『水の都の王女』(上)(下) ISBN4-15-020237-0, ISBN4-15-020238-9
『神住む森の勇者』(上)(下) ISBN4-15-020246-X, ISBN4-15-020247-8
J・グレゴリイ・キイズ
The Waterborn / The Blackgod; J.Gregory Keyes


 創刊以来、ハヤカワ文庫FTシリーズは、数多くの素晴らしい海外ファンタジー作品を紹介してくれました。私は、FTシリーズを全部読んだ訳でもありません。それは、時間とお金の関係もありますし、読んでいて途中で投げ出したものもあります。本屋さんでは、FTシリーズを始め、沢山の本が「買って、買って! 読んで、読んで!」と主張しています。もちろん、全部読むなんてとても無理です。

 そんな中で良質なファンタジー作品との出会いは、素晴らしい偶然の賜物です。このキイズの作品は、そんな気持ちにさせてくれる作品です。

 この作品の紹介は、これくらいで十分のような気がしますが、これではあまりにも不親切なので、もう少し紹介します。

 この作品を語る時、最初に述べておかな来ればならないことは、その世界観です。

 古来、大河のほとりには文明が栄え、歴史を刻んできました。なぜでしょうか? それは、大河が絶対的な力を持つ神だからです。その大河の神の血を受け継いだ王家の者は、神の絶対的な力を背景として大河の流域を支配し、高度な文明を築き上げてきました。

 一方、大河から離れた周辺に目を向けると、そこには沢山の神々が住んでいます。山や森にも神が宿り、人や動物の姿をした神々がいます。小さな神から強大な神まで、本当に雑多な神々が住んでいます。でも、どんな強大な神でも、大河の神にあらがうことはできません。なぜならば、貪欲な大河の神は近づく神々を全て飲み込んでしまうからです。

 そうして大河の神が少しづつ大きくなり、やがては世界中の神々が大河の神に飲み込まれてしまうでしょう。

 この作品の舞台は、そんな世界の話なのです。そして、『水の都の王女』の物語が始まります。

 ヘジは、大河の神を受け継いだ王家の娘として生を受けました。ヘジが10歳になった時、仲良しの従兄妹デンが神官たちに連れ去られてしまいました。最初ヘジは、もういちどデンに会いたいと思って、デンが連れ去られた場所について調べていました。やがて、自分の身体に現れはじめた予兆、変わり果てたデンとの再会を経て、ヘジは自分の中に流れる大河の血の正体、神官たちの目的に気付きはじめます。

 かわって、大河から遠く離れた北の草原では、剣を帯びる年齢になったばかりのペルカルがいました。ペルカルは、放牧地を流れる小川の女神に恋をしました。小川の女神は、ペルカルに目を涙でぬらして言います。「恐ろしい大河の神は、わたしを食べ尽くす」と……。愛する小川の女神のために、ペルカルは大河の神を屠る方法を探そうと考えはじめます。

 そして、ヘジとペルカルが出会う時……。

 とまあ、『水の都の王女』のあらすじはこんな具合です。『神住む森の勇者』の方は、『水の都の王女』の完全な続編となっています。『水の都の王女』を読んでから『神住む森の勇者』を読んでください。私は、これを読んでいる途中で、いったい結末はどうなるのるのだろうかと、ちょっと空恐ろしい感じがしました。結末は秘密ですが、私は最後まで読んでよかったと感じました。

 さて、作者のキイズは、ジョージア大学で文化人類学を学んだそうです。特にアメリカ・インディアンの文化に造詣が深く、世界各国の言語の知識も豊富なのだそうです。その彼が作り上げた世界は大河の神を中心とした非常に独特な世界です。それと、このような異世界ファンタジーの掟、「読者は知らなくても、その世界に住む住人にとっては常識」であることは、ほとんど説明されていません。これに関しては、想像しながら読むほかないのですが、とっつきにくいと感じるかもしれません。

 それと、この作品をキイズは非常にニュートラルな態度で作り上げながら、視点を二人の主人公(ヘジとペルカル)とゲーと言う存在の3つに絞って語っていきます。そのため、この独特な世界とそこに起きる出来事を複数の視点から眺めることができて、なおかつ地に足のついた立場から楽しむことができます。例えば、小川の女神は、ペルカルの目から見れば美しい女性に映りますが、ゲーにとっては恐ろしい悪鬼なのです。

 ここまで、キイズが作り上げた世界について述べてきましたが、面白い小説に必須な魅力あるキャラクターにも事欠きません。“英雄”ペルカルの親友ヌガンガタ。ヘジの忠実な下僕で、ヘジの側を決して離れようとしないツェム。ヘジの師匠で、図書保管室の主ガーン。それに〈馬の兄弟〉にユウハン……。数多くの人物が登場し、どの人物もそれぞれが生きてきた歴史を感じさせる人々です。

 魅力的なのは、人だけではありません。登場する数々の神々も大変魅力的です。小川の女神と大河の神だけでなく、<大鴉> に <女狩人>、<馬の母>、そしてかつて鷲の神だったハルカ。 彼らは、いくつもの名で呼ばれ、多面性を持つ神として登場してきます。よくある通り一辺の神ではなく、物語の一部を支える登場人物なのです。

 最後に、日本語題名についてです。『水の都の王女』に『神住む森の勇者』という題名は、この独特な世界観を持つ作品には、ありきたりという印象があります。英題の訳の『水に生まれし者』と『黒き神』でよかったんじゃないかと思います。(あるいは、もっと直訳で『水育ち』に『黒神』でも……。)

夜明けのファンタジー