平成の京町家を考える

  −−--伝統の町家のかたち


伝統の町家のかたち

   秋も深くなり、しぐれる頃となった。折からの雲間から漏れた光が庭のもみじの葉をあかあかと透かしている。
「先生、こんにちは」
この春の卒業生が訪ねてきた。
「あら、これ何ですか」
めざとく、作業机の上の模型を見つけて眺めている。
ファサード模型
 

「今、町家を建てるなら、どんな風にするかと考えているところさ」
「昨年、御所東で町家を新築しましたよ」
御所東の新築町家


 彼女が言う新築町家とは、実大震動実験で揺らされた後、御所の東に再生された町家で、現在はイタリアンレストランとしてオープンしている。伝統型の京町家に今日の計算で適合する構造システムを実現し、適合判定にひとつの途をつくった。
「あれとは違うものを提案すべきかなと思って、伝統のかたちをもう一度見直している」
「確かに、伝統型といっても、時代ごとに姿も変わってきていますね」
「そう、最も古い形の町家では、250年ほど前に建てられた滝澤家がある」
鞍馬 滝沢家住宅


「きれい!両側にうだつが載った屋根が直線的に降りてきて、すっきりした姿が素敵です」
「洛中洛外図にもきれいな町家がたくさん描かれている。当時の地方の人もそれを見たんだろうね、今でも地方に行くと、その時代の京都の町家の姿を窺えるような気がする。たとえば、これは木曽中山道の平沢宿で見かけた家だが」

長野県平沢の町家


「これも素敵です。確かにこの町家もすっきり水平に伸びていて、滝澤家に似ている」

 通庇のない町家

「でも、違いもある」
「通り庇が無いです」
「そう、庇がない。よく見ると、二階がせり出しているのがわかるかな」
「本当だ。奥から床梁が持ち出しで出ていて、二階の床梁を受けています。京都にも庇がない町家ってあったんですか?」
「洛中洛外図を見ていると、結構見つかるよ。」


萬野A本洛中洛外図より
                   
「本当だ。庇がない町家がある。どんなお商売の店だったのでしょう」
「さあ、それは専門家に聞かなくてはね。絵では二階で祭を見たりしている。二階に客を上げる商売、たとえば茶屋のような店かなあ」   
「品物を並べている店には庇がありそうですものね」
「当時は、売り物をショウギのような台に置いて表に出していた。すると、どうしても陽や雨から護るための庇が欲しい。それに庇の下にこうやって店の紋を入れた幕を掛けているね。そんな習慣がなくなってからでも、お客をお迎えする意味でも庇はいいものだと思う」
「そんな庇を先生は取ってしまおうというのですか」
「いや、まだそうするとは決めてないけれども、こういうかたちも伝統の中にあったんだということを示しておくのもいいかなと思っている。それに、庇がお商売をする町家に欠かせないものだとすると、居住用の町家には、必須ではないと言えるかもね」
「庇を持たない町家が出て来て、まち並みは崩れませんか?」 
長野県奈良井の町家
                     
「先の平沢や奈良井の宿にしても、二階を持ち出しの「せがい」つくりの町家と吊り庇の町家が混在していて、それが味わいのある風情となっている。ラインとしては、似たような高さで通っているので、連続感は保たれるね」
「京都にも二階せり出し町家があるんでしょうか」
「それがあるんだ。ほら」

東山区 河井寛次郎記念館

               
「あ、これ知ってる。河井寛次郎記念館!」
「ね、せがいつくりになっているだろう。きっと民芸を求めて信州あたりを歩いている中で見たのだろうね。骨太の持ち出し梁を細かい間隔で突き出しているところなんか、いかにも寛次郎らしい。でも、ほかの庇のラインと合っているから、景観として違和感はあまりない」

 今風の町家

「先生の提案する町家って、正面のかたちだけなんですか?」
「いや、中身もちょっと変えてみようと思っているんだ」 「見たところ、間取りの感じは伝統型と同じだけど、表の間が狭くなって、中の間が広くなっている。通り庭が吹き抜けてない。中の間が吹き抜けていますね」

伝統型平成京町家設計案1階平面図

 

「その通り。この前までは、通り庭を広くとって吹抜けの板土間にして、ダイニングキッチンと、階段を設けて、生活の中心としていたんだ。でも、そうする と、座敷の優位性がなくなって、とくに中の間の意味がわからなくなってしまう。そこで、逆に中の間を生活の中心としてみようと、ここを広くとって吹抜けに し、二階の部屋をその回りに直接つながるようにしてみたんだ」
「構造的には伝統のままだけど、空間はずいぶん今風かも。でも、吹き抜けは冷暖房がたいへんではないですか?」
「そうだね。空調面積が格段に大きくなる上に、冬は暖かい空気がどうしても上に行って、下は温かくなりにくい」
「それでは省エネにならないです」
「いや、僕はこの吹抜けをつかって、夏は1台のエアコンで冷房し、冬は1台のストーブで家全体を温めてしまおうと思っているんだ。そのためには、しっかり断熱をしてやらないといけないが」
「薪ストーブですか?」
「薪ストーブが好きなんだが、市内でやろうと思うと、なかなかたいへんだ。京都市が普及を進めているペレットストーブを考えているよ」


平成京町家認定住宅

「ところで、君は最近話題になっている「平成京町家認定住宅」を見たかな?」
「はい。西区に建てられた認定第一号を見たとき、町家とはまったく違うので、最初は面食らいましたが、構造の見せ方、スライドドアーによる間取りの工夫、 京風デザインの取り入れ方など、よく考えてあるなと思いました。でも、どちらかというと、京風エコハウスという印象でした」


西区 平成京町家認定第一号住宅 外観と内部
       
  
「そう言えるかもしれないね。メーカーハウス的な家のつくりに京町家の工夫を取り入れたものと見ていいだろう。僕も感心した。評判もよさそうだよ。ただ、夏のように暑い日だったけど、中は快適で、窓を開けて風を通そうという気にはならないだろうね」
「まだお庭がほとんどできていなかったこともあって、自然と一緒に住むという感じは希薄でした」
「左京区の認定第二号には一緒に行ったよね。あれは庭に力を入れていた」

左京区 平成京町家認定第二号住宅(写真 豊田保之)

「はい、細かいところまでよくつくり込まれていて、とても感心しました。庭の取り込み方に、町家の感じが生かされていたと感じました」
 「コンパクトな空間の内外の重ね合わせが美しく、つくり手と住まい手のセンスがよく伝わって来る作品だったね。デザインの密度があって、とても感心した。そういう高い職人の技を求めるところにも、伝統の姿勢を感じたな」
「ついこの間拝見しました左京区の認定第三号は、主体構造はプレカットだそうですが、大工さんの手刻みの部分が要所要所に目立っていて、お施主さんやつくり手さんの意気込みが伝わって来る家でした」

左京区 平成京町家認定第三号住宅(写真 クカニア)

「色んな種類の木や工夫が随所にちりばめられていて、楽しそうな家だね。これはそういった伝統の魅力的な要素を盛り込むことによって、伝統につながろう、家の価値を高めようという姿勢が感じられる好例と思うよ」

伝統町家型住宅

「先生の提案にどんな魅力的なデザインが盛り込められるか、楽しみです」
「いや、僕はそういうデザイン要素がほとんど見当たらない、杉と土だけでできた家をつくろうと思っているんだ」

伝統型平成京町家模型 さの

「そう言えば、吹き抜けにある階段は、いつもの箱階段でも丸太の階段でもないですね」
「そう、今回は素っ気ないごく普通の階段なんだ」
「素っ気ない、ですか」
「質素な家をつくりたいんだ」
「でも、そんな家、一般ウケししないんじゃないですか」
「少ないかもしれないけれども、そんな家がいいという人もいるだろうさ」
「今、京都では町家を改修した店舗で次々に素敵なデザインが出て来て、とてもファッショナブルなんですよ」
「それはそれで一つの文化を生む力となっているし、ある意味で京都の文化の継承と言えるだろうね。でも、その一方で、ベースとなっている町家建築そのもの が見失われつつある。今はその伝統を残せるか、モノしか残せないかの瀬戸際に来ていると思う。僕は町家のデザインよりも、それを支えている型を大事にした いと思っているんだ」
「でも先生の言われる型は戦前の型で、今日はすでにプレカットや合板+金物の時代ですね。それでは伝統は引き受けられないのでしょうか?」
「その型が生産するものは先の認定住宅で見た通りさ。目ざすところが違うんだ」
「目ざすところが違う?」
「伝統町家と今日の住宅では、住まいの型が違う。伝統は自然と共に、同じ資格で住まうところを佳しとする。痩せ我慢と言われるかもしれないがね。対して現代住宅は、自然と遮断したところに、快適環境をつくろうとしていて、高気密高断熱の魔法瓶住宅に行きつく」
「断熱は必要だと思いますが、省エネ一辺倒の家づくりはどうかと思います」
「ほどほどのところでいいのだろうね。環境面だけでなく、家や住まいには、住まい手が能動的に関わる場面がいっぱいあっていいと思うんだ。平成京町家の委員会の言葉に「住みごたえのある家」とあるが、伝統の家や住まいの価値観を言い得ていると思うよ」
「どうしたらそのような家づくりへ流れを変えられるでしょうか?」
「人 と自然、住まい手とつくり手がつながってくること。そのためには僕は町家のつくり手、生産組織の意識のあり様に大事なポイントがあると思うんだ。材料 の木や土が山から出て来るところから、それを加工して家になるまで、そこに関わる多くのつくり手たちの姿を見えるようにしたい。彼らが本当に望んでいる家 づくりを浮き彫りにできればいいね。設計しなくてはならないのは、そのプロセスなのかもしれないな」                                                (この稿は京都建設タイムズ2012年正月特集号所収のものと同じです)

伝統型平成京町家模型 さの