第三章 〜 彼女の気持ち 〜
ひょんなことから椎名さんを送ってく事に なった僕は自転車を手で押しながら彼女の隣 を緊張しながら歩く。彼女は徒歩通学で僕は 自転車通学だ。特に話しもないまま時が過ぎ ていく。こんなことではいけないと頭では分 かっているが話のネタが見つからない、そん な時だった… 「…ねぇ白石君…。ちょっと寄り道してかな い?」 「えっ?あ、いい…けど。どこいくの?」 「ふふ…い・い・と・こ。」 なぜか彼女は嬉しそうだ。僕に何か見せて くれるとでも言うのだろうか。と、考えてい ると彼女は急に右に曲がり小道を抜けていく。 「あ、あのちょっと…ちょっと待ってよ!」 強引に自転車の方向を変え、急いで彼女の 後ろ姿を追う。彼女の後ろ姿が大きく見えて くるのに従って、僕達の心の距離もだんだん 近づいているように思えた。できれば「つー かまーえたっ」なーんて言って後ろから抱き しめたいと思ったが、思うだけにしておこう。 しばらく歩くと何やら見覚えのある道である ことに気が付いた。 「あ、あの椎名さん。ひとつ聞いてもいいか な?」 「何?」 「もしかして、いいとこって『藤の丸神社』 のこと?」 「ええっ!?どうしてわかったの?」 驚いた表情でこちらを向き、彼女は叫ぶ。 「え、いやぁ、あそこからの街の眺めがとっ ても綺麗だから多分そうかなって…」 「へぇー、あそこの眺めの事知ってるんだ。 うーん、くやしいな。あそこの事知ってる のは私だけだって思ってたのにぃ。でも、 まあいいや。行きましょう。」 彼女は本当に悔しそうな顔でそう言った。 言わない方が良かったかな。しかし、女の子 のというのは本当にいろいろな顔を持ってい る。悔しがる顔や泣いた顔、驚いた顔に恥ず かしがる顔。そして笑顔。僕にとっては彼女 のどんな顔もすべてが愛おしい。 やっと『藤の丸神社』に着き、自転車を置 いて100段近くある石の階段を登る。そし て神社の裏にまわるとそこは小高い山の上に なっていて遠くまで街を見下ろせる。 「うーん、これこれ。これが見せたかったん だけど…知ってたんだよね。」 「ごめん。」 「ううん、謝ることなんてないよ。ここの眺 め綺麗だものね、知っててもおかしくない よ。白石君はここにはよく来るの?」 「うん、たまにね。ここで街を見ながらネタ を考えたりしてるんだ。なんかここ落ち着 くんだよね。」 「そうそう、ここってなんか落ち着くのよね。 白石君もそうなんだ。でも、ネタって何の ネタのこと?」 「うーんとね、シナリオとか小説とかのネタ。 僕の夢はシナリオライターになることで、 将来たくさんの人々に感動を与えるような 映画か何かの脚本なんかができたらいいな ぁって思ってるんだ。」 「ふーん、すごいのね。…私の夢は女優にな ること。演技をすることによってみんなに 色々な事を教えてあげるの。白石君の夢と ちょっと似てるかな。」 そう言って彼女は遠くを見つめる。その横 顔がなんとも可愛い。 「あ、そうそう。小説っていえば私、大好き な小説があるんだ。」 「へぇ、何て小説?」 「うんとね、『誰より君を愛したい』って小 説で図書室に置いてある『可憐(かれん)』 っていう図書委員の人達とかが発行してい る同人誌に連載してるの。これがまたいい 話で、私感動しちゃうわ。作者は確か『ホ ワイト・ストーン』さんだったかな。」 「ええっ!?」 「ん?どうかしたの?白石君。」 「あ、あのね。その『ホワイト・ストーン』 って…実は僕なんだ…。」 「うそ…。本当にぃ!?」 「ほら、ペンネームの『ホワイト・ストーン』 を日本語に直すと白石になるだろ、はは… 安易な考えの名前だけどね。」 「すごーい!!わぁ…あれ白石君が書いてた んだ。私あの話大好きなの。」 「ありがとう。そんなに喜んでくれてとって も嬉しいよ。」 彼女が僕の小説をを読んでくれていたなん て、そして大好きだなんて。僕の心は嬉しい 気持ちで一杯になった。 しばらくその小説の話で二人は盛り上がっ た。僕は彼女に自分のことを知ってもらいた い一心で話に夢中になっていた。気が付くと 辺りは暗くなり、日は沈みかけていた。 「あ、ほら椎名さん。夕日がとっても綺麗だ よ。」 「わあ、本当ね。こんなの初めて見た。」 僕の頭の中には「君の方がずっと綺麗だよ …。」というセリフが浮かんだが僕の理性が その言葉の発声を許さなかった。こんなのク サすぎる。 「さあ、もう暗くなってきたからそろそろ帰 ろうか。」 「…うん。…そうね。帰りましょうか。」 心なしか残念そうな言い方で彼女は答えた。 今の言い方は僕ともっと一緒にいたいという サインなのか。いや、まだそんなはずは…な んて考えているともうすでに神社の階段を降 りきっていた。今更もう一度階段を登りなお すなんてことは出来ないので、仕方なく彼女 を家まで送ることにした。 数分後に彼女の家に無事到着。 「ありがとう。とっても楽しかったわ。また 小説の話聞かせてね。」 「うん。いつでもどうぞ。僕はファンを大事 にする男だから…といっても今んとこファ ンは椎名さんだけなんだけどね。それじゃ、 おやすみ。」 「うん、おやすみ。」 僕は椎名さんが家に入るまでずっと見てい た。今の言葉に少し自分の気持ちを織り込ん だのだが、彼女は気付いただろうか。 彼女の家のにぎやかな声を耳にしながら僕 はその場を後にした。 そして何の進展もないまま数週間が流れ、 季節は梅雨に入った。 何日も雨の日が続く。僕は雨が嫌いだ。な ぜなら、ネタ探しの散歩の範囲が半分以下に なってしまうからだ。そう言えばシゲも雨は 嫌いだと言っていた。僕が理由を聞くと帰り 道で彼女と手がつなげないからだそうだ。は い、聞いた僕がバカでした。 おっ、噂をすれば何とやら。シゲが向こう から歩いてくる。僕がじぃーっと見ていると 僕の視線を感じたのかこっちに気付き、僕だ と確認するや否やこっちに向かっておもむろ に走り出した。 「おーい、タカ。いいところにいた。ちょう どお前を探していたんだ。」 あれだけ走ってきたのにもかかわらずひと つも息を乱さない。たいした奴だ。 「何で僕を探してたんだ?」 「知りたい?」 「『教えたい』の間違いだろ。お前はいつも そうだ。で、何?」 「ほほう、知りたいと申すか。では仕方ない、 そちに話してしんぜよう。」 真乃介の真似をしたようだが、なんか変だ しその上ちっとも似ていない。 「シゲ、真乃介の真似なんてしなくていいか ら早く言えよ。似てないんだからさぁ。」 「わ…わかったよ。ぅおほんっ…。我が三井 財閥が世界に誇る三井極秘調査機関、略し て『M.T.I.A.(ミティア)』の活躍に よって演劇部の極秘情報を手に入れること に成功した。その情報とは…と、その前に このミティアについて説明しよう。ミティ アとは『Mitsui Top-secret Investiga- tion Agency』の略で、そもそも結成のき っかけは3年前の…」 「シゲ!説明はいいから早く本題に入ってく れよ。」 シゲと話をするといつもこうなる。こいつ はいつも何を考えて過ごしているんだろうか。 それと、ゆかりちゃんはこんなのが好きなん だよなぁ。うーん、女心は理解し難い。 「一言で言うと演劇部がお前の力を借りたが っている。」 「はぁ?僕の力を?なんで?」 「うーん、いい質問だね。実を言うと演劇部 はこの夏休みに合宿をするらしいんだ。し かし、合宿をするに当たって少々男手が足 りない…という事で俺とお前が一緒につい て行くことに決定した。」 「決定した!?」 「おう、俺がO.K.出しといたから安心しな。」 「安心しなってお前…僕はそんな話聞いてな いぞ!」 「大丈夫、大丈夫。俺はゆかりと一緒でハッ ピー、お前もめぐみちゃんと一緒にいられ てハッピー。ほら、万事解決何も言うこと なーし!」 何も考えていないようでちゃんと僕のこと を考えてくれていたことに少し感謝した。 「…わかった。いくよ。」 「おーし、そうとなったら早速作戦をねるぞ ー!」 「作戦って何だよ?」 「名付けて…『白石貴広のめぐみちゃんゲッ ト大作戦』!!」 「お前、楽しんでないか…?」 そんなこんなで決まってしまった夏休み、 「もしかしたら…」に思いを寄せて僕達は待 ちに待った高校二年の夏休みを迎えた…。 |