第二章 〜 昨日の敵は今日も敵 〜  


 彼女と初めて話したその翌日、僕はいつも  
と同じ時間を過ごしていた。特に変わったこ  
ともなく午前中の授業が終わり、昼御飯を食  
べている時だった。             
「おっ、この唐揚げうまそうじゃねぇか。ひ  
 とつもーらいっと。」           
 声と共に頭の上から腕が伸びてくる。僕は  
反射的にその腕をつかみ後ろを振り返ると、  
犯人は案の定シゲだった。          
「へへーん、そう簡単に大好きな唐揚げを食  
 べられてたまるか。」           
 シゲの腕をつかみながらそう言って、自分  
の勝利を確信したその時だった…       
「あら、本当においしそうねぇ。ひとつもー  
 らおっと。パクッ。」           
 頭の後ろでまた声がし、再び後ろを振り返  
った時にはすでに遅く、唐揚げは3つになっ  
ていた。素早く顔を上げ、目の前にいる人物  
の顔を見る。真犯人は、シゲの彼女である「  
河原ゆかり」であった。彼女はさも満足げに  
ハンカチで口を拭いている。         
「『時間差唐揚げ救出大作戦』大成功!イエ  
 ーイ!」                 
 そう言って二人で肩を組んで自慢げにピー  
スサインを僕の目の前にちらつかせる。    
「あのね、そういうことは他でやってくれる  
 かな…」                 
 僕は二人を思いっきりにらんでやったが、  
全然二人になんの影響も及ぼす様子がない。  
僕のにらみに迫力が全く無いか、この二人が  
真面目に受け止めていないのかのどっちかだ  
と思うが、たぶん後者の方だろう。      
「まあまあ、そんなに怒んなって。昨日なん  
 かいいことあったんだろ?」        
「いいこと?……はっ、まさかお前が!?」  
「ピンポーン。よくこのトリックが見破れた  
 ね、ホームズ君。しかし、さすがの君もひ  
 とつ重要なことを見落としているようだ。」 
「いつから僕からホームズになったんだ!?  
 それになんだよ重要なことって?」     
「聞きたい?」               
「『言いたい』の間違いじゃないのか?」   
「ふっ、そこまで調べがついているのなら仕  
 方がない。本当のことを話そうじゃないか。」
「どうでもいいから早く言えよ。弁当を食べ  
 る時間が無くなっちまう。」        
 いい加減シゲに付き合うのも面倒くさくな  
ってきた。彼女はこいつのどこが気に入った  
んだろう?                 
「ふっふっふ。何を隠そう犯人は一人じゃな  
 いのだ!」                
「ええっ!?……とでも僕が驚くと思うか?  
 …それで?」               
「考案したのは俺だが、実行に移したのはゆ  
 かりなのだ。」              
 ふと彼女の方を見ると、にっこり微笑みな  
がらじっとシゲの方を見ている。このカップ  
ルにはとてもついていけない。        
「で、何か話したの?もしかして、もう告白  
 しちゃった?ねぇ?」           
 突然ゆかりちゃんが口をはさむ。しかし、  
とても嬉しそうだ。             
「べ、別に何も…」             
「おいおい、本当に何もないのかよ。」    
「せっかくのチャンスなのに。」       
 二人してグチり始める。こっちにとっては  
大きなお世話だ。              
「いきなり告白なんかできるはずないだろ!! 
 僕はただ…」               
「ただなんだよ?」             
 二人して僕に顔を近づけ、聞き耳をたてる。 
「と…友達になってください…って、言った  
 だけだよ…。」              
 急に恥ずかしくなり、小声で僕はそう答え  
た。すると二人はしばらく大声で笑っていた  
が、急に静かになって再び顔を近づけてきた。 
「それで、彼女の答えは?」         
「ニコッと笑って…いいですよって言ってく  
 れた。」                 
「ほほう。貴広殿、それは良かったでござる  
 な。しかし油断は禁物でござるよ。…しか  
 らば、ごめん。」             
「真乃介!?」               
 すかさず後ろを振り返ると、真乃介の軽快  
に走り去る姿をとらえることが出来た。そし  
て、僕には真乃介の右手にしっかりと唐揚げ  
が2つ握られているのが確認出来た。またし  
てもやられた。               
「ま、とにかく第一歩は踏み出したんだから  
 しっかりやって俺達みたいになるんだな。  
 …おっ、もうこんな時間か。それじゃあま  
 たな。明智君。」             
「がんばってね。明智君。」         
 「ホームズじゃなかったのか?」と思いつ  
つ残りの昼休みを唐揚げが1つになった弁当  
を食べることに費やした。          
 そしてその放課後…            
「おーい、金田一君いるかー?」       
 ガラッと勢いよく教室の後ろの戸を開け、  
シゲが入ってきた。             
「最近探偵モノにはまっているのか?お前は  
 …。で、何?」              
「我が三井財閥の極秘調査機関の調べにより  
 新たな事実が解明された。」        
「いつからお前ん家が財閥になったんだよ。  
 それに新たな事実って何だ?」       
 どうもシゲの発想にはついていけないが、  
情報だけは本当そうなので聞いてみる。    
「聞いて驚くなよ…なんと、『椎名めぐみ』  
 は『岡本真志』ってヤローに憧れているら  
 しい。」                 
「何だって!?それでその『岡本真志』って  
 奴はどんな男なんだ?」          
「一言でいうとイヤな奴。何でもスポーツ万  
 能で成績優秀、おまけに二枚目で女にとっ  
 ては憧れの的だが俺らにとってはムカツク  
 存在以外の何者でもない。真に漫画に出て  
 くるような奴だ。」            
「やっぱり椎名さんもそいつのことがいいの  
 かなぁ。」                
「茂則君いるー?」             
 タタタタタッといかにも体重が軽い足音を  
立てながらゆかりちゃんが入ってきた。    
「おっ、どうしたゆかり。そんなに慌てて?」 
「はぁはぁ、やっと見つけた。あら、貴広君  
 も一緒ね。ちょうど良かった。」      
「なにかあったの?」            
「あのね、今めぐみがあの『岡本真志』に呼  
 び出されて旧校舎の裏に行っちゃったのよ。 
 私は止めときなよって言ったんだけど、そ  
 んなの相手に悪いからって…」       
「そいつはヤバイ。よし助けに行くぞ!ゆか  
 り隊員、後につづけぇ!」         
「O.K.ラジャー!!」           
 やはりこの二人にはついていけない。何が  
ヤバイのかは分からないが、気になるのでと  
にかく二人についていくことにする。     
 二人についていくと行き先は図書室だった。 
なるほど、ここなら旧校舎の裏の様子もよく  
分かる。そして、彼女の姿を見つけた。    
「あいつが岡本か…。デカイな。188pぐ  
 らいかな。しかし、ここからでは姿はよく  
 見えるが肝心の声が聞こえないな。」    
「はっはっはっは。こんな事もあろうかと、  
 私はこんな物を用意した。」        
 シゲがどこからともなく何やら怪しげな物  
を取り出した。               
「ジャーン!!『どこでも集音機』!……説  
 明しよう。この『どこでも集音機』とはそ  
 の名の通りどこでも音をひろえるハンディ  
 タイプの集音機だ。早速その効果を試して  
 みよう…それでは、スイッチON!」    
 どう見てもおもちゃにしか見えない物だが、 
なぜか妙に期待を抱かせる品物だ。ゆかりち  
ゃんもうっとりした顔でシゲを見ている。今  
のがカッコ良かったのだろうか。       
「むう…やはりダメか…。岡本の奴め、生意  
 気にも『対・集音機シールド』をはってや  
 がる。こうなってはさすがの『どこでも集  
 音機』も手も足もでない…。」       
「素直にやっぱりおもちゃではダメでしたっ  
 て言えよ!!」              
 僕はそう言うとともにシゲの頭を殴ってや  
った。こんな物に少しでも期待した僕がバカ  
だった。しかしゆかりちゃんはまだうっとり  
している。愛は偉大だ。           
「ほほう、こうなっては拙者の出番でしかな  
 いでござるな。」             
「真乃介!?」               
「拙者が読唇術で会話を再現してあげるでご  
 ざる。」                 
 またしても突然現れた真之介に「そんな事  
もできるのか?」と、心の中で思いいつつ期  
待の視線を送る。              
「キミノヒトミハドンナホウセキヨリモウツ  
 クシク、キミノカオリハドンナハナヨリモ  
 イイニオイダ。」             
 いきなり歯の浮くようなセリフが真乃介の  
口から飛び出した。たぶん岡本の言葉だ。   
「キミヲヒトメミタトキカラ…」       
 この後も延々と岡本のクサイセリフが続く。 
椎名さんの方を見るとやはり憧れているだけ  
に心なしか嬉しそうだ。くそっ…僕はここで  
見ていることしか出来ないのか…。次の瞬間  
真乃介の言葉が止まった。不思議に思って椎  
名さんの方を見ると二人は見つめ合っている。 
そして…                  
「キミガスキダ…。」            
 ああ、ついにここまで来てしまった。憧れ  
の相手に好きだと言われて断るはずがない。  
もう僕の恋は終わったと思いながら彼女の方  
を見ると何やら様子がおかしい。       
「アナタノコトバニハアタタカサガマッタク  
 ナイワ。マルデコオリノカメンヲカブッテ  
 イルヨウ…。」              
「ナニヲイウンダ。キミニハコノオレノオモ  
 イガツウジナイノカ?」          
 岡本の方はなんだか慌ててるようだが、真  
乃介の棒読みゼリフではそれが伝わりにくい。 
「アナタモホカノオトコノコタチトイッショ  
 ナノネ。ソレジャア、サヨウナラ…。」   
 そう言って彼女が帰ろうとしたそのとき…  
「フザケンナヨ!ナニガコオリノカメンダ。  
 オマエハオトナシクオレノオンナニナレバ  
 イインダヨ!」              
 ついに岡本が本性を現した。嫌な奴だと思  
ってはいたが、ここまでくると最低だ。岡本  
は逃げようとしている彼女の腕をつかみ、無  
理やり地面に引き倒した。          
「ゆるせん!!」×3            
 このとき、僕達の心はひとつになった。怒  
りの作用により通常の5倍の早さで階段を駆  
け降り、彼女のもとへ向かう。駆け付けたと  
きには岡本が今にも彼女を襲おうとしている  
ところだった。この間、時間にして約20秒  
ほど。                   
「その手を離せ!!」            
「誰だ!?ぅうごぁっ!」          
 岡本が僕の声に反応して振り向いた瞬間、  
真乃介のドロップキックが岡本の右横腹に炸  
裂した。                  
「タカ!こいつは俺と真之介にまかしてお前  
 は彼女を!」               
「O.K.頼んだぞ!」            
 僕はすぐさま地面に倒れたままの彼女の側  
に行った。                 
「大丈夫かい?…もう安心だよ。」      
 そう言って彼女の背中に手を伸ばして身体  
を起こしてあげようとすると…        
「…怖かった……。」            
 彼女の手が僕の背中にまわる…。      
 突然の出来事だったので少し驚いたが、僕  
はそっと彼女を抱きしめた。彼女の柔らかい  
身体の感触が僕の腕に伝わる。        
「大丈夫。もう大丈夫だから…。」      
 涙を流して震えている彼女の頭に手を添え  
て、一段と強く抱きしめる。もうこんな思い  
はさせたくない。これからは僕が必ず守って  
あげる。僕はそう心に刻み込んだ。      
 しばらくすると震えがおさまってきた。ど  
うやら落ち着いてきたようだ。        
 こうして彼女を抱いていると何とも幸せな  
気分になる。髪の香りがとても心地よい。   
「クスン…。あ…りがとう…。もう落ち着い  
 たから…。」               
「あ、ゴメン、ゴメン。」          
 僕は慌てて抱きしめている両手を離した。  
ゆっくりと彼女が顔を上げる。        
「あの…えっと…。白石…君だっけ…?」   
「そうだよ。椎名さん。」          
「ゴメンね。抱きついちゃって…。あ、涙付  
 いちゃったかなぁ?」           
「いいよ、いいよ、そんなこと。それに女の  
 子に抱きつかれて嫌な男はいないよ。まし  
 てや僕は君のことが好…」         
「え?」                  
「ああああああ、いや。ななな何でもない。」 
 危うく告白してしまうとこだった。今はま  
だマズイ…。                
「おーい、タカ。そっちの方はもういいかね。」
 シゲの声だ。声のした方を向くと木に縛ら  
れている岡本の姿が見えた。首から「私は悪  
い子ちゃんです」書かれたボードを下げてい  
る。                    
「めぐみー!大丈夫?」           
 ゆかりちゃんが駆け付けた。        
「うん。白石君達のおかげでなんともなかっ  
 た。大丈夫だよ。」            
「ああ、良かった。頑張ったじゃない、三人  
 共。」                  
「あったりまえだろ。ゆかり、女を守れなく  
 ちゃあ男じゃないぜ。」          
 もう二人の世界に入ってしまった。こうな  
ったらしばらく周りの音は聞こえない。    
「ほんとにどうもありがとう、白石君と三井  
 君と…」                 
「高木真乃介でござる。」          
「…高木君…ね。覚えとくわ。」       
 真乃介の言葉づかいに少し驚いた椎名さん  
であった。                 
「それでは拙者はこの辺で帰るでござる。し  
 からば、ごめん。」            
 そう言い残して真乃介は風のように去って  
いった。                  
「それじゃあおれたちも帰るとするか。部活  
 も今日は無いらしいし。おいタカ、お前め  
 ぐみちゃん送ってけよな。」        
 なぜか嬉しそうにそう言ってシゲ達も心持  
ち早足でこの場を去っていった。こうしてこ  
こには僕と椎名さん、そして岡本が残った。  
「それじゃあ、僕達も帰ろうか。送ってくよ。」
「…うん…。」               
 彼女は小さく首を縦に振り、そして微笑ん  
でくれた。僕達も岡本の事などすっかり忘れ  
て静かにこの場を後にする…。        



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