音戸山通信第50話  2001/06/21

木と土壁のすまい-----「稲荷山の家」における試み (建設タイムズ寄稿)

 かつて2回にわたり、校舎として再生した上京区の町家改修について紹介した。ここではそこでの成果を踏まえて建てた伏見区のある新築の住宅について紹介したい。町家で学習した土壁と木の住まいが、通常の今日の新築住宅にない心地よさを備えていること、ほどほどの耐震安全性を持たせうること、そしてこの種の建築がなによりもエコロジーや健康という考え方に立脚しているものであることを確認したかったからである。

           

            図1 入口まわり

南を向いた大妻面の正面にはたっぷりとした土庇の空間を用意。入り口は内部の延長としてのべんがら塗りの格子戸。ほかは柿渋塗りとした。芯継ぎの軒桁を小さめの簡単な肘木で支持している。上階の格子はアトリエの窓。

 チロルから町家を通って農家へ

 敷地は東福寺の南、伏見稲荷までの丘陵地の西斜面、結構な中高級住宅地にある。風致地区であるが、さいわい敷地に余裕があったので、計画にはさほど問題はなかった。施主の趣向から、当初はスイス、チロル地方の家をイメージしていたのであるが、当方が傍らで町家の改修に夢中になっていたせいか、あるいは町家で打合せをしていたせいか、だんだんと和風に近づいてきた。もっとも、依頼された当初から、老夫婦のための家として、南に張り出したゆったりとした縁側を考えていたのだが。最終的には、写真に見るような土庇のある農家然としたたたずまいに収束した。

       図2 土庇のある南正面

大きな妻面に当初の案のチロル風の名残りがある。南庭は畑とした。全体に農家風。

健康の意味

 施主は音楽の人である。ピアノ3台、頻繁に催される音楽仲間同志の会合、そして健康住宅、が注文だった。施主によれば、健康という概念として、水泳、毎日欠かさぬ酒とおいしい食事、自然な風、いっぱいの緑、明るい陽光、美しい音楽、鳥の声、可愛い孫との触れ合い、子供たちの豊かな発想力、ものつくり、人に迷惑を与えない、ゴミを出さないなどなどが具体的にイメージされるという。言い換えれば、「心と体に響き合うよろこび」であり、音楽そのものでもあると言えよう。直感的に、これらの要件を満たす素材として、木、木材と土がイメージされた。内部は木に包まれ、木はそれを包む土壁の隙間から外へとこぼれ出る。工事期間中、毎日のように現場を訪れ、観察を怠ることなく続けてくれた施主がいみじくもこの家に「木の歌」を捧げてくれた。この家をめぐるわれわれの共通の根本イメージに「木」があったことの証しであろう。実に、木は、樹である内から、土、緑、風、鳥、子供、水、陽光と深いかかわりをもっており、木となってからも、それらから縁は切れることがない。その意味で、まさに健康、自然の象徴であると言える。このような意味的な掘り下げは、少なくともこのすまいの建築に際して、施主と建築家にとっては、最初から最後まで、すなわちプランニングから個々のディテイルの決定にいたるまで、連綿として最も重要な確認であり続けたことは確かである。

                 

                 図3 南縁土庇にて

 南側にまあまあの空きができるので、それを畑にし、作物を植え、収穫を楽しんでもらうことに。できれば生ゴミはここで使いたい。風も気持ちよく、布団や洗濯物もここで干している。時折訪れる孫の遊び場にももってこいだ。夏にはここに蚊帳を張って寝たいとのこと。

 もちろん、通常の意味での健康住宅、自然志向の住宅建築を追求するという点でも、双方の意見は全き一致を見た。いわゆる新建材を使わないでおこう。とくに合板や、断熱材などに合成化学製品を使うまい。壁は板か土壁、土壁は竹小舞による真壁(外壁は大壁)とし、塗料も柿渋かベンガラ塗りとしよう。床も杉の厚板(美山材)を構造用と仕上げ用の2重張りとすることで、断熱性をもたせよう。天井も同様に5分の野地板と9分の天井板との2重張りとし、その間を通気層とする、などなど。そのほとんどの仕様は町家改修で覚えたものばかりであった。

              

              図4 玄関入口にて迎える施主の工藤さん夫婦

 玄関扉は片引き戸で、これは町家校舎と全く同じもの。まぐさに美山の漆芸家、川崎吉三氏より譲っていただいた古材を載せ、よいアクセントになっている。

           

            図5 玄関まぐさ詳細  

何でも知多にある古寺に使われていたものだそうだ。赤い欅の良材で彫が鮮やか。油拭きにしたところ、ほぼべんがらと同じ色に上がった。

 

とことん土壁をつかってみる

 今回の住宅の最も大きな興味と言えば、町家で覚えた土壁の徹底的な利用である。4寸の柱に片側大壁としているので、土壁の厚さでは、最大で14cmほどになる。外観で言えば、ほとんど土蔵風のもの。内部の間仕切り壁でも真壁で9cm近くある。この土壁の厚さに対応させるために、竹小舞は8つ割、エツリ(間渡し)で4つ割の竹を編んでいる。小舞編みを見ていた近所の人から竹造りですか、とからかわれたくらい、大量の竹が使われた。その土壁の重量に対応して1寸の貫を4段に入れて楔で止めている。町家では5分の貫を3段に入れているが、後で壁に何かを止める必要が出てきた時に、ちょうどいいところに貫がない。4段にすると、いい塩梅に下地が入り、後の使い勝手がよい。ただし、これは長ほぞ込栓打ちの柱とあいまって、建て方の時には大変な作業となったが。

                    

                       図6 学生たちによる荒壁塗りの体験 

才取りによる土の抛り上げもうまくなってきた。壁厚に対応して太目の小舞を藁縄で編んでいる。1寸の貫をほぼ2尺ピッチで4段に入れている。

 土壁のよさは何と言っても、天然素材であり、リサイクル素材であって環境によいということであるが、住性能から見ても、吸湿性、透湿性、有害物質の吸着性、吸音性、遮音性、断熱性、耐震性、防火性などなど、いずれも適度に兼ね備えている。このよさを十分に活かすためには、ラスボードに薄く塗るだけではなく、やはり芯から土がたっぷり使われていることが望ましい。内部の床や天井などでは極力、厚みのある杉板を用い、壁は水回りを除いてすべて土壁とした。

外壁を大壁にしたのは、断熱性能、含水量の多さ、遮音性能、とくにすきま風を遮断するためなどの理由からである。当初は、土壁の透湿性能、通気性能から見て、外壁を柱の面まで塗り込み、その外に通気層を設けて、焼杉板を張るという通常の伝統的な納まりにしようと考えたが、土が生活を護ることの表現をどうしてもしたかった。ただ、やはり土は雨に弱い。そのために、軒を極力深くして、なるべく雨に打たれないようにした。左官の佐藤嘉一郎氏によれば、壁の厚さがあれば、少々の雨では大丈夫とのこと。通常は雨に強いと言われる漆喰などの石灰壁で覆うところであるが、薄い衣を着せるのではなく、厚い土の塊の表現をしてみたかった。ざっくりした土壁ならば、あとあとでの補修も気楽にできそうだ。結局、佐藤氏のアドバイスに従い、聚落土を混ぜた比較的強い土を仕上げに塗り、半乾きの段階でもう一度押さえて表面密度を上げるという方法を採り、さらに雨がかかりそうな箇所には浸透性の溌水材を軽く吹いた。ここはしばらく、これからの経過を待って、どのような問題が発生するか、見届けようと思う。

 今回も施主の許可を得て、学生たちに荒壁塗りに挑戦する機会をいただいた。町家校舎の折に経験済みの子らがほとんどであった。切り藁の量を減らし、水の量を増やして柔らかくすると、塗るスピードが格段に上がる。また塗る作業よりも、土を練って運ぶ作業の方が大変だということが分かった。なるべく昔の土壁に見るように、石混じりで大小の藁スサが縦横に混じっている土を塗りたかったのだが、どうしてどうして、まったく歯が立たない。本職が塗れば、土をつけていくスピードがまるで違い、運び方の仕事量が格段に大きくなる。かなり柔らかくしてポンプで圧送するとのこと。そのために、切り藁も少なめ、水量は多めとなり、乾燥に時間がかかり、乾燥収縮によるひび割れも大きいものとならざるを得ない。半分乾いたところで、軽く押さえてもらうことにした。実験によって、土壁の耐力は塗土の密度に大きく影響されることがわかっているからである。

 図7 学生たちによるベンガラ塗り作業 

 ベンガラに墨汁、荏油(えごまあぶら)を混ぜ、刷毛で塗り、布で拭取るという方法でやってみた。それほど厚塗りが要求されない内部ならではの拭取り法が木目をよく表現でき、美しい仕上がりとなった。色は町家よりも墨を抑え、赤くしている。

 また、通常は、片面ずつ塗る。その方が乾きが早いからである。ただ、小舞の間から突き出た土を軽く押さえる作業は行う。裏返し塗りは一緒にやると、乾きも遅く、温度が高いと、小舞を編んでいる藁縄が腐ってしまう。しかし、仕事の段取りのために、両側を一時に塗ることに。折もちょうど冬の寒い頃になり、昼は風を通し、夜は凍てないようにシートで家全体を覆い、ストーブを入れるという念の入れようである。おかげで、中は寒くなく、作業をする職人さんには評判がよかった。土壁を塗るということが行われなくなった理由に、手間がかかり、時間がかかるということのほかに、左官の汚れ仕事と大工の造作仕事が一緒にはできないということが大きい。土壁を用いるならば、その施工工程を念頭においた造作を設計時から考えておかねばならない。当然のことかもしれないが、あまりいろいろなことをせず、単純に壁を立てて行った方が、壁の美しさも見えて、結局上手く行く。

 音楽家の住居ということで、当初から厚壁を倉のように塗り回して、それで遮音性能と湿気対策、断熱対策をいっぺんにやってみようというのがそもそもの発想だっただけに、南面以外はなるべく開口部をとらず、壁を多く立てた。したがって、壁量としてかなりの量をカウントすることができ、壁の重量を多めにとっても、おおよそ1枚の壁に必要な壁倍率が2ないし2、5ほどとなる。これは現行の法規では、土壁のみであれば0.5となり、話しにならないが、ここは今までの実験から十分クリアーできる数字と判断し、筋交いなどによる補強を行わなかった。実験を重ねている秋田県立大学木材高度加工研究所の鈴木有教授によれば、おおよその目安として、土塗り壁1cmあたり壁倍率を0.5をみることができるそうである。したがって8cmで4、0。ただし、これは土壁が健全な場合の話であり、風化してぼろぼろになっているのでは到底無理である。今後の土壁塗りのためには、土塗り壁の耐力の経年変化による降下の具合をもっとデータを集めて探る必要があろう。

 今回の家で土壁の表面の経年変化を毎年観察することができる。また、特に条件の悪い西側の大壁の劣化、温度分布状態、熱貫流量などを計測できれば、これからの実用によい資料となるだろう。今回試してみたかったことで、結局断念したものに、温水直配管による床暖房への土の応用があった。通常はコンクリートで行うのだが、環境の問題、トラブルの際の補修のし易さを考えると、土で蓄熱層と放熱体を形成するのには意味がある。また一部では土から輻射される遠赤外線効果が唱われているが、これも確認したい。しかし、現時点ではあまりにデータが少なく、土の違いによる熱伝導率や輻射効果などの資料がほとんど見当たらない。これもそれほど難しい実験ではないので、ぜひやってみたいとは思うが、どう考えてみても、断熱性能と伝導体とを同時に期待するというのは無理がありそうだ。土はそもそも空気を多量に含むところが利点である以上、土になにか混ぜて伝導率を上げる手立てが必要であろう。ゆくゆくは土壁に温水配管を行い、むっくりとしたパネルヒーティングなどができればいいのではないか。

足元には近代的な工法

 全面的に伝統的な工法を採用したわけではない。建物の足元に関しては、柱を基礎の上に立ててアンカーしないという伝統工法に拠っていない。地盤が山の切土の割には具合が悪く、水を噛んで耐力も出そうにないので、工務店の意見により、地盤改良を行った。さらに基礎はコンクリートでベタ基礎とし、布基礎部分に載せる土台には基礎パッキンを用いて風通しを取り、土台をしっかりとしたアンカーボルトで止め、座金も大きく厚いものを採用している。コストを押さえるため、設計では土台を防腐剤含滲させた米とが材を指定していたが、防腐剤の寿命はたかだか5〜10年、込み栓を打つほどの工事なので檜にして欲しいという工務店の主張に従った。足元に伝統的な方法を使えるようになるためにもう少し勉強したい。

                    

       

        図8 玄関内部 

玄関は町家校舎と同じ深草砂利の三和土(中内建材製)とし、正面に2階に上がる箱階段を設けている。枠は松、扉は杉でベンガラを塗っている。壁に穿たれている2つの穴は、その向こうにあるキッチンからの覗き窓。靴脱ぎは北山丸太の切端を利用したもので、京北の三間恭二作。上の写真の下駄箱はパキスタンのアンティーク。

                   

                   図9 箱階段から6畳の間を通して奥の寝室を望む

                       

                  

                  図10 ベッドルーム

 畳に寝たい老夫婦のために、畳ベッドを提案。両端を壁に付けて落下の不安を解消。下と中央に収納をつけて、杉の厚板で拵えた。杉が余分な湿気を吸い取ってくれる。床はピアノを置くため、杉板を張り柿渋塗りとした。 

         

                  

                   図10 竣工時の板の間 

 

 リビングルームとして用いられる。大勢の客を迎えるための部屋。吹き抜けとし、松梁を化粧に見せている。上に畳一枚ほどのガラス瓦によるトップライトを採っているので、昼間はかなり明るい。床は杉板を2重に張り、柿渋塗仕上げとしている。掘りこたつは町家校舎と同じ大きさの幅1m、長さ4、9m。天板は同じミズナラ。ただし、側に木の面皮が出て、柔らかな曲線となっている。こたつは温水パネル工法の町家と違い、こちらはコンクリートに温水配管を埋める方法。現時点では、こちらの方が効果的だ。

                   

                    図11 キッチンからサニタリーを経て浴室を望む

 北側の下屋部分に水回り諸室を納めている。ここにもガラス瓦のトップライトをいくつか用いて明るくしている。流しと反対側は配膳台であるが、端を丸く張り出し、朝食などを夫婦で食べられるコーナーにしている。案の定、よく使われているようだ。ここに見えている床面にはパネル式の床暖房が仕込まれている。(浴室内は直配管)

          

            図12 板の間での生活風景 

  図10と比較されたい。照明は学生に手伝ってもらって拵えた。この家のテーマ「木はふるえる」のメロディが穿たれている。テーブルはこの時点では柿しぶ塗りのまま。その後油拭きをおこなった。背後の書棚は床板と同じ杉板で作っている。

 最後に

 最近ではこの家ほど思いを寄せて設計し、管理した家もないと思うが、出来上がってみると、まだまだ到らないところがずいぶんとある。今後の課題として検討して行きたい。それにしても施主の工藤さんご夫婦には長い間本当にお世話になった。この家のよいところの大半は工藤さんの「こころくばり」の所産であるといっても過言ではない。われわれ設計側や施工側のミス、配慮の足らぬところがあれこれ出て来ても、その度毎に実に寛容に対応された。最高の施主であるだけでなく、人としてたいへん高い水準にある真の教養人であり、多くの大事なことを教わったように思う。この場を借りて心からお礼を申し上げます。        

                                (文と写真 さのはるひと)

  

        件名  工藤邸新築工事  

        所在地 京都市伏見区深草願成町35-4

        施主  工藤肇子・吉郎

        設計  Studio菖 (代表 稲端下恵子  管理 的場優子)

        施工  (有)ビーケーホーム (代表 竹内正治 担当(株)竹内工務店)