雪庇

音もなく降り積もる雪は、 夜になって強い風に狂わされたように泣き声をあげる。 80余年前に建てられた家の剥き出しの梁がミシ、 ミシ、 と微かな悲鳴を洩らす。ゆっ くりとすっぽりと雪に包まれて、 やがて外の音が遠くなる。 「ねら、晩飯まだんがあか。(あんたたち、晩御飯はまだですか)」 皆が寝ようとしていたところへ祖母が部屋から出てきて言う。 「さっき食ったっけあね。(さっき食べたじゃないですか)」 「くってねってが」 「っけん、もう10時だあね。(そんなこといっても、もう10時じゃないですか)しぃ消 すっけね。(火を消しますからね)」 「すっけん、寝れあいあろ。(それなら寝ればいいんでしょ)」 祖母がムッとして部屋に戻ると母親がため息を一つ洩らした。 父親は黙々と番茶を啜 っている。 「なぁも、明日学校だろ。(お前も明日学校でしょう)いつ迄も起きていんなやな。(い つまでも起きているんじゃないわよ)」 「ん、おやすみなさい」 自分の部屋に戻って着替えると急いで布団にもぐり込む。 ひやりとした冷たさに思 わず身震いをする。祖母が惚けだしたのは何時ごろからだろう。そんなことを考えて いるうちにいつのまにか寝入っていた。 朝、物音で目覚めた。薄暗い中、電気をつけて時間を確認する。もう少し寝ようと して、布団をかぶる。 階下で呼ぶ声がした。 「おきてくんねか。(起きてください)ばさいねあでも、探してくんねか。(おばあちゃ んが居ないんですが、探してください)」 慌てて飛び起きた。急いで半纏に袖を通して階下に降りてゆく。 「部屋にいねえが?」 「いねすけ呼んだがんに(いないから呼んだのよ)」 「父ちゃんは?」 「道ふみにいった」 玄関の引き戸を開ける音に続いてバンバン、とかんじきに付いた雪を落とす音がした。 「ばさの足跡もめーねってが。(ばあちゃんの足跡も見えないぞ)えーのしろも道付けて くんねー。(家の後ろも道をつけてくれ)」 「ばさ、 外でたが?」 「そーみてんがあでも、いつ出たあでら判んねあそ。(そうらしいんだけど、何時出た のか判らないの)」 祖母の部屋に入ってみる。 マントとショールが確かに消えていた。祖父の写真は伏せ られて。箪笥の上の小さな鏡台の引き出しが開けたままになっている。小さなピンが 散らばって・・・・。 「俺行ってくるすけ、 お湯沸かしててくんねか」 母親がかんじきをつけて出てゆく。自分はストーブを点けて豆炭をのせて、こたつの 用意をする。餅につけるクルミ味噌を作る。赤くおきた豆炭をこたつにいれて、 やかん をストーブにのせた。 玄関の除雪をして両親の戻ってくるのを待つ。一晩で身の丈ほども積もった雪は柔 らかく、除けた端から崩れ落ちてくる。ふと、時計を見て家のなかに戻る。自分がこ の地区の最後の子供だから、 一緒に学校に通う仲間もいないのだが。 そろそろ学校に 電話くらいはいれておかなければいけない。 中学校に遅れるかもしれないと電話をいれたあと、直に父親が帰ってきた。見つか らないといって、 朝御飯に餅を食べると再び出ていく。100m程離れた隣の家に電話を して、 祖母が行っていないか確認をする。ここも子供は東京に出てしまって、 夫婦二 人で暮らしている。 奥さんはこの寒さで腰が痛むのか、 旦那さんがでて、来ていない と言われた。 いつもより一時間も遅れて道を付ける為の雪上車がやって来た。家の外に出てみると、 母親が運転手と何か話している。そして母親は雪上車に乗った。戻ってきたときには 雪まみれの黒い固まりを乗せて。 冷たく白い顔に驚くほど赤い紅。 マントのうちポケットには出稼ぎに出ていたころ の祖父の手紙。 ________帰るから、 迎えに来いと・・・・・・・・・・・・・・。

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