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ふわふわおさんぽときどきにっき
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この日記は、じかんじく も ことば も ときどきばらばらです。
昔のことを思い出して、急にかくかもしれないし。 伝えたい内緒を言葉に隠してもらって書いてみたり。 |
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わたしの いま の きおく わたしの とき との さよなら
わたしの こころ のなかで めぶくたね たちへ |
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2月28日
変化
変わっていく。
身体が変わるように。
心も変わるから。
合わなくなった服は窮屈。
小さな靴から足をはずして。
状況や環境や選びを変える事もある。
今の私が、良いとするもの。
昔の私が、大好きだったもの。
大好きだったものへの敬意は抱きしめたまま。
けれど。
私の「型紙」になりかかっていたものを。
手放して。
新しい 服を。
大好きに自由 なのがいい。
いまのわたしにちゅうじつに
なんのてらいもなく。
その まま を つつむ あい を まとう。
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2月21日
詩隠
まるであなたらしくない
架空の詩。
自分から逃げるように
あなたじゃないものを。
わざわざ生み出していつも逃げる
私には言葉だけが残されて。
あなたのこころ
わからない。
そうね。
言葉はただの扉、せいぜい窓。
扉や窓の振りした壁かもしれない。
扉や窓。
それは壁の一部。
開く事に隠されても。
それは壁の一部。
部屋を守る為の。
隔てとしての存在。
それでも。
あなたが書いたというそれだけで。
たとえ嘘でも。
隠すためだとしても。
あなたがこちらをうかがってる。
そこにいるから。
私はだきしめる。
嘘のあなたも隠すあなたも
ほんとのあなたが中にいるから。
まるごと抱きしめる。
あなたがいればそれでいい。
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2月18日
返送。じゃなくて変装。
今日は茶色のかつらに帽子。
男の子っぽいジャケットに。
普段ならしないお化粧ぱふん。
ふわふわくるくるきりり。
あ。
窓に映る影。
なんだか新しめな人がいるです。
ひとりぽてぽて美術館へ。
現代アートにあわせて。
それっぽくしてみたのです。
行ってみたら。
撃たれました。
作品にそういうのがあったのです。
テレビが両端にあって。
片方は銃を構える人。
片方は風船。
ぱあん!
そこの間に立つと。
透明な弾丸。
存在しない弾丸に。
貫かれ。
撃たれてしまうわけなのです。
今日はハードボイルドな日でした。ふぅ。
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2月17日
私の中の自由な水
何ものにも逆らわないから。
何ものもその水を捕らえられない。
私の中の自由な水
強すぎる完全に自由な水。
そう。
その水は。
あふれるから。
どんなに汲まれようと。
どんなに混ぜられようと。
その水。
みなもと。
変わりようが無い。
尽きることがなく。
流れ続ける。
流れ続ける。
だからこそ。
最後にはそれだけになる。
ひとり。
時にはしぶき
時にはのみこみ
それでも。
何も無かったような顔にもどって。
ひとり。
私の自我を離れたところで
今日も。
すこやかに。あざやかに。
私の中の自由な自由な水。
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2月16日
「100%の実力」
お芝居の先輩とお話する機会があって。
”どんなに演技や技量のない人でも
縁や運であがって生き残る人もいるし。
ものすごくいろんなものを身につけた人でも
ぜんぜん売れることができなかったりする。”
という話題で。
”そうですね・・・縁や運も大きい世界だから
力があるから必ずしも上にいけるとは限らないですよね”
とつづいたら
”それでも忘れちゃいけないのは
実力があれば
売れる事はできなくても
最低限のラインかもしれなくても
仕事をして
この世界で生きる事はできるんだ”
というお話になり。
「100%の実力を持っていれば
どんなかたちでも生きていけるんだよ」
とおっしゃられました。
うあ。
なんだかよいです♪
「100%の実力」
その道のつまり、プロ。
それは、そこで、生きていける いくためのもの。
まだまだ数パーセントの力しか持っていない私が
お仕事をさせていただいている運や縁はありがたいもの。
その上で。
今出来る事。
私に出来る事。
かぎりなく、100%を手に入れようとすること。
生きてる間中。
この世界で生きる間中。
それにしても。
もっともっとうまくなりたいなあとあらためておもう・・・。
2月14日
バレンタインデー!
お菓子作り好き好き♪
このイベントに踊らずに何に踊りましょう♪
チョコムースにチョコケーキに生チョコ♪

あまりのうれしさに写真まで取っちゃいました。
ぱくぱくぱく。
・・・
ごちそうさまでした♪
2月10日
朝からいいわけ?更新
あのですね。あのですね。
日記の内容。
出来事はともかく。
想いをつらつらのべたものに関しては特に。
「そのひに書いた物が、
その日に起きた事から思ったこと」
とはかぎりません!
たまたまそのひにそれを書く気が起きただけで。
うえにもかいてあるでせう?
「この日記は、じかんじく も ことば も ときどきばらばらです」
人っぽいものを対象とした重い思い系は特に。
その日に会った出来事や人のこととかとは限らないのです。
にゃうーーー。なんていうかですね。
じぶんのなかでおもおもなまなましすぎることは、
すぐには載せずに日をずらして書くことのほうが多いのです。
なんていうか。
自分のなかで消化し終えてから。かな?
しかもそれは年単位だったりすることもあります。
だから何かちょっと曖昧な対象への心ちくちく系のものがある時。
あたしの僕のことかしらとおもったあなた。
大抵ははずれです。たぶん。
むしろあなたが忘れた頃かな。
ちなみに私はさそり座です・・・
この日記は時々、時間を超えます。
日々を記す、というよりも。
その日に。記す。そんな感じなのかもしれません。
ですから。
ときどきおもおもなまなまをかいているときほど。
それは私のなかで消化されたり、終ったりして。
書ける状態になったからこそ書けるのです。
だよ?OK?大丈夫なの。
ちなみにこの日記は。
ほんとにリアルタイムな気持ちです。
2月9日
気持ちいい。
気持ちいい。
ひと。もの。とき。
なんだろう。
好き
の
おおもと。
なんだろう。
どんなに考えてみても。
それにきまったこたえはない。
せいぜい 「私にとって」 でしかなくて。
(ここからが本題)
だからこそ。
あなたはあなたのままでいいとおもうのです。
もし
私の事を好いてる人がいて。
私に好かれたいと思ったとしても。
「私にとって」
気持ちいい存在になろうと。
「無理」
は
して欲しくないと思う…。
(ほんとうに好かれる行動を自分がしたいならともかく、
好かれるためにそういう行動をして欲しくないのです。)
そして。
たぶん。
あなたのままのあなたを
わたしがすきになれなくっても
それはしかたのないことなのです。
あなたがわたしをすきになってもいいように。
あなたがわたしをきらいになるのがじゆうなように。
わたしはじゆうだから。
あなたもあなたの「きもちいい」ままに。
「あなた」と「わたし」
いれかえて。
読んでみたらばどうなるかしら。
2月5日
今日も表向き平穏な一日。
乗換駅をしらべていたら。
その乗換駅を乗り過ごしました。
(電車に乗る前にしなさいと言われて納得)
新宿西口待ち合わせしたら。
私のいたのは「中央」西口でした。
(中央と中央じゃない西口なんてまぎわらしいよぉ)
間違ってるよーと友人が教えてくれた劇場は、
目指すほうと違う方の紀伊国屋ホールでした。
(自分の確認に自信を持ちきれなかった私・・・)
これに。
頼まれ買い物をして人の領収書をもらい忘れる
(友人に救われる)
ファーストフード店のごみいれに人の灰皿を捨てかかる
(友人に救われる)
それから。
階段を踏み外してこける。
(誰も見ていないし)
おやつのケーキは箱の中でひっくり返ってる
(食べちゃえばわからないわ)
などなど。
いろんなことがあります。
それでも、ほぼ問題は表面化することもなく。
うんうん。
ちっちゃなことは。
おおきなしあわせのまえに。
ぽぽーい。
今日もすましたお顔で。
すまーいるっ♪
はい。
これですべてよしです。
おやすみなさい♪
2月3日
とりあえず、なにかしたくて。
川に足をひたしてみた。
ひたす行為は夢に見たとおり。
不安は現実となることはなく、恐れは自分のうちに消え。
現実は空想を凌駕して、空想の元手となる経験を広げる。
よきこと。
そのあと。
なくてもいいけれど。
タオルがあれば後が便利なことがわかった。
困惑。
歩き出したら、行き道の土は帰り道の泥に。
これは、川に入る時の空想に入ってなかった。
ぺたぺた濡れた足のまま帰った。
泥が渇いていく。砂になりぱさぱさと落ちていく。
小気味の良いような感覚。思わぬ副産物。
毎日そうしようと思うものではなく。
取捨選択の腕はもう抱き、もう放てども。
今日においては不快も驚きもすべてが是であるということ。
朝の私がこれを得て、今宵の今の私となり。
明日の私は、私の先へ行こうとするだろう。
そして、見えてくる、暖かい家の灯。
1月31日
おおづめ
一月後半は今年でいちばん忙しかったです。
うにゃ。
普通にかんがみても。
お仕事がこんなに重なった時期は初めてでした。
今回、コンディションをととのえる 余地の無いスケジュールを越えてみて。
意外と大丈夫な自分を発見しました。
いままで、仕事前の喉はほんとにほんとに守って守ってして。
大事に出来ないと、ぴりぴり。
ちょっと心配になってぴりぴりすることもあったのですが。
とにかく。
お仕事が続いて。
ちょっと位喉に負担があっても。
続けてつづけて続ける。
あれ?まだまだ余裕あるじゃない?
意外と無茶しても、私の喉はついてきてくれました。
その発見がいちばん良かった。
ベストコンディションで臨むようにしているけれど。
ベストのコンディションが整えられない時でも、
「ただ出来る」だけじゃなく「ちゃんと大丈夫」な自信。
普通でベストになれるなら。
それがいちばん素敵かもしれない♪
1月24日
今日。
ひさしぶりにー。ちぴっと。
「おおきなしっと」
を
感じてしまいました。
すん。
欲しいものを目の前で持っている人がいるんです。
でも。
そのひとは。
それをてにいれるそのじんせいをあゆんできたから。
なのですよね。
それをてにいれるまで。
どういうじんせいをあゆんできたのでしょう。
それに想いを馳せると。
しっとが憧憬と。
励みに変わるのです。
ああ、でもやっぱりしっとのなごり。
それだけ素敵なものだったの。
素敵だなあ。ちぇ(笑)
1月18日
わらい
笑い方の可愛い人がいて。
その人がわらう。
と。
空気の色が変わるのです。
「ほんもの。」
といって。
その人が嘘の笑いをしないというのではなくて。
あわせ笑いもあるだろうし。
困った時やあせった時で
てへーって笑ってるのもあったりするのだけれど。
どの笑うでも。
とても、魅力的。
いわゆるうそわらいほんとわらいが問題じゃなくて。
芯に繋がっている部分でほんとにきもちの良い笑い。
その人の。
「笑」う時の心持ち?
なにが同じでなにが違うのか。
かたちやいみをこえて。
とにかく。
それにはちからがあって。
笑い声。
聞きたくなるのです。
そんな
その魅力あるものを。
「ほんもの。」
と呼びたい気がするのです。
1月17日
急、に始まる事。
というのは、
始まるとものすごい勢いを持っている。
いきなり
違うものがでてくる。
ように思えるけれど。
始まるまでの流れが強かったから
「急」
にあらわれただけかもしれないね。
ほんとはずっとまえからつながっていたんだよね。
かくれてただけなのかもしれない。
1月16日
わたしでないもの。
好きなものが。
近くにあると。
安心。
近くにあるからって。
遠くにあったって。
私のものでないのは
だれのものでも ありえないのは
わたしでないものであるかぎり
そのものになるのでないかぎり
かわらないのにね。
それでも。
それでも。
それが手に届くだけで。
そう。
もともとわたしのものでなくてよいからこそ。
安心できる。
好きなものの。
そば。
1月15日
空森通信
に、
日記を毎日書いている旨をちょこっと書いたのですが。
毎日書くことが大事なのではないのです。
かけないときも、あるでしょう。
かきたくないときも、あるでしょう。
そうしたら、私は「今」のように毎日書くことをやめるでしょう。
それに素直に従えることが大事なのです。
今は「毎日書きたい気分」に従っているのです。
なんとなく。
つたわるかな。
今その時の自分。
が。
今いいと思っていることがあるとしたら。
その時の「今」にこだわらずに。
「今の今」にあわせて「変わっていける」こと。
でも、その時の「今」に素直にこだわっている時には、
「今の今」として素直に「変わらないでいる」を選べる事。。
こだわることにもこだわらないで。
こだわるもよし、こだわらぬもよし。
なんていうか風のように水のように。
ふきたいだけふいて、とまりたいだけとまる。
ながれるところはながれ、とまるところはとまる。
「そのときはそうだったの。
そしていまは(も)こうなのよ」
過去と今とのつながりの自由さ。
自分で作っている世界の中で。
たまには。
そういうのも育ててみたい気がする今なのです。
1月14日
CaffeFoglio
夜の代官山。
カフェもすぐ見つかるかと思いきや。
お酒を飲むほうが多く。
でも見つけた穴倉カフェ。
ちかにことことこと・・・。
コーヒー専門店かとおもいきや、
マリアージュフルールの紅茶もおいていてうれしい♪
青いお花がコップからお皿に流れていくカップ。
持ち手がカップのふちより高い不思議なそれは
白くふくらむロイヤルコペンハーゲン。
なかなかこだわりです。素敵です。
シズカなおみせ。
シフォンけーきはふっくら。
シナモンたっぷり。
あかりはぼんやり。
こういうときになる心持ち。
自分の深い居心地のよさと繋がる感覚。
この時間を長くしていきたいな。
今日の文字色は、コペンハーゲンフラワーブルー(笑)
1月13日
なんだか。
「無理」してたなあ…。
という昔を思い出した今日。
無理ない、けど、努力する自分。
自分のままだけど、よくなっていく自分。
そういう方向で、これからは行きたい気がします。
「無理」
はなんだか心地悪い、機嫌も悪い。
少しずつ、居心地のいい自分。
「自然」
いつのまにでしょう。自分から。
すごしやすい自分を
はなれていた気がします。
それは、そのころのすごしやすい自分が
幼い目で自分を見直してみたとき、
まだまだ欠点をもっていたから。
この自分じゃ駄目だと思った。
そして自分じゃなくなるために。
とてもとても旅をしていた気がする。
でも。
やっぱり自分に帰ってこないと。
いちばんいい自分、にはなれないんですよね。
とっても素敵な他人でいてもしょうがないし。
そこには
「無理」がありますから。
自分のままでも。
らせんのようにあがっていける。
同じ場所(性質)でも、高みが違っていく。
自分にとっていごごちのよい、すごしやすい自分。
欠点なんて見つけようとすればいくらでもみつかるけど。
それを上手に「特徴」として
短所を長所に変えたり、欠点は扱いを覚えて。
私らしく、
幸せでいられる私らしく、
いたいなあ、と。
1月12日
日記だけど日記じゃないの。
お仕事、お芝居関係の事。
あまり書かないねえ、と日常を知っている人に言われました。
何でだろう。
多分、そこはまだ、まだ。
バックステージを見せずに頑張りたいところだからかな?
9日みたいに時々書いているのですけれどね。
「テスト勉強をしてる」とは、言わないタイプかもしれません。
今日は大事な事を思い出させてくれた人に感謝。
そして幸せな話をたくさん聞かせてくれた人にも感謝。
いまは思い出ししゃっきりと、
つられしあわせで、かなり良い感じです。
10(11)人10(11)色。
いろんな経験と、いろんな考え。
だから集まる度にそれぞれの話がおもしろい。
また会う日まで、お互い頑張りましょ♪
美しく、生きましょう。
1月11日
なぜか海。
今日は気がつけば海におりました。
男の子達がなげた石。
波の絨毯のうえを
軽々と跳ねていきます。
ひそかに男の子っぷりに憧れる私は。
えい。
ぼちゃ。(はるか左)
えい。
ひゅるる(はるか上)
えい。
かつんっ。(はるか右、というか砂浜)
・・・
うしろにぶつけてしまうといけないので。
きょうはそのくらいにしておいてあげました。
海に石を投げちゃ、可哀想ですよね?
(ちがうのー!海の上をお散歩させてあげたかったのー!)
1月10日 いちごでぃ。
今日もお気に入りの喫茶店へ。
苺のタルトのお目見えに
春を感じます。
今年初めての苺。
「新春苺」
かわいいかんじです。
ねえ
1月9日
仕事初めの日に。
「自分の精一杯をしています。」
精一杯をしているのは、その人の都合。
「仕事」
あるクオリティーやラインを超えて初めて価値をもつもの。
学校が学びや育ちの場だとしたら。
仕事場は、発揮の場、応用の場。
育つ場と発揮する場での価値はちがう。
育つ場では、どれだけ努力し、その人の基準で伸びたか。
発揮する場では、求められるものをどれだけクリアし越えていけるか。
仕事しながら育つとも言うけれど。
それは仕事の最低ラインを超えた人が
さらに伸びているだけ。
「プロ」と呼ばれる世界ほど。
求められるラインはきっちりひかれている。
精一杯は免罪符にならない。
一流であればあるほど。
努力じゃなくて、結果だ、という気がする。
というか。
ラインまでの努力や精一杯なんて段階は終了いたしました。
ライン?それってスタートラインでしょ?
私たち一流はそこから研鑚してもっともっといくんだから。
そんなふうに。
一流の人には
「スタートライン」なんて言われそうな
今私の目指している、ライン。
今はまだ、育ててもらってる。
仕事場ですら、育ててもらってる。
ありがとうとおもいながら。
もっともっとのびたいのびたい。
なんていうか「作る側」になりたいんです。
私のできる限りをしている。
だけでは足りない。
できる限りをしている事に意味があるのではなく。
できる限りは当たり前。
結果を出すにはどうしたらいいのか。
もっと頭と身体をつかわなくちゃ。
「結果」という言葉。
きっと仕事だけじゃない。
「幸せ」「恋」「夢」とか。
目標、たどりつきたい場所の言葉に変えてみる。
こんなに頑張ったのに
こんなに想っているのに。
こんなに大事にしてるのに。
こんなに。
それじゃ、ないの。
だから。
どうしたの?どうなったの?
多分。ちがいのひとつはそこなのかなって。
頑張って叶う人と、頑張っても叶わない人と。
書けば書くほど、自戒。耳が痛いー。
・・・これをかくのはね。
今年はクリアしたい「ライン」がいっぱいあるから。
今年は自立で大人ではぴはぴの年なのです。うん!
追伸。
「ライン」に手をのばす道。
出会っている。
見守ってくれてる
助けてくれている
私の大好きな・・・
ひとたち。
いつも ありがとう。
ことしも みていてください。
もっともっと育ちながら。
あなたに 大好きを 伝えるつもりです。
1月8日
自分の関わっていること。
それに関して、別の側から関わっている人々。
その人たちの「本気」を見ると。
甘えた事を言っていられない。
足をひっぱりたくない。
私も前に引っ張る側でいたい。
と、真摯に思うのです。
1月7日
幸せ作りを今年度目標に掲げたので。
「幸せについて本気出しかかって考えてみる」
幸せな状況から、幸せを求めてる。
どういうこと?
何か足りなかったものがある。
それにとりかかりたくなったのが、今年。
幸せになる から 幸せをつくる の意識。
もらう幸せが多かった自分の変化を求める感じかな?
もらうのも大好きな自分。いままで以上に作りたい気分。
作る事は、もらう事ほど甘くない。
その「作り出す」ことには責任が伴うから。
自分がしたこと、自分がえらんだこと、自分がかかわったこと。
時には幸せになりたくてしたことが、人を傷つける事もあるかもしれない。
人に対して笑って欲しくてしたことが、上手く行かなかったりする事もあるかも。
その、責任。
それでも、幸せになろうとする強さ。
それでも、笑って欲しいという思い。
いままでで「ありがとう」といいたくなる ものやできごとを、くれた人たちを思う。
何気ない感謝でうけとってきたいろいろ。
でもそれって、すごいことなんだなあって。
「私にとって」を「あなた」が考えてくれて。
それがちゃんとあっているということ。
あなたは私じゃないのに、私は言ってないのに。
とても、わかってくれてたんだなあって。
わかろうとしてくれてたんだなあって思う。
それだけ、「相手」の事を考え、わかるからできるんだなあって。
私にできるのかな。
自分勝手な作り出しは、あいてに「ありがた迷惑」になるときがある。
自分が作るときに、おうその責任。そのうえであげたい気持ち。
自分があげたい気持ちが、相手がもらってうれしい気持ちにつながるまで。
実はとても人の事をよくわからないと難しいような気がする。
ちょっと不安になるけれど。
考えたってできることじゃない。
一人で考えたって。
相手の事はわからない。
関わらせてください。
あなたをわからせてください。
いろんなことひともの。
わかりたいなあ。
あなたに笑ってもらえると、自分がうれしいだけで。
自分の幸せのためなのかもしれないと思うけれど。
わかりたい。もっと。私ではない存在の、あなたを。
自分のことだって、わかりたい。
自分なかの幸せをわかってそれにあわせて動ける事。
人が幸せにしてくれるのを待たないで、作ること。
相手がわかってくれたように。
私もあいてのステップをわかって。
手をつないで一緒に踊れるように。
あれ?お話も相手と自分とくるくるまわりはじめたにゃ。
ちょっと考えすぎかな。
しんけんにだけどしんこくにならず。
ちょっと深呼吸。
ここまで書いておきながら。
しあわせって、あたまでいしきしないところにあるきがするし。
ほんのうてきに。わかれればいいかな。
とりあえず、GOサイン。
「しあわせについてほんきだしてとりくんでみよう」
1月6日
お正月はお茶。
行ってきました。
お気に入り、のティールーム。
今日が今年初開けなので。
木苺のタルト。
ヌワラエリアの紅茶。
だけではあき足らず
セイロン風ミルクティーに
スコーン。
ぽわ。
ぼんやり。
窓が曇って、眼鏡も曇って。
景色がぼんやりして。
テーブルのうえの梅のかおりが、ほんやり。
いろんなこと。
あいまいでもいいとおもう。
それがここちよく。
きれいなものであるならば。
それはもう。
とらわれてもいいとおもう。
とらわれることを えらんでしまうとおもう。
1月5日
今日も初詣。
まだ7日になっていないから。
毎年恒例
芝居の仲間と芸能の神社
新宿の花園神社へ。
お願いをするというよりは
まず去年の感謝でした。
いろんなご縁。いろんな幸せ。
ありがとう。
・・・芸能にまつわる事を思い返すうちに・・・
その縁や幸せを運んでくれた
「人」「もの」にありがとうの気持ちが出てきたら。
なんていうのかしら。
私が出会うもの全てに
それぞれ「神様」の光があるような。
そんなふうに過去を振り返れました。
それから。
花園神社 の神様に。
あらためて。
今年もよろしくお願いします。
しました。
花園神社って。
お祈りする所が三箇所あるんですよね。
神田明神なんかは。
神田明神のお堂の後ろに鳥居もしっかりついている
七つの神様がいらっしゃったりします。
なんとなく、同じ境内にいくつもお社があると。
神様方が一つところに「同居」っぽいですよね。
家族神様、合宿神様?
私は、日本のやおろずの神様思想が割と好きです。
いろんな神様。
神様、と呼ぶと、なんだかとても大きくなってしまうけれど。
樹や花に力をもらったり、
空を見て火を見て元気になったり
水に癒され風になでられたり。
岩でも鰯でも。
神様になれてたりするし。
どこのなににもそれぞれのなかに
それぞれ「よいもの」があるから・・・
そしてそれぞれの「ちから」があるから・・・
それを見つけて。
それぞれのよいものに対して。
それぞれの力に対して。
「神様」という呼び名をつけて
ありがとうやお願いをするという気持ち。
なのかなあって。やおろず。
1月4日
辻占。
というお菓子をご存知ですか?
外国のフォーチューンクッキーみたいなもの。
和菓子砂糖菓子?みたいなものに
小さなおみくじ?うらない?が入っているものです。
私も一つ。
もぐもぐ。
出てきた占いは
「今年はあたりどし」
よいです。よい感じです。
1月3日
今日も初詣。
今年三つ目のお参りです。
初詣に数えていいのかわかりませんけれど。
7日まではなんとなく、何度目の何社目のお参りでも初詣。
私の毎年のお参りコースのひとつに
「平将門様首塚」があります。
受験の年にたまたま近くを通りがかって
初めてその年にお祈りをしたら
見事に合格させて頂いていらいずぅっとです。
とても強い力をお持ちだという事。
身を持って味あわせて頂きました、よい意味で。
それで、今年も向かったところ。
たまたま、駅伝のゴール時間に居合わせました。
首塚って、ゴールの同じ通り、すぐ後ろだったのですね。
家を出てくるときに親が見ていた駅伝。
ちょうど1位がゴールするちょっと前に駅に着き。
なかなかいいタイミングで、はたぱたぱたを楽しみました。
(駅で配っているんですね、あの、ぱたぱた応援旗)
今年はなんだか幸先よさそうです。
ちなみにその日、別なところにも行って ひいたおみくじに
「冬ながら空より花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらん」
とありました。
ちょうど三日は雪が振った日で。
おみくじの情景にぴったり。
やっぱりタイミングも幸先もよいです。
こういう歌を詠めるような心持ち。
よいと思います。
私もみならって
「いつでも春な人」
(いい意味で)
でいられそうと思ってみたり。
おみくじにみちびいてもらいはじめた今年。
冬の真白の空の下で、春心を、ありがとうなのでした。
1月2日
今日は・・・
「はつおちゃ!」
真っ白なお皿。
真っ白なまんまるティーポット。
バニラの香りのお茶に。
アップルクランブル。
くん。
ぷはぁ・・・。
もきゅ。
・・・・・・。
しあわせ。
しあわせなのですよ。
だって。
こうちゃのかおり。
あまいもの。
白木のてーぶるに。
窓の外の夕暮れ。
温度は程よくて。
話は穏やかにはずんで。
グラスに活けられた花は可愛く。
私の手元にはいいおみくじ。
なにがとくべつな訳ではないけれど。
いつもしていることだけれど。
としのはじめに。
いちばんだいすきなことをできることとか。
あと。
ささやかなじかんを。
しあわせにかんじられるいまのじぶんとか。
すなおにえがお。
うまくいえないけれど。
ことし、わたしは「はっぴーめいかー」
しあわせづくりさんになるぞ♪
じぶんのためにもすきなひとのためにも。
しあわせを、つくりだす。
そんなつよいひとになりたいのです。
そう「しあわせづくりじぶん」宣言した年。
その元旦の次の日に。
なにかに応援されたような一日でした
1月1日
あけましておめでとうございます。
ことしもどうぞどうぞよろしくおねがいいたします。
新年。
です。
昨日は大掃除でした。
自分のお部屋をもそもそ。
それほど大きくすてたりかえたりはしなかったのに。
微妙にだいぶすっきり。
微妙、で、ずいぶん違うんです。
かなりまんぞく。
おそばを食べけーきをたべ。
電話をし。
ふぅ。
一段落して。
去年に心をはせて見ました。
・・・去年のうちにまにあわなかったので。
新年の「振り返り」です。
去年、世界に。
いろんな形であらわれた悲劇。
「あらそい」
それが中心にあったような気がします。
世界うんぬん。
まずは自分から。と思って。
個人レベルで、日常レベルで。
いろんなことを思い返して。
「あらそい」
そんなエッセイを書いてみました。
エッセイというより、
覚書、かな。自戒ものなのですね。
あまりお正月っぽい題材ではないですが。
去年のうちに振り返った事を。
今年から生かしていきたい。
そんな気持ちを込めて。
振り返り、から、前に進む。
今年の始まり。
あらそいをこえる。
おおいなるらぶ♪
ことしも手に入れていきたいな