第四章 〜 ひと夏の思い出 その3 〜  


「なぁいいだろ、君に惚れちゃったんだ。ひ  
 とめ惚れだよ、ひとめ惚れ。君よりこんな  
 に年上のこの俺がだよ。なぁつきあってく  
 れよ。」                 
「そ、そんな急に困ります。私、あなたのこ  
 と何も知らないし。」           
「俺のことは付き合いだしてから知ればいい  
 んだよ。ねっ、俺だって君のこと何も知ら  
 ない、だから付き合いたいんだ。」     
 間違いない。椎名さんの声だ。しかしもう  
一人の方はどっかで聞いたことがあるような  
気がするが、誰だか分からない。       
「もういいでしょ、沢田さん。私はあなたと  
 付き合う気なんてありません。」      
 そうだ、沢田だ。あの野郎初めて会った時  
から嫌な奴だと思っていたがやはり椎名さん  
を狙っていたか。しかし、椎名さんって本当  
にモテるなぁ。…と、そんな事考えている場  
合じゃなかった。助けてあげなくちゃ。    
「そんな事言わずにさぁ。な、俺と付き合っ  
 てよめぐみちゃん。」           
「いい加減諦めたらどうですか?沢田さん。  
 彼女は嫌がってますよ。」         
「だ、誰だ!?…何だ君か。見ての通り今取  
 り込み中なんだ。悪いがあっちへ行ってく  
 れないか。」               
「僕にはもう話がついたように見えますが、  
 違いますか?」              
「白石君!」                
 椎名さんが僕の元へ駆け寄り後ろへまわる。 
そして僕の腕をギュッとつかむ。       
「大丈夫だよ椎名さん、安心して。」     
「ほう、君達はもう付き合ってるんだ。」   
「ち、違いますよ。」            
「だったら俺の邪魔をしないで欲しいな。あ  
 れ、もしかしたら君もめぐみちゃんのこと  
 が好きなのかな?どうなんだい?」     
 何も言い返せない。ここで好きだと言った  
ら告白になってしまう。しかしこいつにだけ  
は負けたくない。              
「どうした。何とか言ったらどうなんだ?そ  
 れとも好きじゃないのか?」        
「………好きですよ……。何か悪いですか!?」
「えっ?…白石君…。」           
「おーおー、耳まで真っ赤にしちゃって。あ  
 あ悪いよ、俺の敵になるんだからな。ま、  
 最も君が僕の相手になればの話だがね?」  
「何だと!!」               
「そこまでだよ!!沢田!」         
「お、女将さん!!」            
 ふと気が付くと、沢田の後ろに女の人が立  
っていた。どうやらこの旅館の女将さんらし  
い。                    
「ほんとにあんたは若い娘が来ると必ず手を  
 出すんだから。いい加減にしないと…どう  
 なるか分かってるね!!」         
「は、はい!すいませんでした!!」     
 そう女将さんに謝ると沢田は逃げていって  
しまった。                 
「あ、ありがとうございます。どうも御迷惑  
 をお掛けしました。」           
「あらあら、謝るのはこっちの方だよ。ごめ  
 んなさいねぇ、うちの者が変なちょっかい  
 出してしまって。」            
「いえいえ。」               
 本当はいい迷惑だと言いたかったが、女将  
さんに言ってもしょうがない。        
「それにしてもお嬢ちゃん、守ってくれる彼  
 氏がいていいわね。大事にしなさいよ。そ  
 れじゃあ私はこれで行くから、何かあった  
 ら遠慮せず言って下さいね。」       
「はい、ありがとうございました。」     
 女将さんはペコッと少し頭を下げると階段  
を降りていった。なにはともあれ椎名さんが  
助かって良かった。             
「あ、あの、椎名さん…さっき僕が言った事  
 だけど…」                
「白石君、テラスへ行こうよ。」       
「え?あ、うん…。」            
 僕は強引にテラスへ連れて行かれる。椎名  
さんはテラスに行ってどうするつもりだろう  
か。テラスに着くとこの前と同じように素晴  
らしい星空が僕達を迎える。椎名さんは手す  
りに手を掛け、遠くの方を見ている。しばら  
くして急にこっちを振り向き、口を開く。   
「あ、あのね、白石君。さっき白石君が言っ  
 てた事…本当…なの?……その…私の事…  
 好き…って。」              
 ああついに聞かれてしまったこの質問。彼  
女はすごく恥ずかしそうに言葉を絞り出して  
いる。かなり頑張って言ったに違いない。こ  
んな彼女に対して嘘なんてつけない…。僕は  
気を落ち着かせてから自分の今の気持ちをそ  
のまま伝えることにする。          
「…ああ、本当だよ。僕は椎名さんが好きな  
 んだ…。こんなこと言うのも何だけど、僕  
 も『ひとめ惚れ』なんだ。一年の時に文化  
 祭で演技をしている椎名さんを見て『綺麗  
 だ…』と心から思ったんだ。今の僕にはこ  
 の星空がかすんでしまう程君が輝いて見え  
 る。…そのくらい君が好きなんだ。」    
 ありったけの心を込めて僕は彼女に想いを  
伝える。僕が言葉を言い終わった後彼女はし  
ばらく黙っていたが突然自分で自分を抱きし  
め、そして…                
「暖かい…暖かいわ。今の白石君の言葉に私  
 はとても心地良い暖かさを感じたわ。そん  
 なに私のことを想ってくれているなんて…  
 嬉しい。白石君なら今よりもっと好きにな  
 れそうな気がするわ…。」         
「え?そ…それじゃあ…。」         
 彼女は小さくうなずく。          
「やったー!!」              
 僕は思わずそう叫んでしまった。想い続け  
ること9ヶ月、ついに胸の中のもやもやを取  
り除くことが出来た。今日から僕の新しい日  
々が始まる。                
「あ、あの、白石君。この事はみんなには内  
 緒ね。恥ずかしいから。」         
「うん、わかった。…あのさ、椎名さん。こ  
 れからは僕の事名前で呼んでくれないかな  
 ぁ、二人だけの時でいいから。」      
「…ええ、分かったわタカ君。それじゃあ私  
 のことも名前で呼んでね。」        
「もちろんだよ、めぐみちゃん。…アハッ、  
 アハハハハッ。」             
 テラスに二人の笑い声が響く。そして僕達  
は何事も無かったようにみんなの元に戻った。 
それにしても『タカ君』…なんていい響きな  
んだ。                   
 こうして長いようで短かった夏休みも終わ  
りを告げる。明日からはまたいつものように  
学校へ行かないといけない。でも、これから  
は今までと少し違った毎日を過ごせそうだ。  
なぜなら…僕にはめぐみちゃんがいるから…。 



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