音戸山通信第44話 01/01/08

稲荷山の住宅(5)瓦屋根と土壁塗り

 木造の建物は、骨組みを建てたら、まずは屋根を葺く。稲荷山のこの家では、屋根は普通の桟瓦。瓦は、スレートや金属板で葺くのとはちがい、重量があり、その重みで骨組みをぐっと押さえ付け、安定させる。通常1m2当たりで60kg、この家の場合、大屋根で100m2ほどなので、ざっと6tになる。それだけの瓦を屋根の上に運んでいるわけだ。この重みで柱と梁との間の隙間が押されてぴしゃっと付くと、大工は言う。

大屋根の瓦 中央にガラス瓦が見える ほぼ畳1枚分のトップライト(写真 工藤吉郎)

 以前は、瓦を止めるのに葺き土を用いた。土は、さらに屋根の重量を増すが、瓦の安定はよく、葺き土を用いないいわゆる空葺きは、葺いた後でも瓦がばたばたして、歩くと音がする。雨の音もよく聞こえる。土は断熱材としても優れたものだが、あまりに重すぎるということ、劣化が早いこと(葺き直しをします)、水を含み、野地板や垂木を腐らせるということなどの理由から、現在はあまり使われなくなった。断熱性という点では、逆に、瓦の下の空間を熱せられた空気が通って隙間から抜けて行くという利点があるということから、現在はこの通気性を活かした瓦葺きという考え方が評価のポイントになってきているようだ。

 今回のこの家では、野地板の下、垂木の間の空間も通気層として、軒先から吸い込んだ空気を棟の換気孔で吐出すように工夫した。画像はこの軒先の吸入孔を作っているところ。垂木の間の面戸(めんど)と呼ばれる板に穴をあけ、虫除けのステンレス網を貼る。

吸入孔付きの面戸板を拵えているところ

屋根、壁小舞完成

 大工の仕事は屋根の下地までで、瓦桟などから瓦を葺きあげるところまでは屋根屋の仕事。大工は屋根の次に開口部回りをこしらえる。土壁を一刻も早く塗りたいので、とにかく壁の下地の取りつく範囲となる部分を作ってやらねばならない。今回は一部を除いて、ほとんどは木製建具となるので、敷居や鴨居、あるいはその下地を入れて行く作業となる。なかなか面倒な手間のかかる仕事だ。その間に、左官屋が小舞を片端から入れて行く。下の画像は、もっと前、まだようやく基礎が出来上がる頃、左官が現場に土を運んで、切り藁を混ぜて錬り込んでいるところ。

切り藁を大量に混ぜて土を錬り混ぜているところ(写真 工藤吉郎)

水を張ってまとめたところ。寒い季節になるので、ビニールをかけて、温度を上げてやることで、細菌のはたらきを活性化させる (写真 工藤吉郎)

 今回の家でもっとも期待し、注目しているのが、土壁であることは前回伝えたところである。が、何しろ通常よりも分厚い壁を塗る仕事は、あまり例ない。蔵や寺のような大きな建造物には使われるが、外側を大壁に土で覆うということはあまりしない。一つには、あまり格好のよいものではないと見られて来た。柱や梁に象られた白壁の美しさが基本にあることは確かだ。また、折角の大工の仕事が外見にほとんど現れないというのも面白くない、ということもあったかもしれない。しかし、今回のように断熱性、遮音性を土壁でまかなおうとすれば、土蔵のように、壁の厚さでカバーするしかないと考えた。ほぼ12〜13cmの厚さの壁をどう作るか、が問題である。

えつり竹を入れたところ

 まず、構造から言えば、土壁だけでかなりの重量になる。ざっくりした荒壁土では比重として1.7〜2程度と見られるが、厚さ13cmで1m2当たり220kgほどになる。大抵、内壁をラスボードに左官仕上げ、外壁を木摺りにラスモルタルとすれば、重量は1m2当たり150kgまでであろうから、1.5倍ほどになる。それだけの重量を支えるのが竹小舞であり、貫であり、柱梁ということになる。貫を通常の1.5cmを3cmとし、4枚貫としたことは、前回述べた。小舞も通常は「えつり」あるいは「真渡し」と呼ばれる親竹に使われる8分、24mmのものをつかい、したがって、えつり竹は四ツ割と称する40mmほどの割竹を用いることとした。現場には山ほどの青青とした割竹が運ばれ、山となった。

 えつり竹は外側を竪に使い、貫の外側に立て、内側を横使いとしている。ともに、皮の方を手前にして仕込んで行く。えつりはえつり穴を柱や土台、桁に穿っておき、そこに突っ込んで止めるのだが、あまりきちきちではいけない。遊びが必要。特に、竪の方は、上を穴に突っ込み、下は5分ほど透かしておく。これは、土を付けて行くと、その重みでどうしても下がる。そのときに、竹も一緒に下がるので、その下がり分を開けておくというのだ。もし、きちきちに作っておくと、そのときの力で竹は外に曲がり、壁を変形させるか、あるいは壁土を剥がしてしまう。まだ乾いていない柔らかい土がどのように挙動するかを知っていないといけないわけだ。

竪の小舞が入ったところ 小舞の間隔が狭すぎて、土が表と裏で切れてしまう恐れがある もう少し間引くことに

 えつりと呼ばれる親竹をおよそ1尺ほどの間隔に縦横に入れて、それに細めの小舞竹を並べ、細い藁縄で編んで行くわけだが、左官方ではこの間隔がやけに狭い。竹が太いのに、いつもと同じように本数を入れては、隙間が本当に狭く、小舞と同じくらいになってしまう。縦も横もあるから、結局、隙間の面積は全体の面積の1/4ほどになり、表と裏とで土が肌別れしてしまう。間隔を1寸2〜5分ほどに広げてもらった。数寄屋の壁のように、細い柱に真壁を作るために竹小舞を薄く強く作り、間隔も細目に入れ、下地の面としてしっかりさせる場合には、土も薄く強いものを使うために、バランスはいいのかもしれない。今回の家のように、ざっくりした粗い土を厚く付けたい場合には、竹を太くし、間隔を開ける方がよいだろうと判断したわけだ。

階段のところに覗き穴 青竹の小舞で編まれた面の美しさ(写真 工藤吉郎)

 さて、下地も出来つつあると聞いて、わが学生軍団、さっそく土壁塗りの本番に挑戦である。既に12月に入っていた。幸いなことに、今年の冬は到来が遅く、いまだに紅葉の見頃で多くの人が近くの東福寺に押し寄せている。この日もたいへん温かな泥いじり日和り。建築科の1年生3人と的場さんが参加。この日は、お施主さんのお仲間も参加するとあって、谷岡左官の職人さんに手ほどきを受けながら、板の間から塗り始めることに。

 まずは、寝かしてある土に切り藁をスサに混ぜながら、錬って行く作業。これがもっとも重要な仕事で、元気な中島潤君が手伝ってくれた。ちょっとの間にも手には豆だらけとなってしまった。基本的に、最初塗るのは、横竹の方、内側である。貫と同じ面になるように土を付けて行く。この時に、貫を汚さないようにするのがコツである。さっと撫でるだけでは、土が小舞に食い込まず、裏に回ってみると土があまり顔を出していない。最初はちょっと固練りだったので、塗るにも力が要る。ほんの少しの作業で汗をかいてしまった。土練り担当の職人さんが柔らか目にしてくれたので、その後は大分楽になった。しかし、あまりに柔らかだと何度も撫で付けている内に土が弛んで落ちてしまう。本職はさっと塗り付けてしまうので、何の問題もないのだが。施主さんたちの挑戦も四苦八苦。やってみると、かなり力が要ることがわかる。

塗る前に再度切り藁を入れて藁スサとする 真鍬で錬り返す中島潤、藁を切る小寺秀幸と城市智幸 12/02(写真 工藤吉郎)

 次の土曜日は授業がないので、朝からの土壁塗りとなった。今回はさらに、夜間の1年生諸君も加わっての作業。まだ小舞が完全に出来上がってはいないので、貫の藁縄巻きをしながら出来た壁から塗ることに。この作業は中西さんがよくやってくれた。木の部分はどうしても動くので、壁が離れたり、割れたりしやすい。それでも落ちないように、縄で下地を作っておくわけだ。これが結構手間の要る仕事で、土を塗る方がずっと早い。今回はよしやまちでの経験から、藁縄で編んでいるが、もう少し上等な仕事では棕櫚縄で編む。どちらもやってみると、指に細かい傷が付く。最近はビニールひもで編むのを見るが、これならよく締まるし、手も荒れず、作業性はよい。ただ、素人目にも土の接着はよくなさそうだ。ビニールの一番の利点は、土が乾く間の蒸れで藁縄が腐ることがあるそうだが、ビニールにはその危険性がない。たしかに、土の細菌の栄養のために混ぜる藁と、スサとしてつなぎ止めるための藁と、小舞を縛り付ける藁と、みな同じなのだから、矛盾もいいところだ。もっとも、左官の佐藤嘉一郎さんによれば、そうしてぼろぼろになった藁縄をあまり見ないということだから、乾燥過程をきちんとしてやれば、稲藁でも問題はないそうだ。

貫に藁縄を巻く中西千尋と的場優子 12/09

 この最初に付ける壁を荒壁と云い、確かに荒々しい。昔のものを見ると、かなり大粒の石が混じっていたりする。千利休の作と伝えられる大山崎の茶室などを見ると、この荒壁のみの仕上げとなっていて、しかしちゃんと出来上がっている。長いすさや大きな石も混じっており、とても力強いが、がさつな印象が一向にないのは、土も吟味され、塗り手も相当なものだからであろう。とにかく、ひびが入ったり、透いたりしていないのは、どうしてであろうか。

 一体に、水を含む泥壁は、乾燥によって収縮し、その分、ひび割れや隙間としてあらわれる。これはいわば土壁の宿命なのだ。これを防ごうとすれば、極力薄く、幾層にも塗り重ねて行くしかないだろう。待庵の一発仕上げというのは、例外というしかない。また、荒壁の場合、ひび割れが大きく入っても、逆に次の層が中まで侵入し、絡み合って強い肌別れしにくい壁となるので、むしろ都合がよいと言う左官もいる。確かに、瞬間的な加力に耐える強度という点からすれば、実験でも見たように、層が別れないで一体を保つ方が好ましい。ぼそぼそで強度のない土が弱いことは確かで、あまりに粘りのない砂気の強い土は、たとえ収縮の度合が小さくとも、具合が悪いだろう。しかし、土壁のこうした物性に関する基本的なデータはほとんどなく、これから少しずつでも実験を重ねて行くことが重要である。

壁塗り風景 (左から中西 的場 城市 谷本 中島)12/09

 荒壁付けの道具は、鏝(こて)は金鏝を使い、パレットにあたるこて板で土を受ける。土を舟から救い、抛るのは才取りと呼ばれるまっすぐな3本鍬で、これが覚えるとなかなか面白くてやめられない。総じて、土塗りは皆、一心不乱に塗って、好きなようである。実際、やってみるとなかなか面白い。言うことを聞かないし、力も要れば、肩が疲れて来るのだが、不思議な快感があって、なぜか心が和んで来る。中塗りや上塗りは技術も要りそうだが、荒壁は、本当は肝心なところなのだろうが、まあ、丁寧にやれば、素人でも、土は付く。プロとの違いは、圧倒的なスピードと、回りを汚さないということだ。学生とプロとでは、5倍から10倍の違いがありそうだから、たとえ学生君たちには昼飯を出すくらいにとどめても、本職の方が安くつくのではないか。また学生は、今、とにかく土を付けることしか頭にないのだが、プロはいつも仕上がりをイメージしながら下地を塗っている。この違いは大きい。

裏側への巻き込み (写真 工藤吉郎)

 よしやまちの時に比べて、今回の竹は、まさに今切ってきたばかりという青さだ。白青の裏表がなすメッシュの美しさは、お施主さんがいみじくも漏らしたように、このままにしておきたいと思えるほどだ。さて、荒壁を付けると、裏に土がメッシュから顔を出す。これが竹を食い込んでくれないといけない。あまりにたくさん出過ぎても、次に塗る時に具合が悪い。だったら、たくさん覗かして、裏も一緒に塗れば、一体化がいい状態で可能になり、いいように思えるが、普通はそうしない。一気に塗り込むと、乾燥が遅くなり、温度状態によっては、蒸せてしまう。縄がぼろぼろになって壁としては弱くなるからだ。ただ、この冬、温度の低い時期には、裏表を一気に塗ることもあるそうだ。ただし、乾燥はその分、さらに時間がかかる。

高所での塗は怖い(須田君) 土を抛り上げる才取り(福田君) 12/09

 学生諸君と格闘した次の週に現場に行った日、すでに荒壁付けは終了していた。見れば、表も裏も塗ってあった。工程が予定より遅れており、片面を乾かしてから次の面を塗っているのでは間に合わないということと、また、いつまでも左官が泥を運んでごった返していては、大工が仕事ができないということによる。気温も下がり、乾燥させるために、扇風機やら赤外線ランプやらが持ち込まれていた。冬の間は、風を通したくても、凍害を避けるために、夕方からビニルシートですっぽり覆わなくてはならず、毎日、シートをかけたり外したりがたいへんな作業である。夏は1週間で完全に乾いた土も、冬の間は、われわれが塗った土でさえ、まだ濡れて柔らかい。ゆっくり乾かすのも壁のためにはよいが、まだこれから中塗りやら増し塗が控えており、先が思いやられる。年末の正月休みの間に乾燥が進むことを願うのみである。

断面の様子が分かる 下が内側で、内外で75mmほどとなっている 01/05