音戸山通信 プロヴァンス紀行 2003春−3

 

 第三日目 の2 エクス・アン・プロヴァンス 3月28日

エクスの街とサン・ソヴール大聖堂

 午前中のル・トロネはいささか堅い内容でしたので、午後のエクスでは家族の写真も出て来てなごめるものにしましょう。カンヌから高速道A8を西の内陸部に走ってくると、石灰岩のなだらかな尾根線をもった険しい?山があちこちに見えて来ます。あれがセザンヌの絵で知られるサン・ヴィクトワールかな?と思えば、違う、ということを繰り返している内に、ひときわ大きな山が見えて来ます。東西に長い山頂に白いものが見えます。残雪?まさか、石灰岩です。これがサン・ヴィクトワールです。つまり、エクスの町です。

エクスのシンボル、ロトンド噴水

 エクスの旧市街地は南北に1km東西に800mあるかないかの環状道路の内側にあり、その節目にこの町のシンボル、ロトンドと呼ばれる大噴水がある。ここから市内見物をスタート。バロック期風の噴水を見てもわかるように、この街はおおよそ17世紀の雰囲気をよく残していて、大きな裸のプラタナスが強烈な印象だ。葉の覆繁っている夏にはずいぶん違う風景となることだろう。

ミラボー通りのカフェ

 ロトンドから東に伸びている大通りがミラボー通りで、カフェが軒を連ねて、パリに来たかという錯角を覚えるとガイドブック。パリにしては雰囲気が明るいけれどもね。この通りも車の通行が制限されているようだ。

 ミラボー通りにある噴水

 エクスの街にはあちこちで噴水に出くわす。くだんのガイドブックによれば、街の名前はローマの将軍が沸き水が多いということから命名したそうな。写真のような苔むした不思議なものもあった。何だか日本の露地で見かける蹲(つくばい)を思い出しませんか?

 旧市街の小路を歩く 後に大聖堂が見えている

 旧市内の曲がりくねった小路を歩くのはとても楽しい。ちょっと行くと小さな広場が現れ、くだんのプラタナスとカフェが日溜まりに溢れている。活気があってご機嫌な街だ。市庁舎を過ぎて北に詰めたところに、目指すサン・ソヴール大聖堂がある。

サン・ソヴール大聖堂 

 アルルやニームなどこのあたりはローマ時代から連続した都市で、あちこちにそのなごりを見ることができる。この教会も、ロマネスクからゴシックにかけての様式が主であるが、脇の入り口の正面などは、イタリア的な力強い構成が見られる。この理知的なプロポーションはこのバロックの街には全く異質だ。中に入ってさらに驚く。

八柱の洗礼堂内部と回廊からの外観

 聖堂の内部に入ると、まず8本の大理石の円柱からなる異質な空間に導かれる。4世紀ごろの建築と案内がある。上に八角形のキューポラを戴くこの空間は洗礼堂ということである。バロック風の作りや外観から見ると、全く出来が違うので、この柱は別のローマ人の手による寺院から持って来たものであろうと想像される。身廊のロマネスク空間とはうってかわった洗練さが印象的だ。

   回廊は繊細な柱列と彫刻が美しい

 聖堂から回廊に踏み出すと、そこは明るくまばゆい空間。シトー派の修道院からすると驚くほど繊細な柱列の美しさ。よく見ると、単純な繰り返しではなく、丸もあれば六角、筋彫り付きもある。柱頭彫刻も植物紋様の間にロマネスク風の動物や人物が登場し、それらを見て歩くのはとても楽しく、時間の立つのをつい忘れてしまう。

  回廊と柱頭の彫刻

 さきほどのル・トロネとは随分違うでしょう。でも、このような回廊の景の方がむしろ一般的であって、ル・トロネが特別。回廊は歩く一歩ごとに光がきらきらと映えて、別世界を浮遊している感覚を覚える。空間が現実感をある意味で超えようとしているのかもしれない。その点、ル・トロネーなどはあくまでも現実的な石の重みと粗粗しい石のテクスチュアで柔らげられた光の空間であって、ずっと静かではあるが、しっかりとした大地性のような感覚を失うことはないように思われる。サン・ソヴール聖堂のような美しいこの世のものとは思われない繊細な光のアンサンブルの織り成す空間の方が、回廊としては一般に好まれただろう。

 街路に打たれたセザンヌとセザンヌのアトリエ 

 エクスの人たちは、自分たちの町を大画家ポール・セザンヌの町として誇っている。セザンヌのアトリエは中心部よりも北側にやや丘を上がったところにあり、木立の中にひっそりと建っている。これといって特別な外観はもたないが、丘の斜面を利して、植物に囲まれた静かなたたずまいだ。2階からはサン・ソヴール大聖堂やエクスの旧市内が見おろせた。2階に何故か理科実験室を思わせる画室があり、棚にはお馴染みの静物のモデルが見受けられた。でも、北側に大きく開けられたガラス窓から一面に見える白い花をつけた樹々が印象的だった。やや暗い常緑の葉をつけた枝の先に房状に咲くやや陰気な白の花は、いかにもセザンヌに相応しい。もう少し丘を上がると、東にサン・ヴィクトワールがセザンヌが描いたように眺められたはずであるが、日も暮れて疲れても来たので、翌日に回すことにした。明日の朝、朝日を浴びて神々しく聳えるサン・ヴィクトワールをスケッチすることにしよう。

(文と写真 さのはるひと)