私の神様


神様。

家は仏教で、幼稚園がカトリック、学園がプロテスタント。
初詣はもちろん神社にも行きます。というとてもやおろず者私は、

いろんな神様をどれが特別というものではなく、
根っこでつながっているような感じで信じています。



その上で、一人でお祈りの気分になるとき。
「だれ」にお祈りしているのかなあ、とちょっと考えてみました。


すると見えてきたのは
私自身が「神様」ついて普段「採用」している
お気に入りの考え方。

特定の宗教の神様ではないのですが・・・
あえて言うなら、考え方は「プロテスタント」になるのかな?




「あなたのなかにも、神様」
(きゃっちこぴーみたい)



とある学園に通っていた頃。

そこで教えてもらったお祈りの一つに
「沈黙の礼拝」というものがありました。


神様は一人一人と繋がっていらっしゃるから。
神様とお話がしたかったら、
教会や特別な場所にいかなくていい。
目を閉じて、口も閉じて。
ただ自分の心のなかに、神様を探せばいい。


というものでした。
その考え方をあらためて言葉で人から聞いた時

なんとなくとてもほっとしました。


もちろん特別な時や特別な場所に
「ある神様」のいらっしゃるところへ足を運び
お祈り、お参りをしに行くのも好きなのですが。


とてもそんな状態じゃなくて「神様」が今すぐその場に必要な時。
あわてずに沈黙の礼拝を思い出すと、ちょっとほっとするのです。

そこから、届くよ。



部屋で悩んでいても。 教室でピンチでいても。 公園で泣いていても。

大丈夫。落ち着いて。
いつでも「神様」がついてる。


自分のいるところ。

自分がいるということ。

それだけでもう

自分の中。

つながっている。



「光」側の思いのようなもの?



それを指針に動けた時に、使われた時に。
とてもほっとしたり、気持ちがよかったりする。


名をつけづらいなにかよいもののかたまり。
安心してよい、信じてよい
、大きななにか。



生まれてきた人 一人一人と繋がっている。
なにかよいもの。だれでも本来的にもってるもの。


「神様」という名で呼ばれるもの。

「あなたのなかにも」



だから、大丈夫。

なんとなく、なんとなく。
いろんなこと、大丈夫な気がしてきませんか?








ていと あ ていと うかんではきえるあわのように