音戸山通信第20話 00/05/03

稲荷山の住宅(1)

前に触れたように、今手掛けている住宅の設計の一つに稲荷山に予定されている老夫婦(音楽家の夫婦)の住宅がある。今日は途中経過としてそれを紹介してみようと思う。スケッチは随分になるけれども、ここではその中から2例を選び、簡単な説明を付けている。

施主は音楽教師の夫婦で、退職される頃となっている。老夫婦と書くと怒られる。昨日も意外にお若いと言って、「まだ61歳ですからねっ」と怒られてしまった。毎日、フィットネスクラブで泳ぎ、半袖のTシャツを着て、飯も大盛り2杯を平らげてしまう。つまり、鼻をずるずるいわせてちゃんちゃんこを着ている僕よりもずっと若々しいのである。

敷地は東福寺より南、稲荷山の中腹と言ってもいい様なちょっと坂を上がった結構な住宅地で、90〜100坪ほどの造成地。南と西が道路となっている。東が稲荷山なのだけれども、その方面に近接して2階建てが立て込んでいるので、眺望は期待できそうにない。西面がかろうじて2階から眺望がとれそうだが、夏はとんでもなく暑そうだ。敷地は寮があったそうだが、すっかり片付けられて、木は一本もない。おそらくはろくな木もなかったのだろうが、それにしても、生垣まで含めて全部きれいに刈り取ってしまうというのも、人間のあまりな勝手だ。犬やネコの生きる権利が主張されるなかで、樹木たちの権利も少しは考えてやってもいいのではないだろうか。彼らは犬やネコよりもずっと従順なのに。

ご主人は作曲もされる。音楽と建築の近親性は僕のかねてからのテーマだ。この機会にあれこれ教えていただこう。夫婦ともとっても人間的に素晴らしい。こういう人たちの住まいをともに考え、作らせていただくというのは、何にも代えられぬ楽しみであり幸せであると心から思う。

さて、この住宅の平面を考える上で重要な点を列記しておこう。

1 家族構成は夫婦と嫁入り前の娘さんの3人

2 寝室が2室とご主人の書斎(仕事部屋)が独立した部屋として必要

3 ご主人のサークルの集まりが定期的にあり、20〜30人が集まり、音楽談義やら合唱や    らがある(ピアノ、広さ、食事の段取り、防音、靴脱ぎスペースなどが必要)

4 ピアノが3台ある

5 旅行が好きで、あれこれの思い出の品々を飾るスペースが欲しい

6 書棚が相当に要る(ざっと天井までの高さで巾が合計6間ほど?)

7 ご主人いわく、「なるべくコンパクトで無駄があって機能的で夢のある家」...!

8 音戸山のわが家では、エントランスの土間がことのほかお気に召し、導入する

第1案 (04/12)

1F平面 (右が北)

2F平面と西立面

南面からアプローチする敷地に対して、この案はほぼ南北一杯に敷地を使って町家の様な縦長の平面で正面を街路に沿わせている。アプローチは西側の廂の下を真中まで行ったところから建物に入る。廂越しに西面に庭を望む家という形で、随分和風を意識している。東側に隣家が迫っているために、西側に開いた格好になっている。下屋の部分を小屋梁を見せた吹抜けとして、大勢があつまって音楽談義する雰囲気をつくっている。縦長にした理由の一つには、将来、もし切り売りする様な場合が生じても、西側を処分できるようにと考えたのだが、あまり現実的ではない。むしろ、将来的な増築がしやすいということのほうが説得力がある。

この案は悪くないとは思うけれども、生活の中心が敷地の奥になること、条件のよい南面を日常的に取り込めないことなどが一番の難点となっている。面積も40坪程度とやや大き目。

第2案(05/02)

1F平面と南立面

2F平面と西立面

南面の家にして欲しいという注文に応えたもの。この間に数案あって、普通の平入り切妻屋根の案もあった。この案は大棟造り風の妻入り。この格好は和風とも洋風ともとれるところが面白いけれども、北側斜線(1:0.6)からみると不利。それで北側には下屋を付けて、水まわり諸室を配している。またできる限り階高を押さえたい。ここでも中心となるであろう食堂が北東隅にあり、朝日は入るが、午後は相対的に暗くなるかも知れない。もっともそれほど大きくはないので、南のリビングスペースと一体感は保てるであろう。

特色は西面2階のテラス。石垣の高さが2m以上あるから、見上げた感じに屋根がかぶさってくるのを、斜めに丸太で支えてやろうというもの。音戸山の家と同様、丸太は主要構造ではなく、化粧柱であるということにしておかなくてはならないが。南面は大きなガラス窓となっていて、ドイツでよく見た日除けの可動テントを取り付けようと思う。壁面は基本的に左官仕上げだが、南面は最後に板を縦張りにして保護する。通気層を考えてということのほか、なんとなく、そんな概観をつくってみたかったということ。でも、これからどう変わって行くかな。

寝室を大きくとっているのは、奥さんの領域を確保するということもある。老夫婦なので、寝室は遠くない将来、重要な生活中心となるであろう。広い寝室は介護的に様子を伺いながら他の作業もできる。あちこち広いに越したことはないが、コンパクトな住宅の方がよい。ちょっとリビングルームが狭いかも知れない。この時点でおおよそ使い勝手と通風、採光などは考慮できた。これから家具や生活風景などを想定しながら精度を上げて行くことになる。

この他に、当然、平入の切妻という形があって、ちゃんと詰めておくべきと考えているので、また出来たところで紹介することにしよう。

(さのはるひと)