古民家再生をめぐって------八瀬山荘の仕事 2008

アプローチからは紅葉の樹陰から正面が次第に姿を現わす

一昨年から設計をしてきた八瀬の山荘の仕事が先頃ようやく終了した。ある大阪の企業が研修に利用するものである。購入された土地には一〇年ほど前に建てられた建物が存し、外観からはわからないが、骨組みは滋賀県湖北地方に多い伊香型の古民家のものを用いた古民家再生建築であった。この建物の改修の相談を受けて、何とかこの魅力的な骨組みを元の形に戻してやりたいと思った。当初は二階建てで進めていた設計であったが、最終的には茅葺き風の屋根を戴いた平屋建ての民家然とした案に落ち着いた。

最終案正面図

壁量計算法による設計

 伊香型民家はもともと、広い土間・土座の空間と二室の座敷からなる。改修案では、土間土座部分を板の間とし、座敷は原型に沿って復元した。既存建物の古材部分をそのままに、他の構造体はすべて解体、使えるものはすべて使おうと、解体した梁は床梁に、厚板はそのまま荒床に、設備や空調品は半分ほどを再利用している。

全景

妻入りの伊香型民家の座敷は、通常、正面を床の間などの壁でふさぎ、南北に開口部を持つが、正面側の山の風情が素晴らしいので、あえて、こちらに広縁を通して解放し、南北に押入と床の間を設け、壁量を確保した。新たに南北に縁側を付け足しているのも、壁を加えたかったからである。ために、外観では、瓦葺きの下屋部分が上屋のガルバリウム葺きの屋根に比していささか長く延び過ぎたかもしれない。

いつものように土壁を主体とした伝統の構法で設計したのであるが、折悪く、建築確認の大改正を受け、確認申請をめぐる状況は混乱を極め、ややこしい構造計算はほとんど受け付けてもらえない状況にあった。やむを得ず、限界耐力計算法による構造設計をあきらめ、通常の壁量計算法によることとし、どうしても不足する中央部などにダイライトとホールダウン金物を用いたのは、いかにも残念であった。

輻輳して重ねた意匠

中庭側から望む(夕景

 敷地には一.五メートルほどの段差があり、山側の正面からは床の低い農家風であるが、川側の裏手に廻ると、高床の御殿風となる。正面は土塗り壁としているのに対し、風がよく当たる裏側は漆喰塗りとしていることもあって、その感は余計に強められている。

残念ながら茅葺きは市内では許されない。替わるものとして、銅板の平葺きをイメージしたが、コスト削減により、ガルバリウム鋼鈑の段葺きとした。屋根工事屋にはたいへんであったろうが、既製品を用いながら、少しずつ寸法を盗むことで、柔らかなカーブをつくってもらった。温かみのあるシャープさ、ボリューム感のある軽さを求めたのだが、七五点くらいだろうか。

正面西側に広縁への上がり口がある

 南正面の西側、建物に山が迫ってくる辺りに、広縁への上がり口を設けた。中央の板の間でコンサートなどを催す場合に、遅れて来た人が会場に入れるようにとの配慮だが、表の玄関が農家風なのと対照的に、こちらは格調の高い繁桟の舞良戸で公家風にしてみた。回りの環境も、表は広く明るい陽の庭に農家風の玄間を設けたのに対し、広縁口は山が迫って陰の場所に真風のデザインとした。敷地を東西に流れる水路のために、この式台玄関が、表に張り出せず、やや引っ込み、控え目になっているのが、却ってよかったかもしれない。

入口土間から奥を見る

古材と新材との対比 

 内部に入ると、一〇帖ほどのたたき土間につづいて三〇帖ほどの板の間がある。会議ができるようにと、ここに掘りごたつを設けた。広く用いたい場合は、掘りごたつをたたんで一体の板の間とすることができるようにしている。天井には、特色である太い梁組が見えるのだが、その上の天井組は北山丸太の太鼓挽き横使いを白木(軽く柿渋塗りを施しているが)として、部屋が暗く重くならないようにしている。北山丸太は山出し材で、傷ものを山なぐりにして、素朴な感じにしてもらった。玄間土間は、天井面までベンガラ塗りとしたので、こちらは重く、落ち着いた感じになっている。

板の間の奥に座敷が見える

中央の板の間で頭上に交差する力強い梁組を眺めるのはなかなかに楽しい。梁組の力はそのままに十字に配された欅の太い柱に伝わり、床下に消えて行く。普通に部屋に座っているかぎり、この梁組はさほど視界に現われず、出しゃばり過ぎるということはない。新たに設けた天井の薄梁をベンガラで黒く塗らなかったのは、ここに関して、正解だったと思う。

板の間内部のパーススケッチ

奥の二座敷は、本来ならば、天井を低く、中央に太い差鴨居を通し、土塗りの小壁を回した重々しい座敷となるのだが、ここは敢えて、高めの天井とし、薄鴨居に見せて、京風の軽やかさを入れてみた。それでも、柱や板の間側の差鴨居はそのまま見せていて、これが風情となればと思ったのだが、さて。

西広縁から座敷を望む 

学ぶことが多い貴重な仕事

 引き渡し直前に施主の許可を得て、学校の学生たちに見学をさせてもらった。工事中から幾度か足を運んだ学生も、照明器具の制作に携わった学生も、はじめて見た学生も、様々であるが、喜んでもらえたようだ。学生たちは、こういう建物のためなら、喜んで掃除や庭の草引きをしてくれる。それが一番の勉強になることもよくわかっている。何にしても、愛情を感じられる家を拝見するほどの喜びはないことも。

いつもながら、このような仕事をさせていただくと、京都の職人さんたちの素晴らしい仕事ぶりにただ、感心し、脱帽させられる。その技量や知見もさることながら、仕事に向かう姿勢がいい。いい仕事への努力を惜しまない。そんな姿を見ていると、彼らのために少しでもいい仕事をしたいと心から思う。つくづく、愛情をこめて仕事をすること、愛情をこめた仕事ができることの大事さ、掛け替えなさ、そしてよろこびを思うのである。

学生たちだけではない、また特別に施主に理解と許可を得、この工事に関わった職人たちを竣工に際して招き、ともに完成を喜び、祝う機会をいただいた。ほとんどの職人たちは、自分たちの手掛けた家の完成した姿を知らない。本当は施主がそこに住んで住みこなせた頃に見てもらうのが最良ではあるが、中には、初めて完成したところを見せてもらったと喜ぶ職人もいて、祝宴の席での皆の意見交換がことのほか、興味深かった。

建築の喜びは、確かに自分の意図した建物の成就にあることは云うまでもないが、ともに月日をかけて苦労した仲間たちと共有する達成感の喜びもまた、ひとしおである。この建築の喜びは、偏に伝統的な木造に限ることはないが、職人一人一人の工夫と技量が隈無く生かされる深さに関しては、いまだに伝統ものの優位性は動かないだろうと思うのである。

合掌材を組み上げる 梁の埋め木を行う

土間のタタキ風仕上げ 竹樋を取り付ける

最後に、この場を借りて、未熟者にこのような貴重な機会を与えて下さったお施主様、終始寛容にものの見事に工事を進めていただいた工務店の皆様、大勢の職方のみなさん、困難な行政対応を務めてくれた担当事務所所長殿、設計から身近なところでサポートしてくれた学生諸君に、心からお礼を申し上げたい。

(絵・写真・文章 京都建築専門学校 佐野春仁)