帰りの電車
遅い時間帯の有楽町線、営団赤塚駅。
座席数とほぼ同数の乗客数。
立ったままの客もちらほら。
ぴんこぉん、ぴんこぉん♪
形容しがたい警告音でドアが閉まる。
いや、閉まりそうになった。
ドアが動き始めたその刹那。
だだだん!!、と、叩くような、
床を蹴る音が車内に響いた。
ちょうど反対側のドア付近に、外向きに立っていた。
顔を上げると、窓に映って一部始終が見て取れた。
ロングヘアーの女性、その瞬発力。
意図したのか偶然か、大振りした鞄がドアに挟まり、立ち往生。
数瞬の沈黙ののち、再び妙な警告音とともにドアが開いた。
ダイアは少し乱れたかもしれないけど、ま、いいか。
などと思って文庫本に戻ろうとした、ら。
その女性、降りない。
顔はこちらを、電車の内側を向いている、睨んでいる。
なんじゃ?
と、意を決し、ついさっきまで座っていた席へ走り手を伸ばし、
足下に置き忘れた紙袋をひっつかむや鮮やかにターン、
その黒髪で弧を描きつつ、みたびの警告音へ ――。
閉まった。
今度こそ完全に、閉まった。
その恨めしそうな顔は、今でも思い出せる。
ミ☆
シルバーシートの前で本を読んでいた。
座る気がなければ、ここは案外人気が少ない。
隣に、サラリーマンと思しきおっさんが立っていた。
額は後退し、色々と手を尽くしている様子がいじらしくもあり。
スーツにネクタイ、ぺらぺらのコート。
肩からぶら下がった、いかにもってな感じの鞄。
バッグではなく、飽くまでカバン、である。
で、なぜか、手袋。
もちろん普通の手袋ではない。
普通なら、ネタにならない。
指切りグローブ、である。
第二関節あたりまでを覆っているもので、
その先はむき出しの、自転車用のそれである。
その蛍光グリーンの鮮やかさ。
親指付近は汗拭き用にタオル地になっており、
手の甲にはでっかくデサントのマークがプリントされている。
どちらかというと安価なもので、確か2000円くらい。
蛇の道は何とやら、ってそんなに怪しい分野ではないが、
ぱっと見でそのあたりのことは判った。
けれど、そのおっさんの意図までは分かるはずもない。
ミ★
50前後と思われる、恰幅の良い紳士が座っていた。
例によって文庫本を眺めながら、
なんともなしにそちらへ視線を漂わせた。
襟足まで伸びた頭髪は黒々と豊かで、
その顔のしわの深さには あまり似合っていなかった。
わずかに白い物も混じっていたが、染めている様子はなかった。
もみあげ。
髪の毛同様、立派だった。立体的だった。
直径2cmくらいのつぶれた螺旋を描いていた。
あれほど豪快なモミアゲは、いまだかつて見たことがない。
絵に描いたような、いや、マンガに描いたようなブツである。
ほんでもって。
先端の3〜4cmの部分だけ、唐突に、茶色。しかも明るい。
何が彼をそうさせたのだろう。
いつか答えの見つかる日が来るのだろうか。
ミ☆
永田町で有楽町線に載ると、車両や時間帯にもよるが、
つり革が半分くらい埋まっている程度に混んでいる。
入り口付近などの中途半端な位置はなにかと面倒なので、素早く、
しかし穏やかに、空いたつり革を目指して突進するのが上策である。
その日。
半ば機械的に空きつり革にぶら下がると、正面に和装の美人。
問答無用な派手さはなく、かといって悲しいくらいに地味でもなく、
ほどよい色調に和服の美しさを感じた、というのは個人的見解。
で、顔。
ぱっと見、しかし、こっそりとは言え、見れば見るほど、
相模大野在住の某氏(男)に瓜二つ。大いに焦る。
顔の各パーツはもとより、髪質、髪型(前髪だよ)までも。
化粧をしてカツラでも被せればそっくりになるだろう。
隣の人とデータベースがどーのと話していたのが聞こえてきた。
世界的に有名なあれではなく、
別の意味で世界的に有名なアレのことだったが。
ミ★
ふと見ると、耳が、とがっていた。
目を瞑っているのを良いことに、
文庫本ごしに観察を開始する。
耳たぶはほとんどない。
金運は悪そうだ。
あごは細い。
目は切れ長。
エルフ?
着ている服もナチュラルテイスト。
茶や緑を基調としたアースカラー。
が、惜しいことに体つきはゴツめ。
骨太で、それなりに発達した筋肉をお持ちの様子。
やはりエルフは華奢でなければね。
‥‥あ、そうか、なるほど、ハーフエルフか。
勝手に納得して、文庫本に戻った。