音戸山通信 プロヴァンス紀行 2003春−1

 3兄弟が銘々の家族単位で母親を連れて旅行をするという。兄はイタリア、妹はカナダ、我が家は南フランスに行こうということになった。20年前の留学中に行くつもりで予定していた南フランスのルートが、やっと叶えられるわけだ。いやいや、もっと昔の高校生ぐらいのときから、憧れのセザンヌの地、エクス・アン・プロヴァンスの街やサン・ヴィクトワールは見てみたかった。もっとも源本的なシトー派修道院建築で知られるル・トローネー。写真を見てもそんなところがあるのかしらんと思わざるをえない中世の要塞の町、カルカソンヌ。さっそく行程を組んでみる。レンタカーを借りれば、8日ほどの旅行で納まりそうだ。家族ぐるみでとなると、そう長い旅行はできまい。旅行社との検討で、下記のような旅程が組まれることとなった。今後の同輩に参考となれば幸いである。

1日目 関空〜パリ〜ニース  ニース泊

2日目 ニース近郊を見て回る ニース泊

3日目 ル・トローネー〜エクス エクス泊

4日目 シルヴァカヌ〜ゴルド〜セナンク アヴィニョン泊

5日目 カルカソンヌ     アヴィニョン泊

6日目 ポン・デュ・ガール〜アルル〜ニース ニース泊

7日目 ニース〜パリ〜

8日目 仁川〜関空着

 飛行機は、ちょうど始まってしまったイラク戦争の影響で、帰りの便が韓国経由となってしまったが、一人当り13万円ぐらい。3〜4星ホテルが5万円ぐらい。6人乗りのレンタカーが1週間で8万円くらいである。食事代を入れると、一人当り20万円程度となる。

 第二日目 ニース周辺 3月27日

ヴァンスの街とマチスの礼拝堂 

 コート・ダジュール空港に到着が夜の8時過ぎ、さっそく空港でレンタカーを借りる。これは出る前に予約しておいた。フィアットの愛らしいほとんど新車の6人乗りミニバンが待っていた。それと夜のニースに向けて走り出したのはいいが、ホテルがわからない。道に迷い、引き返そうにも、弱ったことに、バックギアが入らない。フィアットはシフト方式がちょっと変わっているのだ。レバーの下にあるリングを引き上げてギアーを入れるということに気付くまで相当に汗をかいてしまった。でも、運転もしやすく、ディーゼルとは思えないほど静かでぬるぬる走るファミリーカーだった。

 さて、初日はニースから西20キロほどにある山地の小さな町、ヴァンスから始まる。不馴れもあって、緊張感にあふれたドライブで石灰岩の山地を走り、小一時間でヴァンスに。小高い旧市街に来れば、回りは素晴らしい風景だ。陽のよく当たる丘に構える家々はいずれも高級そう。この中に、目指す老マチスの晩年に精魂傾けたロザリオ礼拝堂があるはずだ。

旧市街からの風景(Vence 03/27)

 マチスの前に、旧市街を歩く。ゆるやかな石灰岩の丘の頂上を占める旧市街はまずまずの観光地ともなっていて、目に楽し気な雰囲気があり、散策にはほどよい。

Vence旧市街

 向い側のロザリオ礼拝堂に向かえば、さきほどまで歩いていたヴァンスの旧市街が谷を挟んで聳えていた。歩いて感じたよりもずっと密集して見える。街中には、広場を除いてほとんどまとまった緑はないが、ところどころに空き地と喬木があって、息がつけるといった感じだ。

ロザリオ礼拝堂

 この建物はかつて画家マチスを支えてくれた若い女性がその後修道女となって自分のチャペルを老マチスに依頼したのだという。切り絵で知られる晩年のマチスは、相当にこのチャペルに入れ込んだ。このチャペルの階下のギャラリ−やニースにあるマチス美術館の展示にある数多いデッサンやステンドグラスの習作を見ても、それが窺える。ドアーや聖水台、衣装までデザインしている。

入り口 聖母子と修道士

聖ドミニク

聖母子

 さすがに線描の大家の仕事だ。絵はいずれもタイルに焼き込まれており、ために、しっとりとした情感はいくぶん損なわれてはいるが、其の分、長い年月を耐えられるだろう。それにしても、思いきった省略だ。ギャラリーにある習作からくらべると、聖母子を描いた面は、周囲に描かれた雲?植物?の大きさと広がり感に違いがある。

生命の樹がテーマだそうだ

 ステンドグラスもいい。南フランスの明るい情調が堂内に満ち満ちている。全体に、あかるく、生動感にあふれたチャペルだ。ニースに行かれる人はぜひ訪れてほしい。

 サン・ポール(ド・ヴァンス)の街散策

St-Paul を望む

 ヴァンスから南に5分も降りてくると、典型的な山の頂きの街 サン・ポールが目の前に姿をあらわす。今ではたいへんな観光地となっているようだ。街中には車止めがあって、許可がないと入れない。もっとも、車が走れるのは城壁の回りの道路くらいだが。 

城壁の門

 南国を思わせる暖かい春、というよりもすでに初夏と言っていい。ジャスミン、ラベンダー、藤などいろいろな花が咲き、色合いが建物や道の石灰岩とよく合っている。城壁がそのまま家にも溶け込んでおり、街路も同じようなトーンなので、全体が落ち着いたテクスチュアとなっている。花や植え込み、看板、照明などのすべてがよくそのテクスチュアに合い、決して過剰にならないように注意して配置されているのがよくわかる。

観光案内所にて

路地風景

 石灰岩の色合いが明るめのベージュであるのに合わせて、それをつなぎ止めているモルタル(石灰?)もまたベージュ色になっている。これはもともとそういう色合いなのか、慎重に色合わせされているのか、判断できなかった。

街路にある平均的な店

 街の中はほとんどがギャラリ−かブティックあるいはレストランとなっており、住まいは2階より上なのだろうか。子供の姿もなく、家族が住んでいる気配がないので、どうもよくできたテーマパークといった印象が拭えない。

石灰岩があちこちに使われている

 建物もドアも窓枠や鉄格子も、ほとんどがセンスよくアレンジされており、絵になる。住宅のほとんどの窓や入り口にこうした木製のまぐさが見られる。

光と陰

 市街の中はともすると、狭く、昼間から光が届かない部分もある。もちろん、写真はいささか大袈裟であるが、こうした光と陰のコントラストが歴史的な雰囲気の演出には欠かせない。

城壁の外の風景

 高台の街を取り囲む城壁から外を望めば、のどかな南フランスの風景が広がる。石灰岩の起伏のある地形に柔らかな色調の建物が立ち、濃淡のある緑が被い、それらを糸杉の縦線がほどよく引き締めている。糸杉のこうした垂直線は、人工的な建物の垂直線と響き合う。ときどき、セザンヌの筆使いそのものの風景が見つかるのに驚いてしまう。修道院の建築や歴史的な都市の風貌とならんで、こんなややほこりっぽいのどかなプロヴァンスの風景こそ、今回の旅行で得られた味わい深い成果なのだ。(文と写真 さのはるひと)