*** 微小浸潤癌 ***

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上皮内癌から悪性化のステップがひとつ進んで、癌細胞が基底膜を破って間質組織に浸潤を始めてしまったものを微小浸潤癌(もしくは初期浸潤癌組織図はこちら )といいます。
顕微鏡でやっと確認出来る程度の基底膜の小さな小さな破れであっても、癌細胞がそこから飛び出していればそれは微小浸潤癌と呼びますし(=飛び出しが3mm以下の場合はIa1期)、浸潤の広がりが7mm以下で、癌細胞が基底膜から5mmのところまでなら、それも微小浸潤癌、となります。(Ia2期)

微小浸潤癌では、上皮内癌より悪性度が進んで癌細胞の分裂が盛んになっているため、上皮内での細胞密度が高くなってきています。その結果、細胞同士が結合してしまうなど、上皮内癌とは違った細胞が出現するようになります。
また、基底膜の一部が破れたところでは、その部分の細胞密度が部分的に低くなるため、上皮の表面では少し分化が進んだようになり、小型ながらも角化した、細胞質の広くなった細胞が出現するようになります。

ちょっと、わかりづらいですね。満員の通勤電車に例えてみましょう。
電車の容量は決まっているのに人が沢山詰め込まれるから、満員電車の中は身動きがとれないですよね。
冬なんか着膨れしてみんなまるまるとしているから、なおさらお互いが密集して、お互いが余計な力を加えあわないよう、体を垂直に立ててひたすら耐えているしかありません。<<私もかってはこんな電車で通勤してました。
この状態が、いわば上皮内癌、、、だとします。

そこに、更に人が乗り込んできたらどうなるでしょう。東京山の手線でいえば、新宿〜渋谷間あたり、、、がこんなでしょうか??こうなると、すし詰め状態も極まってまともに立っていることすら出来なくなることは、経験のある方ならおわかりになるでしょう。なにせ、電車の容量は決まっているのです。ある人は片足を持ち上げたままの状態だったり、またある人は、鞄をよそに引きずられてしまったり、、、背の低い女性が不本意ながら、向かいあわせに立っていたおじさんの胸に押し付けられてしまうこともあります。
電車の場合はめったなことで窓が割れたりはしませんが、(むかぁし、ドアの窓にヒビが入る瞬間を目撃したことはありますが、、、)扁平上皮癌の場合は内圧が高まるにつれて、少しずつ上皮の厚みが増していきます。
それでも、基底膜はなかなか破れませんから、さらに細胞分裂が盛んになるにつれ、どんどん内圧が高くなっていきます。
電車の中でまともに立っていられなくなるように、癌細胞の場合は、形がやや不整になったり、細胞同士がくっついてしまったものが見られたりするようになります。悪性度が進んで、分裂が不十分になるにつれ、2核細胞が多く見られたり、大きさに多少のばらつきがでるようにもなります。
ただし、上皮内にあるうちはぎゅうぎゅう押し付けられて密度が高いため、細胞はあまり大きくなることができず、それほどひどい大小の差が出ることはありませんが、、、。

そして、ついに癌細胞が基底膜を破る力を得て、組織内に癌細胞が飛び出してしまう日がきます。
渋谷でドアが開くと、みんな疲れた険しい表情でいっせいに外へ出て、急いで目的地へと動き始めますよね。まだ中に残っている人達は、人が移動したぶんだけ圧力が解放されてほっと一息、動けるようになって、少し伸びをしたり、欠伸をしたりします。
癌細胞の場合も圧力から解放されると、少し伸びをするように、それなりの分化をはじめます。
扁平上皮が分化する、、、つまり、角化した細胞がみられるようになるのです。
癌は、遺伝子の変異という細胞の内側の変化から起きるものであると同時に、あくまで生きている細胞のひとつとして、周辺組織との関係や細胞本来の持っている力をいつまでも維持している、、、んですね。だから、こんなことが起きるのでしょう。なんだか不思議な気がします。
でも、あくまで癌細胞が分化するのですから、まともな細胞とは形態がちがいます。
今までぎゅうぎゅうに押し込められていた未分化な細胞が、そのままの大きさで突然分化してしまう為、小さいけれど角化した、異角化細胞と呼ばれる状態になります。
扁平上皮では、小さい細胞は未分化で角化していないのが原則ですから、こんなふうに呼ばれるわけです。

病理組織診では、主に基底膜の破れで微小浸潤癌の判定をしますが、細胞診では、まず小型で明らかに悪性とわかる細胞、つまり、N/C比の高いクロマチンの増量した上皮内癌細胞が出現していることを確認します。そして、それに加えて微小浸潤癌と診断できる所見がないかを捜して判定を行います。
繰り返しになりますが、上皮内癌は確実、と思われる所見のなかで、小型角化細胞が出現していないか、合胞状に集塊を作っているところがないか、2核細胞がないか、などを捜すのです。
分裂の盛んな細胞にしばしば見られる核小体も、大切な所見となります。

もちろん前述の、小型角化細胞が出現しているかどうかが、癌細胞が基底膜を超える新たな力をもったことの証明になるのですが、難しいことに、小型角化細胞の出現=基底膜を超えて浸潤を起している、ではありません
N/C比の高い、明らかに悪性とわかる小型角化細胞がある場合はすぐに判断がつくのですが、分化がすすんで核が無くなってしまった、細胞の断片にしか見えないもの、細胞全体が縮こまっただけでN/C比の高くないものしかない場合は、浸潤をおこしているかどうかの決め手にはならないのです。
これは、強い炎症があった場合などでも、同じ様な細胞が出てくることがあるからで、高度異形成由来細胞なのか、上皮内癌なのか、微小浸潤癌なのか、判断しかねる症例にもしばしばぶつかります。
こんなときは、とにかく、小型角化細胞にだけこだわるのではなく、他の情報をできるだけ取り入れて、細かい診断を下すようにします。
何度も書きますが、私たちは、細胞ひとつだけを見て判断をしているのではなく、さまざまな情報を総合して診断をしているのです。



*** 早期がんの診断について ***


さて、ここからは、ちょっと、話しが変わります。
いずれ独立させて、医療をめぐる諸問題をみんなで考えるページ(仮題)の中に入れるつもりでいます。
<<いつになるかは、、、、不明です。とほほ。
ちょっと、おつきあい下さいね。

異形成、上皮内癌、微小浸潤癌と、これだけこまごま書いてきましたが、実は臨床的には高度異形成も上皮内癌も微小浸潤癌も、いまのところ治療の取扱いに大差はありません。
施設によって方法の違いはありますが、出産の希望の有る無しで、その部分をくりぬくように切り取る円錐切除、頚部切断、または、子宮を全部とってしまうか、の、いずれかになります。
じゃあ、わざわざ苦労して区別する必要ないじゃないか、、、と言われれば、その通りで、現に米国では一連の病変としてひとまとめに取り扱ってしまっています。
それでも、私たちが懸命に上皮内癌と微小浸潤癌を区別しようとしているのはなぜでしょうか??
もちろん、せっかくわかるんだから、臨床に教えてあげよう、、、というのが主な理由なんでしょうが、この「わかるから教えている」のは、日本の細胞診断学が世界水準より高い位置にあり、世界をリードしているんだ、という自負があるからだと思います。

 1998年の5月、東京新宿で第13回国際細胞学会が4日間にわたり開催されました。
国際学会なんて、もう一生出られないかも、、、と思った私も(同時通訳のつく会場しか行かなかった、、、行*け*なかった ^ ^;; のですが)参加しました。
国際的に名の通った超有名人の講演や、トピックス、海外の細胞診事情、各国の細胞検査士の地位について、などなど、わくわくしながら聞いたのですが「やっぱり、日本の細胞診は世界でもトップレベルだわ!」の思いを強くして帰ってきました。
全部が全部ではもちろんないのですが、国際学会で発表されるほどの重要な内容、、、とその国で思われていることでも、すでに日本では私の様な末端のCTでも知っていること、、、というのがいくつもありました。
新しい試みや、膨大な数の症例を検討しての考察など、「やるぅ!」と思えることの多くに、日本人の発表がみられました。
「日本の細胞診はわりにレベルが高いんだよ、、、。」と、話しには聞いてはいたのですが、やっぱり実際に目のあたりにすると、素直に驚いてしまいましたし、誇らしくも思えました。
こういう状況だから、 私たちが世界をリードしているのだから、私たち日本の細胞診従事者は、より小さく、より早期の癌を全身のがん細胞で鑑別し、細胞診の有用性、必要性を、できるかぎり証明し続けていかなくっちゃ!!
という自負が生まれているのだと思います。

突然、「細胞診従事者の自負」なんて、話しをもちだして、変なの、、、と思った方もおられるでしょう。
私がこんなことを書こうと思ったのには、もちろんきっかけがあります。

10月15日の朝日新聞の朝刊の4面に、編集委員の田辺功氏(実は私は彼のファンだったりする、、、)の記事として、「早期がん診断に統一案**日欧米、基準の格差縮小へ**日本の内視鏡治療を評価」という記事がのりました。
近藤誠氏の「患者よ、がんと闘うな」以来、すっかり旗色の悪くなってしまっている日本の癌検診従事者にとって、大新聞にこのような記事が載ったことは、久々に胸のすくようなことだった、と思います。

以下は、記事の内容に、私見を交えて書いたものです。

従来日本は早期がんの比率が高く「集団検診での早期発見が多いため、治療成績が良い」とされていました。
ところが近年、これは言われているような「集団検診での早期発見が多いため、ではなく、病理診断基準そのものが違うせいではないか?」という疑問が、欧米の研究者を中心に出てきていました。

欧米では、癌細胞が浸潤または転移して、はじめて癌とみなします。
近藤誠氏のがんもどき理論もこの考え方に基づいており、彼の著作の多くは、欧米の統計や論文に基づいて「転移していないがんは、がんでなく、がんもどき。放置してもかまわない。本当のがんのうちの多くは、転移があってから治療をしても間に合う」と結論づけています。
これに対し日本では、癌の顔つきや組織構造を重視してこれからの経過を予測し、早めに癌と診断しています。
微小浸潤癌を見分けようとしている、私たちのやっていることは、まさにこれ、といえますね。
私たち日本の癌検診従事者は、すこしでも早く、すこしでも小さいうちに癌を発見し、治療しようとしています。
なぜなら、その方が患者の負担が小さくてすむし、予後も良いから、、、です。
このことは、私のHPをくまなく読んでくださった方には、きっとおわかりになって頂けるでしょう。

また、反対に、欧米式(または近藤式)に考えるなら、高度異形成も上皮内癌も微小浸潤癌も転移していないがんもどき、まとめて扱ってかまわないしはっきりするまで放置しておこう、という結論が導かれても不思議ではないことが、おわかりになると思います。
これらの違いを考えると、欧米側から「日本の(顔つきで経過を予測する)病理診断は信用できるのか?」「早期がん治療は本当に必要なのか?」という、疑問が出されることも、また当然といえます。

このずれに対し、9月初めにウィーンで開かれた世界消化器会議で、消化器腫瘍用語の統一、がなされました。
そして、胃癌をテーマにワークショップが繰り広げられ、その結果、病状の進行過程を追った日本の研究データなどが大幅に認められ、欧米は日本の内視鏡診断・手術の有効性を初めて認め、統一案がまとまったのです。
内視鏡が行き渡り受診しやすい制度を持つ日本のやり方が、より小さな癌を見つけることに役立ち、それにより治療効果があがっていると、ついに欧米が認め、従ったのです。
いまのところ消化器に限っての話しですが、いままで早期癌の治療は必要ない、としていた欧米が、はじめてその必要性を認めたのですから、これは全くすごいことです!
ちなみに、細胞診は、胃癌の検診でもしばしば行われています。生検用に採取した組織片をスライドグラスにぬりつけたり(組織標本を作るよりも早く診断がつくメリットがあります)、内視鏡下で病変部に針を刺して細胞を吸引したり(粘膜下に腫瘤があって組織切片が取りにくいときなどに有効です)します。また、洗浄細胞診で癌の有無を調べてから小さな発赤や陰影の生検をすることにより、直径5mm前後の微小胃癌を術前診断することもできます。

近藤氏が、氏の「がんもどき」理論の根拠となった欧米での見解が、根底から変わってしまったというこのニュースを聞いて、どう反応したのか、私は知りません。
「早期癌の発見などという無駄なことをやっている、癌検診事業なんぞに出す金は無いワイ!」とばかり、老健法を改変して、自治体への予算を打ち切ってしまった厚生省は、いったい、どんな感想を持ったのでしょう?

私が取り上げてきた子宮癌に関しては、たしかに今はまだ、高度異形〜微小浸潤癌の治療の取扱は同じです。
でも、私たち細胞検査士が、より小さな、より早期の癌を鑑別、報告し続けていくことにより、そのうち、それぞれに対応した治療方針が確立する日がくるかもしれません。
なにしろ癌は 早期発見、早期治療が大切  なことに、間違いはないのです。



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