朝、起きてみたら声が出なかった。

　　ゲホゲホやりながら喉の調子を整えると、
　　なんとか日本語を発音することができた。

　　テレビのリモコンを探そうと首を振ると、
　　脳ミソ、肩、背骨、腰、その他、
　　喩えようのない痛が全身を貫き、完璧に睡魔と縁が切れる。

　　額に手をあててみる。熱い。

　　時計を手元に引き寄せる。
　　眼鏡は机の上だ。

　　１０時１４分。

　　駄目だ、こりゃ。

　　　　　ミ★

　　上司に電話をしようと思ったが、
　　ともども客先に常駐で専用の電話が無く、
　　わざわざ呼び出して貰わなければならない。

　　声はまともに出ない。
　　用件が伝えるには随分と苦労しそうだ。

　　面倒になった。

　　総務の人のメールアドレスを思い出し、
　　伝言をお願いすることにする。

　　人事を尽くして天命を待つ。

　　ウガイをし、
　　風邪薬を流し込む。

　　　　　ミ☆

　　物音で目が覚める。
　　玄関方面からである。

　　しばし記憶と戯れ、郵便物であると判断。

　　どーせ領収書か請求書だろとタカをくくり、
　　再び夢の中へ。

　　　　　ミ★

　　さすがに睡魔も疲れたようで、
　　日が傾く頃になると天井を睨むのにも飽きてしまった。

　　寝袋から這い出し、新聞を取りに行く。
　　と、ＮＴＴからの封筒が１通と、ハガキが１枚。

　　裏返すと、写真が貼り付けてある。

　　いわゆる、

　　　　「 私たち結婚しました 」

　　の続編、

　　　　「 子供が生まれました 」

　　である。

　　　　　ミ☆

　　葉月ちゃんと言うらしい。

　　生後２ヶ月とのことで、
　　性別は不明だが、まぁ、女の子に違いあるまい。

　　指を折ること８回。
　　まぁ、ありがちなネーミングだわな。

　　もう一度、声に出して唱えてみる。
　　まだガラガラ声。

　　睦月、如月、弥生、卯月、皐月 （ 早月 ） 、水無月、
　　文月、葉月、長月 （ 菊月 ） 、神無月、霜月、師走 （ 極月 ） 。

　　フィクションの世界とかペンネームならともかく、
　　実際に人名として使えそうなのは、まぁ、弥生と皐月くらいか。

　　ちょっと略して「 みな 」なんてのも悪くない。
　　ちょっと略して「 かんな 」なんてのは、嫌だ、なんとなく。

　　慣れてしまえば同じかもしれないが。

　　　　　ミ★

　　英語を使うという手もある。

　　January、February、March、April、May、June、
　　July、August、September、October、November、December。

　　が、日本語表記でそのまま使えそうなのは５月だけ。
　　となりのトトロってわけだ。

　　　　　ミ☆

　　語源を洗ってみる。

　　１月、ヤーヌス神の月。

　　頭の前と後ろに顔を持った神で、
　　物事の初めて終わりを司る。

　　２月、ラテン語の「 厄払いの儀式 」の月に因む。

　　なんだかなぁ。

　　そーいや、
　　その昔「 時の果てのフェブラリー 」って小説があった。
　　著者は、記憶が正しければ山本弘。角川文庫。

　　主人公は２月生まれ。

　　３月、お馴染みの軍神マルスの月。

　　姓が明神なら、
　　これに引っかけるのも良いかもしれない （謎）

　　４月、アフロディテの月。

　　恋の女神だが、
　　５人の主人公が、シスコン、露出狂、マザコン、
　　ブラコン×２とゆー、ことごとくアレな漫画を読むと、
　　あまり良い印象を抱かなくなる傾向があるらしい。

　　　　　＃ １０年前なら殺されてるかもね（汗）

　　ローマ神話では女神ヴィーナスにあたるので、
　　セーラーなんとかに掛けるのもまた一興。

　　　　　ミ★

　　５月、Maia （ ラテン語、発音わからん ） の月。

　　繁殖・成長の女神とのこと。
　　May って名前は辞書に載るほどにメジャー。

　　６月、ジュノー （ ユーノー、ユノ ） の月。

　　ギリシャ神話ではヘラ。
　　ゼウスの奥さん。

　　駄洒落でいけばコーラス。やはり３世か？
　　女の子ならクローソーってとこ。

　　ギリシャ神話では鋏を持っているのはクロトではなくてアトロポス。
　　敢えてこだわって「 はさ美 」とでも名付けるのもありか？

　　３人の女神というと北欧神話を思い出すが、
　　その昔にどこかで読んだ資料には、
　　ウルズ、ベルザンディ、スクルドとあった。

　　７月、ジュリアス・シーザーの生まれた月。
　　８月、上の男の後継者アウグストゥスに因む。

　　９〜１２月はラテン語に因む。

　　ラテン語は知らないが、
　　多分、ヒネリなしのそのまんま。

　　研究社の英語の辞書と、
　　「 ギリシャ神話小辞典 」 （ 社会思想社 ） から拾ってみたが、
　　命名には役に立たないことが分かったのみ。

　　その上、大いに脱線。
　　困ったもんだ。

　　　　　ミ☆

　　さて。

　　生まれた月が判ると１０を引いてしまうのが人情というもの。
　　葉月 ＝ ８月だから、仕込みは１０月ということになる。

　　因みに、マイナス１０よりもプラス２の方が計算が早い。

　　　　　ミ★

　　……あれ？

　　ふと湧き出てくる疑問符。
　　ヤツの結婚式って、６月じゃなかったっけ？

　　今は１１月だから、まだ半年経ってない。

　　ご多分に漏れずジューンブライド、しかも大安。
　　梅雨場だからやめとけつったのに、結局、雨だった。

　　　　　＃ 「 〜地固まる 」は早いもん勝ち

　　披露宴の様子を思い出してみる。

　　お色直しは１回、
　　白無垢からウェディングドレス。

　　ＰＣを起動し、
　　デジカメで撮った写真を探す。

　　白い、ウェストのすっきりしたウェディングドレス……。

　　　　　ミ☆

　　もう一度写真を眺める。
　　バカ面に挟まれて赤ん坊が１人。

　　　　「 生後２ヶ月です〜 」

　　とは、書き込まれた葉月嬢のセリフ。

　　はて？

　　　　　ミ★

　　夜、ようやく声が出るようになったので、
　　電話で問いただしてみる。

　　と、あれは７月の写真だ、
　　観光地で撮ったから良く覚えている、という。

　　じゃあ、５月生まれ？
　　そう、５月２１日、コニーちゃんの日。

　　しばし沈黙。

　　結婚式の時は？
　　知り合いに預かってもらった。

　　あ、そう。

　　　　　ミ☆

　　解けていない謎がもう１つ。
　　５月生まれでなぜ葉月？

　　名前の由来は？
　　ん？　ああ、あれ、サイコロ。

　　……なに？

　　　　　ミ★

　　聞くと、妊娠期間中にネーミング用の表を作ったらしい。

　　で、１０面とか２０面のダイスじゃ面白くないから、
　　６面ダイス３個で、ということになったらしい。
　　３Ｄ６ってヤツだ。

　　３個のサイコロの目を足し合わせるので、
　　結果は３〜１８になるが、
　　確率は均等に１／１６って訳ではない。

　　３と１８はそれぞれ１＋１＋１か６＋６＋６の１通りしかないが、
　　他の数字は何通りかの組み合わせがあるので、
　　その分確率が高くなる。

　　旦那は３〜１０、奥方は１１〜１８を担当し、
　　その確率を考慮して８つずつ好きな名前を挙げておく訳だ。

　　どーしても、というのなら、
　　同じ名前を８つ書けば５０％となるが、
　　２人とも全部別の名前を書いたとのこと。

　　結果、５月生まれの葉月ちゃん。

　　　　　ミ☆

　　３は何にしたんだ、確率めっちゃ低いだろ？
　　ん？　そりゃぁ、おまえ、あれだよ「 マルチ 」（笑）

　　再び沈黙。

　　因みに奥さんの１８は「 わぴこ 」。

　　目眩いに耐えながら静かに受話器を置いた。
　　平和って、いいね。