株付き桁丸太を柱に

 ----大黒柱の復権----

 ここに紹介するのは、堺市内で昨年7月に竣工した住宅(木造2階建て瓦葺き延面積約200m2)。

施主は大学時代からの友人だが、本人は東京で研究生活を送っており、設計はほとんどすべてご夫人の希望によるものとなった。その希望とは、趣味兼仕事というピアノの修復の工房と、ちょっとしたホームコンサートができる大きなリビングルームを持つローコストの家ということである。

 室内楽ホールと工房付き住宅

 聞けば、ヨーロッパの古楽器であるフォルテピアノの修復家として知られる山本宣夫氏が彼女の師匠であり、できれば彼のコレクションの一部を家に置いて展示したいとのこと。彼の所有するピアノは定評があって、海外の一流演奏家のコンサートにも使用されることもしばしば。それでは彼らがくつろいで練習できるような雰囲気をつくってやろう。これ見よがしの安っぽい西洋風よりも、ここは農家風で行こうということになった。

 (写真1 外観)

 半外部の土間空間をエントランスに

 敷地は戦後に計画的につくられた高級住宅街にあり、周囲は和風とも洋風ともつかない大きな家屋敷がならんでいる。うねうねと続く貝塚伊吹の生垣さえあれば景観に馴染むといったところだ。 バス通りに面しているために、閑静なとは言い難い。道路からの騒音を避けるため、前庭を取り、工房やエントランスコートを全面に配置し、奥にホールをとった。エントランスコートは半外部の土間空間で、ガラスをかぶせてやることで内部的な利用もできる。工房の延長とも、園芸の作業場とも、またティーブレイクの場ともなり、近隣とのおつき合いや客を迎える場としても都合がいい。私も京都の自邸にエントランスとして小さいながら設けてある。ただ、ガラス屋根にしておくと、夏期はたいへん暑くなるので、遮光や風通しを工夫しなくてはいけない。

(写真2 エントランスコート)

 ホールの内装は木を豊かに

 さて、ホール部分は音響を考慮して、小屋裏まで吹抜けにして大きな空間ボリュームを確保した。背中の壁と天井を反射板になるようやや固めにし、響きに細やかさをつける意味で空間の断面形状に変化をつけた。あれこれ音響に関する情報を集めた結果、柔らかな音を奏でる木製のフォルテピアノのためには、やはりムクの木が一番、という結論。また、木材には調湿機能も期待できる。床にはムクのナラフローリング、壁には米松のヨロイ張り、天井の一部に杉板を使った。仕上げはいずれもリボス社の植物性油を塗っている。ただ、内装で見渡す限り木材というのも、雰囲気が重くなってしまうので、視界の上部には漆喰の白壁を塗り回している。しかしこのホールの中で一番目を引くのは、一列に配された北山杉の丸太の柱であろう。

(写真3 ホール)

 直径1尺の北山杉の磨き丸太

 根元に文字通り根元の広がりがあるいわゆる「株付き」の桁丸太には、他の材にはない力強さと個性的な魅力がある。これ一本を立てただけで、山の風情を引き連れてくる。あたりを払う頑固さがいい。しかも上へと強引に視線を引き上げるものだから、吹き抜けの独立柱にはもってこいの材料である。正面入口から2間ごとに5本の柱を一直線上に立て、この家を縦に貫いて、今回のデザイン上のメインモチーフとなった。ホール内部に見える柱列の頭には、径1尺5寸、長さ6間余りの桁丸太。現場にこれらの丸太が積まれ、組み上げられていく圧巻の様は、しばらく往来の人々の目を奪ったようだ。施主も喜んでくれたが、何よりも棟梁たち大工を喜ばせ、また苦労させた。刻みのために、数日間にわたって、遠く周山まで通い続けなくてはならなかったからである。            (写真4 丸太柱とギャラリー)

 後記

この住宅は私にとって二つの点で意味のある仕事となった。一つは単なる住宅としてではなく、歴史的鍵盤楽器のコレクションの展示と修復のための工房ならびに専用の音楽ホールという機能をもつ建物として設計されたという点。こよなくピアノを愛する修復家の家は、第一に機能的な工房であると同時に、またその潤いに満ちた音を十分に響かせるホールでなくてはならない。しかも、落着いた住宅地のまん中で住宅としての体裁とマナーを保たなくてはならない。晴れの大舞台での音楽鑑賞ではなく、少人数の愛好家を対象とした小ホールが、日常の住宅地の中に自然な形で登場する。日々の住まいと芸術鑑賞のための空間が別々にあるのではなく、欧米の音楽が家庭音楽をベースにしているように、日常の世界に連続し重なっている。この同居した芸術空間はその家のみならず、その地域の生活空間に張りと潤いを与えるだろう。そのためにはホールそのものの性能よりもむしろ住宅としての自然さが重要である。住宅の自然な延長に趣味の工房や音楽空間があること、それがこの仕事にこめられた意味である。

(写真5 ダイニングキッチンとロフト)

 建築的には、ホールを広く吹き抜けたリビングルームとして捉え、工房をその前室に位置付ける。その二つをつなぎ、生かすために必要な余裕の空間として、半外部のコートがある。寝室やキッチンなどのプライベート諸室は吹き抜けを囲む形で2階に設けている。すべての部屋は中央のリビングホールに視覚的につなげられて、住宅としての一体感を強めている。この方法がとくにホールの音響のための空間ボリュームを確保するために重要だった。そして、この吹き抜けの大空間を視覚的にと同時に構造的にまとめているのが杉丸太の柱列である。この木をどうやって生きた形で取り込むか、それが第二の点である。自邸では四本の丸太で空間を囲ってみたが、立ち上がりの見えの処理と上部の構造感に不満が残った。今回は株付きの桁丸太を立てることで足元を、吹き抜けを一杯に使って高さを、上部の小屋組を無骨に支えることで構造感を、それぞれ表現してみたつもりである。もっとも構造としてはずいぶん稚拙で、大方の批判は免れないが、野蛮で稚拙なところから木構造を組み立て直してみたかった。丸太柱を結ぶ梁の接合などには、伝統的な継手仕口で指示すべきだが、ローコストであればボルト止めもいたしかたない。そもそも工務店には丸太の加工手間をほとんど度外視して頼んだ仕事だったので、それ以上の無理はかけられない。自邸といい、この住宅といい、手間ばかりの仕事をよく引き受けてくれたものと、感謝している。

(写真6 ダイニングキッチン)

 この後に行った京都の住宅の設計にも、吹き抜け空間とともにこの株付きの北山丸太を大黒柱として使ってみた。施主を連れて京北町に出かけ、一緒に丸太を選んだのもよかった。この家でも、新たに床の間をつくることはなかったが、選ばれた柱のキャラクターに合わせてその回りの部材や寸法の調整を行うなど、床回りの考えと通じるところがある。ただ、太い丸太の柱の力強さに喜んでばかりいると、後で後悔する。あまりに太い丸太の柱は空間を圧倒してしまうので、選ぶときには長い目で見定めなけなければいけない。根の張った株付き柱は狭いところでは邪魔になるので、やはりある程度の空間的な余裕がないと使えない。また設計に際しては、肝心の根の部分が隠れてしまわないよう、床下の基礎を工夫する必要がある。せっかく太い柱を使うのだから、大黒柱として、構造的にも要となるよう設計したいものだ。その際、径の太さを利用して、できれば貫のように梁を差し入れて楔で止めてやるなど、伝統的な工法を部分的にでも採用すれば、また意味があるだろう。木の家の中に、いろいろな思いを集中した1点として、広く勧めたい方法である。

(写真7 洗面所)

追加ながら、堺のフォルテピアノを中心としたコレクションを納める住宅は、完成後まもなく、その楽器を使う演奏会のための練習場として、また愛好会員のためのサロンコンサート会場としてただちに活用されはじめた。また施主である友人は周辺の住人の方々を多数招待し、そこでの活動に対して大方の理解と賛同を得ることができた。設計者として何よりも喜ばしいことである。                     (写真8 サロンコンサート)