四国の杉にこだわって----六車工務店のこころみ  

 昨年末に学生を連れて四国は高松方面にちょっとしたゼミ旅行に出た。ねらいは、淡路の安藤建築夢舞台、丸亀の猪熊弦一郎美術館、牟礼のイサムノグチ庭園美術館とジョージナカシマの家具を作る桜製作所、そしてここで紹介する六車工務店の仕事の見学。(それに究極の讃岐うどん!)このコースは四国の2泊3日ベストコースだと考える。この旅行については別に簡単な紹介をするつもりだが、まず何よりも、六車親子の挑戦を取り上げたい。

 (写真 六車)

 先ずはこの画像を見ていただこう。これは京都建築専門学校の卒業生である六車俊介君が、父親である親方のもと、大工として最近手掛けている住宅の現場の写真をメールで送ってくれたものである。いわゆる在来軸組み構法とはちがった伝統的な構法で、とてもいい仕事だ。これは高松の西、善通寺市の現場の屋根の一部だそうだ。束から母屋桁を支えるのに「ひじ木」を用い、それを止めるのに束のほぞと両側に配した角だぼと、すべて込栓を打ちこんで留めている。この箇所を直角方向に結ぶ材も、その下の梁や敷き桁も、また3尺間隔に入っている4寸角の垂木も、見事に組込まれて納まっており、いかにも安定感がいい。しかも見えている材すべては杉だ。よく見ると、それらに小溝が掘られている。おそらくここに面材が入り、小壁ができる。そうなれば、せっかくのこの美しいアンサンブルは丸ごと見ることはできないが、その代わりに漆喰壁から突き出た2本の角材が違った面白さを見せてくれるだろう...。これは見に行かないわけには行かない。きっと他にも見どころがいくつもあるにちがいない。

 工場(こうば)にて

 12月26日、一行は高松の三木町にある六車工務店の工場を尋ねた。卒業生の六車君が迎えてくれた。きれいに掃除整頓された工場の中は高く積まれた材木ばかりで、まるで材木倉庫である。一体どこで刻み作業をしているんだろう?と思っていたところに、「次の現場の材料が入ったところなので、それをぜひ見せたかったのです」との説明。

工場にて 左 六車君(写真 的場)

 材は四国の杉。四国の中央の山脈の北側に生える木頭杉は、色・木目が優しく、南側の魚梁瀬杉は、油分が多く力強い感じ。よく目に触れる板材に優しい木頭杉を使い、柱や桁など構造材に油分の多い魚梁瀬杉を使い分けるということもあるそうだ。芯に近い赤身の部分は水や腐れに強いので、土台に使い、長ほぞに強度が必要な柱には目の詰まった材を選ぶ。仕事は設計図面に基づくのはもちろんだが、見るところ、お兄さんお姉さんによる場合はもちろんのこと、他の設計士にしても、設計者はこの工務店の流儀をよく弁えた人々のようだ。最初から施工者を念頭において設計されているという印象。設計を受けて、まず担当する棟梁が板図を起こし、それに基づいて材木を発注する。

板図を描く

 図面と板図から模型を作る。これは大工がつくる。スケールは板図とも1/30なのだそうだ。4寸が4mmに、5寸が5mmになって分りやすいという。どうも尺寸とmmの両方を混ぜて使っているようだ。話を聞いていると、寸法の基準は寸尺だが、加工はほとんどmm。例えば、貫穴は30×118、貫は29×100というように。「寸尺より正確な寸法<1mmの半分くらい>をだすため」なのだそうだ。板図では差鴨居の伏図が描かれていたのが印象に残った。

柱材 背割り部分が指定されている

 何と言っても羨ましいのは、いい仕事をしようという意欲がそのまま勉強や工夫、努力につながっていくという状況が存在していることだ。まず材木の調達がすばらしい。杉材は地元のもので、山で葉枯らし乾燥をし、製材してからまた工場で寝かす。一本一本に思いがこめられており、木取りも確かという。製材方に意図がきちんと伝わっていて、一体感の内に仕事ができているようだ。そういうパートナーシップは一朝一夕にできるはずはない。そういう呼吸が合うところまでチームワークを組めるのには相当な努力、擦り合わせがあったのだろうと想像する。

 積まれている材を見て仰天。一本一本にすでに柱番号が入っており、背割りの位置指定がある。通常、芯持ちの柱材には干割れ対策として背割りが入っているが、元から末まで通っているのが普通で、このように仕口継手部分をはずして入れているのは初めて見た。通し柱では上と下とで面を変えて入ることもあるという。確かに仕口部分にある背割りは具合が悪いが、ただそこを除けても、干割れは通って入るのではないだろうか?

 われわれのために、一本、プレーナー加工を見せてくれるという。同期の八木下さんと村井さんが、なにやら材を真剣に検分し、大きなプレーナーで念入りに、削ってくれた。彼らの表情やまさに真剣そのもの。材を見ていたのは、元末を確認し、反り方向を見ていたからである。機械とはいえ、節を逆方向に削ればきれいに削れないし、刃も傷む。上反りに入れないと、真直ぐな面に削れない。一度に2面を直角に削るので、慎重になるとのこと。この精度がすべてなのだと言う。ほぞを差し込んで柱を立てる時に、立ち直し(柱を鉛直に立つよう歪み直しすること)をしないで済むようにするとのこと。のみや鉋、鋸といった道具にこだわるのと同様のこだわりが、機械加工にもあるというわけだ。

竣工近い現場を訪ねる

外回りを残すだけの現場(高松市内)

 お目当ての善通寺の現場の前に、近々出来上がる高松市内の現場に案内してくれた。民家構法に通じた戸塚元雄さんの設計だそうだ。退職されるほどの年頃のご夫婦のためのそれほど大きくはない住宅である。周囲は菜園が多く、自然な木立もあって、なかなか落ち着いた雰囲気のある環境である。南の畑に面して開いた妻面を向け、そこに杉の赤身板を張った気持良さそうな露台を設けるところなど、わが稲荷山の工藤邸に似たところがある。工事中とは聞いていたが、見れば縁先に大きな筆がぶらさがり、中には本やらなんやらが納まり出しているし、施主と思しきご夫婦がお茶の用意をされている。よほど気に入って、完成を待っておれん、という嬉しそうな雰囲気が外にまで匂って来るがごときである。

土台には杉赤身、基礎からの浮かしに栗板を使用している

 きれいな漆喰塗の壁、柿渋を塗った木部は節こそあれ、杉とは思えぬほど肌理の細かい良材と見えた。基礎のコンクリートに直接土台を置かず、栗パッキンを挟んでいる。栗はタンニンを多く含んでいて、それで水や腐れに強い。しかし、反面、そのタンニンが水に溶け出して流れ、コンクリートを汚す。それを知っていないと、思わぬ苦情を頂くので、ご注意。しかしそこは六車親子、あらかじめ、栗板をアルカリ性の溶液に漬け込んで、タンニンが溶け出さないように処理しているとのこと。果たして、うまくいくのだろうか?なお、栗板は厚20〜25、各場所を計測後寸決め加工製作するのだそうだ。なるほど、硬質ゴムやステンレスなどの既製品ではそうはいかない。

玄関扉は天然杉ムク材を2枚矧ぎにしている

 玄関回りはまだポーチの床ができていないが、面白い節模様の扉は天然杉だそうだ。六車工務店では、室内の棚板などの造作に天然杉を使う。工場にもたくさん見かけた。樹齢200年以上のものを天然杉と呼んでいるのだそうだ。油分が多いのか、質はこまやかでしっかり硬い。写真で見る通り、ムクの扉板に、木表と木裏とを矧ぎ併せて模様を引き立たせている。しかし一見して、今のところ反り曲がっているということはない。このままじっとしているだろうか?

中でお茶をいただく(中央 六車親子)

 お施主さん夫婦のお誘いで中に上がらせていただき、六車親方ともどもにお茶とお菓子をいただいた。とてもあたたかな雰囲気は、南に射し込む陽の光のためだけではあるまい。杉の木と土佐漆喰だけのとても簡素だが、豊かさを感じさせるなごんだ空間。そこにはこれみよがしの巧みやデザインはほとんど見当たらないが、随所に大工の確かな技術と配慮と信念が感じ取られた。

 善通寺の現場を拝見

善通寺市の住宅現場は間口10間の大きさがある

 高松市から西に少し行くと金毘羅さんの琴平の手前に善通寺市がある。南に大きな間口と縁側を持ったこの住宅は六車君のお兄さん夫婦によるものだそうだ。周囲の伝統的な民家はほとんど入母屋屋根の2階建てだが、先の家でも一部2階建てで主要部分は平屋で切妻屋根となっており、安定感とともに現代的な軽さがある。全体的に伸びやかなデザインであるせいか、4寸角の柱(内部通し柱は6寸角)がそう太く見えない。

丸竹の間渡し 麻ひも入りの藁縄で編む

 外壁は伝統的な竹小舞下地の土塗り壁である。京都と違うところは、間渡しに割竹を使わず、丸女竹を使っている点。大阪辺りでもそうするようだ。間渡しを納める穴(エツリ穴)をドリルで簡便に開けられるという利点がある。断熱材として土壁を見直し、外壁に使う。雨水のかかる部分を杉下見板張りでカバーしている他は、土佐漆喰で仕上げる。下見板には赤身の杉板を使い、防腐に柿渋を裏側に3回塗り、表側に2回塗りとしているという念の入れよう。内部では壁は同じ漆喰で仕上げるが、下地に石膏ボードを使うとのこと。コストと乾きの悪さを考慮してのことだそうだ。透湿性と断熱性とを期待するという理由で土壁を外壁にのみ充てるという割り切り方は見倣うものがある。

隅部に配された力貫はボルトで基礎に引く

 「力貫」と呼ばれる見なれないものがあった。主要軸組みの隅部の腰に入れられた4寸角で、1間間隔の柱を繋いでいる。そこに2本のズン切りボルトで基礎から引張ってある。柱の引き抜きに対してはホールダウンボルトと同様の働きを持つものと想定される。柱をいじめず、また多少の変形のゆとりもあって、なかなかいい工夫と思う。

内部の整斉感にうっとり

 さっそく内部に入ると、まだ仕切りもできていないこともあって、とても広い。整然と並んだ柱が縦横に梁や差し鴨居で結ばれて、小気味好いほどさっぱりとしている。壁ができあがれば、余分な架構部材が隠れてまた美しい空間が出現するだろう。また如何にも民家風の丸太組みや囲炉裏などといったものもなければ、目障りなしつらえも見当たらない。どこまでも基本的な架構をそのままあらわすだけで見せようというよほど強い意図と自信がなければできない仕事だ。

ここにも模型が

 この小さな越し屋根と見えた2階部分が8畳間3室分あり、階段や吹抜けで下の居間とつながっている。親方の話によれば、いくらかこの模型とは材寸を変えている箇所があるそうだ。われわれが作る模型は空間のつながりを確認するためのもので、そこまで部材の精度をもっていない。大工がつくる模型は、視点が違うのだ。

くだんのひじ木(これは丸ごと見えるのかな)

 また親方の話では、大きな断面の美しい梁は徳島の和田さんの木頭杉で、これは逆には使えないというほどよく吟味されて木取りされていると。(悲しいかな、目のないわれわれにはそう簡単に合点の行く話ではない。)写真に見えている天井は2階床もそうであるが、構造がそのまま顕わしとなる化粧使いである。ただし、床天井とも2重に板が張ってあり、厚板(30mm)は断熱材ともなる。垂木は4寸(115mm)角で、半間(950mm)間隔に角ダボとコーチボルトで留められている。

桁材の接合(追掛大栓継)は短め 栓の位置はずらしている

 柱、土台、桁、梁などの主要構造部材はいずれも古来からの継手仕口によって接合しており、込栓打ちを基本としているとのこと。ただ、その接合部分の長さは必要な長さにしているので、この写真に見られるような短めの追っ掛け大栓もあると。また、鴨居などの造作材には引きボルトを使用している。差し鴨居も昔の民家のような大きな断面のものではなく、見たところ成は4寸ほどである。無理に開口を大きく取らず、柱を1間(四国間1900mm)毎に立て、それに見合うほどの材成にしていると言う。コストを押さえ、全体に重くならない有効な割り切り方である。「昔のやり方には戻るつもりはない」と言い切る六車親方の目の向かう先には、21世紀のための新しい木造伝統構法が確固としたかたちで見えているのだろう。次の住宅では土台を離れ、石場立ちの柱を予定していると言う。その頃にぜひまた訪れたいものである。

(文と写真 さのはるひと)