<ゲド戦記>  アーシュラ・K・ル=グイン (Ursula K. Le Guin) 岩波書店
『影との戦い』 A Wizard of Earthsea ISBN4-00-110684-1
『こわれた腕輪』 The Tombs of Atuan ISBN4-00-110685-X
『さいはての島へ』 The Farthest Shore ISBN4-00-110686-8
『帰還 ゲド戦記 最後の書』 Tehanu, The Last Book of Earthsea ISBN4-00-115529-X


 ル=グインの名作 <ゲド戦記> です。今まで、さまざまなファンタジー作品が書かれてきましたが、この <ゲド戦記> ほど『世界』を感じさせてくれた物語は、あまり存在しないと思います。この作品に触れたのは、ずいぶんと昔、学校の図書館で借りて読んだのが最初でした。今、改めて読み返しても、まったく新鮮さを失っていないという気がします。

 ル=グインは、セゴイが海から持ち上げたとされるアースシーの多島世界を創造し、物語の中心として『ゲドの武勲(いさおし)』を作り上げました。しかし、この作品で語られる物語は、必ずしもゲドが主人公の『ゲドの武勲』ではありません。各巻それぞれに別々の主人公が存在し、それぞれの視点で物語が語られるのです。

 物語の舞台となるアースシーの世界は、海と大小さまざまな島、そしてそこに生きる多くの人種や生き物からなります。そしてなんといっても、魔法の存在です。このアースシーでも魔法は、単なる不思議な力として描かれているのではなく、この世のはじめに語られた『真の言葉』に根ざした力ということになっています。ものに力を及ぼすとき、そのものの『真の名前』を知り、『真の言葉』で語りかける必要があります。まさに、言葉とファンタジーの関連を重視するル=グインらしいですね。

 ここにアースシーを舞台とした物語が4冊あります。それぞれ紹介していきましょう。


(1) 影との戦い

 アースシーの北東にゴント島がありました。このゴント島こそ、古来より幾多の魔法使いを輩出した島として名高かったのです。その中で最も誉れ高い者がゲドでした。『影との戦い』は、まだゲドが若く、『ゲドの武勲』に歌われる前の物語を描いたものです。
 個人的には、ゲドが最初に伯母のまじない師に習い、次に沈黙のオジオンに、そしてローグの学院にて真の魔法を習っていく課程が好きなのですが……。その後、ゲドは題名の『影との戦い』に出てくる<影>を呼び出し、それに追われ、そして追ってアースシーを旅することになります。この旅の途中で、ゲドは半分に割れた小さな腕輪を手に入れます。この腕輪の物語は次の『こわれた腕輪』で語られることになります。
 この<影>とゲドとの因縁を最初と最後に傍らで見ていたカラスノエンドウは、親友としての約束通り、その勲を歌によんだはずです。しかし残念ながら、その歌は残っていないそうです。『ゲドの武勲』は、この後のゲドの物語を歌っています。


(2) こわれた腕輪

 『ゲドの武勲』によれば、ゲドは西の果ての島セリダーに出かけ、傷ひとつ追わずに帰ってきて、“竜王”の名声を手にしました。そこでゲドは、『影との戦い』で手に入れた壊れた腕輪が、エレス・アクベが失って以来、行方不明になったままの大切な宝物であることを知ります。この腕輪が壊れたままなので、アースシーには諍いが絶えないのでした。そしてゲドは、壊れた腕輪の半分を見つけにアチュアンの墓所へと向かいました。
 それが、『ゲドの武勲』に語られた物語なのですが、この『こわれた腕輪』の主人公はゲドではなくテナーです。テナーは、アルハ(喰らわれし者)と呼ばれるアチュアンの大巫女なのです。
 この巻の物語は、ほとんどアチュアンの墓所を舞台にして、テナーの内面の動きを追って進みます。テナーと呼ばれた幼い子供から、闇の者に仕えるアルハへ、そしてゲドと出会うことで再びテナーへともどります。あえてゲドを主人公に据えず、テナーを中心に語ったル=グインの慧眼は素晴らしいとしか言えません。
 アチュアンの墓所、そしてその地下迷宮。その暗く、生気のない世界にたたずむアルハ。これこそファンタジーだと私は思います。この『こわれた腕輪』を越えるファンタジーは、いまだに存在しないのでないでしょうか?


(3) さいはての島へ

 いよいよ『ゲドの武勲』も最後です。『こわれた腕輪』から20年くらいの年月を経て、ゲドはローグの大賢者となっていました。エレス・アクベの腕輪がひとつになり、再びアースシーには平和がもどりました。しかし、何かがおかしくなっているのです。川の水が枯れるように、アースシーから『真の言葉』が失われてきているのです。この原因を突き止めるため、ゲドはアレンという若者とともに再び旅立ちます。
 今度の『さいはての島へ』では、アレンが主人公として物語が進みます。そして、これで『ゲドの武勲』は終わりとなります。


(4) 帰還

 ル=グインがこの『帰還』を書き上げたときには、『さいはての島へ』が出版されてから、18年の歳月が経過していました。そのためなのか、この『帰還』は別の物語のような印象を受けます。これを読む場合は、他の3巻と別の話と思って読んだ方がいいかもしれません。しかし、あえて補足すると、前作の『さいはての島へ』で、アースシーは新しくなりました。新しくなったアースシーには新たな別の物語が必要だったのです。
 さて、『さいはての島へ』の旅の途中で、ゲドは「故郷へ帰る時が来たのだ。テナーに会いたい。オジオンさまにもお会いしたい」と独白します。そして、この『帰還』でついにゲドは故郷のゴント島に帰ります。しかし、残念ながら沈黙のオジオンは、ゲドが帰り着く前に亡くなってしまいます。それでも、テナーには会うことができました。
 ところで、すでに『こわれた腕輪』から長い年月が経過しています。その間にゲドは、ローグの学院で大賢者となっていました。では、その間にテナーはいったい何をしていたのでしょう。その疑問に答えるため、物語はテナーを中心として語られます。
 しかし、主人公はテナーではありません。テナーが育てることになったテルーという少女が主人公なのです。でも、物語の必然上、テナーが中心となって語られます。
 それと、この『帰還』のテーマとなっているものにフェミニズムの思想があります。フェミニズムの思想とは、女性原理と男性原理の対立、愛と憎しみ、男性原理から解放された女性主体のセックス(あのぉ <ゲド戦記> は児童書なんですけど……)、妊娠と出産、そして人間としての自立、といったところでしょうか。この『帰還』の場合は、これらの思想を全て体現させているわけではありませんが、かなり影響が入っていると思います。
 さて、この『帰還』は色々と物議を醸したようですが、これだけは言えます。新しくなったアースシーには新しい物語が必要で、その物語は“めでたしめでたし”で終わるべきなのです。


 最後に、まだアースシーの物語を読んでいない人がいるのなら、ぜひ一読することをお勧めします。私の一番のお勧めなのですから……。


夜明けのファンタジー