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1999年の夏休み 前編


  お盆外交という名の消耗戦から離脱し、
  汗だくでアパートに辿り着いたのは16日の昼過ぎだった。

  夏期休暇は19日までなので、
  今日1日は雑用で消えるにせよ、休みは丸3日残っている。

  72時間耐久ゴロゴロという魅力的な(?)プランも思いついたが、
  かねてからの非常に漠然とした予定通り、
  どこかへ行ってしまうことにする。

  とはいえ、どこへ?

     ミ☆

  最初に思いついたのは会津であった。
  福島県の西の端、金山か只見のあたり。

  キッカケは地図を眺めていて発見した「 河井記念館 」。
  幕末、長岡藩の河井継之助が客死した場所である。

  それだけと言えばそれだけなのだが、
  比較的最近に司馬遼太郎の「 峠 」を読んだので、
  なんとなく引かれるモノがある。

  そういえば土方歳三の実家 ( 付近 ) も見物していない。
  涼しくなったら企画してみようか。

     # こちらも司馬遼太郎著「 燃えよ剣 」

  周辺には沼沢湖、田子倉湖、点在する温泉。
  キャンプをするにはボチボチの条件だと思われる。

  記憶が正しければ、
  数年前に椎名誠がこの辺で映画を撮っていたし、
  井村君江の妖精博物館も近所だったような気がする。

     # いずれも未確認。

  が、やめた。
  天気が悪い。

  丹沢付近で中州に取り残された連中が流されたのが14日である。

  関東では同日から翌日にかけて記録的な大雨 ( 大袈裟? ) に見舞われ、
  元凶の低気圧はそのまま北上し、
  東北地方にも同様の被害をもたらす可能性は低くない。

  危うきに近寄らず、である。

     ミ★

  そうこう考えているうちに輪行するのが面倒になってきた。
  じっとしているだけで汗が吹き出してくる時期なのである。

  駅で自転車をばらす、それを運ぶ、
  床材を踏みしめながらの電車の乗り継ぎ、
  目的地での組み立て、考えただけで汗が出てくる。

  輪行はやめよう。

  改めて埼玉近郊の地図を眺めてみると、
  ターゲットになりそうなのは西方だけのようだ。
  即ち秩父もしくは奥多摩である。

  奥多摩湖周辺を見るに、
  冗談みたいな密度でキャンプ場が分布している。

  地理的な条件、キャンプ場のネーミング等を考慮すると、
  殆どがファミリー向け、しかもオートキャンプ場である可能性が高い。

  家族連れにわかキャンパーの大量発生する時期でもある。
  3秒で却下。

  視線を北へ移して更に西へ。
  と、温泉付きの道の駅という、非常に便利そうなものを発見。

  幸い近所にキャンプ場も点在。

  決め。

  基本的に1泊、気が向いたら2泊の予定で荷造りを始める。
  押入の奥からテントその他を引っ張り出し、パッキングし直し、
  思いつくままに床に並べたアイテムをザックに放り込む。

     ミ☆

  日の出とともに起床。
  ゴミゴミした街中を抜けるのは早朝がベター。
  それに、なんといっても涼しい。

     # それを避けるために輪行って手段があるんだけどねぇ

  予定通り5時半に出発。

  が、イキナリ認識の甘さを思い知らされる。

  国道254号線 ( 川越街道 ) を西へ向かったのだが、
  ちょうど長距離トラックがラストスパートをかける時間帯でもある。

  あちらさんとしても、
  こんな時間帯に車道を走る自転車には慣れていないようで、
  100mと走らないうちに5回くらい死にそうになる。

  諦めて歩道へ。

  ところが、こちらにも意外な伏兵。
  ジョギング、散歩の類いである。

  彼らの認識も自動車のそれと御同様のようで、
  しかもこちらは基本的に後方から追い抜くことになり、
  パスするのにエライ手間が掛かる。

  また、交通量が少ないという前提で行動しがちな時間ゆえ、
  物陰からの飛び出しにも普段以上に注意を払う必要があって、
  下手にスピードは出せないし、とにかく疲れる。

  463号線 ( 通称しろみ国道 ) に乗換え、
  少し走ったところで最初の休憩。
  コンビニでおにぎり&水分補給。

  7時前なのに既に蒸し暑い小手指の朝。

  299号線 ( 通称肉球国道 ) へ。
  しばらくはこの道に沿って走れば良いので、楽。

     ミ★

  飯能市を通り抜ける。
  夏休みなので学生は少なかろうとは思ったのだが、
  部活であろうか、それなりの数。

  時計の針 ( デジタルだけど ) は未だ8時に届かないが、
  既に堪えがたい熱気が身体を取り巻いている。

  運動による体温上昇、直射日光、アスファルトの反射熱等々。
  対抗する発汗もまた尋常ではない。

  やはり脳ミソを守るためなのだろうか、
  頭部からのそれが最も多いように感じられたが、
  医学的な知識は持ち合わせていない。

  とにかく熱く、暑く、汗だく。

     ミ☆

  次の休憩地点として設定した西部秩父線高麗 ( こま ) 駅まで、
  自転車のメータで残り約300mという所で事件は起きた。

  突如として発汗が止まり、
  数秒後、脳ミソ周辺に強烈な寒気を覚える。

  頭部を締められるような感覚の後、
  全身を走る悪寒、軽い視野狭窄、薄れる意識。

  あ、まずい。

  メータをちらと見て、行ってしまおうかとも迷ったが、
  直後に却下、ゆっくりとしたブレーキングの後、停止。

  ふらつきながらもキチンと自転車を壁にもたれさせ、
  ザックを下ろし、一応周りの様子を確認してから縁石に腰を下ろす。
  とたんに視界がブラックアウト。

  背中に6台の自動車の通過を感じたあたりで意識が明瞭になった。
  無意識のうちに数えていたらしい。

  全身の感覚が戻っていることを確認し、
  気付けに水をかぶり、ふらふらとリスタート。
  日向だったのだ。

  100mほど行くと自動販売機と日陰のセットを発見。
  アクエリアス500ml120円也を額と延髄にあて、
  20分ばかり休憩。

     ミ★

  高麗川沿いのにくきう国道をひた走る。
  全般的に緩やかな上りが続くという、インチキチャリダー殺しの道。
  聞くところによると、秩父と武蔵をつなぐ由緒ある道なのだそうだ。

  正丸 ( しょうまる ) という、どこかで聞いたような場所で力尽きる。

  西部秩父線の正丸駅へ行くと、
  都合の良いことに食堂兼土産物屋付きの休憩所がある。
  伊豆ヶ岳登山 ( ハイキング? ) の出発点なのだそうだ。

  取る物も取り敢えず、頭から水をかぶり、顔を洗う。
  いや、たまらん。

  そそくさと日陰へ移動。
  と、先客が1人、土木作業員てな風情のおっちゃんである。

  しばし雑談の後、無造作に昼寝。
  歳月を経た木の堅さが背中に心地良い。

  山菜ソバ400円也。
  濃い目の味付けは好みの別れるところであるが、
  値段、内容、並の上といったところ。

     ミ☆

  正丸峠に突入。

  すぐ下に正丸トンネルなんてものもあるのだが、
  敢えて峠に向かうのがサイクリストの道なのである ( らしい )

  が、500mも行かないうちに、
  アッサリと体力のプールが干乾びる。

  動こうとしない身体を騙しつつ、
  そう高くない峠を、這うようにして上り続ける。

  そのくせ、不思議と脳ミソは元気になり、
  息も絶え絶えの状態のもと、怪しげな哲学が展開される。

  最初の問いはいつもこうだ。
  なんで、こんなところで、こんなことしてるのさ?

  問いかけた回数は数知れず。
  しかし、納得できる答えを得たことは、未だに無し。

つづく     


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