結石 後編
救急隊員から病院側担当者へ状況が伝えられる。
はっきりは聞こえなかったが、全体的に落ち着いている。
少しして医者が来て、本格的な診察が、と思ったら、
予想以上にあっさりと終わってしまった。
定かではないが、例のアレだ、と見当をつけた模様。
もう痛くないでしょ?、てな顔をしてたような気もする。
一通りの検査をしますんで、と、待ち状態に入る。
仕方がないのでしばらく天井を眺めて過ごす。
真上の少し左めに、おなじみ?の無影灯。
手術室で激しく輝いているアレ。
かなり中途半端な知識によれば、この部屋は、
運び込まれる患者次第では修羅場になるはずである。
恐らくこの床は何度も血に染まっているに違いないが、
幸いいまは、呑気な患者がのほほんとヒマを持て余しているのみ。
平和が一番。
ミ☆
すぐ隣の部屋が各診察室の共有スペース?っぽくなっているらしい。
横並びに、救急処置室、共有のそれ、診察室1、診察室2、‥‥てな具合。
その溜まり場から時おり情報が洩れてくる。
通常?の救急患者のなら、検査は最優先なのだろうが、
どうやら随分と優先順位が下げられたらしい。
とはいえ、救急処置室を無駄に占有するのも問題だし、
実は‥‥!、てな可能性もあるわけで、やはりそれなりに、なのか。
少しして看護婦が現れ、ではレントゲンですね、と、
ストレッチャーに寝かされたまま廊下へ。
そこそこ注目を集めているに違いないが、
天井を眺めたり目を瞑ったり。
比較的小さなエレベータで地下へ。
当たり前なのだろうが、横になった人間と、
それを取り巻く人達が納まる広さとなっている。
ここでなんとなく、小振りなマンションの小さいエレベータでも、
奥の隠し扉?を開くと、棺桶がすっぽり納まるようになっている、
というのを思い出した。
いま住んでいる所のエレベータで確認してみたので印象が強かったのか、
あるいはそれと更に、最近本物の棺桶を見たからより一層、なのか。
だがこの時は、棺桶ではなくストレッチャーという意味で。
ああ、ちゃんと縦長なんですねぇ。
と、看護婦に話し掛けてみた。
思いついたままに。
笑ったような気配があったが、その深さまでは分からない。
地雷のキーワードとなりうるのだなと気付いたのは、後になってから。
ミ★
レントゲン室前で待ち。
救急扱いには張り付いていなければならないのだろう。
看護婦はストレッチャーの横に立ったまま、周りの様子を窺っている。
たまに患者やら職員やらとのやりとりをこなしながら。
ところで。
関係者の行動は適度な緊張感に満ちていた。
無駄は少なく、余裕も携えて。
或いは自然にそのように演じているのか、
意識してそのように振舞っているのかは分からない。
とはいえ結果的に患者に安心感をもたらしているのは確か。
そういえば、ストレッチャー移動をする際に、
それを見かけた職員がすぐに手を出して、
必ず2人で動かすようにしていたのが印象的だった。
理由は多分すこぶる単純で、2人貼り付ける余裕はないが、
1人で扱うには危険、ということだろう。
恐らく病院全体の約束事なのだろうが、その一連の流れに躊躇がなく、
キビキビと効率的に動く様は、感動的というか、気持ちがいい。
その背景にあるのはきっと、仕組みに対する納得なのだろう。
と、運ばれながら勝手に解釈。
ミ☆
まだレントゲン室前。
ちょっと間の空いた看護婦に質問。
ケータイ電話は、まずい、ですよね?
ええ、駄目ですね〜。
公衆電話か、どうしてもというなら、
ストレッチャーごと外に出ますよ?
にやりと笑いつつ。
それなりに愉快な人らしい。
ところで。
はい?
ここ、どこですか?
一度言ってみたかった。
看護婦、一瞬、きょとん。
ああ、そうですね。
と、病院名を教えてくれた。
しばらく雑談。
救急車の場合はどこに運ばれるかわかりませんからねぇ。
たまにとんでもない遠いところから来る人もいますよ。
看護婦の挙げた幾つかの地名は、確かに遠かった。
くわばらくわばら。
ミ★
まだレントゲン室前。
壁の向こうから、
レントゲン技師になるのか、担当職員の声が聞こえてくる。
はい、大きく吸って〜。
吐いて〜、そのまま〜。
はい、楽にして〜。
毎回必ず言うらしい。
被爆防止のため、指示は隣の部屋からになる。
自然、声が大きくなる。マイクは使わないらしい。
ドアが開き、運び込まれ、撮影。
確か5回、X線を浴びたか。
上の呪文もその回数。
果たしてあの技師は、
1日に何セットあの呪文を繰り返すのか。
ミ☆
救急処置室へ戻る。
また順番待ち。
今度はエコー。
超音波。
しばし待って、運ばれて。
同様に、息を吸ったり止めたり吐いたり止めたり。
繰り返すこと、けっこうな回数。
結果からすると、石は見つからなかったらしい。
それはそれとして気になったのが、
担当医師?がその装置のソフトを操作する際の、音。
妙に懐かしいそれは、
初期のウィンドウズでよく耳にしたアレ。
さてはそんな恐ろしいOSで、なのか?
うーむ。
ミ★
この頃になると容態はすっかり回復していて、
いつもよりは、汗のぶん服がしっとりしている程度。
病院側もすっかりそのつもりのようで。
最後に尿検査ですけど、
歩いていけますよね?
ええ、そうですね、と、ストレッチャーから降りる。
なんの問題もなし。
ミ☆
採尿を終え、検査窓口に渡し、救急処置室へ戻る。
ああ、もう、すっかり大丈夫そうですね〜。
そうですね〜。
では、と、検査の終了を告げられ、
診察室前で待つようにとの指示。
ここに来て初めてゆっくり病院内の様子を知ることができた。
明るく白く輝く院内は、果たして患者の陰気を吹き飛ばせているのか。
それはそれとして、2〜30分待たされた。
容赦なしに安心らしい。
ミ★
アナウンスで呼ばれ、結果発表。
レントゲン、エコーともに、異常なし。
尿検査では、若干のそれらしい傾向あり。
諸々を総合すると、初期の尿路結石でしょう、とのこと。
そういえば、最初の問診?の後に、
最後に尿検査をするからトイレへ行かせないように、と、
看護婦が指示されていたのを、ここに来て思い出した。
たぶん初期のそれだろうから、レントゲンもエコーも問題なしで、
尿検査がポイントになるだろうと見越していた、ということか。
なるほどねー。
ミ☆
会計で20分くらい待ち。
呼ばれて行くと、保険証はお忘れでしたっけ?、と。
入り口が違ったらそれ以前の問題なのですけどね、
などとはおくびにも出さず、いや、ありますよー、と。
あら。
てな顔。
じゃぁ、再計算しますので。
さらに10分くらい待ち。
ミ★
初診料と、レントゲンかな。
それなりの請求額。
手持ちがあってよかったわ。
ミ☆
晴れて無事に、病院の玄関から。
非常口?から入ったので、
まさかとは思うが、別の出口から、ではなくて。
救急車は冷房が効きすぎて、
院内も同様で、寒かった。
自動ドアを抜けると、幸い、光は強いが、気温はさほど高くなく、
冷えた身体にはちょうどいい暖かさだった。
生命を感じさせる温度、というのは大袈裟か。
ミ★
と、正面に薬局。
処方箋を引っ張り出して、受付を済ませ、
やたら沢山あるソファーの片隅を確保。
じわじわと増える客。
埋まるソファー。
なるほど、需要と供給か。
ここもしっかりと冷房が効いている。
再びそっちの世界?へ。
ミ☆
ケータイの電源を入れ、会社に連絡。
店内を眺めてヒマツブシ。
最初の面子と、呼ばれる順番から、
自分の番の見当をつける。
あちゃー。
開き直って居眠り。
約1時間。
ミ★
再び暖かい世界へ。
で、ここはどこ?
ほんの少し歩くと、地図があった。
張り付き看護婦さんは、駅までは5分くらいと言っていた。
ふむ、あっちか。
ミ☆
地図を頼りに知らない町を行く。
夏の白い光の中。
昼下がりの中途半端な時間帯、このサラリーマン風の格好は、
夏休みの小中学生その他の目をそれなりに引いたらしく。
ちらちらと視線を感じる。
この、でじゃぶ。
ああ、あれだ、
自転車で大荷物背負ってる時の、あれだ。
うむ、懐かしい。
非日常つながりか。
ミ★
その後、何事もなかったかのように出社。
午前半休は14時半からスタートだが、
若干早めに着いてしまった。
夕方、いやぁ、今朝、救急車乗っちゃいましたよ、てな具合に報告。
しばらく病気自慢が展開し、ほかに2人見つかった結石経験者と同調。
ふむ。
平和が一番。
ミ☆
あっさりと日常へ復帰。
しかしちょっともやもや。
帰り道、朝、救急車を呼んでもらった駅に途中下車。
駅員事務室の扉をノック。
朝の時間帯に勤務中だった人が、
残業少な目とはいえ20時過ぎの、
こんな遅くまで残っているとは思えない。
案の定、明らかに別の人であった。
戸惑い気味の駅員に礼を言い、
そそくさと再び改札を抜ける。
ホームに降りると、時間帯もあってか、誰もいなかった。
ふぅ。
と、息を吐き、水を飲む。
のどを通る冷たさに健康を感じる。
内臓を冷やすのはよろしくないからね。
ベンチに座ってもう一呼吸。
と、10秒もしないうちに騒々しくなり、
アナウンスが車両の進入を告げた。
慌ただしいなぁ。