第四章 〜 ひと夏の思い出 その1 〜  


「はぁはぁ…おい、シゲ。今の僕達の状態、  
 お前の話とちょっと違うんじゃないか?と  
 いうよりだいぶ違うぞ!」         
「どこが?」                
「何が男手が少々足りないだ!足りないどこ  
 ろか男は僕達二人だけじゃないか!」    
「うるさいなー。男はそんな細かいこと気に  
 すんなって。」              
 僕達二人は今、演劇部の合宿の手伝いとい  
うことで練習に必要な小道具やら何やらが一  
杯に詰まったどでかい登山用のリュックサッ  
クをかついで歩きにくい山道を歩いている。  
というのも合宿先というのが演劇部一年の知  
り合いの旅館ということになっていて、これ  
がまた自然に囲まれた山の中にあり、近くに  
は練習場所にピッタリの空き家があるやら温  
泉があるやらでここに決まったらしい。    
 演劇部にとっては好条件かも知れないが、  
僕達にとっては疲れることこの上ない。これ  
はもうシゲに騙されたと言っても過言ではな  
いな。僕にとっていい事といえば椎名さんと  
3泊4日の間一緒にいられるということと、  
温泉があるということだけだ。        
「あーあ、こんな時に真乃介がいてくれれば  
 少しは助かったんだけどなぁ…。」     
「呼んだでござるか?貴広殿。」       
「真乃介!?」               
 僕は驚きながらも後ろを振り向くと黒い忍  
び装束に身を包んだ男が立っていた。間違い  
ない、真乃介だ…。             
「な、何でここにいるんだよ?」       
「拙者はこの夏期休暇を利用してこの山で修  
 行をしようと馳せ参じたのでござるが、つ  
 いそこで貴広殿の拙者を呼ぶ声がしたので  
 こうして参ったのでござる。しかし、拙者  
 に用がないのであらば、先を急いでおるが  
 ゆえこれにて…ごめん。」         
「おい、真乃介!どこ行くんだよ!」     
 僕の叫び声も虚しく真乃介はさっさと消え  
ていってしまった。その姿はもう忍者そのも  
のであった。                
「おーい、タカ。何してんだ。早く来ないと  
 置いて行くぞ!」             
「あ、ゴメン。すぐ行くから!」       
 真乃介の事を気にしながら僕はシゲ達に追  
いつくため、足を速めた。          
 しばらくすると遠くの方に旅館らしき建物  
が見える。あれが目的の旅館か…。僕が旅館  
に着く頃にはもうすでに演劇部員は旅館の中  
に入っており、シゲとゆかりちゃん…そして  
椎名さんが僕を待っていてくれた。      
「おい、遅かったじゃないか。何してたんだ  
 よ。」                  
「そうよ、もうみんな中に入っちゃったんだ  
 からね。もう、だらしない…。」      
 二人して罵声を浴びせる。なんて奴等だ。  
「ゴメンね、重かったでしょう?何たって小  
 道具だけでも40sはあるものね。」    
 さすが椎名さん。誰かさん達とは違って優  
しい言葉を掛けてくれる。          
「いやぁ、大丈夫だよこのくらい。心配して  
 くれてありがとう。」           
「遅れて来て大丈夫はないだろう。見栄張っ  
 ちゃって、この。」            
「うるさいなー。大丈夫だって言ってるだろ、 
 それに遅れたのは途中で真乃介に会ったか  
 らだよ!」                
「はぁ?真乃介だぁ?タカ、嘘はいけないぞ、 
 嘘は。」                 
「信じないならもういい。さあ、僕達も中に  
 入ろうよ。ね、椎名さん。」        
「あ、おい。勝手に指揮んじゃねぇ!こら、  
 待ちやがれタカ!」            
 シゲのたわごとに耳を貸すことなく僕と椎  
名さんは旅館の中にはいる。しばらくしてシ  
ゲ達も入ってきたがなぜか機嫌がいい。さて  
はまた何かたくらんでいるのだろうか。    
 シゲの事はほっといて僕は椎名さんの案内  
で自分の部屋に着いた。そこは一階の一番端  
の部屋で中は和室。先に着いたシゲの荷物が  
置いてある。ここは僕とシゲだけの部屋だ。  
 この旅館は二階建てで一階には僕達の部屋  
と演劇部の顧問の先生の部屋、そして広間が  
あり、食事は広間でみんなでとることになっ  
ているそうだ。二階の部屋は演劇部員用にな  
っていて部員が全部で20人。1部屋4人の  
合計5部屋を借り切っているっていうかこの  
旅館は演劇部員の貸し切りになっているそう  
だ。お、そうそう。肝心の温泉は二階にあり、 
すぐ側にお約束の卓球場がある。おまけに夜  
空がよく見えるテラスがあってと、この旅館  
はいたれりつくせりである。         
 しばらく何もせず部屋で休んでいるとシゲ  
が入ってきた。               
「おいタカ。今からミーティングがあるから  
 広間に集まれってさ。」          
「O.K.ありがとシゲ。それじゃあ行きます  
 か。」                  
 行きの疲れで少し重い腰を上げ、僕はシゲ  
と広間に向かった。             
 広間に着くと続々と演劇部員が集まってく  
る。すべて女の子だ。あ、椎名さんの姿を見  
つけた。ゆかりちゃんと一緒だ。二人は仲が  
いいのかな…なんて考えているうちに演劇部  
員達は並び終わり、僕達は一番前の顧問の先  
生の横に座らせられた。先生の横には演劇部  
の部長らしき女の子が座っている。      
 しばらくすると部長の女の子が口を開く。  
「はい、今日からこの旅館をお借りして3泊  
 4日の合宿に入るのですが、まず始めに私  
 達のお手伝いをしてくれるという男の子達  
 を紹介しましょう。はいそこの二人、自己  
 紹介して。」               
 そう言って部長さんが僕達の方を見る。   
「え、えっと。白石貴広です。よろしく。」  
「三井茂則でーす。シゲって呼んでね。」   
 女の子達から笑いが漏れる。この男には緊  
張ってモノがないのか。           
「はい、じゃあ次に私達の紹介をします。私  
 が演劇部部長の『須川ゆり子』でこっちが  
 副部長の『石井和美』ちゃん。そして君た  
 ちの隣に座っているのが顧問の『長谷川さ  
 ゆり』先生よ。よろしくね。」       
「はい、よろしくお願いします。」      
「よろしくー。」              
「はい、それじゃあ今日のスケジュールを発  
 表するわね。今からお昼までは荷物の整理  
 と部屋の掃除、それとこの旅館の各部屋の  
 位置を覚えたりしといてね。それから…」  
 この後しばらく部長さんの説明が続く、部  
員達の方を見るとさすがにみんなよく聞いて  
いる。僕も説明は聞いているが視線は椎名さ  
んに釘付けだった。ふとシゲの方を見るとシ  
ゲもゆかりちゃんに釘付けのようだった。   
「…というわけで、ミーティングを終わりま  
 す。それでは各自部屋に戻って作業を開始  
 して下さい。」              
 部長さんの言葉でみんなはそれぞれの部屋  
に帰っていく。僕達も椎名さん達に軽く挨拶  
してから自分達の部屋に戻る。        
「おーし、タカ。『お部屋スッキリ大作戦』  
 開始だ!」                
「O.K.シゲ。いっちょやりますか。」    
 そう言って僕達は半分楽しみながら部屋を  
片づけ始めた。広い部屋に二人だけという事  
もあって片づけはものの数分で終了した。   
「よーし、終了。それでは次の作戦に移るぞ」 
「おいシゲ。次の作戦って何だよ?」     
「名付けて『旅館内安全確認の旅作戦』だ!」 
「はぁ?安全確認の旅?何でまた?」     
「タカ、この旅館に男の客は二人だけ…とい  
 う事は俺達が演劇部の娘さん達あーんど顧  
 問の先生をあらゆる危険から守らねばなら  
 ん。従って、この旅館の構造や非常口の位  
 置などを知る必要があるのだ。これが『旅  
 館内安全確認の旅作戦』だ。分かったかい?」
「ほう、お前にしてはなかなかまともなこと  
 を言うじゃないか。」           
「まあね。それじゃあ作戦開始といきますか。」
 僕はシゲについて旅館内を見て回ることに  
した。普通ならシゲの作戦なんかにはのらな  
いのだが、今回のだけは一理あると思い、つ  
いていくことにする。しかし、「旅」っての  
が少し気になる。シゲの事だから何か変なこ  
とでも考えているのかも知れない。      
 とりあえず二階へ上がって廊下を歩く。二  
階の廊下には何人か女の子がいて僕達が前を  
通ると何か珍しいものを見るような目で僕達  
を見ている。僕は少し恥ずかしい気分だった  
がシゲの方はそんな事関係無しに指さし確認  
をしながら色んな所をチェックしている。   
 しばらく歩いていると前方に椎名さんとゆ  
かりちゃんを発見した。二人は見知らぬ男と  
話している。                
「おーい、ゆかりー!」           
「あ、茂則君。」              
 シゲの声で彼女達がこっちに気付く。もち  
ろんあの男も…。              
「ゆかり、こんな所で何してんだ。?」    
「えっとね、お風呂の場所が分かんなかった  
 から沢田さんに聞いてたの。」       
「沢田さん?」               
「はじめまして、僕がこの旅館で働いている  
 沢田です。君たちも演劇部員かい?」    
「いいえ、違います。僕等は演劇部の手伝い  
 でここに来ました。」           
「へぇ、そうなんだ。それにしても演劇部の  
 女の子はみんな可愛い娘ばっかだね。」   
 馴れ馴れしく椎名さんの肩に手を置きなが  
ら沢田はそう言った。何か嫌なヤローだ。   
「いやん、そんなぁ可愛いだなんて。」    
「おいゆかり、お前に言ってるんじゃなさそ  
 うだぞ。」                
「じゃあ僕は仕事があるんで失礼するよ。ご  
 ゆっくりどうぞ。」            
 僕達に向かって軽く手を上げると沢田は去  
っていった。                
「何かヤな感じー。」            
「ゆかり、お前は十分可愛いぞ。」      
「え?そう?ありがとう、茂則君☆」     
 別世界に行ってしまった二人を尻目に見な  
がら、ふと椎名さんを見ると椎名さんの目が  
「沢田さんっていい人ね」状態になっている。 
僕は少し悪い予感がした。もしかしたらあの  
沢田が椎名さんを狙っているんじゃないだろ  
うか…なんて思ったその時だった…      
「キャァァァァァー!!」          



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