第五章 〜 誤解 〜
二年生の二学期が始まってもうすでに1ヶ 月が過ぎた。僕は前と同じように放課後には ネタ探しの散歩をして、図書室で演劇部の彼 女を眺めるという毎日を送っている。 めぐみちゃんと付き合い始めてからもう2 ヶ月になろうとしているが、演劇部のみんな には内緒で付き合っているので二人きりにな れるのは日曜日などの休みの日に部活が休み の時だけだ。そういうことで毎日会えること は会えるのだが、こういった休みは部活が盛 んなため2,3週間に2回あったらいい方だ。 従って僕達の仲はそれほど進んではいない。 とりあえず手をつないで歩けるぐらいだ。と いうわけで休みの日にはもっぱら色々な所へ ショッピングに出掛けたり、公園を散歩した りしている。なにせ学生なのでお金が無いの だ。いつかは僕の家にも来て欲しいのだが今 はまだ恥ずかしくて言えない。変な誤解をさ れたら困るし。ああ、早くもっと彼女に近づ きたいなあ…っと、それには僕が頑張らない とな。かといって今はまだシゲにも何も聞け ないからどうしようかな。 というような苦悩を抱えながらも幸せな毎 日を送っている僕だが、最近ある事に困って いる。そのある事ってのがまた厄介なことで、 話は二学期のはじめの頃にさかのぼる。 その日はいつもと同じ様にシゲと自転車で 登校し、自転車置き場に自転車を止めている ところだった。 「白石先輩!おはようございます!!」 いきなり後ろから元気よくあいさつをされ た。聞き覚えのない声だったので驚きながら 後ろを振り返るとそこには背の低い女の子が 立っていた。かばんの色からして一年生らし い。 「あ、おはよう…。えっと…君、誰だっけ…?」 「えー!?覚えてくれてないんですかー?シ ョックゥー。」 そんな事を言われても困る。僕には一年生 の、しかも女の子の知り合いはいないのだか ら。もしかしたらシゲの知り合いだろうか。 でもどこかで見た気がする。 「私は一年演劇部の『藤村涼子』っていいま す。覚えといて下さいね。」 「え?あ、うん。藤村…さんね。」 演劇部と聞いて思い出した。どこかで見た と思ったら『部長さん殺人事件(嘘)』の時 に部長さんの近くで泣いてた子だ。 「それじゃあ先輩、私失礼しますね。」 と言ってその子は校舎の方へ去っていって しまった。 「おいタカ、今の子誰?」 シゲが後ろからやってきた。クラスが違う ので自転車置き場も違う。 「なんだシゲか。今の子?演劇部の一年生。 ほら『部長さん殺人事件(嘘)』の時に泣 いてた子。お前も見たことあるだろ?『藤 村涼子』っていうらしい。」 「ふーん。で、その子が何しに来たの?」 「何だか分かんないけど、朝のあいさつをし に来たんだ。白石先輩おはようございます …って。」 「ほう、という事はその子はお前に気がある んじゃないのか?」 「何で急にそんな話になるんだよ!ただ僕を 見かけたからあいさつしに来ただけじゃな いのか。」 シゲはなんでもかんでもそういう事に結び 付けたがる。という事にしてその場はさらり と流していたのだが、後々になってシゲの言 った事があながち間違ってないことに気付い た。というのも最近ちょろちょろと僕の周り にまとわりついてくるからである。 こんなとこめぐみちゃんに見られたらきっ と誤解を招くに違いない。かといってこの子 は演劇部だから「僕はめぐみちゃんと付き合 っているからこういう事はやめてくれ。」と も言えない。ああ、どうしたらいいんだ。と、 断れないまま現在に至る。 今日もお昼に「先輩!お昼一緒に食べまし ょうよ」と誘われたとこである。さすがにそ れは断ったが、断った時に見せる悲しい顔が 僕の心を痛める。早く諦めてくれないかなぁ。 と、ため息をつきながら今日もネタ探しの散 歩に出掛ける。 いつもの様に別館の図書室へ行こうと校舎 を出ると、別館の入口の所にめぐみちゃんが 立っていた。 「やあ、めぐみちゃん。どうしたのこんな所 で。」 「あのねタカ君。今日帰りにちょっと一緒に 行って欲しいとこあるんだけど、いい?」 珍しく彼女の方からお誘いがきた。いつも 一緒に帰ってるがほとんど寄り道なんてしな いし、行くとすれば『藤の丸神社』くらいだ から「たまには違うとこ行きたいな」なんて 思っていたところなので僕は気持ち良く返事 を返す。 「いいよ。めぐみちゃんとだったらどこへで も行ってあげる。」 「本当!?ありがとうタカ君☆それじゃぁい < つも悪いんだけど部活が終わるまで待って てね。終わったら呼びに行くから。いつも の様に5時半頃いつもの所で…。」 「O.K.分かった。それじゃあ。」 彼女は僕に微笑み返すと旧校舎の方へ去っ ていった。そして僕も別館の中へ。 一年生の頃から毎日のように放課後は図書 室に来るのでここが第二の教室みたいに感じ る。そして担任はもちろん岸本先生だ。岸本 先生はいつもここの隣にある司書室で仕事を している。今日もなにやらワープロと向かい 合ってカタカタやっている。 「岸本先生。今日もお仕事頑張りますねぇ。」 「あら、白石君いらっしゃい。ワープロ、そ こにあるわよ。」 「こりゃどうも、いつもすみませんね。では お借りしていきます。」 僕は小説用にいつもワープロを一台借りて いる。これは先生のお古であり、去年の終わ り頃に先生がワープロを買い換えたので前の やつを頼んで貸してもらっているのだ。やは りワープロは楽だ。昔は手書きで疲れる上に 汚れることもあったが、今は楽だし何より文 字が綺麗ときている。うーん文明の利器だね。 「あ、そうだ先生。先生は誰かにしつこく交 際を迫られた事ってありますか?」 「え?何を急に言い出すのよ。しつこく交際 ?…うーん、残念ながら無いわね。」 「えぇー、なんだ無いのか。」 「ちょっと!なんだはないでしょ、なんだは。 もう失礼ねえ。で、白石君は今誰かにしつ こく迫られてるの?」 「え?…いや、その…。」 しまった、今の質問の仕方は失敗したな。 でも、まあいいか岸本先生だし。僕は恥ずか しながらも今僕が置かれている状況を先生に 話した。 「ふーん、それで白石君はどうしたらいいか を私に聞きたい訳ね。」 僕は大きく首を縦に振る。 「うーん。私はねぇ、やっぱりその子に本当 の事を言って諦めさせた方がいいと思うわ。 そういう子ってほら、何もしなかったらど んどん都合の良い方へと考えていくでしょ。 だから手遅れにならないうちにちゃんと言 った方が両方とも傷は浅くて済むと思うわ。 白石君はどう考えているの?」 「いやぁ、僕もなるべくならそうしたいんだ けど付き合ってるのがバレると彼女に迷惑 かけるかなって思ってなかなか言い出せな いんです。」 「でもね白石君、言うのと言わないのとでは どっちが彼女に迷惑かけると思う?それに バレるのを怖がってちゃ本当の恋は出来な いわよ。隠し事はいつかはバレるんだし。」 最もらしい意見である。さすが先生だ。 「そうか、そうですよね。いつかはバレる事 なんだし。よし、思い切ってその子に諦め てくれるよう言ってみます。」 「そうそう、その意気よ白石君。その調子で 椎名さんとも頑張ってね。」 「あれ?バレてたんですか、めぐみちゃんが 彼女って。もう先生にはかなわないな。」 説明する時に名前は伏せておいたのだが先 生にはバレバレのようだ。ということは周り から見ても僕達がつきあっていることが分か るということか?だとしたらもうシゲにはバ レている可能性大だな。ヤバイな…。 そうこうしている間に時刻は5時15分を まわっていた。 「それじゃあ先生。僕はこれで…。」 「あ、うん。気を付けて帰ってね。」 僕は足早に図書室を出ると急いで待ち合わ せ場所に向かう。 数分後、いつもの場所に着いたが彼女の姿 はない。 「良かった。まだ来てないや。」 ほっと胸ををなで下ろし、僕は近くにある ベンチへ座る。ここはグラウンドの隅にある ちょっとした森でよく美術部が写生に来る場 所である。僕達はいつもここで待ち合わせを している。しばらくすると彼女がやって来た。 「おまたせー。ごめんね、遅くなって。」 「ううん、気にすること無いよ。それじゃあ 行こうか。」 「うん。」 彼女が来てすぐに僕達は学校を後にする。 「で、どこ行くの?」 「えーっとね、実は本屋さんなんだ。ほら、 今度の劇って恋愛モノでしょ。それで参考 に恋愛モノの小説か何かを買おうかなって 思って。タカ君そういうの詳しそうだから。」 「ふーん、勉強熱心だね。よし、それじゃあ この近くに僕のよく行く本屋があるからそ こへ行こうよ。そこって結構品揃えがいい からきっと良いのが見つかると思うよ。」 「本当!?わぁやっぱり頼りになるわね。そ ういうとこって好きよ、タカ君☆」 めぐみちゃんの『好き』という言葉に胸躍 らせながら僕は本屋へめぐみちゃんを案内す る。本屋に入ると早速文庫本のコーナーに向 かう。 「ほら、ここが目的の場所だよ。ここにある のはだいたい女の子向けの恋愛小説で、僕 も恥ずかしいからあんまり買ったこと無い けど結構いい話ばかりだと思うよ。」 「ありがとう、タカ君。」 「いえいえ、どういたしまして。あ、あのさ、 僕ちょっと新刊のコーナー行って来ていい かな?」 「ええいいわよ、行って来て。」 「悪いね。それじゃあ、ごゆっくりどうぞ。」 そう言って僕は新刊のコーナーへと向かお うとした時見覚えのある姿が目に入った。 「あれ?白石先輩じゃないですか。奇遇です ね。先輩はどんな本を読む…あ!あれは椎 名先輩!…けど椎名先輩がなぜここに…。 はっ!まさか白石先輩、椎名先輩と付き合 ってるんじゃ…。」 「え!?あ、いや、その…あれはね…。」 恐ろしいほど話の展開が速い子だ。と、感 心している場合じゃない。早く本当の事を話 さなくちゃな。 「あのね、藤村さん…」 「先輩、私先輩に彼女がいても諦めません! !それがたとえ椎名先輩であっても…。そ れじゃあ、さようなら。」 「え?あ、ちょっと待って!」 呼び止める間もなく彼女は行ってしまった。 諦めさせるどころか、ますます気合いを入れ させてしまったようだ。 「今の藤村さんじゃないの?…まさかバレち ゃったのかな?」 「めぐみちゃん、その事でちょっと話がある んだ。」 その後、目的の本を買って急きょ『藤の丸 神社』へ向かう。そして、僕はめぐみちゃん にすべてを話すことにした。 「ふーん、そんな事があったんだ。もっと早 くに話して欲しかったなぁ。」 「ごめん、君に余計な心配を掛けたくなかっ たんだ。でもその結果、こんなことになっ てしまって本当にごめん。」 「ううん、私の事を思ってそうしていてくれ たんだからしょうがないわ。でもどうしよ う。私が『タカ君は渡さない』なんて言う わけにはいかないし。これってなんかいや らしいじゃない?」 めぐみちゃんの口から『渡さない』なんて 言葉が出るなんて…。そういう気持ちは分か っているけど実際聞いてみるとそれがとても 嬉しく感じる。ああ、やっぱ彼女っていいな あ。 「よし、この件に関しては僕が責任を持って 解決するから安心して。」 「無茶はしないでね。藤村さんの気持ちも考 えて…ね。私タカ君信じているから。」 「まかしといてよ。」 そういう訳で事は重大な物となってきた。 果たしてあの子は諦めてくれるのだろうか。 いや、諦めさせてみせるさ。めぐみちゃんの ために、そして自分自身のためにも…。 早速次の日から行動に出ることにする。ま ず、二人でちゃんと話をするためにどこかに 呼び出さないといけない。どこがいいかな。 思いつく限りの場所に呼び出して説得する のだが相手は全く気が変わらないようだ。そ してなお藤村さんの自己アピールは続く。ラ ヴレターをくれたり、手作りの弁当を持って きてくれたりと手段を選ばない。それにして もそんなに僕ってモテる奴なのか?もしモテ たとしても僕が好きな子はめぐみちゃんだけ だ。これは絶対変わることのない事実だ。 延々と説得の日々が続く。気が付けばもう 11月だ。 「ねぇタカ君。あの子まだ諦めないの?もう 11月よ。」 「それがねめぐみちゃん、まだなんだよ。い くら言っても全然諦めないんだ。女の子っ てみんなこうなの?」 「あの子は特別なのよ。普通だったらもうと っくに諦めて他の男の子の所に行ってるわ。 よっぽど一途でタカ君のことが好きなのね。 でも私は渡さないわ。」 そう言ってめぐみちゃんは拳を握りしめて いる。なんだか女の戦いが始まりそうだ。そ うならないうちになんとかしないとな。 でもいったいどうすれば諦めてもらえるの かな。うーん、女心は理解しがたい。そして また数日が過ぎた。 文化祭も無事に終わり、もう12月。クリ スマスが近づく。ああ発表会の時のめぐみち ゃん綺麗だったなぁ。でもあんな綺麗な子が 今僕の彼女だなんて、僕は日本一の…いや、 世界一の幸せ者だなぁ。そして今年はめぐみ ちゃんと一緒に過ごしたいな。でも藤村さん をなんとかしとかないと安心できない。そう して一人ため息をついているとシゲがやって きた。 「おいタカ、まだ藤村を好き勝手やらしとく のかよ。早めにガツーンといっとかないと しまいにはめぐみちゃんが離れていってし まうぞ。そうなってからでは遅いんだから な。いつまでもあいつのこと気にしてない できついこと言って嫌われてしまえよ。そ の方が楽だぜ。」 シゲにはもうすでにバレてしまっていて、 最近はシゲにまで心配を掛けてしまっている。 シゲの言う通り、このままではめぐみちゃん に嫌われてしまうかもしれない。 「そうだよなシゲ、いっそのこと嫌われてし まえばいいんだよな。よし、僕は藤村さん に嫌われるぞ。ありがとシゲ、頑張ってみ るよ。」 そう決心してガッツポーズをしていると何 やら僕の机の中に手紙が入っているのに気が 付いた。きっと藤村さんだ。そう思っておも むろに手紙を開くと意外な事にめぐみちゃん からだった。手紙には「大事な話があるので 放課後4時に体育館裏まで来て下さい。」と ある。僕はすかさず時計を見るともうすぐ4 時だ。ということでシゲには悪いが一人体育 館裏へと向かう。 体育館裏に着くとそこにはまだ誰もいない。 良かった、間に合ったと安心したその時だっ た…。 「来てくれたんですね。白石先輩。」 その声はまぎれもない藤村さんの声だ。ま さか、騙されたのか。 「何で君がここにいるんだ。もしかしてあの 手紙は君が…」 「そうよ、わざわざ椎名先輩の筆跡まで真似 て私が書いたのよ。」 そう言って彼女はだんだん僕に近づいてく る。 「どうしてこんな真似を。何をしたって僕の 気持ちは変わらないよ。残念だったね。」 僕は思いっきりいやみったらしく言ってや った。 「あら、今日は先輩じゃなくて椎名先輩に私 の想いを知ってもらいに来たのよ。」 「何?それはどういうこ…!?」 それは一瞬の出来事だった。ちょっと油断 したすきにキスをされてしまった。まさかこ んな攻撃に出るなんて。それも長い。こんな 所をめぐみちゃんに見られたりしたら… 「タカくーん。私に何のよ…!?…うそ…… こんなことって…いやああああああ!!」 最悪のタイミングでめぐみちゃんが来てし まった。おそらく僕と同じ様に藤村さんに騙 されたのだろう。と、そんな事考えている場 合ではない。 「ぷはぁっ!めぐみちゃん!!これは誤解な んだ!!」 僕の叫び声はもう彼女の耳には届かない。 めぐみちゃんは泣きながら走り去っていって しまう。早く追わなければ。 「めぐみちゃん!待って!!…くそっ、離せ よ!!この!」 そう言ってこんしんの力を込めて彼女は僕 にしがみつく。もう間に合わない。そう思っ た時だった…。 「痛い!!」 彼女の悲痛な叫びと共にしがみついていた 腕の力がゆるむ。いったいどうしたんだ? 「さあ貴広殿、今のうちに追うでござる!」 「真乃介!?」 事の正体は真乃介の仕業であった。どこか らともなく現れた真乃介が藤村さんを押さえ 付けている。 「ありがとう真乃介!恩に着るよ!!」 そうして僕は急いでめぐみちゃんの後を追 う。早くこの誤解を解かなくては… |