1999年の夏休み 完結編
物音で目が覚める。
都合の良いことに四阿の周辺には玉石が敷き詰めてあり、
その上を歩くと石がギシギシと鳴ってくれる。
何者かが近づけば音で判るのだ。
2時頃であろうか、石が鳴った。
数えて5度目である。
それまでは皆明らかに人間の足音で、
こちらを見つけて足早に立ち去るのが判った。
が、今度は違う。
音が軽く、小さい。
つまり質量は小さい。
音源が連続的ではない。
人間の歩幅としては広過ぎるし、
また、音の前後関係が滅茶滅茶である。
?
耳をそばだてる。
まっくろくろすけが飛び跳ねたらこんな感じだろうか?
いや、石が鳴るほどの体重はあるまい。
小動物か?
リス?
ムササビ?
イタチ?
ネズミ?
ツチノコ? (は?
推論の域を出ない。
噛みつかれでもしたら厄介この上なし。
腹筋で起き上がり、
眼鏡をかけて音源を追う。
ん?
目を凝らすと、カブトムシであった。
サナギから孵ったばかりでうまく飛べないのだろうか、
離陸しては着陸 ( というより墜落 ) を繰り返している。
手を伸ばしてひっ掴まえる。
体長は、角も含めて5cmほど。
周りを見回すまでもなく、
プレゼントして喜ばせるような子供はいない。
30mくらい先の、
隣の電灯へ向けて放り投げる。
ミ★
平和に夜が明けた。
目が覚めたのは4時頃、朝靄を眺め、
谷間の湿った空気を吸いながらぼんやり時を過ごす。
それにしても……、今日はどうしようか?
独り言がわざとらしい。
結論は既に出たいた。
さっさと帰る。
夏の秩父は暑過ぎる。
焼け死んでしまう。
ミ☆
撤収準備は10分で済んだ。
寝るのに使った道具を元に戻しただけだ。
立つ鳥後を濁さず、駐車場を横切って車道に出る。
谷間では陽はまだ見えない。
さしてペダルに力を伝えることなく、
一気に10数キロの道のりを走り抜ける。
登るのがキツい訳だよ。
車が増え始める頃に秩父の街へ入り、
西武秩父線・西武秩父駅へ向かう。
爽健美茶を片手にぼーっとしている間も、
冗談みたいな勢いで気温が上がり続けている。
7時になったばかりだというのにイキナリ暑い。
1kmほど走って秩父鉄道の秩父駅へ。
ミ★
荷物を下ろし、ザックの奥から輪行袋を引っ張り出す。
電車で帰るのである。
自転車をばらし、トイレで着替える。
日陰で作業したというのに汗だくである。
こんな日に走ったら、冗談抜きでヤバい。
脱水症状で病院送りが関の山であろう。
後の話になるが、秩父地方はこの夏一番の暑さだったそうだ。
危ない所であった。
自販機で切符を買い、
駅員をつかまえて手回り品切符を買おうとすると、
秩父鉄道はタダなのだそうだ。
驚いた。
因みに手回り品切符。
主に電車にのる時に請求される、荷物分の運賃である。
サイズの規定があると思われるが、
普通サイズの自転車には問答無用で適用される。
最近流行っている小型のフォールディングバイクなら、
まぁ、知らんぷりしていれば咎められることはないだろう、たぶん。
色々と問題のある制度ではあるが、
ややこしいのでここでの言及は避ける。
ミ☆
秩父鉄道、東武東上線と乗り継ぎ、
アッサリと和光に到着。
30時間強の旅の空であった。