9月21日の日記
夜の7時ごろ、小・中学校が一緒だった友達、AとYから突然電
話がかかってきた。
「今、家の前にいるんだけど出てこれない?」
あわてて靴下をはいて髪をとかして出て行くと、二人は家
の目の前にいた。Aとは2週間ぶり、Yとは1ヶ月ぶりだった。
「ケータイ買ったんだよ」
あたしはメモを出してYの携帯の番号を書き取った。かわりにあたしは、彼女がパソコンを持ってないのを承知でメールアドレスを教えた。
Aは有名菓子店Fの就職試験に落ちてしまったという。こないだ会った時は、
「落ちたら専門行く」
と言っていたが、金銭的理由で、もう一度別の就職口をあたってみるという。
あたし達は3人とも都営団地に住んでいる。都営団地に住めるということは、それだけの収入しかないということだ。(もちろん自分自身が、じゃなくて、それぞれの親が、だけどね)(実際、友達の家では長男が就職したため家全体の収入が上がり、団地に住む権利がなくなって追い出されてしまった)2人にはそれぞれ妹が1人いて、Yの父は人工透析を受けている。
「夏美は(本当は私の本名を呼んだ)大学行くんでしょ?」
私には兄弟がいない。一人っ子は甘やかしてもらえるのだ。
「うん・・・」
あたしは歯切れ悪く答えた。地に足をつけて自立しようとしているAに対して、受験勉強すらロクにやっていない自分が恥ずかしかったのだ。Yにしたって同じだ。
「あたしはねー、えーと何てったっけ? あの有名な転職雑誌・・・」
「とらばーゆ?」
「あーそれそれそれ。ウチの学校の就職ヘボいのしかないからさー。あれ見てー、正社員かー別にバイトでもいいんだけどさ。お金ためてー、補助金もらってー、区内の学校だったら返さなくて済むしー」
彼女は保育科の高校に通っている。中学のときは保母になりたいと言っていたが、今は
「カウンセラーとかそんなかんじ」
だという。
「小学生のときいろいろ悩んだからぁ。役に立てばいいなって思って」
彼女は小学生のとき、いじめっ子であり、いじめられっ子であった。あたしも彼女にはさんざんいじめられた。人が気にしてることを平気でつつくし、わがままで、うそつきだった。でも、どこかで不思議なつながりがあって、あたしに自転車の乗り方を教えてくれたのは彼女だったし、彼女がクラス中から無視されたときは、
「話し掛けてくるからしょうがなくってさぁ」
とリーダー格に言い訳して、彼女と一緒にいた。
「今さぁ、あたし学校でリトミックやってるんだけどさ、も
うすっごい笑えんの。こうだよ、こう。」
ただうるさいだけだったYは、中学に入ると話が面白い人に変わっていった。
「四分、四分、四分、四分、八分八分八分八分ぜーんーおんぷー」
彼女が手を振りまわしそこら中を走り回るうち、プリクラを撮りに行くことにはなしがまとまった。
プリクラを撮った帰り道、あたしとYはAを家まで送った後、Yの家の前で話し込んだ。おしゃべりなYのためにあたしは聞き役に徹した。
「たぶん、カウンセラーとかそういうのになると思う。ほら、あたし小学生のころ結構悩んだからさぁ。親は看護系に行けってゆーんだけどね。お父さん、病気だからさぁ」
「早く稼いで、妹のおこづかいくらいあたしが出せるようになりたいんだ」
「妹まだ小学生だから今はいいんだけどさぁ、中学生になったらあの家狭すぎるからさ。おばあちゃん、まだ長生きすると思うし。親も本当は家にいてほしいってゆーけど、あたしがでてく以外どーしよーもないじゃん?」
「早く結婚してー、子供産んでお父さんに見せてあげたいの。お父さんかなり体やばくって、妹の結婚式には間に合わなそうだからさぁ」
次第にあたしは何にも言えなくなってしまった。彼女は本当に家族や自分のことをよく考えていた。あたしはどうだろう? ただ、漠然と科学者になるという夢があるだけで、何にも始めてはいない。今までは何かとあたしが彼女の相談に乗っていた。でも、今の彼女に何が言えるだろう。一足先に大人になろうとしているYに、あたしはあせってしまった。そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、彼女は話を続けた。
「たまにはさぁ、カラオケとかいこうよ。18になったらすぐ(Yは3月生まれ)車の免許取るつもりだし。そしたら、どっか遠出しようよ」
あたしはただただ、うなずいた。自分と彼女の差を感じて、もう本当に何にも言えなかったのだ。
ふとYが時計を見ると10時を過ぎていた。
「えーーーーーーーーうっそだぁーーー。あたしらもう、2時間しゃべってるよ!」
「マジ!?まだ30分しか話してないって感じだよぉ」
「じゃ、ホントに遊びに行こうね!」
Yと別れてからあたしは考えた。ただ親のすねをかじる世間知らずの『おじょうさん』から抜け出すにはどうしたらいいのか。
結論は出なかった。(すぐに結論が出るくらいなら最初から悩んでいない)でも、気合いが入った。今のあたしがすべきことは、卒業するために、大学に入るために、科学者になるために、勉強するっていうことだ。
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