結石 前編
この手の文章は時系列に限る。
書きやすいからとも言う。
ちょっと長めです。
ミ☆
気象庁の梅雨明け発表は日曜日で、
その翌日は当然のように快晴だった。
寝不足気味をだましだましして、
いつもの時間に玄関を出る。
特に変わったことはなかった。
いつもの朝だった。
いや、空は夏の色だった。
‥‥くさい。
ミ★
駅到着のほんの1〜2分前だった。
右の腰から背中にかけて、尋常でない違和感。
んん!
ぎっくり腰か?
たまになにかの拍子に腰を痛めるが、
それに似た痛みだったように思う。
片側だけというのは初めてだけれど。
痛みをこらえつつ、という域は越え、
痛みを根性でねじ伏せつつ、改札を通る。
始発電車の席獲りは非情なのである、というおバカな陶酔。
安静にすれば回復するに違いない、という錯覚。
遅刻もしたくなかった、、、とはいえ。
ミ☆
エスカレータがあるのは、幸か不幸か。
いつもならぐいぐいと歩いて登るのだが、
代わりにぐいぐいと腰を押して様子を探りつつ、
機械の力でじわじわじわじわとホームへ。
自力だったら階段を登りきれたかは怪しい。
待ち行列でも腰をぐいぐい、歯はぎりぎり。
気が付けば汗はじわじわ、少ししてだらだら。
このまま載るべきか、ベンチで様子を見るか。
結局、そのまま。
ミ★
無事に席を確保。
しかし容態は無事には程遠い。
少しは楽になるかと思っていたがさにあらず。
むしろ悪化、‥‥というほどでもなく、現状維持。
うむむ。
最初の駅を通過。
汗がだらだら。
冷や汗、脂汗?
むむ。
盲腸は、もう少し下か。
む!
エアコンの冷気をほとんど感じなかった。
冷房は順調に稼働していた模様。
ミ☆
次の駅で下車。
汗だくで下車。
あえぎながら。
右手遠くにベンチが見えたが、埋まっている。
左手すぐ近く、改札へと続くエスカレータ。
登る。
鏡があったので覗いてみる。
いつもより白い気がしたが、
照明のせいかもしれない。
幸い空いたベンチがあったので、座る。
今度は現状維持ではなく、悪化した。
改札を出て、人の波を泳ぎ、地図を見上げる。
病院のびょの字もなし。
ミ★
少し考え、少し様子を見たが、悪化するのみ。
その間1分くらい。いや、30秒くらいか。
駅員を捕まえる。
この辺りに病院はありませんか?
病院なら、えーと、ひと駅戻るか、
じゃぁなければ、救急車になっちゃいますね。
そうきたか。
う〜〜む。
唸りながら何かを考える。
いや、たぶん考えていなかった。
しかし結論の出る不思議。
救急車を、呼んで、いただけますか?
ミ☆
駅員に促され、事務室のベンチへ。
横になるよう勧められ、そのようにするが、
むしろ苦しくなり、すぐに起き上がる。
意識はハッキリしている。
駅員が救急車を呼んでいるのが聞こえた。
顔色も悪いように見える、とも。
その声がこちらへ向いた。
電話に出られますか?
ハイとこたえ、状況を説明する。
1つだけ耳慣れない単語があったが、文脈で解釈。
あまりよろしくないことだが、幸い当たった模様。
場所を聞かれたので、受話器を駅員へ返す。
電話が一旦切れ、静かになった。
自分だけがうるさい。あいたたたたた。
救急車が呼ばれたという安堵。
まぁ、錯覚だが。
ミ★
駅員に名前その他を尋ねられる。
発するべき文字列は頭に浮かぶのだが、口がうまく動かない。
半ば吠えるように言葉を発したように記憶している。
と、吐き気がした。
すいません、吐き気が‥‥。
これで十分に伝わった。
さすがに駅員、てところか。
すばやくバケツが用意され、
その内側には新聞紙がきれいに展開されていた。
手渡されたので顔の近くに。
と、特有の臭気が。
それ専用のバケツなのは疑いようもなし。
その臭いでさらに吐き気が強くなったが、
あれはそれを促すためなのか、単に臭いがとれないだけなのか。
結局、持ちこたえた。
ミ☆
再び電話。
救急車が到着しましたよ!
すぐ上ですが、歩けますか?
なんとか、と思ってハイと言った次の瞬間が、
いま思えば、痛みのピークだったようだ。
あぅぃたたたたたた。
はうぁ〜。
とかなんとか言ってソファーに倒れこみ、
手でバッテン印をつくる。
伝わったらしい。
すぐ着くと思いますよ。
近くですから、ね!
初老のその駅員も、すこし興奮しているのか。
はい〜、と返事しつつ、荷物を探り、
喘ぎながらもケータイの電源を切る。
我ながら変なところに気が回るもんだ。
少しして救急隊員が到着。
ミ★
再度状況を尋ねられる。
同じことを言ったと思う。
別の隊員に素早く左手を取られ、
脈拍と血圧、それに体温の測定。
状況が逐一報告されるのが聞こえてくる。
無駄のない(たぶん。)動きは気持ちのいいもので。
椅子状の器具に座らされ、括られ、移動。
キャスター付きの椅子らしい。
観察する余裕はなかった。
デコボコ付きのブロックで、振動。
ぐはっ。
エレベータに乗るときの段差で、振動。
げはっ。
降りる時にもまた、振動。
ぐへぇ。
改善の余地はあろうよ?
ミ☆
ストレッチャーへ移るように指示される。
キャスター付きのベッド、で良いのかな。
地下鉄の出口から救急車まで、歩道と、車道を少し。
居合わせた人達の視線が気になるが、視界にはビルと空だけ。
つとめて急病人の表情を作ったような気がしないでもない。
救急車へ。
ミ★
質問にこたえるうちに、痛みが落ち着いてきた。
あらかた用事が済むと、車内は静かになった。
後から考えるに、隊員としては、ああ、あれか、
という感じだったのかもしれない。
だからといって油断はしないのだろうが、
実は今回のそれは、結構ありがちな症例らしい。
まぁ、それは素人の邪推に違いないとしても、
なんとなく微妙な空気を感じたような気がした。
帰宅後にざっと調べたところ、
突発的な激痛に襲われ、救急車を呼んではみたが、
病院に着く頃には痛みはケロっと治まってしまい、
当の本人が戸惑うことが多い、
とかなんとか。
ミ☆
余裕が出てきたので、車内を観察。
壁に取り付けられた様々な器具と、
それを示す、大きなフォントのラベル。
それらはキチンと適切な間隔で配置されているようで、
ぶつかったり間違ったりの可能性を消しているのだろう。
感心していると、ぐいっと、右だか左だかに曲がった。
仰向けの状態での方向転換は、
三半規管を激しく揺さぶるのか、激しく気持ちが悪い。
脳ミソと世界がぐるぐる回る。
戦闘機乗りにはなれそうにないな、などと。
ミ★
病院に到着。
10分くらいか。
ストレッチャーが下ろされる。
外界の空気、喧噪。
眩しい。
思わず手で陽を遮る。
救急処置室へ‥‥。