縁が切れる意味、というのもあるのかな、って思ったりします。
切れるための縁。切れるということにこそ意味をもっている縁。
そのひとと縁がつなげなかったことで、
もっと縁がつながる位置まで頑張ろうとするかもしれない。
それ以上縁をつなごうとしない自分に気がついて、
相手の手を放していかれる自分の強さを自覚するかもしれない。
もしくは考え方や形作り方が勘違いや思い込みであることを教わるかもしれない。
意味のわからない不思議な切れ方をしたときも。
「よくわからないけれど、これでよかったのね。」
そこから始める。それでいいんじゃないかなって。
それは縁をきれっぱなしにするということではなくて。
そこからその切れた縁をどうしようかな?新しく結ぶ?ちょうちょ結びにして飾る?
それともそれともそれとも・・・?さて、ここからどうしよう?
その切れた縁をどうつかってくれるのかを、縁そのものが見ている気がするのです。
糸巻きに巻かれたままずっと繋がってたら「リボン」も「ラッピング」もできないし。
永遠に切れない「命綱」レベルばかりじゃなくても、いいんじゃないかしら。
わざわざ生きてる道の途中で別れが来る、どういう意味があるんだろう。
わからなくても、それをいいことだって、みることができたら。することができたら。
実(み)が見えてくるかもしれない。実らせることができるかもしれない。
実は、今の時期、お花がっぱい散るんですよね。
たくさん咲く時期だからこそ、いっぱい散っていく。
散って、散って。風が土が。連れて行く。
・・・小さい頃寂しく見えたそれも、今はそうでもない。
だって。もう知ってるから。この後を。これからのその続きを。