「悲しいはありがとう」
「グッドウィルハンティング」をみて。その中の台詞のやり取りに。
(妻を失ったことに対して) 「まだ悲しいの?」
「もちろん。だが、悲しみの大きさはその喜びの深さを思い起こさせる。。。
私は彼女との日々を後悔した事は一度もない。結婚してからの17年間、
そして仕事を休んで病の彼女につきっきりでいた6年間、悔いはない。」
と言うような台詞があって。(<うろおぼえなのであいまい。にゅあんすだけ)
いろんな悲しみ。そのなかでも失った悲しみって。
その後ろに大きな素敵があったからなのかなあって。
死別。別離。そうでなくてもはなれてしまったもの。まだ悲しみを感じるものはあるけれど。
この台詞を知ってからは、悲しい気分がくるときには、そのうしろにある素敵な思い出がいっぱい。
ほんとに不思議なことに、悲しいことの前にあった、いい事をいっぱい思い出すようになりました。
この言葉は、これを読んでいる人にも分けたくなって。。。
「悲しみの大きさは、その喜びの深さを思い起こさせる」
悲しければ悲しいほど、それだけ素敵な大事な何かを与えられてたのだから。
ありがとう。だよね。涙のあとに、微笑めちゃう。ありがとう、ありがとうって♪
お別れ。その意味は悲しみじゃなくても、心は、悲しいを、抱く。
死別はほんとうに大きい。二度と、物理的には合えない。
生きている人でも、いまさら会えない人もいる。
幼稚園の頃の名前を覚えていない子だって。
人に限らずさよならした縫いぐるみ、どこかにいってしまった手紙。
思い出すと、それぞれにいろんな悲しみが、くるけど。
悲しみがきたら、すぐ後ろには、すごく大きな喜びとありがとうがあったこと、思い出して。
ああ、でも。
死後の世界があるなら、同窓会の会場のようなものだといいと思う。
またあえたねって。なあんだあって。いつか。笑いあえると思いたい。
(2001*5)