第四章 〜 ひと夏の思い出 その2 〜  


 どっかで女の子の悲鳴が聞こえた。     
「何があったんだろう?」          
 僕達は不思議に思い、悲鳴のした方へ向か  
って走る。二階の一番端の部屋に人がたくさ  
ん集まっている。              
「あそこか!?」              
 部屋の中をのぞいてみると、何と一人の女  
の子が胸に包丁を刺された状態で倒れている。 
辺り一面に血が飛び散りいかにも殺人現場と  
いう感じだ。周りで何人かが泣いている。   
 よく見ると倒れているのは部長さんだ。   
「いやあああー!!部長がどうしてぇー!」  
 部長さんを見るや否やゆかりちゃんとめぐ  
みちゃんが泣き叫ぶ。            
 これはどう見ても殺人事件だが、僕にはど  
うも周りの空気に違和感を感じる。      
「本当に死んでいるのかな?」        
「こんな時に何てことを言い出すんだ、タカ  
 !おまえは何でそんなに冷静でいられるん  
 だ!?どう見ても死んでいるにしか見えな  
 いだろ!」                
 珍しくシゲが動揺している。しかし僕には  
どうも納得がいかず、自分で確かめることに  
した。                   
 恐る恐る部長さんの右手首に触れて脈を確  
かめてみる。…脈が無い…。やはり本当に死  
んでいるようだ。しかも死体は殺された直後  
らしく、まだ生温かい。           
「本当だ…死んでいる。しかも、ついさっき  
 殺されたばかりのようだ。」        
「ほらみろ、殺人事件なんだよこれは!うー、 
 こんな時はどうすればいいんだ。…そ、そ  
 うだ。誰か犯人を見た人はいないのか?そ  
 れと第一発見者は!?」          
 シゲがあたふたしながら周りの女の子に聞  
き込みをしている。しかし、人が殺されてい  
るのにここにいるのが演劇部ばかりというの  
はおかしい。僕の中で何かがまとまりつつあ  
った。                   
「おいタカ!近くにいた子の話によると犯人  
 は男らしき人物で一階の方へ逃げていった  
 そうだ。こうしちゃおれん、タカ!犯人を  
 捕まえにいくぞ!それとゆかりは警察に電  
 話だ!!急げ!!」            
「その必要はないぞ、シゲ。」        
「何でだよタカ!早くしないと犯人が…」   
「犯人なんていない。なぜなら部長さんは死  
 んでいないからだ。」           
 周りがざわめき、みんなの視線が集まる。  
「何言ってんだよタカ。お前さっき自分で死  
 んでるって言ってたじゃないか!」     
「ああ、言ったよ。でもそれは僕の勘違いだ  
 ったんだ。何なら部長さんが死んでないっ  
 て理由を説明しようか?」         
「おう、タカ。そこまで言うなら説明しても  
 らおうじゃないの。」           
「まず始めに殺人事件だというのにここにい  
 るのは演劇部の子ばかりだという事。普通  
 だったら顧問の先生や旅館の人を誰かが呼  
 んでくるはずだろ?」           
 僕は説明しながら部屋の中を歩きはじめた。 
「そして次に僕が脈を確かめるために触った  
 手首がまだ生温かかったという事。」    
「それは部長さんがついさっき殺されたから  
 だろ?」                 
 シゲが口を挟む。心持ち焦っているように  
感じる。                  
「そう、僕も最初はそう思ったさ。しかし、  
 僕はあるトリックを思いだしたんだ。手首  
 の脈だけを止めて、いかにも死んだように  
 見せかけるトリックをね…」        
「脈だけを止めるなんて出来るの?」     
 突然椎名さんが声を上げ、不思議そうに僕  
を見る。                  
「出来るよ。簡単なことさ。、まず脈を止め  
 たい方のわきの下にゴルフボールかなんか  
 を入れてわきに力を入れる。するとゴルフ  
 ボールによって一時的に血液の流れが遮断  
 され、その先の手首に脈が止まる訳さ。」  
「まだトリックと決まった訳じゃないんだか  
 ら推理だけで決めつけるなよ!」      
 シゲがほえる。やはりどこか焦っている。  
まるで何かを知っているような感じだ。    
「それもそうだが、まだひとつ決定的におか  
 しいところがある。それは…みんなの態度  
 が不自然過ぎるという事だ。いかにも演技  
 で僕を騙しているかのようだ。シゲ、お前  
 は特に変だ。言葉がやけに説明的だったし  
 な。」                  
「そんなことない!俺は…」         
「私達の負けよ。まさかこんなに早くばれち  
 ゃうなんて…白石君、まるで探偵ね。」   
「部長!!」                
 部員達の視線が部長さんに集まる。部長さ  
んは胸に刺さっている小道具の包丁を取ると  
ゆっくり立ち上がって僕の方を見る。     
「騙してごめんなさいね。実はこれは私達の  
 演技力の高さを見る実験のようなものだっ  
 たのよ。君の友達の三井君にも協力しても  
 らってね。」               
 シゲの方をにらむとシゲは急に目をそらし  
て口笛を吹いている。シゲのことだから二つ  
返事で引き受けたに違いない。後でおぼえて  
ろよ。                   
「白石君には悪かったけどこれで私達の演技  
 がまだまだ未熟という事がよく分かったわ。 
 それではみんな、この合宿で演技力を高め  
 るわよ!」                
「はいっ!!」×大勢            
 みんなが一斉に元気な返事をする。これで  
この合宿の目標が出来たようだ。でも僕はな  
んか複雑な気持ちだ。そして何事も無かった  
ようにスケジュールが消化されていく。    
 昼からは近くにある空き家に行って練習を  
する。今度の劇は恋愛モノらしくみんな気合  
いが入っている。僕とシゲはとくにする事が  
無いので二人で練習を見学することにした。  
見学といっても二人とも見るものは決まって  
いる。                   
「やーっぱり可愛いよなぁ、ゆかりって。」  
 もうすでに「茂則ビジョン」にはゆかりち  
ゃんしか映ってないらしい。こうなったら当  
分何も喋らない。ただ嬉しそうに彼女を見て  
いるだけだ。                
 そういえば椎名さんの演技を生で見るのは  
これで二回目だ。いつもは図書室から見てい  
るだけで声は聞こえないからなぁ。思い起こ  
せば一年の時に見た彼女の姿にひとめ惚れし  
て好きになったんだ…。その想いは今でも全  
然変わらない…むしろ強くなったほうだ。   
「はい、これで今日の練習は終わりー!」   
 部長さんの元気な声が辺りに響く。気が付  
けば外はもう真っ暗だ。向こうから片づけを  
終えた部員達が歩いている。         
「お疲れサマー。」             
 僕は歩いてくるみんなに声を掛ける。する  
とみんなニコッと笑って横を通り過ぎていく。 
なんか仲間になった気分だ。しばらくすると  
椎名さん達が見えた。僕とシゲはすぐさま二  
人に駆け寄る。               
「おお、ゆかりー!お前なかなか演技上手か  
 ったぞー!」               
「ありがと。茂則君☆」           
 そうして二人はさっさと行ってしまう。   
「お疲れ様。椎名さんも演技上手いね。僕見  
 とれちゃったよ。」            
「そう?ありがとう、白石君。どう?今度の  
 劇は。」                 
「うん、なかなかいい話だと思うよ。話の展  
 開もわかりやすいし…そうだ!今度台本見  
 せてよ。いちシナリオライターのはしくれ  
 として見ておきたいんだ。」        
「分かったわ、後で見せてあげるね。あ、も  
 うみんな行っちゃう!私達も早く戻りまし  
 ょう。」                 
「うん、そうだね。」            
 旅館に戻ると今度は入浴の時間だった。自  
分の部屋に戻るとシゲが何やらゴソゴソやっ  
ている。                  
「おいシゲ、お前何やってんだ?」      
「え?いやぁちょっと探し物をね。」     
「探し物?いったい何を探してるんだ?」   
「えーっとなぁ…あっ!あったあった。これ  
 これ、ジャーン!『どこでもタオル』!」  
「『どこでもタオル』?なんだよ、ただのタ  
 オルじゃないか。」            
 シゲがかばんから取り出したタオルはどこ  
から見ても普通のタオルだ。しかしシゲの事  
だからもしかしたら特殊なタオルなのだろう  
か。いくらでも水分を吸収するとか…?    
「ふふふふ…。タカ、お前にはこのタオルが  
 ただのタオルに見えるようだな。ふっ、あ  
 まいな…このタオルは10枚で100円の  
 超激安商品なの…ぅがぁっ!!」      
 シゲの顔に僕の『怒りの鉄拳』が炸裂する。 
やはりこいつはバカだ…。          
「シゲ、バカなこと言ってないで早く風呂の  
 用意しろよ。」              
 シゲの用意ができしだい僕達はお風呂のあ  
る二階へと足を運んだ。           
「なあタカ、そういや男の客って俺達二人だ  
 けだよなぁ。」              
 シゲが脱衣場で服を脱ぎながらそう僕に尋  
ねる。                   
「そうだけど、それはどうかしたのか?」   
「よく聞けよタカ、ここは男湯。そして男の  
 客は俺達だけ。イコール温泉は俺達の貸切  
 ってワケよ。」              
「そうか。そういえばそうだな…よし、早速  
 貸切の温泉に入ろうぜ。」         
「がってんでい、親分!!」         
 貸切と聞くとなぜか得した気分になる。う  
ーん、日本語は不思議だ。僕とシゲは急いで  
服を脱ぐと誰もいないお風呂場に勢いよく入  
っていった。                
 お風呂場は思ったよりも広く、大きい湯船  
が1つに小さいのが2つ、そして奥から外に  
出ると露天風呂がある。残念ながら天井は女  
湯とはつながっていない。          
「おいタカ、天井がつながってねぇぞ。ちぇ  
 っ、つまんねーの。」           
 お風呂場に入ってすぐに天井をチェックし  
たシゲがなげく。本当に残念そうだ。     
 僕達は身体を洗ってから一番大きな湯船に  
つかり一日の疲れを落とす。こういうところ  
のお風呂は妙に気持ちがいい気がする。思わ  
ずため息も漏れる。             
「ふぅー…。極楽、極楽。やっぱりお風呂は  
 気持ちいいねぇ。」            
「なんだよタカ。爺くせぇなあ、お前。」   
「うるせー。日本人は昔からこう言うって決  
 まってるんだよ。」            
「はいはい、そうですか。…お、そうだ。タ  
 カ、露天風呂の方へ行ってみようぜ。」   
「いいね、それ。よし、行こう。」      
 奥の戸を開け、露天風呂の中にはいる。周  
りの景色がとっても綺麗だ。中の風呂とはひ  
と味違った気持ちよさがある。        
「うーん、極楽、極楽。」          
「お前はまたそれか。好きだなあ、それ。」  
 風呂の周りを囲む岩にもたれかけ、ゆった  
りとくつろぐ二人。             
「うーん、やっぱ露天風呂は気持ちいいわね  
 ー。」                  
 女の子の声だ。              
「なあシゲ。さっきのゆかりちゃんの声じゃ  
 ないか?」                
「ふむ、いい答えだワトソン君。私の『ゆか  
 りセンサー』もそう判断している。間違い  
 ない、ゆかりは隣の露天風呂にいる。」   
 「お前のどこにそんなモノが付いているん  
だ?」と、心の中でつっこみを入れながら、  
「もしかしたら椎名さんも一緒かも?」とい  
う期待を抱く。               
「おーい、ゆかりー!そこにいるんだろー?」 
「あ、茂則君?隣にいるんだぁ、ヤッホー!  
 !貴広君もいるの?こっちはめぐみと一緒  
 だよん。」                
「白石くーん。いるー?」          
 椎名さんの声だ。             
「いるよー!」               
 元気よく返事をする。なんかとっても嬉し  
い気分だ。                 
「ねぇ聞いて聞いてー!めぐみってねぇ、結  
 構胸おっきいんだよ。このこの、私にも少  
 し分けろー!」              
「な、ゆかりちゃん!何言い出すのよ!…あ  
 ん、もう、変なとこさわんないでー!バシ  
 ャバシャ…。」              
 お約束の展開になってきた。僕達二人はし  
ばらく黙って聞くことにした。声だけ聞いて  
いるとほんとにいやらしい。         
「あー!!なんか二人とも静かになってるー  
 !もう、いやらしいこと考えてるんでしょ  
 う!このぉ!!」             
 しまった!勘付かれたかぁ!…と思った時  
にはすでに遅く、空から水が降ってきた。   
「うわっ、つめてー!」           
「へへーんだ、ざまあみろ。いやらしい事考  
 えてたバツよ。」             
「ふっ。あまいなゆかり!この程度の水では  
 俺を倒す事はできん!なぜなら俺は『対・  
 ゆかりの水シールド』をはってい…!?」  
ザパーンッ!!               
 さっきの倍はあろうかと思われる大量の水  
が降ってきた。さすがはゆかりちゃん、シゲ  
の行動を読んでいる。僕は直感的に次の攻撃  
に備えて露天風呂からあがっていたので助か  
った。一人大量の水をかぶったシゲは全身び  
しょ濡れのままかたまっている。       
「このやろー!!ゆかりー!!後でおぼえて  
 ろよー!!」               
「へーん、そんなの『記憶にございません』  
 ですよーだ!!そいじゃねー。」      
「おい、こら!お前は政治家かー!?」    
 シゲの叫び声も虚しく隣は誰もいなくなっ  
たようだ。                 
「シゲ、僕達も出ようか…。」        
 「やられた」状態のシゲを引きずるように  
僕達はお風呂場を出る。そして服を着替えて  
広間に向かう。今度は食事の時間だ。     
 午後6時半。みんなが広間にそろって夕食  
を食べる。ここの料理は山の上だというのに  
山の幸に加えて海の幸も目立つ。味の方もな  
かなか美味しい。              
 僕達はしばらく楽しい食事の時間を過ごし  
た。そして食事も終わり自由時間が始まった。 
この時間は卓球をする人もいれば他の部屋に  
行って大勢で遊ぶなど、みんな様々に過ごす。 
シゲはさっさとゆかりちゃんの部屋に行って  
しまったので僕は一人テラスに出て星を見る  
ことにした。                
 テラスに出るとそこは星空で一杯の空間だ  
った。都会の空とは全く違った空だ。見上げ  
ると壮大な宇宙空間をほうふつさせるような  
素晴らしい光景が僕の眼の中に飛び込んでく  
る。今までに味わったことのない感覚に包ま  
れる。ああ、来て良かったなあ。       
「あーいたいた。白石君、探したのよ。」   
 突然の女の子の声に後ろを振り返る。…椎  
名さんだ。                 
「やあ、椎名さん。どうかしたの?僕に何か  
 用?」                  
「ほら、さっき台本見せてくれって白石君言  
 ったじゃない。それで探してたんだけど…  
 わあ!すごい綺麗!!こんなの見た事無い  
 わ!」                  
 彼女の眼にもこの素晴らしい星の光が届い  
たらしい。僕の側に駆け寄り、食い入るよう  
に見つめている。              
「ねえねえ、白石君。あれ何て星座?」    
「うん?どれどれ?あーあれは白鳥座だよ。  
 あのおっきな星がデネブ、そしてその左上  
 にある大きいのがベガ。最後に右下にある  
 大きい星がアルタイル。これが有名な『夏  
 の大三角形』ってやつさ。」        
「すごーい。詳しいのねぇ。白石君、星好き  
 なの?」                 
 彼女が好奇の眼で僕を見つめる。      
「え?いやぁ…好きと言えば好きだけどシナ  
 リオ書くときにちょっと調べたくらいだか  
 ら、あんまり詳しくないんだ。でもこんな  
 星空を見るのは好きだよ。」        
「ふーん、だからここにいたんだぁ。」    
 彼女はうなずきながらもう一度夜空を見上  
げる。                   
「あ!そうだ。私白石君に台本を見せてあげ  
 ようと思って探してたんだっけ…。これが  
 その台本なんだけど…ここじゃ暗くて読め  
 ないわねぇ。白石君、どっか明るい所へ行  
 こうよ。」                
「いいけど、どこ行くの?」         
「うーんとね、私達の部屋には三井君がいる  
 からゆかりちゃんを邪魔しちゃ悪いし…そ  
 うだ!白石君達の部屋っていうのはダメ?」 
「ええっ!?僕達の部屋!?」        
「ダメなのぉ?」              
「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど、  
 ちょ…ちょっとビックリしただけ。」    
「うん、それじゃあ決まりね。行きましょう。」
 半ば強引に決められてしまったが別に都合  
が悪い訳じゃないので嫌な気はしない。むし  
ろ好都合だ。いきなり椎名さんと二人っきり  
になれる機会がめぐってきた。僕は運がいい  
のかも。しかし、椎名さんがやけに積極的だ  
と思うのは気のせいだろうか。いや、まだ気  
のせいにしておこう。            
 部屋に着くと僕はそこら辺に散らばってい  
る座布団を二枚持ってきて彼女に座ってもら  
い、僕の座布団にあぐらをかいて座る。そし  
て早速台本を見せてもらうことにする。僕が  
台本を読んでいる間、彼女はずっと僕の方を  
見ている。なんだか恥ずかしいな。それから  
十数分後に僕は台本を読み終わった。     
「もう読んじゃったの?すごく速いわ。」   
「うん、たくさん小説を読んでいるうちに読  
 むのが速くなっちゃたんだ。ところでこの  
 台本誰が書いたの?」           
「えっとね、副部長の石井先輩。3年生の人  
 だよ。」                 
「へー、あの人が書いたんだ。すごいなー僕  
 もいつかこんなのを書いてやるんだ。」   
「あら、白石君の書いている小説も石井先輩  
 に負けないくらいいい話だと思うんだけど  
 なぁ。私は大好きだよ白石君の小説。」   
「あ、ありがとう。椎名さんしかそう言って  
 くれる人いないからとっても嬉しいよ。」  
 彼女の『大好き』という言葉で僕の胸は熱  
く高鳴る。これが小説じゃなくて僕自身だっ  
たらなぁ。でも、なかなかいい雰囲気になっ  
てきた。この調子でいけばいつかは…よし、  
頑張るぞ。                 
 それからしばらくまた小説の話で盛り上が  
る。ああ小説書いてて良かったな。なんかこ  
んなに自然に椎名さんと話が出来るなんて夢  
みたいだ。どうか誰も邪魔しませんように…  
と、思ったその時だった…          
 ガチャッ                 
「おーい、タカいるかー。おっ、こいつは失  
 礼いたしやした。ではお客様、どうぞごゆ  
 っくり。」                
 一瞬で僕の思いは裏切られた。しかしシゲ  
は椎名さんを見つけるとそそくさと出て行っ  
てしまった。おおかたゆかりちゃんにでも報  
告しに行ったんだろう。           
 それからまた話し始めたのだがなんか気ま  
ずい雰囲気になってきた。          
「あ、もうこんな時間。そろそろ部屋に戻ろ  
 っかな。白石君、色々な話どうもありがと  
 う。とっても楽しかったわ。」       
「いやぁ、僕の方こそ色々褒めてもらってす  
 ごく嬉しかったよ。」           
 そう言って僕は立ち上がり、椎名さんを立  
たせてあげようとそっと手を差し出した。し  
かし、こんな事をするのは初めてなので少し  
手が震えてしまっている。彼女も少しためら  
ってはいたがゆっくりと僕の手を握ってくれ  
た。彼女の手はとても柔らかくて触り心地の  
良い可愛い手だった。そして僕が椎名さんを  
引き上げる。もう少しで立ち上がろうとした  
時であった。                
 ズルッという音と共に椎名さんの身体が僕  
の方に倒れてくる。座布団で足を滑らしてし  
まったんだ。ヤバイと思った時にはすでに遅  
くそのまま一緒に倒れてしまった。      
 ドサッ。彼女が僕におおいかぶさるように  
して二人は動きが止まった。彼女の顔が僕の  
目の前に来ている。そう思った瞬間心臓が激  
しく動き出した。彼女に伝わってしまうので  
はないかと思うくらい激しく打ち続ける。   
 もうどうしたらいいか分からなくなって動  
けないでいると僕の身体が二つの鼓動を感じ  
ていることに気が付いた。彼女もドキドキし  
ている。こういう時に僕がしっかりしなくち  
ゃいけないんだ。僕は勇気を出して声を掛け  
る。                    
「だ、大丈夫?椎名さん…。」        
 彼女は僕の声でハッと我に返った様子で…  
「あ、ごご、ごめんなさい!」        
 と、急いで僕の身体から離れる。そしてハ  
ァハァ言いながら胸を押さえて座り込んでい  
る。かなり取り乱しているようだったがすぐ  
に落ち着いたようだ。僕の方はまだドキドキ  
している。                 
「あの…白石君は大丈夫なの?私おもいっき  
 り倒れちゃったけど…。」         
 彼女は心配そうな目で僕を見つめる。    
「え?ああ、大丈夫だよ。だって椎名さん軽  
 いからそんなに痛くなかったし。それより  
 ごめんね。支えてあげられなくて。」    
 そう言うと彼女は少し顔を赤らめて。    
「ううん、いいの。だって私が足を滑らした  
 のが悪いんだから。けど、白石君って優し  
 いのね。」                
 彼女はニコッと微笑みながら立ち上がる。  
その顔が何とも可愛らしい。         
「それじゃあ白石君、私もう帰るね。」    
「うん、また明日ね。お休み。」       
「お休みなさい。」             
 そして彼女はこの場からいなくなった。僕  
はしばらくさっきの彼女のぬくもりをプレイ  
バックして一人その感じにひたっていた…。  
 数分後にはシゲも帰ってきてその日はもう  
寝ることにした。何となくシゲが嬉しそうな  
顔で戻ってきたようだったがそんな事は今の  
僕にとっては関係無いことだった。      
 そして朝が来た。合宿二日目の始まりであ  
る。この日は時に変わったスケジュールもな  
く、午前中は適当にグループを組んで個人の  
演技力を高める練習をした。もちろん僕達は  
椎名さん達のグループをずっと見ていたが途  
中で部長さんに呼び出されて二人空き家の舞  
台のセッティングの手伝いをさせられた。ま、 
こっちの仕事が主なので仕方がない。そして  
気が付けばもうお昼になっていた。      
「なあシゲ、昼休みって結構あるから四人で  
 散歩に行かないか?ここって結構自然でい  
 っぱいだしさ。」             
「ほう、とか何とか言っちゃって本当はめぐ  
 みちゃんと二人っきりになりたいんだろ。  
 そんでもってどっかで押し倒してしまおう  
 って魂胆だな。分かってるって、安心しな  
 俺達は途中できれいさっぱり消えてやっか  
 らよ。」                 
「バカヤロ、何勝手に話作ってるんだよ。僕  
 は純粋に散歩がしたい…って、まあそんな  
 事はどうでもいいや。そうと決まったらゆ  
 かりちゃん達に知らせてきてくれよ。」   
「はーい、わっかりましたぁ。では早速行っ  
 て来まーす。」              
「勝手に余計なこと言うんじゃないぞー!」  
 そうしてシゲはいなくなった。さあ、楽し  
いお昼の始まりだ。             
「おーしタカ、飯も食ったしゆかり達もいる  
 し、それでは『山の中探検ツアー』始めま  
 すか。」                 
「おいおい、探険じゃなくて散歩だよ、散歩。」
 なにはともあれ僕達は旅館の裏から出発す  
ることにした。四人一列になって楽しくおし  
ゃべりをしながら進んでいく。山の中には色  
々な植物や花が生えており、見ていて飽きな  
い。しばらく山道を歩いていくと、ある音が  
聞こえてきた。               
「あー!何あれ、水の音?近くに川が流れて  
 るんじゃなーい?」            
「バカ。ゆかり、あんな豪快な音出す川があ  
 るわけないだろ。あれは滝だよ滝。水の落  
 ちる音だよ。」              
「キーッ!!バカとは何よ茂則君!ちょっと  
 間違えただけじゃないの。それなのに…そ  
 れなのにバカだなんて…グスン…。もう茂  
 則君なんて大嫌い!!」          
「おいおいゆかり、泣くなよー。俺が悪かっ  
 たって。だから泣くなよな、ゆかり。」   
「なーんてね。うっそー!演劇部をなめるな  
 よ茂則君。」               
「あ、この、ゆかり騙したなー!!おい、待  
 てこら逃げるな!!」           
 二人はもう『「あははははっ、こっちよー。 
つかまえてごらんなさい。」「おっ、こいつ  
ぅーまてぇー。あははははっ」』状態である。 
「さ、椎名さん。あの二人はほっといて僕達  
 は滝を見に行こうか。」          
「そ、そうね。」              
「あー!!二人ともひどーい!私達を置いて  
 いこうとするなんてー。最近二人仲いいの  
 よねー。昨日だって貴広君がめぐみを押し  
 倒したっていうじゃない。」        
「はあ!?僕が椎名さんを押し倒しただって  
 ?誰がそんな事を…はっ、シゲだな。」   
 周りを見回すとすでにシゲの姿はなかった。 
逃げやがったなあの野郎。          
「とにかく、僕は押し倒してはいない。ね、  
 椎名さん。」               
「え?う…うん。」             
「なーんか怪しいなぁ二人とも。」      
「そ、そんな事よりさあ、早くシゲを探しに  
 行こうよ。きっと滝の方にいると思うから  
 さ。ねっ。」               
 なんとかゆかりちゃんを言いくるめて僕達  
はシゲを探しに…別の言い方をすれば捕まえ  
に、滝の音がする方に向かって歩きはじめた。 
 しばらく歩くと急に道が開けて目の前に滝  
が現れた。と、同時にシゲを発見した。シゲ  
は一人滝を見つめている。          
「あーいたいた茂則君。もう、急にいなくな  
 るんだから…わあ、すごい滝ねえ!!」   
 ゆかりちゃんに続いて僕と椎名さんも滝の  
側に行く。その滝は高さが10m以上もあり  
そうな立派な滝だ。しかし幅は2,3mくら  
いだ。                   
「なーんか真乃介が滝に打たれて修行してそ  
 うな所だなぁ。」             
 何気なく僕がそうつぶやいたその時だった…。
「その通りでござるよ、貴広殿。」      
 声と共に滝の中から人影が現れ…たかと思  
うとそのまま滝壺の中に落ちていってしまっ  
た。                    
「真乃介ー!!」              
「呼んだでござるか?」           
「ええっ!?真乃介!?」          
 僕達は一瞬目を疑った。「今さっき滝壺に  
落ちたはずの真乃介がなぜ後ろに立っている  
んだ?」僕達4人はその事で頭が一杯だ。   
「はっはっはっは。『忍法・変わり身の術』  
 でござるよ。」              
 「こいつ、いつの間にそんなことが出来る  
ようになったんだ?」という驚きの視線が真  
乃介に集まる。奴はどんどん人間離れしてい  
く。そのうち本当の忍者になってしまうんじ  
ゃないのだろうか。             
「真乃介、どうしてお前がここにいるんだよ?」
 シゲが尋ねる。              
「拙者は修行のためにここへ来ているのでご  
 ざる。ここは自然が多くていい所でござる  
 なぁ。うんうん…。」           
 しみじみとそう答える。だが赤フン姿では  
格好がつかない。              
「それでは拙者は修行の途中でござるのでこ  
 れにて、ごめん。」            
 そう言い残して真乃介は山の中に消えてい  
った。僕達はしばらく真乃介が消えた方を見  
つめていたが、その後何事もなかったように  
たわいない会話をしてから旅館へ戻った。   
 昼からは昨日と同じように空き家へ行って  
全体練習。そして入浴、食事と特に問題無く  
過ぎていき、時は三日目の夜を迎えた。明日  
で合宿が終わってしまうので今夜はみんなで  
卓球大会を開くことになった。みんなでワイ  
ワイ言いながら、楽しいながらも白熱した雰  
囲気を過ごす。ふと周りを見渡すと椎名さん  
の姿が見えない。どうしたんだろう。少し心  
配なので探すことにする。          
 とりあえず卓球場にはいないようなので廊  
下に出てそこらを見て回る。すると階段の方  
から人の声がする。僕は階段の側まで行き、  
気付かれない様にして声の持ち主を確かめて  
みる。                   



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