音戸山通信  大黒柱伐採儀式 2005/09/25

「京北の木で家をつくろう」ネットワーク

 「近くの山の木で家をつくろう」という日本のあちこちで起こっている川上と川下を結ぶ市民運動の動きに、ぼくたちも今身の回りにある状況の中でやってみようと、この夏に建築家、林業家、森林組合、大工などの仲間に呼び掛けて、「京北の木で家をつくろうネットワーク」なる団体を結成しました。すでに、いくつかのプロジェクトで、京北の森林組合で整えてくれる京北の材木を動かしています。このネットワークについては、あらためて別のページできちんと紹介しましょう。ここでは、先日その仲間と共に行った京都市のO邸のお施主さんと山に連れて、その家の大黒柱を伐採するという儀式の模様を紹介します。

山ノ神に祈る

 京都の北に隣接する京北町はこの春から京都市右京区に編入となり、京都市は緑地をずいぶん獲得した。京北は植林率が90%という。ほとんど杉やひのき、赤松の人工林。北山丸太の生産地としてながらく集約的な林業経営ができたために、比較的望ましいかたちで山が保存されてきたものの、さすがに近年の木材不況のために、いい木が伐採され、何代も続いて来た林家が林業を諦めるということも珍しくない。この京都市から見れば、桂川(大堰川)の上流になるわけで、平安京の建設の折にもたくさんの良材を出しているし、戦前も筏で嵐山までたくさんの材木を運んで来ている。今はむしろ上流の水源確保という意味も加わってきているのだが、京都市の場合、多くの水源を滋賀県の琵琶湖から引いて来ているという意識のせいか、あまり北部山地への恩恵を感じていないかもしれない。私が教える京都建築専門学校が夏の木匠塾活動の拠点としている京北の小塩ですっかり馴染みになっている森林組合の勝山さん、林業家の三間さんもこのネットワークのコアメンバーである。町家研究室の薦野さんが設計を担当しているO邸にも彼らの材木を分けてもらう。この機会に、大黒柱になる木をしっかり育って来た山に行って、そこの山の神さまに祈りを捧げ、伐採しようと。家に用いるすべての材木の出所に立ち合えれば理想的ではあるけれども、代表して、1本、大黒柱の伐採をちゃんと見届けようと。これを今後の家つくりの習いにしたいと思う。

 参加者一同 

 かつてはどこでも、毎日の山入りの折に、山の口にある山の神さんに祈りを捧げる風習があった。今もシーズンの初めにそういう儀式があると聞くが、普段はもうそのような儀礼は行われていない。神社などに出す特別な木を伐採する時に、儀式が行われたりするのをTVで見たことはある。この機に、そういう儀式を始めてはどうかと提案。お施主さんにとっては、大事な家の柱。その木がどんな場所に育って来たのか、どんな人に育ててもらったのか、どんな風に切り倒されたか、とても興味があることだろう。実際に自分でその現場に立って、関係の人と顔を合わすということがどれだけ、その後の住まいに深い意味をもたらすか、それはもうずいぶんたくさんの人たちが体験談を雑誌に紹介している。行けばわかるが、山の人たちがどれだけ丹精込めて木を育て、また念入りに伐り出しているか、それは是非見て欲しい。工事現場や工場での大工仕事もそうだ。お施主さんはそれをよくご覧になった方がいい。実際に、それだけの費用を出しているのだから、大いに楽しみ、あるいは学んでもらいたいと思う。

 

 柏手を打つお施主さん

 周山の町からすぐの勝山さんの山に入り、まず、木を選ぶ。今回はほとんどの柱梁に杉を用いる。大黒柱として、およそ7寸5分角長さ20尺の角柱が取れるようにするために、およそ胸高で尺2寸ほどの木を選ぶのがいい。結構太い姿のいい木だ。6〜70年生というところ。回りに生えている雑木を払い、場を浄めて、用意した洗米、塩、酒を並べ、両脇にヨキ(斧)を置く。このヨキには、通常、刃の手前に三本、四本の筋がついている。これは(みき、よき)と呼んで、お神酒を表すのだそうだ。だから、この筋があれば、それだけで酒を一々備える必要はないという。でも今回は実の酒を用意してもらった。お施主さんに代表して祈りを捧げてもらい、ほかの人は礼、かしわ手を合わせることにした。山主の勝山さんに酒、米、塩を振って清めをしてもらった後、銘々で鋸を入れることに。

 

  鋸入れ

 

伐採の瞬間、風が止んだ

 そのまま頑張って、鋸で伐ってもいいのだが、あいにく、その日は台風の接近もあって、朝から強い風が吹き荒れ、山が騒いでいる。時折、大きく木が揺れ、枝がこすれて大きなうめき声に似た無気味な音を立てている。木を伐るのにはもっとも警戒しなくてはならない天候だ。幸い、時おり風が止むので、その時にさっと伐ろうと、慣れたチェーンソーを使うことになった。

  この方向に倒すのだ

 一人がチェーンソーで切り口を開け、もう一人がワイヤーを木に掛けて、他の木からぐいと引き寄せて方向を調整するという役目になる。その辺はさすがにプロ、阿吽の呼吸、さっさと進めて行く。われわれギャラリーは安全な場所に移り、見物。

  倒れる瞬間

  その時、風が止んだ。矢を入れて、切り口を調整して、ちょいと引くと、木はしずかに倒れはじめる。動く方角を見て、ワイヤーの調節を行う。予定の木の間にきちんと納まりそうだ。上に張っている枝がほかの木の枝に触りながらゆっくりと倒れ、風切り音も断末魔の声もほとんど立てず、葉がこすれる音の中をしずかに倒れて行った。木を傷つけない理想的な倒し方と言えるだろう。

  倒れたばかりの木に触る

 倒れた木の木口は、微妙に温かい。生きた木の温もりと言う。(チェーンソーの摩擦熱とも考えられるけれどもね。)山の斜面に倒した木は、未だに立っていると勘違いするのか、しきりに水を蒸散させ、木の幹に含む水分を飛ばしてくれる。杉はもっとも多く水を含む木の一つで、しかも乾燥しにくい。こうした枝葉を通しての乾燥を葉枯らしと呼ぶが、この時期、そうすぐには水を引いてはくれないだろう。ぎりぎりまで置いて、最後はちょっと乾燥窯に入れて人工乾燥をかけてやらなければならない。本当はもっと前にこういう伐採をしてやればいいのだが、やはり、伐り旬は守りたい。盆過ぎからが精一杯だ。できれば、ざっと製材して、風で乾燥をさせたいが、太い材では半年ほど置いても十分と言うことはない。木の乾燥はぜひ何とかこのネットワークを生かして天然で回せるように持って行きたい。

 

翌日、施主のOさんからお礼のメールが届いた。

「毎日大黒柱を見る度に、京北の山に、凛としてそびえていた時の姿を、思い出す事でしょう。木に恥じない家として、私達が、今後長きに渡ってしなければならない事があるようにも存じます。家が出来あがりましたならば、木の゛親戚″として、いつでもお尋ね下さい。」

 

おまけ

 近くにいたモリアオガエル

 くだんの杉が倒れる辺りできれいなモリアオガエルを見つけた。細い蔓にしがみついて離れようとしないのだが、無理矢理捕まえて、安全な場所に避難をさせた。今まで見て来たどのカエルよりも美しく大きいモリアオガエル。体長は7cmあまり、捕まえてもあまり怖がらない。この儀式の一部始終をどう眺めていただろうか。

(文と写真 さのはるひと)