ノルウエーの木造教会を訪ねて

       十二世紀のシュターブ教会 2008

 ボルグンド シュターブ教会

私はどうも木造の建築が好きである。ヨーロッパの中世の寺院の石の表情なども好きであるが、日本人だからであろう、やはり木の味わいに如くものはないと思っている。木の自然な味わいそのものに魅せられているのは、ひとり日本人だけではなく、広くアジアの国々にはそれぞれに魅力的な木造の建築世界がある。アジアだけでは無い。ヨーロッパにも、例えばドイツやイギリスのハーフティンバーの家などにも、数百年の風雪に耐えて来たものだけがもつ深い味わいを見ることができる。

世界の木造建築を紹介する書物をめくれば、針葉樹の豊富なロシア、北欧のログハウス建築群が目に入るが、その北欧でひと際異彩を放つ木造教会がノルウエーにある。深いフィヨルドの谷間に人知れずひっそりと生き続けて来たと云わんばかりの不思議な風体の教会は、現地でシュターブ教会と呼ばれている言わば木造のロマネスク教会堂である。

この二〇〇八年の夏、ノルウエーを旅行、かねてからの夢であったシュターブ教会を訪ねることができた。

以下で簡単に旅行記風に見た順に紹介しよう。

オスロ民家博物館に移築されたゴル教会

 ゴル教会入口にて

 今度の旅の一番の目的は最古のシュターブ教会としてユネスコの世界遺産に登録されたウルネス、昔から行きたかったボルグンドであるが、先ずは、オスロにあるゴル教会を見た。意外に小振りだ。西正面の入口も南口も、二人並んで入ることは難しいほど。内部は上方に穿たれた小さな丸窓のほかは窓もなく、ずいぶん暗い。板床となっていることといい、極寒の地であることを思えば、自然である。移築に際して、ずいぶん手が入ってはいるが、各所に古い材も残されて、内部や周廊はなかなかに感動的だ。

 内部正面

内部に建てられた丸柱をシュターブと云うそうだ。要するに、立柱式の教会建築ということで、通常のログハウス式とは異なるということである。その柱は下部では土台に、上部は長押様の水平材で持ち送りアーチ部材を挟んで留めている。さらにその上にアンドレアスクロスが連続し、斜めの逆アーチ部材で屋根合掌に繋がる。柱脚の礎盤風の造型やアーチなどに、南欧のロマネスク教会堂建築の名残りがあるものの、後に見る最古のウルネス教会と較べれば、ここではほぼ木造に吸収消化されたものと見ることができそうだ。

 周廊部 透し彫りのある南口

ボルグンド教会

オスロから北西にE6号を走り、ベルゲンまでの半分ほどのところ、最大のソグネフィヨルドに近い辺にボルグンド教会がある。氷河谷を登ると、予想していたような深い森に囲まれてはおらず、意外に開けた里の中に建っていた。比較的近年までこの地区の教会堂として使われていたのだから、当然ではある。

 内陣側から見上げた外観

一見して、オスロのゴル教会とほとんど同じ格好である。内部も酷似していて、よく見れば、正面の柱が4本建てられているので区別がつく程度だ。残念ながら、内部は撮影が禁止されているので、お見せできない。

 ボルグンド教会の内部(外部から撮影)

  平面図(現地案内板)

平面は、身廊、側廊、周廊の三廊形式となっており、暗さといい、親密なスケールといい、南欧のロマネスク巡礼教会を思わせる。

 周廊部

教会のインフォメーションセンターにある模型やパネルでおおよその構造はつかめるが、中に、建設の工事風景の推測図があったので、ご覧頂きたい。

この図を見ると、土台、柱を組み上げてからクロス、アーチ、まぐさ材を入れ、その後に周廊部を主に厚板を縦羽目に入れて組み上げている。この交差させた土台組は倉庫などの床を揚げたログハウス民家に見られる工夫であるが、当初からのものであるかどうか。バイキング船に見られるような厚板の扱いとは違うので、船の技術がそのまま建築に生かされたと見ることはできないように思うが、精巧な船が築造できる木造技術があれば、教会建築は可能だろう。木部の外部は数年に一度、タールを塗っていたそうだ。

 周廊部  屋根を覆う木瓦

最古のシュターブ教会ウルネス

  カウパンゲル教会堂

翌日、フィヨルドの海を渡り、ウルネスに向かった。途中、カウパンゲルに立ち寄った。美しいロケーションにある今も使われている教会だ。外観からはシュターブ教会かどうかは、よくわからないが、内部は改修こそされているが、立派なシュターブ教会である。現役の教会らしい温かみがあり、好ましい印象であった。

ウルネスにはもう一度、小さなフェリーボートに乗ってフィヨルドの海を渡る。周囲の山は一〇〇〇mもあろうか、どれも高さが同じくらいで、万年雪を頂いている。その台地を削った氷河は、青碧の水をたたえて、美味しい鮭の猟場となっている。美しい小さな港町から対岸に着き、高台に登ると、可愛らしい教会堂が姿を現わす。世界遺産に登録されたウルネス教会堂である。

 ソグネフィヨルドに面して高台に建つウルネス教会堂

 ウルネスは一一五〇年頃の建造とある。内部は柱頭の意匠など、一〇〇年後のボルグンドよりも石造のロマネスク教会建築に近い。近世の改修部分を近年、復元しているところのようだ。

 教会内部   西面の前廊部分

  前廊柱頭

この教会堂の最もチャーミングなところが、南板壁に残された透かし彫りである。

 南壁にあるレリーフ  獅子、龍を描いたものとされる

この教会に限らず、シュターブ教会建築については、構造や意匠について詳細はあまりよくわかっていないようだ。十二世紀と云えば、まだバイキングと云われるノルマン人があのバイキング船に乗ってヨーロッパ全土を股にかけて活躍していた中世の頃である。その頃の他の建築がほとんど残されていないので、工法や技術などの比較する材料が乏しい。大体が、その後の北欧に一般的なログハウス様の丸太を横に積む工法とはまったく違う系列の柱梁の構造形式の教会がどうして建てられたのか、基本的なこともわからない。

 バイキング(入り江の民)と呼ばれたノルマン人たちは、細かな金工や細工を得意とした。教会堂の入口付近などに見られるレリーフは、彼らの最も得意とするものだったろう。中でも、ウルネスに見られるレリーフの洗練された動物の扱い、植物の流れる線など、十九世紀のアール・ヌーボー芸術を思わせる。

 金工飾り(オスロ大学蔵)  バイキング船博物館にある彫物

 オスロ屋外博物館にある民家入口

 かつてはノルウエーだけではなく、一〇〇〇以上ものシュターブ教会が建てられていたという。現在は二八棟が残されているそうだ。ほとんどはその後も教会堂として使われているために、その後の改修を幾度も受けており、内外は当初の姿をそのままに留めてはいない。近年、各所で復元工事がなされているそうだ。