を難なく躱しながらリィが呟く。 「下手な医者にかかったな。襞が寄せてあるだけじゃないか」 完全な傍観者に徹していたアレクの片眉がピクリと上がる。 「専門は内科なんだが・・・。少なくとも私のほうが上手いと思 うぞ」 逆上した(今は)女の左を受け流すと、鳩尾に強烈な蹴りを叩き 込んだ。鈍い音が響く。 勢いで壁にぶつかり、うつ伏せに倒れ込んだ女を 膝を使って 押え込むと、再び右手を捻り上げて付け爪を剥がして行く。 「ほら」 内側に細工された爪をアレクに投げてよこすと、首にかけてい たタオルで女の手首を縛り上げる。 「早くこいよ」 そう言ってリィは出ていった。 アレクは手早く自分の服を着込むと気絶したままの女にシーツ をかけてやった。 いくらかの身の回りのものを纏めているうちに女が目をさます。 ガシャリと音を立てて、女の目の前にヴィトールの鍵がなげられ る。いぶかしむ女に優しく微笑んで、アレクは出ていった。 「逃げられるなら逃げなさい。私は暴力は苦手でね」 そう、言い残して。 D-city (後) 聡 「僕のωのバッグ〜〜〜ゥ。D.ライツのハイヒール〜〜〜」 「自分の命とどっちが大切なんだ!!」 喚きつづけるジェイにウンザリしながらリィが怒鳴る。 高速艇を操縦しているアレクはとうの昔に防音壁を上げてしまっている。 「泣き喚くと、余計な皺が増えるぞ」 リィの一言でばかばかしいほど簡単に、ジェイの口は塞がった。頃合いを 見計らったかのように(いや、実際見計らっているのだろうが)防音壁が 下げられる 恨めしそうにリィを睨み付けるジェイの頭を軽くアレクが叩く。 「なにさ、アレクだって結局アサシンをわざと逃がしたんでしょ。なんで 僕ばっか・・・」 リィは視線をジェイから剥がした。アレクは左手をジェイの頭に乗せたま ま、無表情に告げた。 「確かにヴィトールの鍵は渡したがな。登録してある人間以外が運転する と、途中でエンジンが停止するようになってる」 「なあにが、暴力を振るうのはすきじゃない、だよ。死ぬじゃん」 「即死だろ。怪我で苦しまなくて済むだろう。それよりおまえ、覗き見し てたな」 「だって、リィが派手にやってたから・・」 アレクの手が、ぐりぐりとジェイの頭を掻きまわす。ムッとしてゆくジェ イとは対照的に、アレクは実に楽しそうに笑った。 「・・・そうか、おまえも年頃だってことか。・・見繕ってやろうか?」 「なんだよ、それ〜!好きなコくらい、自分でめっけるよ。ほっといて」 「その割には、女っ気ないだろ〜が」 「あんたと比べないでよ。ガールフレンド位いるんだからね」 「そりゃ初耳だ。何処のお嬢さんだ?その奇特な方は?」 「キミコだよ。あの黒髪の」 「お兄さんは知らなかったぞ。そうか」 「私は知っていたぞ」 ボソリとリィが呟いた。 「なんでぇ〜?」 「どうして?」 同時に声が上がった。 「聞かぬが花。・・・さて、これからどうするつもり?」 「客船でも買おーか。んで、逃げ回ったほうが楽かも・・・」 「客船はともかくとして、宇宙船ってのは賛成だな」 そしたら私は船医だ・・とリィの呟き。オレ、ヤダというのはアレク。 それでもともかく、話は無理矢理纏められて、納得した二人は、宇宙で 生活し、難色を示した人間は地上で生活しながら連絡役を勤めることにな った。 TOPへ