定期券
それに気付いたのは日曜の夕方のことだった。
池袋駅の地下鉄新線の改札の近く、
東武HOPEの入り口がある辺り。
両肩から片肩へ移したザックを更に前にずらし、
最上部のファスナーを滑らせ手を入れ財布を開き、
カード入れの一番手前からカードを1枚引っ張り出す。
ありゃ?
出てきたのはドナーカード、臓器提供意思表示カード。
本来ならばこの指につままれているのは定期券のはずなのだ。
慌てて道端に寄ってザックを下ろし、本格的に定期を探し始める。
和光市 〜 虎ノ門間の3ヶ月通勤定期、赤坂見附永田町経由。
期限は8月13日までなので、その時点で残り2ヶ月弱。
因みにお値段は24400円なり。
財布の隣に入っていた2冊の文庫本にも挟まっていない。
他には、マグライトとライター、それに油性ペンが1本。
既に遅い時間帯だったので、
とりあえず諦めてプリペイドカードで、
内心むむむと唸りながら、新線の改札へ向かう。
電車の中でもう一度探してみたが、スカ。
ホームで買ったアイスコーヒーがやけに苦い。
ミ☆
土曜日は雑用で実家へ。
実家は栃木県の栃木市である。昔は県庁があった。
因みに今は宇都宮である。別名を餃子の街という。
最寄りは新栃木駅だがバスの都合で栃木駅が目的地となる。
クルマが無ければまともに生活できない所とは言う。
ま、詰まるところは贅沢なのだろう。
一家に一台ならともかく、一人一台はどーかと思う。
大型店舗が主役となり、近所のスーパーは絶滅寸前。
小規模な店舗はホコリにまみれて寂れるか、
それともコンビニ化に活路を見いだすか。
品薄割高とはいえ、スーパーで物を買っていた時代と比べるなら、
車を使っている分、明らかにコストアップだと思うのだけれどね。
近所付き合いも、煩わしくはあるかもしれないが必要なものだし。
ま、もちろん、メリットもある。
外からの刺激に反応し、彼らの世界も随分と広がったようだ。
もっとも、変なヤツが増えてきたとも聞いているが。
その循環の良し悪しは判定の難しいところである。
ここは田中芳樹風に未来の学者に委ねてごまかしておこう。
とまれ、所詮、今となっては私はヨソ者に過ぎないのだ。
郷愁は、時に地元の人に不愉快ななにかを孕ませ、
どこかで聞いたような安っぽいドラマが展開したり……は、しないけど。
ミ★
バスの都合で栃木駅。
アプローチはJR両毛線か東武日光線。
諸々の事情により上野から東北本線(宇都宮線)。
もっと安くて近いルートもあるのだが、
1時間も2時間も立ちっぱなしとゆーのは、痛い。
上野始発、昼過ぎの在来線ならまず間違いはない。
上野から小山まで1時間ちょい。
確か78分だったか。
緑色の東北新幹線なら30分くらいだけれど、
この程度の距離なら在来線のほうが勝手が良い。
親でも死なない限りわざわざ特急を使うことはない。
小山駅で両毛線に乗り換えて2駅目、約10分で栃木。
ここが水運で栄えたのは100年位前まで。
いまでは、再開発なんだか過疎化なんだか分からないが、
変にすっきりした駅前は、やけに空が広く感じられる。
バスはいつも1時間待ち。
運が悪いと2時間近く待つこともある。
どーゆーわけか両毛線と関東バスは連絡があまりよろしくなく、
朝夕ならともかく、昼過ぎではどーにもこーにも、少なすぎる。
ま、そんなことは最初から分かっているので、
実は早々に連絡をして迎えに来てもらうことになっている。
上野での待ち時間にケータイで乗り換え案内をつっつき、
そのまま実家に電話して到着予定時間を知らせる。
便利な世の中になったものだ。
もっとも、駅についてもそれらしい影は見当たらず、
とりあえず5分待って電話をしてみたら、
あ、いま出たところだから、などと出前のよーな母。
結局30分待たされた。
ま、いいけどね。
ミ☆
戻りはバスで栃木駅、そこから友人の車で小山市街を徘徊、
ファミレスでのスパイシーチキンカレーを経由して小山駅。
栃木限定のイチゴ味のポポロンやエリーゼは、
雨を忘れた梅雨の熱気を考慮して、却下。
コーヒーを1本買って各駅停車に。
あ、ジョージア・マックス買うの忘れたわ。
# 土産物と書いていやげものと読むアレである。
電気屋に用があった。
秋葉原にはちと時間が遅い。
上野のヨドバシカメラへ行く事にした。
ここでも十分に用は足りると思われた。
が、結局何も買わずに店を出る。
上野に戻るのも面倒だったので、
そのまま数分歩き、隣駅の上野広小路で地下に潜る。
小銭がたまっていたので切符を買った。
最近ではすっかりプリペイドカードである。
胸ポケにIOカードとパスネットカードを放り込んでおけば、
それだけで大概の場所へ行けてしまうのだが、
不思議なことに、財布を忘れたのに気づくのは、
そう、目的地に着いてからなんだな、うん。
ゆめゆめ、油断めさるな、ふむ。
で、銀座で銀座線から丸ノ内線に乗り換え、池袋へ。
改札を出て新線へ向かい、
定期を出そうとしてようやく冒頭に戻る。
ミ★
翌朝、開き直って別路線で出勤。
新線で池袋、丸ノ内線で赤坂見附、銀座線で虎ノ門。
新線、丸ノ内線とも始発なので、
数分待つ余裕があれば、ずーっと座っていける。
乗り換えの回数が増え、また、所用時間も2割増しだが、
行きも帰りもほとんど座れるとゆーのは魅力である。
ずーっと本の世界に浸ることもできるし、
ずーっと眠りの世界に、、、ま、それはそれ、
ローカルネタは嫌われるからね、うん。
さて定期、よくよく考えてみたら。
帰りのバスの中で代金を出したときには、
確かにあった、ような気がする。
ファミレスのカレーは諸般の事情でゴチになったので、
次に財布を出したのは小山駅、その次は上野広小路駅である。
財布から定期だけ盗む泥棒がいるとは思えない。
落としたと考えるのが適当であろう。
と、すると。
可能性としては、
1. 関東バス車内
2. 小山駅
3. 上野広小路駅
の、これだけ。
バスの中では、財布は半ばザックの中に入った状態で、
しかも目の前で、他に気を取られる物もなかったので、
ここで事故が起きたとは考えられない。
小山駅でも、たまたまだろうが、
少々挙動不審ぎみの高校生の群れがいたので、
それとなく警戒しながら財布を出し、
千円札を2枚出しただけですぐにしまったので、
不注意の可能性は低いかと思われる。
因みにつり銭はジーンズのコインポケットへ。
ここに小銭を入れておくと何かと便利だが、
着替える時にひっくり返すと大変なことになる。
注意しような、うん。
それはそれとして。
て、ことは、上野広小路か?
昨日の続きで上野に用事があった。
目的地には上野広小路で降りたほうが近い。
てなわけで。
銀座線、虎ノ門で、いつもとは反対方面の電車に載り、
ドア付近でぼーっとすること十数分、上野広小路で下車。
電車が出て静かになるのを待ち、改札の駅員に尋ねる。
と、お預かりしてました、と。
おおっ!、と、喜色満面。
でも、あれ、過去形?
連絡先が書いてなかったので、
とりあえず買った場所、池袋の事務所へ送ってしまいました。
送ったのは今日なので 明日の午後なら確実に届くでしょうけど、
もしかしたらもう届いてるかもしれませんね、と。
時計を見ると19時ちょい過ぎ。
どーゆー手段で送ったのかは聞かなかったが、
難しいところだよなー。
とまれ、丁寧に対応してくれた駅員さんに礼を言い、その場を去る。
ミ☆
ヨドバシカメラ経由で上野、山手線で池袋へ。
池袋に着いたのは20時少し前。
その時はその事務所の営業時間かと勘違いしていたのだが、
後で考えてみたら、20時までっつーのは定期売り場で、
遺失物預かり所がそんなに早く閉まるわけはないのであった。
池袋の定期売り場で聞こうと思ったが、長蛇の列。
うーんと唸って、作戦変更、
改札の駅員さんに尋ねてみる。
話が通じ、いつ送ったって言ってました?、と。
今日と答えると、うーんと唸る駅員、
まだ届いてませんかねぇ?、と、こちらもうーんと唸ってみる。
じゃぁ、明日の夕方にでも改めて、でしょうか?
うーむ、とりあえず照会だけはしてみましょうか。
あさっての方向を眺めつつ、
騒音の合間から漏れてくる駅員さんの声に耳を傾ける。
お?、あ!、そうですか、
では御案内しますね、はい、どーも。
内心、むむむ!!
受話器を置き、届いてます、って。
うひゃー、らっきー♪
ミ★
人気の少ない通路を通り、遺失物預かり所へ。
出てきた職員、ちゃんと連絡先を書いといたほうが良いですよー、と。
大いに納得して大いに頷き、指差された場所に住所と名前を記入し、捺印、
定期を受けとり、大袈裟に一礼して部屋から出る。
手に戻った定期券をしみじみ眺めまわし、
うむ、と意味もなく頷き、新線の改札へ向かう。
残り2ヶ月弱なので、ざっと15000円。
危ないところであった。
上野広小路での不注意のツケは、
交通費が500円程と、方々歩いたそれなりのエネルギー。
とはいえ、連絡先に不備があった訳だから、
座って待っていても電話がかかってくるはずもなく、
積極的に動いたのは、実は嫌々だったのだが、正解だった。
15000円のことを考えれば好き嫌いどころではないのだが、
梅雨時のじめじめの影響か、はたまた別の要素によるものか。
ま、安楽椅子の探偵もよいが、自分の足で動くのが、
できれば積極的に動くのが、正しいのだろう。
言うだけなら簡単だけれど、
鬱々として平坦に生きるのも詰まらなそうだし、ね。