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Paradise day 01/12 home

2001年12月30日(日) 一年をふりかえって
2001年12月26日(水) 大トリ
2001年12月25日(火) ばあちゃんのクリスマス
2001年12月24日(月) クリスマスメニュー
2001年12月21日(金) 宝くじ
2001年12月18日(火) 函館ニッキ完成
2001年12月16日(日) ニセモノ
2001年12月15日(土) みかんぼうや
2001年12月13日(木) プチ旅行
2001年12月07日(金) 歯医者レポ
2001年12月04日(火) 疲労困憊
2001年12月02日(日) 最近ビックリしたこと。
2001年12月01日(土) 生きていた神経

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年12月30日(日) 一年をふりかえって

一番に言えることは、“今年は一年がメチャクチャ早かった”ってこと。
まるで、青い部屋の中で一年を過ごしていたか?ってぐらい早かった。
人間の錯覚ってヤツで赤い部屋は時間の経過を遅く感じるらしいのだけど、
もしかして、妙に「アメリ」に惹かれた理由は、心のどこかに
“もう少しゆっくり時間を味わってもいいんじゃない?”
って気持ちがあったからだったり?なんてことを思ったくらい。
ともかく、楽しい時間はゆっくり噛みしめたいのに、気づけば時の彼方。
振り返ってみると、現実のことだったのかすらわからなくなってくる始末。
でも、ツライ時間は遅く感じ、楽しい時間は早く感じるのだとしたら、
間違いなく今年のあたしは、楽しくて楽しくてしあわせな一年だった。
とはいえ、一応人並みにイヤなこともあったと思うんだけど、
思い出そうとするくらいのことなんだから、とりわけ大したことではなかったのだろう。
体調が思わしくなくて、悔しい思いをしたこともあったけど、
それも、ま “一病息災”ということで。
前より健康に対するありがたみを感じられて、よかったと思ってるし。うん。

ただ、ひとつだけ。
ひとつだけ気がかりなことがあるとしたら、それはたぶん私が忘れてる小さなコト。
楽しい時を過ごしているうちに、本当の時の経過を忘れてしまった
浦島太郎のように、楽しすぎる一年を過ごしたあたしも
何か小さな、だけど大事なものをどこかに置き去りにしてきたんじゃないか?って。
蓋を開ける前に、気づくことができればいいけど。

とりあえず、今気づいている事柄は、来年への密かな目標としよう。
ちなみに、あたしの目標はデーンと掲げないのがポイント。
掲げちゃうと、自分にプレッシャー与えてすぐやんなっちゃうから。
達成することが大事な目標もあるけど、あたしの目標は心がけるだけでいいのだ。
って、この自分への甘さ加減も、そろそろなんとかしなくてはいけないかな。



2001年12月26日(水) 大トリ

劇場で観る映画2001年の見納め・・してきました。「アメリ」で。
やー よかった、よかった これで。
ヘタするとアノ映画になるところだったから。

でも、ビデオの方はまだ未消化が残ってる。
どこぞの主婦もまんまとヤラレタみたいですが(笑)、
オープン特価とかいうやつで一本10円だったものだから
21日にビデオ9本、CD10枚もレンタルしてきてました。
あーうー、返却日間近。

怒濤のレンタルリスト現時点(済→観た。未→これから。) 

済 ゴッドファーザー3(オット希望)
済 コヨーテ・アグリー(オット希望)
済 スーパーノヴァ
済 ことの終わり
済 ロスト・チルドレン
済 イギリスから来た男
済 永遠のワルツ
未 ハムレット
未 ナイトウォッチ

未 ナイトウォッチ。 ・・・。

これで今年を締めくくっていいものだろうか。



2001年12月25日(火) ばあちゃんのクリスマス

何を隠そう、あたしは“ばあちゃんっ子”である。
正確には、ばあちゃんっ子“だった”。
そう、祖母はあたしがまだ嫁に行く前に他界してしまっている。

祖母はいわゆる「昔気質の女」だった(と思う)。
控えめな性格ながらもしっかりと自分を持っていて、
押しつけがましくなく、人をそっと導くような人だった(と思う)。
労をいとわず、コツコツ勤勉家、しかし派手な称賛などを欲しがることはない、、。
そんな祖母を尊敬していたし、あたしの密かな理想でもあった(ある)。
ま、これは孫の立場から見た祖母像であって、
もしこれが嫁の立場からだったとしたら、どうであったかはわからない。
でも仮に、祖母と叔母の間に気まずい空気があったとしても、
それを孫に悟られて心配させるような人ではなかったと思うが。
子供が発育する過程で、家庭環境が人格形成になんならかの
影響を与えるのだとしたら、間違いなくあたしという人格は
この祖母の存在で相当救われて、補正されてきたと思う。
祖母がいたから、今のあたしがいると言っても過言ではないくらいかも。

だけど、そんな祖母の言うことを聞き入れられないことがひとつだけあった。
それはクリスマスのこと。
子供にとってクリスマスは、ある意味誕生日よりも重要なスペシャルデー。
教会に通っていたので、クリスマスの意味は知っていたハズなんだけど、
そんなことより、プレゼント、クラッカー、ケーキ。
いかにして、クリスマスムードにのるか?ってことの方が重要になっていたと思う。
しかし、祖母はそんなクリスマスの浮かれたお祭り騒ぎがキライだったのだ。
とは言え、クリスマスを楽しむのがイヤだったんじゃない。
「必要以上に浮かれ騒ぎ立てるのは、本来の意味をはき違えていておかしい」
という考えだったらしい。
でも、当時のあたしはクリスマスに便乗して、めいっぱい楽しみたい年頃真っ最中。
「クリスマスは静かに家族で過ごすもんだ。」
という祖母の言葉を、少しだけうっとおしく感じていた年頃だった。

そんな祖母が病に倒れた。
入院するも徐々に弱っていき、とうとうその日がきてしまった。
25日。クリスマスの日に祖母は逝ってしまった。
「クリスマスこそ家族で過ごせ。」という祖母の願いがこんな形で叶うことになるとは。
でもいかにもばあちゃんらしい命日に、みんな泣きながら笑ったのを覚えている。
(当日、たぶんデートの最中で連絡つかず、結局葬儀に参列できなかった、
孫たち(あたしの従姉妹)のことも覚えているが。)

きょうはクリスマス。
キリストの誕生を祝う日(一説によると実際の誕生日ではないらしいのよ)。
アンド、ばあちゃんの命日。
あたしが大切に想ってるひとたち全てに、しあわせと祝福を。



2001年12月24日(月) クリスマスメニュー

こんなあたしにだって、あったんですよ。
クリスマスに賭けていた年頃---ってヤツが。

ボーナスで上から下までの洋服を新調しちゃったりとか。
指先あっためて、せっせと甘皮のお手入れしてみたりとか。
クリスマスを盛り上げるアイテムリサーチしたりとか。
3つのパーティ掛け持ちしたりとか。

それがどうですか。
年々質素になっていき、今日の昼ご飯なんて涙ものメニューですよ。

(いちおう炊きたて)ご飯。
大根のお味噌汁。
松前漬け。
卵焼き。
メンマ。(←好きなんだよ)
納豆。(←ひき割りより小粒納豆が好き)
(木曜日に買った牛肉で作った)牛肉のオイスター炒め。

もちろん、作成者であるわたしは「オイスター炒め」に
手をつけることができませんでしたけど。(鬼嫁)

ちなみに夜はジンギスカンを予定。
やっぱり道産子なら、クリスマスにこそジンギスカン!



2001年12月21日(金) 宝くじ

お義母さんに頼まれて、きのう初めて「宝くじ」ちゅうものを買った。
「どうせ買うなら札幌の方が・・」という意味で頼まれたんだと思ったので
それじゃせっかくだからと「有名な某銀行」のところで買うことにした。
並んで待ってる間、人物ウォッチングするあたし。

お金持ちそうな人はいなかった。
若い人もいなかった。

(いやん。あたしもその一員? でも、頼まれたものだし。)
なんて見栄っ張りなあたしに向かって囁きかける心の声。

でも、次第に
(当たったら、どうしよう。何買おう。とりあえず、家?)
(あ、でも頼まれものなんだから、あたしのお金じゃないんだわ。)
(「買ったのは私よ!」なんて、嫁姑戦争起きちゃうのかしら。)
なんて、バカな妄想をひとり膨らませギラギラ欲望もわき上がってきたりして。
こわいわぁ、大金って。人を狂わす魔物ね。

そして購入の順番がやってくる。
が、なにせ、初めてだったんで、他の人にあわせて
万札ペラ〜と出し「バラ30枚。」とあっさりめに慣れた風に言ってみた。

窓口のお姉さんは、万札をまるで紙切れを扱うかのように事務的に処理していた。
実際、紙切れなんだけどさ。

そして、買う間待っててくれた友人に
「バラ30枚買ってきた!」とやや興奮気味に告げると
「それじゃ、前後賞は狙えないね。」・・とひとこと。
ぜ、前後賞・・・。(汗)

お義母さま。ごめんなさい。
年末ドリームの規模が(うちだけ)ちょっと小さくなってしまいました。
でも、当たる確率は増えたハズよ。たぶん。きっと。(小声)
それに、それに「バラの方が楽しみも増える」ってもんよ。(蚊の鳴く声)




2001年12月18日(火) 函館ニッキ完成

先週、フラリと遊びにいってきた冬の函館は、むちゃ濃厚な旅でした。
で、またまた、自分の思い出アルバムにと『函館にっき』を作成。
こーやって、楽しかったことを振り返るのってホワン〜として楽しいんだわ。
(こうして、さりげなく年賀状作成などから逃避している。)

夢のようなロケーション。
夢のようなおいしい食べ物。
そして、夢の電車。(謎)
今回の旅は、自分の中では「夢の中〜」がキーワード。
「函館にっき」はコチラ。(画像重い。文章長い。まただよ。)

- - - - - -

あぁ〜。函館。
車で1時間ぐらいの場所だったらなぁ〜。
M嬢に教えてもらった「自由市場」に
「ハラス」を今すぐにでも買いにいくのにな〜。(二山ほど)
帰ってきてから、自分ち用にと買った鮭とハラスを3日間連続で食べた。
それほど、旨かった。
思わず取り合いになった。
意地汚い夫婦のハラス戦争勃発したもん。
うー ハラスー。
忘れられない。



2001年12月16日(日) ニセモノ

街に行く予定が、激混だろうからって「ジャ○コ」に変更になった。
だが、こっちも混んでいた。
もー イヤだー。
(一般的)ボーナス後の週末とあってか、なんでも高いし。
消費者の足元みるなー コラー!

そんな中でも、スイートハンターのオット。
またしても、お菓子求めてひとりフラフラ単独行動。
で、何を買ったのかと思ったら・・ これ。



うわわわー。
某デパ地下・行列が出来るお店の偽物じゃん。(11/5日記に本物画像あり)
似てるけど、イチゴしょぼーっ。
カスタードも生クリームもしょぼーっ。
某デパ地下のより100円安いんだけど、やっぱ本物の方がずっといいな。



2001年12月15日(土) みかんぼうや

きのう忘年会で午前様だったオット。
帰ってきたのはうっすら知ってる。
ウガイをしていたのも知ってる。
真夜中すぎだってのにパソコン立ち上げていたのも知ってる。
でも、これは知らなかった。



朝、ぼやぁ〜っと起きてきたら、ソファの上にこうゆう状態で置かれていた。
きっと、翌朝の妻の反応を想像しニヤニヤしながら、
せっせとセッティングしていたに違いない。

・・・ちょっとコワイ。

しかも、カレのいつものメンバー(いい年頃の男3人)揃って
コイツを小脇に抱えて帰ってきたらしい。

・・・そんな人たちと出会いたくない。

ちなみにコイツ、“ごろ寝まくら”。
本名は『みかんぼうや』というらしい。



頭の“葉っぱ”はなんとアイマスクになっているんだけど、
『※アイマスクは本来の目的以外のご使用はおやめください。』
という注意書きが添えられている。
っていうか、本来の目的以外ってどんな目的があるのよ。



2001年12月13日(木) プチ旅行

♪「きっと〜 そうなんだ〜 めぐり逢えたんだ〜
  おいしい〜 たのしい〜 だ〜いすき〜」 by.ドリカム(偽)

こんな感じで(どんな感じよ。)一泊二日だけど、
めっちゃくちゃ濃厚な旅してきました。
今回の旅のテーマは
「胃袋の限界にチャレンジする旅」
サブテーマは
「冬のロマンチックをぶっ壊せ!」(←これは今思いついた。)

見知らぬ人同士でも思わずカップルになってしまいそうになるくらいの
超・ウルトラ・ロマンチックロケーションの中、
(ノリやすい)男子一人と(かしましい)女子三人は
バカなことばかりしてきました。
それはそれはもう、ホントにおばか全開。

でも、すっごく楽しかった。
いくつになっても、こんな旅ができたらいいな。

 ←夢のマチに見えた

結構写真撮ってきたから、また後日にでもUP予定。



2001年12月7日(金) 歯医者レポ

第二回目の歯医者に行ってきました。

待合室で待っていると、治療を終えたばかりの子供が
『いたくなかったよぉ〜』と母の元にかけよるシーンが
(恐怖でカチコチに固まった)私の目の前で繰り広げられてます。
その時、子供が勝ち誇ったような目で私を見たような気がするんだけど・・
気のせい  ですか? 

名前呼ばれて やや腰曲がり気味に診察室に入るわたし。
もうー イヤだろうなー こんな患者。
けど、しょうがないじゃん。
コワイものはコワイんだから。
- オンナはオトコより痛みに強い生き物なのよ。 - ですって?
そんなことないね。
オンナだって痛いものは痛いし、痛いのはキライです。

それにしても何故ここまで怖がっているかというと、
それはやはり、トラウマってやつだろうと思います。
よく映画やドラマで激痛のあまりに失神する様を見かけると思うけど、
実際はそんなにあるもんじゃないと思うのですよ。
でも、意外と身近なところであったのですよ。ふっ。(遠い目)
てことで、
私の初失神体験は歯医者の診察椅子の上でしたの。
嗚呼。人間の防衛機能ってスバラシイです。
あの時きっと、脳内麻薬エンドルフィンがMAXにまで達したのでしょう。
ハッと目が覚めると、医師(オヤジ)が私(当時18歳)に馬乗りになってる状態で
まだ必死に神経抜いてるところでした。 
って、オイ!
患者、失神してるの気づかないのかよ!
まぁ、そんなヤブ歯医者での出来事でした。

でも、技術は確実に進歩していたのですね!
今回、サクッと神経抜かれてきました。
ふー やっぱ オンナは痛みに強いってことかしらぁ〜。(勝ち誇り)
注:実際はほとんど無痛。スバラシイッ!のひとことに尽きる。

調子にのって帰り道「かつや」で夕ごはん食べてきました。
が、麻酔が覚めてなかったので、うまく噛めなかったし、トン汁も飲めなかった。
いくらなんでもカツ丼は強引すぎでした。



2001年12月4日(火) 疲労困憊

「久しぶりの連休がとれた!」
と、どこにも行くところがないロンリー愚妹が遊びにきてます。
きのうから。
そして、連日のショッピング三昧。
が、さすがに疲れました。
きょうは、そうそうにロフト付近で疲労ピークに。

で、帰りのバスで爆睡してしまいました。
こんなことって滅多にないので自分でもビックリ。
きょうは、はやく寝ようっと。

ちなみに妹は早々にビール飲んでソファで爆睡中です。
「きょうはススキノね!」と言っていた予定は何処へ。

- - - - - -

おみやげにミルフィーユをでも・・と思ったが
連日タイミング悪くて、きょうもイチゴ完売後。
クヤシイから、新製品とかいうケーキ買ってきた。
でも、すんごい高い。(わたしの中では)
だって、平日マックが何個買えるの?これ一個で。



おいしかったけど さ。



2001年12月2日(日) 最近ビックリしたこと。

深夜、なにげにテレビ(ローカル枠)を見ていたら・・

義弟の友だちが『鈴井の巣』に出てた。

やー もー 驚いたっていうより 笑った。(失礼)
ほんとに申し訳ないんだけど、
彼の一挙一動に(深夜だってのに)バタバタしながら大喜びしてました。

若いって いいな〜。



2001年12月1日(土) 生きていた神経

わたしの苦手なモノ それは、

首から上の症状を診てくれる医者にかかること。

まだ、内臓系の方がマシ。
注射もキライだけど、看護婦サンを喜ばす血管の持ち主だし
だいたいのことは経験済みだから。
でも、首から上 つまり 「眼科」「耳鼻咽喉科」そして「歯科」は
どんなむごい治療を経験していても、それに慣れることはない。
つか、慣れるほど通いたくないし。

だいたい、あの診察台(椅子)が恐怖を増幅してるような気がする。
それにあの顔面煌々と照らすライト。
まるで「刑事>犯人」∽「医者>患者」だ。
∵あの椅子とライトは、体の自由を奪うのと同時に人を弱気にさせるんだよ。
そして弱気になったところへ「カツ丼喰うか?」もとい
「いたくないですよぅ。大丈夫。大丈夫。(微笑)」
の優しい微笑みで一瞬安心させておいて、エグイ治療をするのよ、奴らは。

だけど、あたしの場合“奥歯のかぶせ”が取れただけなので、
それをまたかぶせてくっつければいいんでしょ・・・なんて。 甘かった。
(なぜわたしは、こうゆうときいつも自分に甘い考えをしてしまうんだろう。)

医者が言うには、どうやら、神経が生きていて しかも暴れていて
さらに不整脈持ちの人は麻酔薬が◎▲&〜で(このへん朦朧としてて聞いてない)
◆£#◎〜なので、どうしても痛い らしいとか言ってた ような 気が。

もう、この辺で脱走したい気持ちでイッパイに。

でも、恐怖で固まってる患者に、これ以上刺激を与えてはイケナイと感じた医者は
神経をおとなしくする薬だけぬって「(神経)抜くのは来週にしますね。^^」と
今回はあっさりと帰してくれた。

が、この時点で、次回行きたくない気持ちでイッパイに。
決戦の日は 来週、木曜日。
はたして、わたしは(自分の意志で)行くことができるのでしょうか。
憂鬱すぎる師走です。

- - - -

 とんぷく薬の袋もかわいくなったもんだ。


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