椅子の制作 2001 2002/03/31

 2002年3月15日は京都建築専門学校の卒業式。その機会に卒業生をはじめとする学生諸君が作品展を企画した。「不足物探行」展と名づけられたこの展示会は、学校と町家校舎の2会場にて3日間開催された。卒業設計作品や1年生たちの課題制作、夜間部学生らによる建築模型制作など様々な作品が展示されたのだが、その1コーナーに後期のゼミに行なった椅子制作作品も出品した。このページではこの椅子の制作の各段階を順を追って紹介するとともに、この数年来こころみてきた椅子制作を振り返ってみることにしたい。

制作展会場の様子 手前にある椅子が今年の作品

 展示会は製図室を利用して行なった。今年の2年生たちは本当にこういうことが好きで、一生懸命によくやってくれた。1年生たちもよく協力し、自分の作品をつくる以上に、会場のしつらえや準備に努力してくれた。作品を仕上げることも重要だが、こうして皆と心を合わせて人に見せられる祭りの場をこしらえることの経験はもっと貴重だ。いい勉強になったにちがいない。

制作者は 城市、薦野、李、稲垣、長谷川、小寺松島、さの

 無造作に置かれた椅子作品たち。見れば分かるように、今年の椅子は、幅16cm、厚さ2、5cm、長さ3mの板一枚からつくる小振りのものだ。材料費は板一枚で1500円までである。予定外の木工ゼミなので、予算的に限られたということもあるが、小振りで可愛らしいがちゃんと気持よく使える軽い椅子を目指したわけだ。

制作の手順

 基本となる設計は佐野による。ほとんど同じ寸法の椅子だが、各自のわずかな角度や削り具合でどれだけ違うものができるか、楽しみなところ。全く色々にデザインさせるよりも、ある程度揃えた方が、かえって違いが見えて面白い。以下、その制作手順を画像を交えて簡単に説明しよう。

角だぼの穴を掘る

 最初に、設計がある。それを原寸でベニヤ板に描いておいたのだが、板図の写真を撮る前に、知らぬ間に他の材料に使われてしまったようだ。その板図から材料を適当に一枚板から割付け、荒切りする。板幅が小さいので、座板やつなぎ、底板には2枚を矧ぎ合わせて、幅広板をこしらえなければいけない。板の矧合せは、一度教えてやると忘れないので、毎年経験させている。

角だぼを差し込む ダボの大きさは板厚の1/3程度

 まず、板がきちんと面が合うように、側を真直ぐに削る。きちんと合えば、その組合せを合い印などを付けることで覚えておく。矧ぐには、いわゆる角だぼを用いる。両側の板にダボ穴を開け、ダボを適宜入れてやることで、接着面積が増すのみならず、木の動きによるずれを防ぐことができる。当たり前のことだが、ダボの目を母材とは直角方向に取る。ダボの厚さは板のおよそ1/3ほどを目安にする。これをけがくには、2枚刃のけびきを用いる。同じ方向から寸法を取らないと、目違いの原因になる。ダボ穴の深さは20mm程度、ダボの大きさよりわずかに深めにしておく。

木工ボンドをつけてクランプで締め付け、矧ぎ合せる

 木工ボンドをつけて、板を合わせ、クランプで締め付ける。表に出てくるボンドを濡れ雑巾できれいに拭取っておく。ダボを使わずボンドだけでも、十分一体にはなるが、力がかかるところにはダボを入れて矧ぐ。

ほぞ加工途中の部材(背、座、つなぎ、前板、底板)

 一体になって、広い板になれば、ほぞやほぞ穴の加工を行なう。基本的には板図をもとに寸法を取って加工するのだが、墨通りに加工できるとは限らないので、全部一遍につくらず、順を追って組み付けながら寸法を合わせてゆく。

背の穴位置を決めるために途中で組み付ける

 基本設計では座の勾配はなく、フラットであるが、やはり少しだけ勾配をつけておくと、座り心地がいい。ここでは座の勾配を1/20〜1/15、背を1/5ほどにしている。

全体を仮組み ここまでは全員ほぼ共通の作業

 この材は西洋赤松(パイン)と聞く。柔らかくて光沢もあり、美しい。加工も簡単であるが、材に粘りがないので、のみをよほど砥いでおかないと、刃が材を潰してしまう。基本設計通りに組み上がったが、このままでは小さい割に無骨でいただけない。ここからが手の入れ所だ。

各部材に分解して加工 ここからは各自のデザイン

 一旦く組みあげて、各自でデザインを決め、墨をつけてからばらし、加工する。僕が先行して手本を示しておいたのだが、学生たちは誰一人として師匠の真似はしない。同じようにしてもいいと思うのだが、気に入らないのだろうか。自分は自分で違うのをやるんだという気持ちは一人前だね。

部材を仕上げたところ

 僕は結局、途中で放り出した学生の部材をもらって2脚つくることになったのだが、デザインをほぼ同じにしている。板厚をそのまま見せずに、すべてテーパをとって端で薄くしている。底板は、安定性と畳の上でも使えるようにつけたものだが、小さい椅子では必須だ。できる限り、小さくし、端を落として軽く見えるようにしている。

木工ボンドを付けて組立 クランプの威力絶大

 部材が削れたところで、最終組立てを行なう。ボンドをつけて、クランプで締め付けてゆく。このクランプが本当によく働いてくれる。ボンドは使うが、釘やビスなどは使わない。

ひとまず完成というところ

 最後にサンダーをかけて、ひとまず仕上り。ひとまずというのは、塗装が残っているからだが、皆の意見でも、その白木のままがいいということになっている。作業としては、1回1時間半ほどの作業にして、部材の荒切り、矧ぎ合わせで2回、ほぞ加工で2回、デザイン加工で2回、仕上げで1回、合計7回分がかかっている。8、9回のゼミでちょうどいいくらいだ。

作業中風景

 意外に女性たちが喜んで毎日のように作業をしていた。週に1度では気持が続かないので、放課後、晩からのアルバイトが始まる前に1時間ほど来て少しづつ進めて行くというのがいいらしい。

仮組み状態で仕上げは友人に託される場合もある

 中にはざっとした組み付けまでやって、仕上げは友人に任せるという者もいる。仕上げを引き受ける者は、前任者の意図を汲んで素直なデザインにまとめるという路線を選ぶことで、いい友人関係を保つことに成功した。?

えごま油で仕上げた例

  白木のままではなく、えごま油で仕上げた者もいる。塗装用のえごま油は黄色っぽく、一見、西欧骨董のような風合いに上がる。

各自の思いのこもった作品

 ここでは、ほぼ同じ基本設計から、最後のデザイン過程でいかに色々なバリエーションが出てくるかを実感して欲しかった。僕がつくった2つの椅子にしても、見たところ気付かないようなわずかな座や背の角度の違いで、座り心地が違ってくること、背の長さの違いでプロポーションの印象がずいぶん違ってくることなどなどである。どれだけ学生君らは理解してくれただろうか。

過去の制作から

1997年モデル 堺の家のためにつくった椅子

同上 これはとても重かった

 堺の友人の家の設計に際し、学生たちと拵えた家具シリーズの一。ベンチ、テーブル、ロフト箱階段を手分けして制作した。どっしりした落ち着きのある椅子を作りたかったのだが、ちと重すぎたようだ。横にすると、ちょっとした工作台になると皮肉られたものである。

1998年は丸太ベンチに挑戦

 これは軽井沢のカトリック教会にある椅子に倣ってつくってみたもので、かなり難しく手間のかかったベンチだ。学生諸君は本当によく頑張って制作してくれた。これは棟梁の助け無くしては到底無理である。大きすぎて、普通の家には置けないしろものだ。山荘のテラスにはぴったり。

1999年モデル ひのき丸太を使ったモデル

 これはそれほど難しくない。もともとは北山杉を使って作った原作がある。背は太い方が座り心地がいいのだが、重くなるという致命的欠陥がある。いかに小さく軽く、瀟洒なものをつくるかがポイントだろう。原作は前が2本脚であったが、ここではより安定感のある板にした。結果的には、ますます重くなり、後の丸太のチャーミングな足元を隠してしまった。

2000年モデル 杉床板一枚から作る椅子

 美山の杉厚板を矧ぎ合わせて作るしっかりとした椅子。これもかなり重くなり、評判はすこぶる悪かった。確かにいかにも鈍重だ。

2001年モデル 

 昨年の反省から、小振りにして、軽く瀟洒な座敷椅子を。ちょっとした作業なら十分使用に耐える。

2002年モデル?

 98年の堺の家の椅子と同様の椅子。幅を広げ、座を低くして足を前に投げ出す姿勢で楽に座る。ひじ掛けの具合もよく、座り心地はとてもいい。学生諸君らに数作るには材料が高くつくかもしれない。さて、今年はどんな椅子を学生たちとつくろうかな。

(文と写真 さのはるひと)